第534話 ウチの子達を紹介しよう
ルイーゼから一緒に行動するように告げられたエクレーナは心底嬉しそうである。両手を頬に当て、目を輝かせて喜んでいる。
「よ、よろしいのですか…!?役目を終えた以上、私は魔王城に帰還する予定だったのですが…!」
「いい機会だからノアだけじゃなく周りの子達のことも知っておきなさい。この子達、リガロウ以外は貴女より強いわよ?」
そう言ってルイーゼはエクレーナにウチの子達を紹介していく。
新聞にはウチの子達のことも記載されていたが、あくまで私のオマケ程度である。注目度はリガロウよりも低かったりするのだ。
実際のところ、ウチの子達は魔力や気配を抑えているため実力を把握できないだろうし、周囲の目に映る姿が私やルイーゼに抱きかかえられて可愛がられている姿ばかりなのだ。
リガロウと互角程度の実力だと思っている者達が多かったりする。
現に、ルイーゼから自分よりも強いと説明されたエクレーナは、信じられないと言った様子でウチの子達を見つめている。
「こ…これほど愛くるしい外見をした子達が、私よりも…?」
「ちょっとやそっとじゃないわよ?ブッチギリで強いわよ?勿論、全員でじゃなくてその子達1体1体が、よ?」
「とてもそのようには…」
エクレーナを見つめるウチの子達の表情は、皆楽しげだ。いかにも構ってほしそうな表情をしている。
この子達も先程の戦闘で彼女の実力を十分知ったので、遊んでみたいと思ったのだろう。
そしてエクレーナは、ルイーゼから告げられた真実をまだ信じることができないでいる。
だが、それとは別にウチの子達が可愛いくて仕方がないと言った様子だ。許可さえ出せばすぐにでも撫で始めそうな雰囲気である。
なるほど。エクレーナもモフモフ好きなのだな?
「良かったら撫でる?毎日手入れをしてるから、触り心地は保証するよ?」
「ほぅあぁっ!?」
声を掛けただけでそこまで驚かなくても良い気が…。いや、エクレーナがラフマンデーと同じタイプの人物なら、こういった反応も止む無しか。
とはいえ気絶するほどではないようだし、少し待てば落ち着きを取り戻すだろう。そうしたらもう一度声を掛けてみればいいだけの話だ。
案の定、少し間を置けばエクレーナは落ち着きを取り戻してくれた。真剣な表情で私を見据えてくれている。今の状態ならばまともに会話が成立するだろう。
「それで、どう?貴女もモフモフした者が好きなんじゃないかな?」
「は、ははぁっ!毛皮に覆われた動物は可愛らしく思います!」
ならば話は早い。答えを待つ必要などないだろう。
ラビックを抱きかかえてエクレーナに差し出す。まずは一番抱きかかえやすいこの子を抱きかかえてみると良い。
「どうぞ」
「あ…!は…はい…!し、失礼いたし…ます…!」
エクレーナはまだラビック達が非常に強い力を持っているなどとは思っていないのだろう。
自分が抱きかかえることで傷付けてしまわないか、かなり慎重になっている。
だが、その心配も少しでも触れれば杞憂だったと分かるだろう。彼女ほどの実力者ならば、例え力を抑えていようとも直接触れることでその実力を理解できるだろうからな。
エクレーナの腕にラビックの体が触れた途端、彼女の体は硬直した。
「っ!?こ、これは…っ!?」
ラビックの強さを十分に理解し…てないなアレは。ラビックの毛並みに対する感動が強すぎて強さの方に意識が向いていない。
エクレーナは私が思っていた以上にモフモフ好きだったらしい。
「それだけじゃないけどね。アンタからラビックちゃんを手渡されたってのも、結構デカいわよ?」
何をするにしても私はエクレーナに強い影響を与えてしまうらしい。
だとしたら、なるべくエクレーナに声を掛けて耐性を付けてもらおうか。そうすれば、問題無く会話もできるようになるだろう。
「………!」
エクレーナが固まってしまっている。単純に、ラビックの外見に衝撃を受けてしまっているようだ。
