第535話 魔族は写真集を増版したい

 観光をするために街の中に入ってきたわけだが、私達は再び街の外へと移動している。

 それと言うのも、炊き出しを行っている場所が街の外だからだ。

 街から離れた場所と言うわけでもなく、街の出入り口の近くで炊き出しを行っているのだ。


 大勢に食事を振る舞うためにも、十分な場所を確保する必要があるからな。街の中でやるよりも外でやった方が楽なのだろう。


 料理を受け取るために街の住民達が綺麗に並んで列を作っている。

 特に誘導などもされているわけでもないというのに、列が乱れることもなければ喧嘩になることもない。治安が良い証拠だな。


 私達も並ばせてもらうとしよう。

 ルイーゼとエクレーナから私達ならば並ばずとも料理を受け取れると言われたが、綺麗な列を作って行儀よく並んでいる者達を差し置いて料理を受け取るのは、流石に気が引ける。


 それに、入国時の審査や街の門と違い料理はすぐに提供されるのだ。それほど待たされることもないだろう。少し話をしていればすぐに順番が回ってくる筈だ。


 現在炊き出しの食事を受け取っているのは、何も先程戦闘を行った者達だけではないようだ。

 見るからに非戦闘員のような親子も料理を受け取り、美味そうに食べている。

 ああいった表情を見ていると、割り込んで料理を受け取らなくて良かったと思わされる。


 今日だけでも斃した魔物の数は万を超えているのだ。

 元の魔物の数がその倍近くあったというのであれば、食材に関しては潤沢にあると言って良いだろう。

 聞けば炊き出しも恒例行事らしく、エクレーナがこの街に来た際に炊き出し用の調味料や食材を大量に持ってきているのだとか。


 つまるところ、魔物の脅威が去った今、祭りが開催された状態だと言った方がしっくりくるのだ。炊き出しの料理は、街の住民達全員に振る舞われるようだ。


 「こういった料理は、1種類の料理を大量に作って配るものだと思ったけど、そういうわけでもないんだね」

 「とんでもない数の魔物が押し寄せてくるから、非常事態なのは間違いないのよ。ただ、当然対策はするし、こういった時のために三魔将がいるってわけね」


 対策がしっかりとできている以上、恵みが向こうからやってくるのと同異議だろうからな。そしてそんな恵みの大部分を三魔将が齎してくれるというのならば、人気が出ないわけがないということだ。


 炊き出しの場に顔を出せば、私とエクレーナに強い感謝の感情が一斉に向けられた。

 エクレーナだけでなく私にまで強い感謝の感情を向けてきたのは、やはり彼等を応援するために歌を歌ったことが原因だろうか?


 「それ以外にあると思ってんの?アンタがあの時歌で応援したおかげで、予定よりもずっと早く魔物を片付けられたのよ?感謝されないわけがないでしょうが」

 「私が生きてきた生の中でも、あれほど気持ちが高ぶったことはありませんでした。全身が全能感で満たされ、自分が放てる最高の一撃も制限無く放てるような気分になっていました」

 「気がしてたんじゃなくじて実際に使ってたわね」


 私の歌によって強化されたエクレーナは、ルイーゼ曰く別人のように凄まじかったらしいい。


 なお、三魔将達には魔王城に着いたらウチの子達と戦ってもらう予定でいる。

 ルイーゼから聞く限りでは、彼等はエクレーナを含めて強さ比べが好きらしい。

 リガロウやウチの子達は勿論、私とも手合わせを申し込んでくる可能性が非常に高いのだ。


 ルイーゼからその話を聞かされた時、非常に楽しみに思ったのは内緒にするつもりだった。顔に出ていたらしくすぐにバレたが。


 嬉しいことに、ウチの子達の実力を知ったうえで、少なくともエクレーナは私達に挑む予定を変更しないようだ。

 ならば、他の三魔将達もウチの子達の実力を知ったうえで、それでも私達に挑んでくる可能性が高いと判断できる。


 いっそのこと、3人いっぺんに挑んできてもらっても一向に構わない。三魔将の連携がどれほどなのか、見せてもらおうじゃないか。


 「はっ!あの2人もその時を心待ちにしております!まぁ、色々と現実を知ることになりそうですが…」

 「うん。貴女が感じたこと、思ったことをしっかりと伝えておくと良い」


 ウチの子達の実力を正確に伝えれば、私達が魔王城に到着した時に、ウチの子達と戦う時に最初から全力を出してくれるだろう。


 話をしている間に順番が回ってきたことだし、料理を受け取るとしよう。


 「ノア様のお口に合うかどうかわかりませんが…」

 「その心配はしていないよ。周りにいる者達が皆、貴方達の料理を口にして表情を綻ばせているんだ。彼等の表情を信じるまでさ」

 「ノア様…!」 


 感激しながらも手渡してくれた器からは、とても美味そうな香りが漂っている。

 というか、炊き出し用の鍋からも食欲をそそる香りが漂っているので、並んでいる者達は皆待ち遠しそうにしているのだ。

 会話で多少は紛らわせていたが、私も待ち遠しかった。


 私達が受け取った料理は具沢山のビーフシチューだ。尤も、ビーフと銘打ってはいるが実際には複数の魔物の肉を使用されているため、正確にはビーフシチューではないのだが。


 だが、そんなことは関係ない。料理を口にした魔族達の表情が全てだ。美味ければそれで良いのである。さぁ、私達もいただくとしよう。


 「あ、あの…!」


 全員料理を受け取ったので後ろで待っている者達のためにすぐに離れようと思ったのだが、料理を手渡してくれた魔族に呼び止められてしまった。何か伝えたいことがあるらしい。


