第547話 巫女と宰相
相も変わらず両手で口元を抑え、大粒の涙を零し続けて硬直している巫女にしびれを切らしたのか、ウルミラが巫女の傍まで移動して体を預けだした。
〈ねぇねぇ、キミ、ずっと泣いてるけどどうしたの?どこか痛いの?でも嬉しそうにしているね〉
「!!?!?」
不思議そうな表情をして心配するウルミラの顔は非常に可愛らしい。
体に触れられたことで巫女も反射的にウルミラに視線を移したのだが、彼女を見て非常に驚いている。
そいえば、こうして巫女や宰相に対面している私達は全員ルグナツァリオの寵愛を受けていたな。
巫女が硬直してしまっているのは、それが原因か?
巫女が両手で抑えている口から僅かに声が零れている。他の者には殆ど聞き取れないようなか細い声だが、内容は…。
「な、なんて愛くるしい…!ああ…!ノア様だけでなく他の方々まで…!そんな!どうしましょう…!」
うん、単純に感極まっているだけだな。どうやら巫女もモフモフ好きなようだ。同好のよしみが増えるようでなによりである。
さて、このままでは話が進まないだろうし、こちらから声を掛けさせてもらおう。
「ルイーゼから話は聞いているよ。巫女・アリシア。私が魔王国内に入る前から私達の気配を認識していたみたいだね。大したものだよ」
「ひゃうっ!?ああ!なんて御無礼を!?も、申し訳ございません!自己紹介の必要はないかもしれませんが、魔王国の巫女を務めさせていただいております、アリシアです!こうして御身のお目に掛かれましたこと、この命が今尽きても構わないほどに嬉しく存じます!」
相変わらず涙を流したままではあるが、意外と冷静な自己紹介だ。少なくともアリシアはシセラやジョッシュよりも落ち着いた人物らしい。
「そりゃまぁ、その2人はまだまだ若いでしょうからね。いや、私達も魔族の年齢で言えば若いけど、
ルイーゼから聞いた話だと、アリシアとは幼馴染の関係であり、年齢も近いらしい。
そしてアリシアは幼いころから巫女として役職についていたらしく、それまでの間に寵愛を受けた者と対面したこともあるのだとか。
経験が生きた、と言うヤツなのだろう。寵愛の強さにこそ違いはあるものの、一度経験しているため多少は落ち着いた態度が取れたということらしい。
ところで、アリシアの意識が先程からずっとウルミラに向けられているな。
モフモフ好きなのは大体分かったが、その中でも犬系が好きなのだろうか?
「撫でる?手入れは欠かさずしてるから気持ちいよ?」
「よ、よろしいのですか!?」
よろしいとも。ウルミラも悪意さえなければ誰かに撫でられるのは好きみたいだからな。存分に撫でてあげると良い。
と言いたかったのだが、そうはいかないようだ。
「巫女様、申し訳ございませんが…」
「あ!そ、そうでした!...オホン!陛下、ノア様、そしてお連れの方々も。魔王城内、謁見の間へとご案内いたします。どうぞこちらへ」
謁見すべき人物は既に私の隣にいるのだが…。
ああ、謁見の間に移動したらルイーゼが玉座に座って歓迎の挨拶をする、ということかな?魔王城内でアリシアや宰相と色々話すのは少し後になるのだろう。
そういえば小説で読んだ話の中に、国の主が旅行から帰って来たらその玉座には別の者が座っていて自分の居場所が無くなっていたとかいう話があったな。
「ひょっとして謁見の間に着いたら別の誰かが玉座に座ってたりして…。で、この案内は私達を捕えるための罠とか…」
「んなことある訳ないでしょ?大体、アンタのことだし城の中とかもう把握済みなんじゃないの?」
言ってみただけである。
ルイーゼの言う通り、城の内部構造は既に『
当然、玉座にルイーゼ以外の誰かが座っているということもない。
ついでに言ってしまえば、私達が王都に到着した時点で、魔王城内で働かせていたルイーゼの幻は消失している。
