第537話 プレゼントを教え合う
昼食を終えた私達は、本格的にこの街の観光を始めることにした。
魔物の大量発生によって意識が外れてしまっていたが、この街は別に魔物の素材で成り立っているわけではない。
この街のおもな産業は工芸品、その中でも銘木を用いた家具のようだ。
「ここで制作されてる家具は魔王城でも使用されていたりするわね。素材からして高級品を使ってるから、すんごい値打ちモノなんだから!」
「家具の品質はどうなの?」
「勿論、最高品質に決まってるわ!丈夫で使いやすくて裕福層から大人気ね!そもそも素材になってる銘木からして物凄く頑丈なのよ。まぁ、そのせいで加工が難しいから価格も増加するんだけどね?」
「そんな頑丈な素材を、我々が使いやすいように加工してくれているのが、彼等職人の方々です」
エクレーナが捕捉説明と共に紹介してくれたのは、この場で加工作業を行っている職人達だ。
私達は現在エクレーナと共にこの街の産業である工芸品の作業場に来ている。つまるところ、今回も見学と言うわけだな。
昼食で満腹になったからか、レイブランとヤタールが眠そうにしている。何日か前にも見た光景だな。
「相変わらずこの娘達は…。今回はレイブランちゃんを抱っこしようかしら。ノア、良い?」
「構わないよ。エクレーナも抱っこする?」
「わ、私もですか!?」
私の両肩で眠そうにしている2羽を見て、エクレーナはとても愛おしそうな視線を彼女達に向けていたからな。きっと抱きかかえたかったのだろう。
確認を取ってみれば、気は動転してはいるものの、その内心は歓喜に満ちている。
私に声を掛けられたからだけではなく、この娘達を抱きかかえられるかもしれないという希望に、心が靡いたようだ。
私が許可を出せばルイーゼはすぐさまレイブランを抱きかかえて彼女の体を撫で始めた。
腕に包まれた心地良さに加えて優しく撫でられることで堪えられなくなってそのまま眠ってしまったな。とても可愛い。
そんなルイーゼの様子を見てエクレーナも決心がついたようだ。私の肩に止まっているヤタールに腕を伸ばし、自分の腕の中に抱き寄せた。
驚かせないように気を使っているのか、はたまた彼女の強さを理解して気後れしているかは分からないが、エクレーナの伸ばす手はかなりぎこちない。
見かねたルイーゼがアドバイスを送るほどだ。
「アンタが可愛がってる部下に、鳥の種族の子がいるでしょ?あの子を可愛がるような感覚で良いのよ」
「べ、別に彼のことは可愛がっているというわけでは…!」
エクレーナの部下には、可愛らしい鳥型の魔族がいるらしい。"彼"と言っているので、男性のようだ。
ルイーゼからの指摘を否定しているが、流石に顏を赤くさせて慌てて否定しているようでは、指摘が図星だと言っているのと何も変わらない。
観念したのか、エクレーナがヤタールに手を伸ばす。
相変わらず動きにぎこちなさを感じるが、先程よりはマシになっている。
もう少しでエクレーナの手がヤタールの体に触れるところで、だ。
〈眠いからちょっと寝るのよ。そこの貴女、抱っこしてもらえるのよ?〉
「えっ!?は、はい!?だっこ、させていただきます!!」
突然ヤタールから声を掛けられ、エクレーナが若干パニックになってしまった。
尤も、すぐさまルイーゼの手刀によって正気に戻されたわけだが。
勿論、ルイーゼの手刀は例の秘伝奥義の手刀ではない。威力を加減した、ツッコミを行うための手刀だ。
「落ち着きなさいっての。眠そうにしてるのに騒いだら寝れないでしょ?」
「し、失礼しました…。それでは、ヤタール様、改めまして…」
〈抱っこしたら優しく撫でて欲しいのよ。気持ちいいからぐっすり寝れるのよ〉
「はっ!優しく撫でさせていただきます!」
エクレーナがヤタールを抱きかかえ、言われたとおりに優しく彼女の体を撫で始める。
体を撫でられているヤタールはとても気持ちよさそうにしている。こちらもレイブランに劣らず非常に可愛らしい。
そんな様子を見せられると私もレイブランとヤタールを抱きかかえて撫でまわしたくなるが、彼女達にその役割を譲った以上、今は我慢しておこう。
代わりに、木材を加工している職人達を真剣に見つめているラビックを抱っこさせてもらうとしよう。
