第538話 私も使いたい

 街の見学も終り、夕食も済ませ、私達は宿の部屋に移動している。

 だが、部屋の中はもぬけの殻だ。実際には『亜空部屋アナザールーム』に全員移動している。風呂の時間まで修業を行う予定だからだ。

 尤も、レイブランとヤタール、そしてウルミラは遠目に眺めているだけなのだが。

 リガロウとエクレーナにはラビックが、ルイーゼには私が修業を付ける。


 〈エクレーナ嬢もリガロウもまだ"氣"を扱えないようですので、今回は"氣"の習得を目指してみましょうか〉

 「「よ、よろしくお願いします!」」


 ことの始まりは、リガロウのラビックへの要望だった。

 あの子はまだ"氣"を扱えていないどころかしっかりと認識できていなかったので、ラビックに教えを仰いだのだ。

 貪欲に強さを求めるリガロウの姿勢に感銘を受けたのか、ラビックはリガロウの要望を快諾した。こう言っては何だが、エクレーナはついでである。


 と言ってもラビックも"氣"を十全に扱えるわけではない。今回だけで満足に"氣"を扱えるようになるわけではないだろう。

 今後、リガロウの早朝の稽古は、主に"氣"を習熟する稽古になりそうだ。


 〈"氣"を扱った技能、氣功術ですが、当然"氣"を認識できなければ何も始まりません。まずは"氣"という存在を知覚できるようになりましょう。特にエクレーナ嬢〉

 「は、はいっ!」

 〈貴女には他の三魔将のお2方に"氣"について指導していただきたく思います。しっかりと学んでいってくださいね?〉

 「ははっ!全力を持って取り組ませていただきます!」


 "氣"を認識するだけならば特に体を動かすことはない。あちら側の修業は少なくとも今日に関しては静かなものとなるだろう。


 「それはつまり、コッチは静かな修業にはならないってことね…?」

 「まぁ、いつものことだし、今更だろう?好きなだけ体を動かせるんだ。悪いことではないと思うよ?」


 そう。ルイーゼに"氣"の放出方法を教えたあの日から、夕食後はルイーゼと組手による稽古を行うようにしているのだ。


 私が体を動かしたいというのもあるが、ルイーゼとの組手は思った以上いお互いにとって成長の糧になったのだ。


 ルイーゼが放っていた魔王の秘伝奥義。アレ、カッコ良かったから私も使ってみたいと思ったのだ。現在は組手の中で使用してもらい、見て盗んでいる最中である。

 それに、あの秘伝奥義は更に上を目指せる気がするのだ。私も使用できるようになったらルイーゼと共に開発するつもりだ。


 あくまで組手なのでお互いに全力は出していない。食後の運動程度の感覚に近い。


 魔力に関しても私は二色のままだ。まぁ、今はエクレーナも傍にいるので魔力色数を元に戻すわけにはいかないからなのだが。


 後、私は尻尾もなるべく使わないようにしている。逆を言えば、何度か尻尾を使わざるを得ない状況に追い詰められているというわけでもある。本当に大した実力だと思う。

 私も負けてはいられない。尻尾を使用するまで追いつめられた際の状況を精査し、より自分の体術に磨きを掛けていくのだ。


 まぁ、ルイーゼも必死になって訓練を重ねているので、日に日に動きが良くなっているのだが。


 「私にも魔王としての矜持ってもんがあんのよ!そう簡単に差をつけられてたまるもんですかってね!」


 拳を繰り出しながらルイーゼが訴える。

 彼女に対し私から仕掛けたのだが、動きを読んでいたらしい。そこに私の顔が来ると分かっていたかのような動きだ。


 読み自体は見事だが、タイミングが早すぎるな。余裕をもって対処可能だ。

 ルイーゼの拳が私の額に当たるように、少しだけ体を屈める。拳撃に対して頭突きで迎え撃つのだ。


 鈍い音が広がり、双方に鈍い痛みを伝えていく。

 全力を出していないとは言え、お互いに"氣"と魔力を併用しているのだ。身体能力は非常に高くなっている。


 頭突きの勢いに敗れ、拳を引っ込めながら顔をしかめてルイーゼが悪態をつく。


 「~~~っの、石頭~~~っ!」

 「いやいや、ルイーゼも同じことできるでしょ?」


 心外な評価である。が、怯んでくれたのだからこの機会を逃す手はない。このまま攻めさせてもらう。


 ルイーゼの背後に炎、氷、電気による奔流の魔術を発動させて退路を塞ぎ、正面から両拳でラッシュを叩きこむ。


 「っ!甘いわねっ!自爆なさい!」


 眼前からルイーゼの姿が消失する。背後から押し迫る三属性の奔流を察知して即座に私の頭上に転移を行ったようだ。


 ルイーゼは飲み会の時に貸し出した指輪の力を借りずとも『幻実影ファンタマイマス』を使いこなせるようになっているのだ。転移魔術ぐらい扱えるようになっていてもおかしくはない。