 「ノア様の歌、街まで届いてきました!とっても素敵でした!ありがとうございました!」

 「…どういたしまして」


 まさか、歌声が街の方にまで届いていたとは…。精一杯の気持ちを込めた感謝の言葉に、少しだけ言葉が詰まってしまった。

 やはり、感謝の言葉を送られるというのは良いものだな。言われ慣れている言葉の筈だというのに、自然と顔が綻んだ。


 「はぅ…っ!よ、呼び止めてしまって申し訳ありません…!で、では、失礼しました…!」


 返礼の言葉を送ったら、感謝の言葉を送ってくれた少女は顔を真っ赤にさせて俯き、作業に戻っていった。


 「罪な女ねぇ~。自然にあんな表情見せちゃうんだから」

 「普段は見る機会のないノア様の慈愛に満ちた微笑み…。一体どれほどの価値が…」


 あまり自覚がないのだが、先程の綻んだ表情はエクレーナが語るほど頻度が低いということはないと思うのだが…。

 なにせ、リガロウやウチの子達と触れ合う時は大体今みたいな表情をしていると思うからな。ジョージも見たことがある筈だし、イネス辺りが写真に収めたこともあるんじゃないだろうか?

 

 「いやさ?ああいう表情向けるのって大体アンタの身内に対してでしょ?それ以外の個人に直接向けたことが、今までに何回あったかしらね?」


 そう言われると…あまりないな?そもそも、そいう言った表情は人前でしない方が良いと何度か注意を受けた記憶があるぐらいだ。

 私は感情と共に自然に表情が動いてしまうため、無茶な要求だとその時は思っていたが、思いのほか人と会話をしている時はそれほど感情が動いた記憶がない。

 そのため、あまり意識をしたことが無かったのだ。


 「多分、これからもあまり人前では表情はそう変わらないんじゃないかな?」

 「はぁ…。ノア様の写真集、欲しいですね…。様々な衣装だけでなく、普段は見られないような表情まで写っていると新聞に記載されていました…」

 「アレねぇ…。私もいつ手に入れられるようになるのか、全然分からないのよねぇ…」

 「魔王国でも印刷の手伝いをするって話だったけど?」


 生産が全くと言って良いほど追いついていないため、魔王国も増版に協力すると新聞に記載されていた筈だ。


 魔王国の住民達の私に対する反応を考えれば、すぐにでも行動を開始する気がするのだが…。


 「増版した写真集の何割を人間達の国家に提供するかで揉めるのは間違いないでしょうね。写真集を求めているのは、魔王国だけではありませんから」


 あー…なるほど?増版を協力するのであって勝手に印刷して魔王国で販売するわけではないのか。


 「図書館の書物ではありませんからね。複製する場合は許可が必要になります」

 「その許可を得るために様々な要求を受け入れる必要がある、と」

 「それが、売上金の一部の譲渡と増版した写真集の一部提供だったりするわけね。1つの国に普及させるのにも苦労してるって言うのに、世界中に普及させるつもりでいるみたいだから、未だに揉めてるのよねぇ…」


 それだけ大事なのだろうな。

 し悩ましいところではあるかもしれないが、私としては彼等の心意気は素晴らしいと思っている。


 良い物は独占するのではなく多くの者達で共有しようとしているのだ。

 強欲な者であれば良い物は自分だけで独占しようとするだろうからな。

 確かに優れた物を独占し占有することは優越感が得られるだろうが、それでは発展が望めない。

 それに、同じ物を好む者同士での交流もなくなるだろう。それは寂しい。


 だからこそ、良い物はなるべく皆で共有した方が私は良いと思う。

 勿論、危険物であったり周りに悪影響が出るようなものは厳しく管理する必要はあるだろうが。

 今回の写真集に限ってはなるべく拡散させていくべきなのだろう。


 「それにしても、チヒロードの記者ギルドも強かなものだね」

 「はい?」

 「無断で複製することが認められていないからと言っも、大量に増版できるのが魔王国のおかげなら、もっと魔王国に普及を優先させても良いと思うんだ」


 何も増版された写真集を魔王国にしか販売しろと言うわけではない。

 だが、先に魔王国全体に普及させた方が生産もスムーズになると思うのだ。


 そう思っていたのだが、私は何やら根本的な勘違いをしていたらしい。


 「ええ…?ああ!違うのよ。揉めてるのはあくまでウチの連中だけよ。ウチの偉い連中がいつまで経っても話がまとまらないから、未だにニスマ王国にも行けないでいるのよ」

 「…魔王国だけで決めることではないんじゃ?」

 「そうね。でも、話をスムーズに進めるためにも、ウチの意見ぐらいはまとめておきたいのよ。向こうで交渉している最中に意見が割れる、何てことにならないためにもね」


 それは大事だな。ただでさえ難航しそうな交渉なのだ。身内で意見が分かれていてはまとまる話もまとまらなくなってしまう。


 まぁ、私の写真集ではあるが私が関わる話ではないだろう。しっかりと話をまとめて円滑に交渉を進めて欲しいところだ。


 そんなことよりも、受け取ったビーフシチューを食べようじゃないか。

 炊き出しの料理は他にもあるが、エクレーナが迷わずこの料理を選んだということは、きっと彼女の好物なのだ。味は期待して良いだろう。勿論、リガロウやウチの子達の分ももらっている。


 周りの邪魔にならない位置まで移動して『我地也ガジヤ』で椅子と机を用意したら、皆で同時に食事の挨拶をしよう。


 いただきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る