特に抵抗も動揺もせずに大人しく抱きかかえられてくれるラビックは、やはりとても良い子だ。加えて、モコモコな毛並みが非常に気持ちいい。つい顔を埋めたくなってしまう。
だが、それも我慢だ。
私とて、木材の加工作業に興味がないわけではないのだ。何の変哲もない木材の形が家具の姿へと徐々に変わっていく様は、見ていて飽きがこないのだ。
〈この光景、ゴドファンスが見ていたら感嘆の声を漏らしていたに違いありませんね…。大変見事です〉
〈凄いよね。切ったり削ったりしてドンドン形が出来上がってってる〉
「かっこいい…!」
ラビックの言う通り、陶芸に目覚めたゴドファンスがこの光景を見たら、強い関心を示すに違いない。
家具と陶器の違いはあれど、徐々に形が出来上がっていくのは変わりないからな。シンパシーを感じることだろう。
ラビックをして見事と言わせるのだ。ゴドファンスがそう思わない筈がないだろうな。
そしてリガロウは職人のカッコよさに気付いたようだ。
この子が職人の作業を見るのは、コレが初めてだったか。真剣な表情で1つ1つの作業をこなしていく様子に、すっかり魅了されている。
現在加工作業を行っている職人達は、私達が見学していることを知っているし、午前中に私の歌を聞いてもいた。
しかし、作業を行っている最中はそのことを意識から外している。雑念が原因で加工にミスを出さないためだ。
彼等は自分の仕事に誇りを持っている。良い物を作ろうという強い意思を感じさせられる。それも、ただ良い物ではない。これまで自分が作ってきた作品に満足せず、それを上回る作品を作ろうとしているのだ。
その飽くなき向上心には素直に称賛を送りたい。
彼等のそんな強い向上心があるからこそ、多くの者達から称賛されるような作品が出来上がっていくのだろう。
現に、今彼等が製作している家具は、今の時点で既に完成品が素晴らしい物になると確信が持てるほどだ。当然、顧客に対する強い思いも込められている。
あの家具、できれば欲しいな。
しかし、高級木材を使用しているのであれば、欲しいからと簡単に手に入るものではないだろうな。一応確認しておこう。
「ルイーゼ、ここで作られた家具って、やっぱり全部予約済みだったりするの?」
「そうね。素材が高級品だから、むやみやたらに使うわけにはいかないのよ。だから、注文が来てから製作するようになってるわ」
つまり、今彼等が製作している家具もまた、誰かが注文した品だと言うことか。
作り置きの品があれば購入しておきたかったのだが、受注生産であるならば諦めるほかないだろう。
予約注文して次にこの国に来た時に受け取るとしよう。
彼等の作った椅子や机を、家に接地したいと思ったのだ。職人達にオーカムヅミの木材を渡して加工してもらおうかと思ったのだ。
『我地也』では有機物の生成・操作・加工ができないからな。木製の家具を用意する場合は、私が形状を整えたオーカムヅミの木材を加工しなければならない。
が、これまでの生活では家具に椅子や机に必要性を感じなかったので作っていなかったのだ。
とは言え、彼等にいきなりそんなことを依頼しても困惑させてしまうだろう。
見たところ、彼等が加工している銘木とやらも、オーカムヅミほどの頑丈さがあるように見えないしな。
であれば、やはりルイーゼに相談するのが一番である。
「ええ…。アレの木材ぃ…?それってウチの職人達で加工できる物なの?」
「さぁ…。そこも含めて検証してみてもらいたいんだけど…」
ルイーゼが困った表情をしている。というか、どこか気まずいと言った表情だ。
流石に"楽園最奥"の素材を加工して欲しいというのは、難しいのだろうか?
「あー…。ソレもあるんだけどね?……うー…」
「?なにか内緒にしておきたいこと?」
どうにもルイーゼは何かを言いたくても言えないような、そんな気配を感じる。
今にも言ってしまおうか、このまま黙っているべきかを決めかねている様子だ。
多分だが、今も職人達が懸命に加工しているあの家具に関して悩んでいると思うのだが…。
「陛下。何も用意しているのはアレだけではないのですから、お伝えしてしまってもよろしいのでは?」
「で、でもさぁ…。うぅ~…」
エクレーナに説明を促されるも、未だに納得がいっていないようだ。
ルイーゼは一体何を秘密にしているのだろう?