 それも、短距離の転移ならば瞬時に発動ができるようになっているようだ。

 そうこなくっちゃあな!ルイーゼの成長を嬉しく思う。


 私が放った奔流が私に襲い掛かる。更に頭上からはルイーゼが落下攻撃を行おうとしている。

 勿論、この程度は想定の範囲内だ。正面にいる相手の背後から奔流を放つということは、自分もその奔流に巻き込まれるということだからな。


 ルイーゼが回避しなければ両拳のラッシュによって奔流をせき止めかき消していたところだが、ここは頭上から襲い掛かって来るルイーゼに対する迎撃に再利用させてもらおう。


 少し手を加えた魔力板を生成し、斜めに傾けて三属性の奔流を受け止める。

 するとまるで鏡で光を反射させるかのように魔力の奔流が魔力板を起点に真上へと進路変更した。

 つまり、頭上から落下攻撃を仕掛けているルイーゼに向かって行ったのだ。


 「上等!まとめて潰させてもらうわっ!」


 ここで大抵の者ならば驚愕して反応が僅かにでも遅れたりするのだが、ルイーゼが相手ではそうはいかない。

 "氣"と魔力を融合させて右手に纏わせ、手刀を繰り出してきたのだ。

 私が体に纏わせた"氣"や魔力をかき消した魔王秘伝奥義の1つだな。魔力の奔流ごと、私を押し潰すらしい。


 「絶!ディバイダァ―ーーッ!!!」

 「そう、それ。それを見たかった」


 ルイーゼが習得している3つの秘伝奥義。更にそれらを1度にすべて叩き込む究極奥義とやら。

 習得するのならば、やはりその身で受けるのが1番手っ取り早い。

 以前奥義を受けた時に理屈は理解できたし、技を放つだけならば問題無く行えるとは思うのだ。


 だが、今ルイーゼがやっているように実戦で咄嗟に使用できるかと問われれば、首を横に振らざるを得ないな。

 そもそも、今しがた私に繰り出されているこの秘伝奥義は"氣"と魔力を融合させることが必須の奥義だ。


 私も"氣"と魔力を融合させることは可能だが、ルイーゼの方がよりスムーズに融合が可能なのだ。この奥義を習得するために、長い時間努力した賜物なのだろう。だからこそ、咄嗟に対応ができるのだ。


 魔王秘伝奥義其一、絶・ディバイダ―。 

 "氣"と魔力を融合させた手刀によって"氣"や魔力を対象から分断させる奥義だ。

 攻撃力が無いわけではないが、どちらかと言えば防御や隙を作るための奥義だと私は捉えた。


 2つのエネルギーが融合した際に生じる力は尋常ではない。それこそ、単色の魔力で使用する魔術と七色の魔力で使用する魔術ほどの差があるのだ。

 魔王であるルイーゼがそこに意思を乗せて手刀を放てば、魔術や氣功術はおろか、"氣"や魔力そのものを打ち払うことが可能となってしまうわけだ。


 "氣"と魔力を融合しただけでは防ぐことはできない。それは最初に組手を行った際に経験済みだ。

 おそらく、『分断』の意思を込めることに加え、手刀による物理的な干渉によって"氣"も魔力も関係なく対象から弾き飛ばしてしまっているのだろう。

 この奥義に対抗するには、こちらも同じように"氣"と魔力を融合させて『分断』の意思を乗せた物理的な衝撃をぶつけるしかない。つまり、同じ奥義で迎え撃つ必要があるのだ。


 右手に"氣"と魔力を集中させ、『分断』の意思を乗せてルイーゼの手刀を迎え撃つ。彼女に向かって行った三属性の奔流は既にかき消されてしまっている。

 手刀と手刀がぶつかり合い、私達を中心に凄まじい衝撃が広がっていった。


 傍から見れば委縮してしまうような光景かもしれないが、私達の周囲は『空間拡張ディメンエキスパ』によって広げられているため、周囲への被害はない。

 見学組であるレイブランとヤタールにウルミラはこちらの様子などまるで気にしていない。あの娘達が見学しているのはラビック達の方だからだ。


 ラビック達の動きがまるでないせいか、3体ともそれぞれにあくびをし始めているな。その様子は可愛らしいのだが、今はあの子達に構っている場合ではない。


 私の模倣は、上手くいかなかったようだ。

 一応の迎撃は成功したが、地上で踏ん張りの利く筈の私の方が大きく仰け反ってしまっている。

 魔力色数だけの問題ではないな。手刀同士でぶつかってみて分かったが、ただ融合させればいいという問題でもないらしい。


 ただ、ルイーゼは理不尽なものを見るような目でこちらを見据えている。迎撃されるとは思っていなかったのだろう。


 「…ねぇ、一度見せただけでそこまで真似されると、自信無くすんだけど?」

 「私としては、まるで真似できたとは思えない完成度だったけど?」

 「そこまでできるようになるまで私は相当時間掛かってんのよ!対処法まで一瞬で理解されて実際に対処された私の気持ちが分かる!?」


 ルイーゼが肉薄してきて不満をぶつけるように私に拳と蹴りで連続攻撃を仕掛けてくる。不満を受け止めるためにも、回避ではなく防御で対処しよう。


 「前にも言ったと思うけど、1度見たものを模倣したり再現したりするのは得意なんだ。むしろ、一度見たものを完全に模倣できなかったのは今回が初めてだよ?」


 拳と足には"氣"と魔力が宿っているため、一撃一撃が非常に重い。だが、秘伝奥義のように私が纏っている"氣"や魔力をかき消す力はないようだ。

 やはり、あの奥義を習得するにはまだ何度か実際に見せてもらい、この身で受ける必要があるだろう。今日は何回見せてもらえるかな?