今日まで魔王城に『
私達がこうして魔王城に訪れた際、私達と一緒にいる時間を確保するためだ。要するに、休みを得るためだな。
「どう?結構使いこなせるようになったんじゃない?」
「そうね。正直、ここまで使いこなせるようになるとは思わなかったわ。今なら、幻で連携を取った戦闘も問題無く行えそうよ」
ルイーゼは、幻で魔王城で執務をこなしている間、私達の観光案内をしていただけではない。
早朝はウルミラと遊んでいたし、移動中はラビックやリガロウに稽古をつけていたし、夕食後から風呂に入るまでの時間は『亜空部屋』にて私と組手を行っていた。
つまり、結構な戦闘経験を積んでいたのである。
おかげでルイーゼは魔王国で再会した時以上の実力を身に付けている。そして私にとっても良い稽古相手になってくれている。
流石に身体能力や魔力量や密度に差があり過ぎるので技術的な意味合いが強いが、それでもまともな組手が毎日のようにできるのは嬉しい限りだ。
更に、ルイーゼが今日まで執務をこなしてきたおかげで今日から…誕生日パーティがあるので正確には明日からになるが、ルイーゼは私がこの城にいる間は職務を休むつもりらしい。
それはつまり、全力でルイーゼと遊んだり組手ができたりするということだ。
ルイーゼにはまだ丹精込めて作った玩具であるハイドラを見せていなかったりするので、披露するのが楽しみだ。
「ねぇ、物騒なこと考えてない?」
「考えてない考えてない。明日からは今まで以上にルイーゼと遊べるなって思っただけ」
「…絶対平和な遊びじゃないでしょソレ…」
平和な遊びだとも。なにせハイドラには殺傷能力がないからな。どれだけ痛い思いをしても怪我とは無縁なのだ。
まぁ、ルイーゼが言うには生き物は痛い思いをするのが嫌らしいから、ほどほどにしなければ怒られてしまうだろう。気をつけなければ。
「ルイーゼにはまだ見せていない自作の玩具があったりするからね。披露するのが楽しみだよ」
「…物騒なモンじゃないことを期待するわ…。っと、そろそろ着くわ」
アリシアと宰相の後に付いてしばらく歩いていると、高さが6mはある豪華な装飾と精巧な彫刻が施された両扉に近づいて来た。あの扉の先が謁見の間だ。
私達が両扉の前に到着すると扉に待機していた2人の巨大な魔族が両扉を開けてくれた。
後で聞いたのだが、あの両扉の開閉を行う役職は、非常に栄誉のある役職らしい。なんでも近衛兵よりも栄誉な役職なのだとか。
謁見の間の作りは、これまで私が見てきたものの中ではドライドン帝国の形式に近いか。扉から玉座まで距離と高さがある。
アリシアと宰相が足を止めて跪いたので、ここで私も足を止めればいいのだろう。尤も、私は頭を下げないし跪くつもりもないが。
ルイーゼだけが歩みを止めずに前に進み、数歩歩いたところでこちらを振り向いた。
「ルイーゼ?玉座はまだ先だよ?」
「必要ないでしょ?それじゃ、改めて魔王城にようこそ!歓迎するわよ!」
ルイーゼは玉座に移動することなく歓迎の言葉を私に送って来た。それもかなり軽いノリでだ。
こういう時は形式ばったやり取りをするものだと思っていたのだが、その必要はないと判断したようだ。
周囲の者達も平然としているため、予めこういったやり取りをすると決めていたのだろう。
ならば、堅苦しいのは抜きにしようか。
「ここまで案内してくれてありがとう。引き続きよろしくね?それで、これから何をするの?」
「そうね、まずは私の部屋に行きましょうか!」
そう言ってルイーゼが転移魔術を発動させる。アリシアと宰相もまとめて転移させる気だな。
まぁ、事情を知っている者達で会話でもするのだろう。
ルイーゼの部屋に行くそうだが、執務室と私室のどちらだろうな?
