第546話 真っ直ぐ魔王城へ

 城門には、不思議なことに誰一人として街の中に入ろうとする者がいない。というか、城門が閉じてしまっている。これでは中に入れないのだが?

 だが街の中で異変が起きたということはないだろう。何故ならば相変わらず街の中から聞こえてくる歓声に変化はないのだから。


 となれば、コレは最初から予定していた通りの状態ということか。

 ルイーゼの顔を除いてみれば、彼女もこちらを見つめて微笑んでいる。


 「降りなくてもいいわ。そのまま進んで」

 「あー…なるほど?そういうことなら、堂々と入城させてもらおうかな?」


 私達が城門に近づくにつれ、ゆっくりと城門が開いていく。開いた扉の隙間から見える光景には、覚えがある。

 道路は豪華な装備を身に付けた騎獣に騎乗した騎士のような姿をした者達で埋め尽くされていたのだ。

 騎士のような姿と表現したのは、彼等が騎士なのかどうか不明だからだ。そもそも魔族に騎士という役職があるかも私は分かっていないのだ。


 何度か経験しているので、特に不思議に思うことでもない。つまるところ、魔王城までパレードを行うのだろう。


 しかし、騎獣も騎士らしき者達も皆背丈が高いな。彼等に囲まれた状態で移動した場合、道路の両端にいる者達には私達の姿が見辛くなるのでは?


 「心配しなくてもちゃんと考えてるわよ。ここで私達を城までけん引するのは自慢の精鋭達ですもの。リガロウ、彼等に近づいたら自然に動いてくれるから、彼等の動きに合わせてもらって良い?ウルミラちゃんも」

 「分かりました!」

 〈はーい!〉


 現在地面を走っているウルミラとリガロウが元気に返事をする。

 なお、ラビックはルイーゼが抱きかかえており、レイブランとヤタールは私の両肩だ。

 ルイーゼは私の前に座っているので、私がラビックを抱きかかえてしまうと前が見えないのである。


 ルイーゼに従ってウルミラもリガロウも走って城門に近づくと、ルイーゼが語った通り城門近くで待機していた騎獣に乗った騎士らしき者達が、体の大きな者から移動し始めた。それと同時に、ルイーゼが問題無いと語った理由が分かった。


 彼等は、動きながら魔力板を展開しだしたのだ。高さは騎獣の頭の高さ辺りだ。

 騎士らしき者達の背丈は様々な種族がいる魔族のため、背の高い者と背の低い者とでかなり差があるが、騎獣の大きさは一律だ。

 それはつまり、彼等が展開させた魔力板の高さも均一になるということだ。その結果、魔力板は簡易的な神輿になっている。


 この魔力板に乗って住民達に姿を見せて欲しい、ということなのだろう。魔力板に乗り易いように最後尾にはスロープ状の魔力板まで展開されている。


 「板の上に乗ったら、彼等の真ん中に移動してちょうだい。彼等が私達を魔王城まで運んでくれるわ。そこからは、みんなに視線を送ってあげてくれると嬉しいわ」

 「分かりました!それにしても、凄い歓声ですね!」

 〈ご主人が防音結界を張ってくれなかったら、ボク幻だけ残してどっか行っちゃってたかも〉


 ウルミラは大きすぎる音を嫌うからな。歓声が聞こえない場所まで移動していただろう。『幻実影ファンタマイマス』や『幻影ファンタム』の幻は、感覚の遮断や共有が自在なのだ。

 予定通り効果を抑えた防音結界を展開して周囲の喚声があまり届かないようにした。


 こうして多くの人々に顔を見せながら城へと向かうのも4度目になると、こういう時にどういった態度を取ればいいのか分かってくる。

 周囲が私にどのような振る舞いを望んでいるのかが、理解できるのだ。


 彼等に対して特に敵対心もなければ嫌悪感もない。それどころか好意的に捉えている私としては、彼等のささやかな願いぐらいは叶えていくつもりだ。

 要するに、要所要所で私達に歓声を送り続けている彼等に微笑みながら手を降るのだ。ルイーゼも大体同じようなことをしている。


 「随分と手馴れてるじゃない」

 「パレードはこれが初めてというわけでもないからね」


 それにしても、送られている歓声が今までと若干違う気がするのは気のせいだろうか?