ルイーゼをじっとりと見つめてみよう。何も言わず、ただただ見つめるのだ。彼女が白状するまで視線を送り続けさせてもらおう。
視線から逃れるように首を仰け反らせているので、効果は十分にあるのだろう。
ならば、ルイーゼの視界に入るように体を動かして彼女を見つめ続けてやろうじゃないか。
エクレーナからも促されている以上、私の興味はルイーゼの秘密に向けられている。さぁ、白状して楽になると良い!
「あ゛あ゛あ゛~~~!分かったわよ!言うわよ!言えばいいんでしょ!」
じっとりと見つめ続けること約5分。ようやく観念したようだ。悔しそうにしているルイーゼもまた可愛らしいな。
「もう…!驚かせようと思ったのに…。プレゼントよ、プレゼント。アンタ、私に誕生日プレゼントを用意してるって言ってたでしょ?」
「…うん。色々とね」
まだ何をプレゼントするかは言っていないが、期待してくれているのは間違いないだろう。
そしてこの話を持ち出すということは、つまりルイーゼも私にプレゼントを用意してくれているということだ。
「今彼等が作っている家具。アレ、アンタの物よ?」
「………?」
「だ・か・ら!アレが完成したら魔王城に送られて、アンタにプレゼントするために私が注文したの!」
なにそれ。嬉しすぎるのだが?抱きしめても良いだろうか?
「抱きしめてるからね?確認を取る前にもう抱きしめてるからね?まぁ、レイブランちゃんを挟まないように抱きしめたのは褒めてあげる」
レイブランを挟んだところで、その娘は頑丈だ。ルイーゼを抱きしめた際に間に挟んだとしても平気でいることだろう。
が、レイブランは熟睡中なのだ。邪魔をしないためにも挟まないように抱きしめることにした。
うん。単純にプレゼントを用意してくれているだけでも嬉しいのだが、まさか欲しいと思ったものが私のために用意している物だったとは。
そんなの、嬉しくなるに決まっているじゃないか!
「…ねぇ、ノア?私ばっかり秘密を喋るのは不公平じゃないかしら?」
「………」
「はい黙らない!色々用意してるって言うなら、1つぐらい何を用意してるか言ってみなさい!ほらキリキリ吐く!」
おおう。吹っ切れたルイーゼの勢いが激しい。これは情報を開示しなければ今度は私がじっとりと見つめ続けられてしまう。
それもまた面白そうではあるが、多分それ以上に煩わしさを感じてしまうだろうから、大人しく白状させてもらうとしよう。
「ウチの子達由来の食べ物から食器まで色々と用意してるけど…。そうだね。私が製作した物でぬいぐるみを用意してる」
「ぬいぐるみ!?へぇー!どんなのを用意してくれてるのかしら!?」
「言わなきゃダメ?」
「他にもいろいろあるなら言っちゃいなさいよぉ~。実物は見せなくても良いからさぁ~」
自分のプレゼントは実物も見せているのだから、と言わんばかりだ。まぁ、職人達の様子を見れば大体の完成図が把握できるので、間違ってはいないのだが。
それに、実物は見せなくて良いと言っているのだから、まだ有情と言えるだろう。
「ウチの子達を模したぬいぐるみだよ。素材に関しては、多分誰も知らない素材を使ってると思う」
「ふ~ん。まぁたとんでもないものを渡されそうねぇ…。でも、この子達のぬいぐるみかぁ…。絶対可愛い奴じゃない!」
勿論だとも。出来栄えは保証しよう。
そっくりに作ったのではなく、デフォルメされた姿ではあるが、そこまで言う必要はないだろう。
ルイーゼが会ったことのあるヨームズオームを含めた皆に加えてラフマンデーのぬいぐるみも用意してある。
更に!ぬいぐるみだけではなくオーカドリアを模した抱き枕も用意した!
すべてフレミーの糸から作られているため、触り心地も抱き心地も凄いことになっている自信作だ。
正直、渡した時のルイーゼの反応が楽しみで仕方がない。今もぬいぐるみの話を聞いて心を躍らせているルイーゼが可愛らしい。
彼女は私にぬいぐるみを譲ってくれた際に、抱きしめて寝る年齢ではないと言っていたが、存分に抱きしめ囲まれて眠ってもらいたいものだ。
その時の姿、是非この目に収めておきたいものだ。
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