この静寂は、抱きかかえられているラビックによって打ち消された。
〈あの、撫でたりなどはしないのですか?〉
「ふぉあぁぁっ!?」
まさか声を掛けられるとは思っていなかったようだ。
首をかしげながらエクレーナに尋ねたラビックに両手を突き上げるほど驚いてしまい、ラビックを空中に放り投げてしまった。
「っ!?しまっ」
〈問題ありません〉
自分に気を使う必要はない。それを伝えるためなのか、ラビックは空中で何枚もの魔力板を生成し、何度も空中で軌道を変えてエクレーナの肩に移動する。
エクレーナでは反応しきれない速度だ。それでいて彼女の肩に乗った際には全くと言って良いほど衝撃を与えていない。
〈エクレーナ嬢、改めまして自己紹介させていただきます。私は姫様に仕えさせていただいております、ラビックと申します。他の同僚達については、彼女達自身から直接お聞きください〉
「………」
音もなく自身の肩に乗ったラビックなのだが、その後非常に丁寧な自己紹介を受けたことで、ようやくあの子の実力を正確に把握できたようだ。今のエクレーナからは少なからず畏怖の念を感じる。
再び沈黙してしまっているが、今度は外見に衝撃を受けた際の硬直ではなく、動くに動けないと言った状態なのだろう。
なにせ肩に乗られているからな。ラビックのすぐ傍にはエクレーナの首がある。
仮にあの子がエクレーナの首に蹴りを放った場合、悲惨なことになってしまう。そしてエクレーナの実力ではその蹴りにまるで反応ができない。
それを、先程の空中軌道で嫌と言うほど思い知らされたのだろう。エクレーナの頬を、一筋の冷汗が伝って行った。
このままでは話が進まなくなってしまうので、そろそろ助け舟を出しておこう。
「ラビック、おいで?」
〈はっ〉
ラビックに私の元に来るように伝えれば、この子は『
うん、興もフワフワのモコモコ。実に素晴らしい肌触りだ。
「これで分かったでしょ?この子達、尋常じゃなく強いわよ?まだまだ他の街も見て回るけど、魔王城に到着するの、楽しみにしてなさい」
「………ハイ………」
今のルイーゼの台詞で、彼女が魔王城に着いたら何をする気なのか、予想が付いたようだ。緊張に身を固まらせてしまっている。
そして、今のエクレーナは他のウチの子達もラビックに近しい戦闘力を持っていることにも気づいている。
「魔王城に戻ったら、他の三魔将にも伝えておくと良い。この子達も会うのを楽しみにしているって。それはそうと、今度はこの子達だ」
「へ?おほぁあっ!?」
あまりラビックの触り心地を堪能できていなかったかもしれないが、私がこの子を抱きしめていたくなったので交代だ。今度はレイブランとヤタールをエクレーナの元に向かわせた。
〈肩がスベスベのツルツルね!つかまりにくいわ!〉〈後でピカピカ光るのをやってみて欲しいのよ!アレ綺麗だったのよ!〉
「はひぃ…」
「その子達はレイブランとヤタール。ラビックの同僚だよ。貴女のさっきの戦いぶりを見て貴女に興味を持ったみたい。良かったら、またあの動きを見せてあげて?」
「き、恐縮です…!」
エクレーナにとって想定外のことが起こり過ぎているようで、動きも口調もぎこちなくなっているな。
しかし、彼女にはまだまだモフモフを味わってもらう。レイブランとヤタールが終わったら今度はウルミラだ。
衝撃が強すぎるかもしれないが、これだけの衝撃を知っておけば、大抵のことでは驚かなくなるはずだ。今は頑張って耐えてもらおう。
エクレーナはウルミラが一番気に入ったようだ。というか、流石にレイブランとヤタールに絡まれていたことで少しは慣れたらしい。
彼女達との一方的な戯れが終わった後に人懐っこい狼が体を密着してきたのも良かったのだろう。
癒しを求めるかのようにウルミラの体に抱き着いて彼女の体を撫でまわしていた。
「ああ…!フカフカ…サラサラ…!堪りません…!」
〈なんか疲れちゃってる?頑張ったもんね!えらいえらい!〉
