第536話 昼食まで時間を潰そう
エクレーナが期待していただけあり、ビーフシチューは炊き出しの料理とは思えないほどに絶品だった。
牛以外の複数の肉の旨味も確かに感じられるというのに、しっかりとビーフシチューだと感じられる味だった。
柔らかくなるまでじっくりと煮込まれた野菜にも、肉の旨味やビーフシチューの味がしっかりと染み込んでいる。
歯を立てずとも容易に崩れ、その直後に野菜の旨味がシチューの味と共に口の中に広がるのだ。
なんと言っても、肉が一切れ2.5立法㎝と大きな塊の肉になっている。
赤身と脂の割合が絶妙で、こちらの肉もまた口に入れた途端にホロホロと崩れていき肉とシチューの味が口の中に広がっていく。
この料理、完全再現できるようにしよう。ラビックやレイブランとヤタールはともかく、ウルミラやリガロウが物足りなそうにしているのだ。
リガロウは勿論、ウルミラも口が大きいうえに良く食べる子だからな。私達が受け取った椀1杯分では単純に量が少ないのだ。あっという間に無くなってしまった。
同じ料理を大量に作りこの子達やホーディ達にもたっぷりと食べさせてあげよう。
そのためにも、この絶品料理。なるべくゆっくり食べよう。
1口1口をじっくりと味わい、味を確実に再現させるのだ。
「あの…。お代わり、できますよ?」
「………」
なんてこった。重要なことが頭から抜けていた。炊き出しだったので、1人1杯までだと思い込んでいたのだ。
聞けばお代わり自由らしい。大判振る舞いにもほどがないか?いや、嬉しいのは確かだが。それほどまでに食料は潤沢だというのか。
「ええ、まぁ。私が大量に持ち込んだものもありますし、正直な話、これでも使いきれないのではないかと…」
「ちなみに、使いきれなかった食料は格納空間に保管されて次の魔物大量発生の備えにされるわよ」
無駄になる物がないようでなによりだ。遠慮する必要はないということだな。
だが、今からお代わりを貰おうにも、既にビーフシチューを求めて結構な住民が並んでいる。先程見た者もいるので、お代わりを求めているのだろう。
私達も再びビーフシチューを求めて列に並んでも良いが、炊き出しで提供されている料理は何もビーフシチューだけではない。
炊き出し場の全体を『
私達が次に並んだのは、魔物の素材で作られたボロネーゼだ。1皿300g以上とボリューミーだ。上にチーズソースが掛けられており、とても美味そうである。
「ねぇ、ノア?ひょっとしてここの料理、全部貰うつもり?」
「?それはそうだろう。今回のような時期でないと食べられないんだから、可能な限りいただくとも」
「そ…そう……」
受け取ったボロネーゼを口にしようと思ったのだが、その前にルイーゼから質問を受けたので答えておいた。
が、私の返答を聞くなり心配そうな表情しだした。何か気になることでもあるのだろうか?
「や…。確かに今じゃないと食べられない料理だけどさぁ…。お昼前なの、分かってる?」
「勿論。炊き出しの料理も予め用意してくれているであろう料理も、どちらもありがたくいただくよ」
私を喜ばせるために用意してくれた料理が、不味い筈がないからな。全て平らげさせてもらうとも。
で、それを聞いて何故そうまで不安な…と言うよりも何かを懸念しているような表情を…?
今更だがエクレーナも若干ルイーゼと同じような表情をしている。
まぁいい。そんなことよりもボロネーゼだ。
うん。麺の茹で加減も速すぎず遅すぎず。中心に芯が残り、歯を立てればプツリと千切れる触感。所謂アルデンテと言うヤツだな。噛めば噛むほど麦の甘味がソースと共に広がっていく。
そのソースもパスタに均一に絡んでいて味に偏りがない。
パスタ料理ではあるが、ウチの子達は問題無い。この子達は自分で『
そして、ウルミラとリガロウにとってはやはり一皿が小さいのであっという間に食べ終わってしまう。私はまだ食べ終わっていないのだがな。
〈お肉たっぷりで美味しいわ!気に入ったわ!〉〈チーズソースが満遍なくパスタに絡むのよ!美味しいのよ!〉
〈先程のシチューもですが、素材の旨味がよく出されていますね。素晴らしい料理です〉
美味そうに料理を食べるラビック達が可愛らしい。撫でまわしたいところだが私も料理に集中したい。今は我慢だ。
〈ご主人~♪今度はどの料理貰いに行く~?〉
「グキュルゥ…。ステーキ、ケバブ、からあげ、ピザ…。より取り見取り…」
ウルミラもリガロウも味には満足しているようだがもっと沢山食べたがっている。
他の料理もどんどん食べて行こう。どの料理も一回はお代わりをしたいところだな!