 確かに、今と過去のパレードには違いが多い。

 過去のパレードでは私の隣にアイドルのような扱いをされていたシセラがいたり、リガロウに跨っていただけだったが、今回はそれだけではないのだ。


 リガロウの隣にウルミラがいるし、私の両肩にはレイブランとヤタール。更に私の目の前にはルイーゼがいるしそのルイーゼはラビックを抱きかかえている。状況が違い過ぎるのだ。

 しかし、周囲からの喚声は別にウチの子達に向けられているわけではない。明らかに私やルイーゼに送られている歓声だ。


 歓声が多すぎるのに加えて防音結界で遮っていることもあり、住民達の感情を読み取り辛い。

 なんとか読み取れた感情を私なりに解析してみると、彼等は私とルイーゼが密着していることに感動しているようだ。


 …ふむ。


 「へ?え?ちょ、なに?」

 「「「「「きゃあああああーーーーー!!!!!」」」」」

 「な、なんか一層声援が強くなったわね…」

 「なるほど。大体分かった」


 試しにルイーゼを優しく抱きしめてみたのだが、その様子を見た住民達が更に声を大きくして歓声を上げたのだ。


 思えばこれまでの魔王国の旅路では至る所に私とルイーゼのツーショット絵画や写真を目にしていたのだ。

 中には私達が見つめ合い私が人差し指でルイーゼの顎を持ち上げているような絵もあったな。その逆のパターンもごく僅かだが見かけたことがある。

 アレにはどういった意図が含まれていたのだろうか?現物ではなく印刷物だったため感情が読み取れなかったのだ。


 ただ、ああいった絵のシーンは小説で見かけたことが無いわけではないので、一応の予想はできる。

 しかし、私が小説で見た似たようなシーンは男性が女性に、それも相手を恋愛的な意味で魅了する際に行う行為だった筈だ。

 それはつまり、私達がそういう関係だと見られているということだろうか?


 ルイーゼの顔を覗き込んでみれば、その表情は若干引きつっていた。


 「ルイーゼ」

 「あ、あくまでみんなが勝手にそう捉えてるだけだから!私は別にそんな風に思ってないから!」


 それは言われなくても分かっている。

 私達の間にある感情は、あくまでも友情であり友愛だ。

 ただ、魔王国の住民達が誤解を抱くようになったのは、ほぼ間違いなく私達の関係を正確に伝える前に時計カバーを見つけられてしまったルイーゼにある。


 「ううぅ…だって嬉しかったんだもん…」

 「この話は後にしようか。あまりそう言った表情をこういった場所で見せるわけにはいかないだろう?」

 「うん…」


 時計カバーを気に入ってくれらのはとても嬉しい。が、少々油断しすぎていたな。多分、隠れて時計カバーを眺めているところを側近に見つかって色々と言われてしまったのだろう。


 とにかく、その話は後だ。パレード中は集まってくれた者達を喜ばせて安心させるためにも、柔らかい表情を作ってやらなければ。


 少なくとも、私達の仲が良好なものだと多くの魔族達が捉えてくれているのだ。仲が悪いと思われているよりもずっといい。

 それに、案内をしてもらっている道中でも私達が密着していたり抱きしめ合ったりしている場面を周囲に見られていたのだ。

 見る者によっては、そう言った関係だと思われても仕方がないのかもしれない。


 「いや、抱きしめるのはアンタが一方的に…」

 「ルイーゼも抱きしめてくれたよ?」

 「私は自分から抱きしめてたりはしないから…」


 強情な。

 仲が良いこと自体は事実なのだからそこまで否定しなくても良いものを。

 大体、そう言った誤解を避けたいのならばルイーゼも伴侶を見つけてしまえばいいのだ。


 〈簡単に言わないでよ!三魔将に認められるだけの実力者がどれだけ少ないか分かってるでしょ!?それともアンタが男になってくれるって言うの!?〉


 ルイーゼが思念で私に無理難題を押し付けてくる。表情を変えないためにも意思の疎通方法を変えたようだ。


 性転換しろと言われてできるのなら苦労は…いや、できないことはないのか?

 考えてみたら私は魔力によって生まれた存在だし、ヴィルガレッドの住処で龍脈と繋がった際には霧散するように消えてしまったらしいからな。

 再構築する際に自分の肉体を男性に変化させることも可能か?