 おっと、打撃に紛れて投げ技を仕掛けてきたか。尻尾を使用すればどうとでもなるが、それは少しズルいと思うので掴もうとする手は受け止めるのではなく弾かせてもらおう。


 勿論、受けるばかりでは修業にならない。こちらからも仕掛けさせてもらう。



 風呂に入る時間になったので、私達は修業を終えて全員で風呂場に来ている。勿論エクレーナも一緒だ。彼女の胸は私やルイーゼよりも大きい。

 そのことに私は何とも思わないが、自分の胸の大きさにコンプレックスを持っているルイーゼが妬みの感情を乗せた視線をエクレーナの胸に向けている。


 「ああ…そんな、陛下。そんなにまじまじと見つめられては照れてしまいます…。私の胸が恋しいのですか?昔はよく私の胸の中でお昼寝をして下さいましたこと、よく覚えていますよ?遠慮はいりません!さぁっ!」

 「違うっての!あ゛あ゛あ゛ぁ~~~っ!抱き着こうとしない!胸を顔に押し付けようとしない!」

 〈平和だなぁ~…〉


 エクレーナはルイーゼの武芸の教育係だったそうだが、あの様子だと世話係も務めていたのかもしれないな。とても微笑ましい光景が繰り広げられている。

 あの中に混ざりたい気持ちもあるが、私が混ざった場合、十中八九エクレーナが卒倒してしまうだろう。


 それだけではない。

 私にはリガロウを綺麗に洗ってあげるという大事な仕事があるのだ。この場にエクレーナがいる手前、『幻実影』を使用するわけにもいかないからな。


 「リガロウ、"氣"の認識はできたかな?」

 「はい!おかげでルイーゼ様がちょっと怖かった理由が分かりました!あの方、"氣"の量が凄く多いですね!」


 素晴らしい。ラビックの教えによってリガロウも"氣"を知覚できるようになったらしい。

 元よりこの子はルイーゼの"氣"を漠然と感じ取っていたため素質があるは思っていたのだ。まさかこれほど短時間で"氣"を正確に知覚できるようになるとは…。やはりこの子は天才だな!沢山褒めておこう!


 「グキュウ、グキャゥ…!」

 「流石は私の眷属だね。凄いよ。この調子で"氣"を扱えるようになれると良いね」


 嬉しそうにしているリガロウが愛おしい。ああ、いけない。このままでは体を洗うことも忘れて構い斃してしまいそうだ。気を確かに持って我慢しなければ。


 体も洗い終わり、全員で浴槽の湯に浸かる。

 やはり、風呂は良い物だな。別段疲れなど溜まっているわけではないが、それでも疲れが抜けていくような感覚を味わえる。


 「はぁあ~あ゛あ゛あ゛~~~…っ。思いっきり体を動かした後のお風呂はやっぱり気持ちいいわねぇ~!生き返る気分だわぁ…!」

 「陛下、まだお若いのですから、あまりそのような発言は…」

 「良いじゃないのよ、別に。アンタだって私ぐらいの時に同じ気分になったことあるでしょ?」

 「それは…まぁ、否定しませんが…」


 若かろうが年を取ろうが、疲れた体に風呂は最高と言うことだな。

 だが、風呂の素晴らしさはこれだけではない。風呂上がりにはエクレーナにも特製のリジェネポーションを味わってもらうとしよう。勿論、ルイーゼは観光初日から体験済みだ。


 結局、あれからルイーゼが秘伝奥義を使用してくれることは無かった。

 彼女にとってもそうそう簡単に披露すべき奥義では無いらしく、試用させるには相応に追い詰める必要がありそうだ。


 「大体ねぇ、何度もホイホイ見せてたら簡単に真似されちゃうでしょうが」

 「うん。真似したいからホイホイ使ってほしいんだけどね?」

 「私に見せてもらうだけじゃなくて自力で体得する努力をしなさい!」


 まぁ、実際に見せてもらい、この身で受ければ手っ取り早く習得できるのであって自力で習得できないわけではないからな。ルイーゼの言う通り、自力で体得するのも吝かではない。

 それはそれとして、使ってもらう機会は作っていこうと思っているがな。


 「まったく…。この分だと魔王城に着く頃には3つとも習得しちゃいそうね…」


 いいな。それはいい。やって見せようじゃないか。

 魔王城に到着するまでに秘伝奥義を3つ習得する。


 今後はそれを目標にしてみよう。

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