どの料理も一通り味わい、お代わりもさせてもらった。味もしっかりと覚えたので、料理の再現も問題無く可能だろう。留守番している子達に振る舞うのが楽しみである。
「…随分と余裕ねぇ…。もう14時になりそうなんですけど…?」
「その…最後までご一緒できず、誠に申し訳ありませんでした…」
それは全く構わないのだが、何故そうも悲しそうなのだろうか?ルイーゼに至っては呆れかえった表情をしている。心外なのだが?
「アンタねぇ…。いい?もうすぐ14時なの。後1時間もしたら正午。お昼の時間なの。分かる?お昼よ?アンタのための昼食が用意されてるの!」
「うん。とてもありがたいことだし、楽しみにしてる」
「今の今までガッツリ食べてたわよね?」
それはそうだが、私は食べようと思えばいくらでも食べられるからな。まったく問題無いのだ。
ウルミラとリガロウはそもそも量が足りないし、ラビック達はお代わりをしていない。昼食は問題無く平らげるだろう。
レイブランとヤタールは食べ過ぎたら動けなくなると知っている。食べ過ぎて別の料理が食べられなくなる状況を回避するために、控えることを覚えたのだ。
〈まだまだ食べられるわ!へっちゃらよ!〉〈このあとまた美味しいものが食べられるのよ!〉
〈お昼ご飯までなにする?少しだけ時間あるよね?遊ぶ?〉
毎回昼食は正午に用意されていたから、ウチの子達は昼食まで少し時間があると理解している。
1時間という時間は、思った以上に短い。今から観光を始めてもあっという間に昼食の時間になり、中途半端な思いをしてしまうだろう。
だったら、この場で何かをして時間を潰した方が良いのかもしれない。
ただ、懸念もある。
ルイーゼは、今回の観光案内のために綿密なスケジュールを立てていると思うのだ。そのスケジュールを無視してしまうのは、若干心苦しい。
まして、観光案内を頼んだのは他ならぬ私自身なのだ。私の都合で予定のない行動をとるのは、我儘が過ぎる気がしてきた。
尤も、それを言ったらエクレーナ達の魔物の対処を見学している時点で今更の話だったりする。
私の懸念をルイーゼも感じ取ったようだ。やや呆れ気味に諭してきた。
「確かにアンタを満足させるためにアレコレ考えて色々用意したわよ?でも全部が全部予定通りに事が進むだなんて思ってないわ。なにせ相手がアンタなんだから。好きなことをすればいいのよ。なんだったら、ここでお昼まで時間を潰すでもいいわよ?ここにいるみんなに歌でも披露してあげたら?喜ぶわよ?」
「へ、陛下!流石にそれは…!」
ああ、それはいいな。
白状するが、歌を歌うのは非常に楽しいのだが、如何せん今のところ1曲歌ってそれで終わりだったからな。歌い足りないのだ。
エクレーナが何やらルイーゼを諫めているが、私が歌いたいのだ。気にする必要はない。
ルイーゼのおかげで私は複数の歌を知っている。
それらをこの場で歌えば、あっという間に昼食の時間が訪れるだろう。早速歌わせてもらおうじゃないか。
『収納』からギターを取り出して弦を弾こうとしたところで、ルイーゼから注意が入った。
「分かってると思うけど、魔力を込めたらだめよ?どんなことになるかは、もう分かってるわよね?」
「勿論。まぁ、大勢に聞かせるためにも、拡声器は使わせてもらうけどね」
エクレーナ達を応援する際にも使用した音を大きくする魔術具だ。街全体に歌と曲を伝えるためにも、この魔術具は使用させてもらおう。
気を取り直して弦を弾こうとしたら、今度はエクレーナが周囲に対して叫び出した。これから私が歌を披露するのを知らせるようだ。
「聞け!皆の者!!これよりノア様が我等に歌を披露して下さるぞ!!心して耳に収めよ!!!」