 って、私との関係の誤解を解きたいのにそれじゃ駄目じゃないか。そもそも考えてみたが、私は自分の性別を変えたくない。


 〈それじゃ本末転倒じゃないか…〉

 〈うぐぅ…。じゃあどうするのよ…〉


 待って欲しい。それはアレか?私がルイーゼの番を探さなければならないとか、そういう話なのか?

 自分の伴侶は自分で見つけて欲しいのだが…。大体、私にも当てがある訳では…いや、一応無いことはないのか?


 確認してみないことには分からないな。


 〈一応聞くけど、相手は魔族じゃなければならないとか、そういう決まりは?〉

 〈無いわよ。そんな決まりがあったらいつまで経っても魔王は独り身よ。パパはたまたま魔族だったってだけ〉


 それなら、アテがないこともないのか。

 とは言え、相手の気持ちもあるし、そもそも当事者達が受け入れられなければ話にならない。


 まぁ、今は捨て置くしかないな。

 何百年経ってもルイーゼが伴侶を見つけられなかったら紹介してあげるとしよう。


 〈なに?アテがあったりするの?〉

 〈無いことはないってレベルだけどね。ただ、かなりのズルになるから、できれば自分で見つけて欲しいかな?〉

 〈またとんでもないことしそうね…。絶対ヤバい奴じゃない…〉


 まぁ、現状の実力は未知数だし、今すぐは無理な相手だからな。頭の片隅にでも置いてくれればそれで良いだろう。


 そんなことよりも、だ。


 〈ほらほら、今は目の前のことに集中しようか。からかわれる原因になるよ?彼等がそうなのだろう?〉

 〈いつの間にか結構移動してきたわねぇ。ええ、そうよ。この後正式に紹介させてちょうだい〉


 ルイーゼと話をしている内に、私達は魔王城の入り口が見える位置まで移動していたのだ。彼女の側近と彼女の親友である巫女の姿が確認できた。

 尤も、姿を確認できたのは私達の視力が高かったからだ。先頭を歩く騎士らしき者にはまだ確認できていなかったりする。つまり、もうしばらくパレードは続くのだ。


 しかし、こちらの姿を確認できるのは向こうも同じようで、私達の姿を確認した瞬間、2人して感極まった表情をしだした。というか、巫女の方は両手で口元を抑えて大粒の涙を流している。


 ああいった反応を見るのも、久しぶりだな。

 アクレイン王国とニスマ王国では巫覡ふげきに出会わなかったし、ドライドン帝国にはそもそも教会自体が無かった。


 ティゼム王国のシセラにしろファングダムのジョッシュにしろ、巫覡というのは非常に個性的な人物だと私は認識している。対応が疲れそうな気がして止まない。彼等の相手は少々疲れるのだ。

 ルイーゼが言うには普段は真面目でまともな人物とのことだが、果たして…。


 内心、少々気後れしながら巫女への対応を考えておくとしよう。



 魔王城の入り口まで到着した私達。

 戦闘を歩いていた騎士らしき者達が両側へと移動し、スロープ状の魔力板が生成される。ここから先は降りて城へと向かうらしい。


 ここまで来たらリガロウから降りても良いだろう。

 リガロウから降りてルイーゼについて歩き魔王城まで移動すると、入り口に待機していたルイーゼの側近に、深々と礼をされながら歓迎の言葉を送られた。


 「おお、麗しくも偉大なる姫君、ノア様!魔王城へようこそお越しいただきました!私、魔王陛下の側近にして宰相を務めさせていただいております、ユンクトゥティトゥスと申します!以後、この名をその記憶の片隅にでも留めていただければこれ以上に幸福なことは御座いません!」

 「調子のいいこと言って…」


 ルイーゼはユンクトゥティトゥスの自己紹介がどのようなものになるのかある程度予想していたようだ。若干呆れ気味に自分の側近を見つめている。


 このまま巫女の方も自己紹介をするかと思ったのだが、その気配がない。


 「ちょっと、どうしたの?大丈夫?」

 「………」


 相変わらず巫女はこちらを見て大量の涙を流し続けている。感情が高ぶり過ぎて制御が利いていない状態のようだ。大丈夫だろうか?


 とりあえず、どのような態度を取られても良いように身構えておこう。

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