「癒されますぅ~!」
ラビック以外のウチの子達のエクレーナに対する態度が、上から目線…というか子供扱いしている感じなのだが、コレは偏に彼女達の方が年齢も実力もずっと上だからだ。
エクレーナの年齢は150歳を超えているのだが、ウチの子達からすればそのぐらいの年齢は、まだまだ幼子なのである。
「紹介も済んだことだし、そろそろ街を見て回ろうか。今回はルイーゼだけじゃなく、貴女にも案内してもらって良いかな?」
「っ!?は、ははぁっ!お、及ばずながら、ご案内させていただきます!!」
「緊張しちゃって…。まぁ、最初よりかはマシになったかしらね」
うん。大分マシになったと言えるだろう。やはりウチの子達と触れ合わせたのは、効果があったようだ。
そろそろ観光を開始しよう。
まずは、魔物と戦っていた者達を労うために用意されている炊き出しだ。どういった料理が振る舞われているのか、興味があるのだ。
それに、エクレーナも全力で戦闘を行い続けていたためか、かなり腹を空かせているようだしな。
「それじゃあ、中途半端な時間かもしれないけど、まずは腹ごしらえと行こうか。お腹、空いてるよね?」
「ははっ!あ!いえ!お気になさらず!1週間程度ならば飲まず食わずで活動できますので!」
思わず素直に返事をしてしまったようだが、自分の都合で私の時間を消費することを良しとはしなかったのだろう。慌てて食事の必要はないと申し出た。
大した持久力だとは思うが、無理は良くない。
いやまぁ、どの道昼食の時間になったら一緒に食事をするつもりだったからそれまで我慢すればいいと考えているのかもしれない。
だが、魔物の大量発生は突発的に発生した事象。つまり、ルイーゼの観光案内計画には含まれていなかったのだ。
それはつまり、戦いに参加した魔族達を労うための炊き出しも本来ならば口にできない料理だったということだ。
味に関しては、私を歓迎するために振る舞ってくれる料理の方が、遥かに良い味だろう。だが、そういう問題ではないのだ。
今振る舞われている炊き出しの料理は、今でなければ口にできないのだ。
素直に空腹だと答えてしまっていたエクレーナからは、期待の感情が含まれていた。
それはつまり、彼女も炊き出しの料理を楽しみにしていたということだ。
だったら、私も口にしてみたいと思うに決まっているじゃないか。
卑しいかもしれないが、直接戦闘を行っていないとはいえ、私だって歌で彼等を応援したのだ。炊き出しの料理を口にする権利がある筈だ。
「い、いえ、その…。ノア様が望むのであればそのようなことをおっしゃらずとも…。陛下にも振る舞われていたでしょうから…」
「ルイーゼは見ていただけだったのに食べられるの?」
「アンタも一緒よ一緒。手伝わなくても食べさせてもらえてたわよ」
むぅ…。慌てる様子を期待していたのだが、あっさりと返されてしまった。
この手のやり取りは側近とのやり取りで慣れているのかもしれない。
「くだらないこと考えてないでさっさと行くわよ!もうみんな食べ始めてるだろうし、早くいかないと無くなっちゃうわ!」
「良し、急ごう。リガロウ、行けるね?」
「お任せください!ひとっ飛びです!」
と言うわけで、炊き出しの場所までリガロウに乗って移動しよう。
「失礼するよ?」
「ふへぇっ!?な、何を!?」
「う~ん…傍から見てると結構面白いかも…」
ルイーゼは私の後ろに座ってもらい、エクレーナは私が横抱きしてリガロウに乗る。
よもや私に横抱きにされるとは思っていなかったらしく、折角落ち着いてきたというのに再びエクレーナは再び気が動転し始めた。
逆を言えば、気が動転しただけで済んだとも言える。最初に抱きしめた時はすぐに気絶してしまったからな。
それでは移動開始だ。
ついでに移動の最中にリガロウを紹介しておこう。
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