「あー…。エクレーナはこう言ってるけど、気楽に聞けばいいからね?魔術具で音を大きくするから、嫌でも耳に入ってくるでしょうし。そのまま食事をしながらでも聞いてちょうだい」
私としては、劇を観ながら軽食を取るような感覚で聞いてくれればそれでよかったので、ルイーゼのフォローが助かる。まぁ、そのフォローはあまり功を奏してはいないのだが。
エクレーナの通達により、私の歌を聞けると知ってこの場にいる者だけでなく、街の中にいた住民達まで外に出てきたのである。
どれだけ人が集まろうと構いはしない。私は私が歌いたいように歌うまでだ。
それから約1時間。やはりあっという間だったな。好きなように歌っていたらすぐに正午になってしまっていた。
評判は…まぁ、分かっていたことだからあまり気にしないことにした。とりあえずエクレーナは涙を拭こう。
「か…感激です…っ!間近でノア様の歌う御姿をこの目に…!ノア様の歌声を耳にできて…!」
「やー、ホントに凄かったわねぇ。正直昼食の予定が無かったらもっと聞いていたかったわ」
「ありがとう。歌いたくなったらまた歌わせてもらうよ」
というか、私自身実を言うとまだ歌い足りないのだがな。
不思議なことに、歌えば歌うほどもっと歌っていたくなってしまうのだ。楽しくて仕方がない。
ところで、既にギターも『収納』に仕舞っているし歌も止めているのだが、周囲の気配は一向に変わる気配がない。
昼食のためにこの場から移動する際、彼等に声を掛けても、多分反応されない気がする。まぁ、それでも移動はしてしまうのだが。
いつの間にかこの場から私がいなくなっていて困惑しないだろうか?
「気にする必要ないわよ。お昼ご飯が待ってるから、さっさと移動しましょ」
ルイーゼもこう言っていることだし、移動させてもらうとしよう。既に炊き出しに対する感謝の想いは歌に乗せて伝えているのだ。
街の入り口には人だかりができてしまっていて物理的に門を潜れなくなっているが、問題はない。
この場に来た時と同じようにリガロウに乗って移動してしまえばいいのだ。今回もまたエクレーナを抱えさせてもらおう。
「………」
「?どうかしたの?」
そう思ってエクレーナの傍に寄ったのだが、ルイーゼから何かを訴えるような非難がましい視線を送られてしまった。
どこか拗ねているような気配もあるな。要望があるのだろうか?
「べっつにぃ~?随分とエクレーナのこと気に掛けるなぁ~って思っただけだしぃ~?」
「あ、あの!私はその、追いつけますので…!」
どうやらエクレーナばかり構うせいで拗ねてしまったようだ。
それなら、今回はルイーゼを横抱きにさせてもらおう。
「エクレーナ、私の後ろに座ってもらえる?」
「へ?は、ははぁっ!」
「サラッと私を横抱きにしないでもらえる?」
エクレーナの傍からルイーゼの傍に移動した時点で私に横抱きにされると予想していたのだろう。
実際に抱きかかえても驚かれたりはしなかった。が、表情がほころんでいるところを見るにこれで正解だったようだ。今のルイーゼからは拗ねた気配も不満の気配も感じられない。
しかし、ここから昼食を取る場所はそう遠くない。10秒もせずに到着するだろう。行きがそうだったからな。
この状態を楽しみたいのなら、街から街への移動中にすれば良いものを…。
まぁいい。本人が納得しているのだから、私が気にすることではないのだ。
昼食を用意してくれた者達を待たせないためにも、さっさと移動しよう。
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