転移した先はルイーゼの私室の方だった。
防音結界をルイーゼが展開しだしたので、周囲の者に聞かれたくない話、つまり"楽園"関係や私の正体に関係する話をするつもりなのだろう。
「さって、これでようやく隠し事抜きに話ができるわね。ってなわけで、アリシア、ユン。彼女が"楽園"の主で
「改めまして、陛下に対し寛大な処置をしていただいたこと、誠に感謝いたします。本来であれば、我々魔王国が取った行為は国を滅ぼされても文句が言えない行為でした…」
深々と宰相が頭を下げる。
彼もルイーゼと一緒になって"楽園最奥"を凍結封印しようとしていた者だったためか、その時のことを気にしていたようだ。
ルイーゼからことのあらましは効いていたとは思うが、それでも自分の口で謝罪をしないと気が済まなかったのだろう。律義な人物だ。
「その辺りは誰にも被害が出なかったということもあるし、ルグナツァリオからも多めに見てやって欲しいと言われたからね。それに、謝罪は受け取っているんだ。もう気にしていないよ」
「おお…!何という慈悲深さ!ああ、ノア様の声を耳に入れるたびに私の中で何かが弾けそうなほどの喜びが…!ああ…!写真で見る以上の美しさ!美声!香り!すべてが素晴らし」
「ひゃうっ!?」
宰相が言葉を語り終える前に彼の顔面にハリセンが叩きつけられ、爆音が発生した。
その音で再び意識が飛びかけていたアリシアも正気に戻ったようだ。
「その辺にしときなさい。普通にセクハラだから」
面白い機能をしたハリセンだな。付与されているのは、爆音と衝撃のみか。どれだけ強く叩きつけても傷を与えないらしい。私のハイドラと少し似ている。
あのハリセンと私のハイドラで戦ったら、面白いことになるかもしれない。後で頼んでみようか?
「ま、見ての通りの奴よ。前にも言ったけど、新聞でアンタの写真を見た時からすっかりファンになっちゃったの」
「加えて龍神様と鳳神様の寵愛を授かっているのですから、巫覡でなくともお慕いするのは当然でしょう。このユンクトゥティトゥス、実際にノア様の御姿を目にし、その御声を耳にしたことで改めてそれを確信いたしました」
五大神から寵愛を受け取るのは、やはり周囲の影響が非常に大きいな。まぁ、寵愛を抜きにしても宰相が私に向ける感情は変わらなそうではあるが。
ところでサラッと宰相が口にしていた鳳神という言葉だが、私が受け取っている寵愛がルグナツァリオとキュピレキュピヌの2柱の実である以上、鳳神というのは十中八九キュピレキュピヌを指す言葉なのだろう。
つまり、キュピレキュピヌは非常に大雑把な言い方をすれば鳥の姿をしているということか?どこにいるかは分からないが、実際に会ってみたくなったな。
鳥なのだから、やはりモフモフだったりするのだろうか?だとしたら撫でてみたいな。
ああ、答えなくていい。この場に巫女がいるのだから、こんなところで声を届けたらアリシアが失神してしまうぞ?答えは彼等に聞いておくから黙っておこう。
「ちょっと聞かせて欲しいことがあるんだけど、魔族って五大神の姿が分かるの?」
私の疑問に答えてくれたのは、いつの間にか隣に移動していたウルミラの頭に手を乗せて感動していたアリシアだった。
「はい。人間の巫覡からは人間の姿として認識されるようですが、私達には別の姿で目に映ります」
「聞かせてもらって良い?ついでに、ルグナツァリオやキュピレキュピヌ以外の神が魔族達になんて呼ばれているのかも教えて欲しい」
「勿論です!ああ…!こんな些末なことでもノア様のお役に立てるだなんて…それにこの右手に伝わる感触…!幸せ…!」
〈キミはあんまり力がないみたいだし、ぎゅーってしても良いんだよ?〉
ウルミラがそこまで言うとは。かなり気を許している証拠だな。
ちなみに、私がぎゅーっとすると苦しめてしまうためやらない。あの時のウルミラの若干怯えた様子には強い罪悪感を覚えたものだ。
そしてやはりアリシアはかなりのモフモフ好きだ。
ウルミラからぎゅーっとして良いと許可を貰ったら、迷わずあの子を抱きしめてしまった。
「あふぅ…!なんて極上な毛並み…!これはいけません!離れられません!ずっとこうしていたくなります…!」
そうだろうそうだろう。ウチの子達の毛並みは極上だろう?
アリシアには後でラビックも抱っこさせてあげたり両肩にレイブランとヤタールを乗せてあげよう。
同じモフモフ好きとして、この幸せを分かち合うのだ。
ところで、魔族から見た五大神の説明は、後にした方が良いだろうか?
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