第533話 歌で応援してみよう

 時間にして2時間ほど経過したところか。

 仕上げと語っていただけあり、今回の戦闘で魔物を全て倒してしまうつもりらしい。エクレーナがこちらに戻ってくる気配はない。

 彼女は未だに率先して魔物を殲滅している。

 時折魔力が回復しているので、何らかの回復薬を服用しているのだろう。


 思えば、ああして魔力や体力が回復するような薬を使用しているところを見るのは、今回が初めてのような気がする。

 私には必要が無い物だったので、今まで一度も購入したことが無いのだ。


 所持自体はしている。

 マクシミリアンがいくつか所持していたからな。アレをそのまま拝借させてもらったのだ。

 解析は済んでいるし、千尋の研究資料にも製法が載っていたので、作ろうと思えば量産は可能だ。


 さて、現状私達は戦闘の見学しかしていないわけだが、この状況で何もしないのは流石に気が引ける。

 戦闘はまだまだ長引きそうだし、直接戦闘を行うつもりはないが、彼等の手伝いぐらいはさせてもらいたいものだ。


 そうだな…。彼等は激戦で疲れているだろうし腹も空かせていることだろう。炊き出しでも行おうか?

 と思ったら料理は既に用意されているのだとか。すでに出来上がっていたら手伝いもできないな。


 それなら、少し試してみたいことがあるから、ルイーゼに了承を取ってみるか。


 「なぁに?相談してくるってことは、ヤバいことでもやるつもり?」

 「ヤバいかどうかの判断はルイーゼに頼むよ。彼等を応援しようと思ってね」


 そう、応援だ。今も自分を含めた街の住民達のために魔物と戦い続けている者達を応戦するために、歌でも届けようかと思うのだ。


 私が魔力を込めて歌うだけである種の魔法になるとルイーゼは言ってたからな。

 私が彼等に向けて魔力の籠った歌を歌ったらどれほどの効果が出るのか、それを知りたくなったのだ。


 「また、とんでもないこと考えたわねぇ…。ちなみに、どんな歌を歌うつもり?」

 「ん。聞く者を活気づけて鼓舞する歌かな?」


 狙う効果は、体力の回復と身体能力の強化と言ったところか。

 とは言え、実際にその効果は表れるとは限らないので、込める魔力は可能な限り少なくしておくつもりだ。


 「あくまで実験的な試みってところね。良いんじゃない?多分、魔力を込めなくても士気は爆増するでしょうし、私としてもどうなるか興味があるわ」


 良し。許可も下りたことだし、目一杯彼等を応援するとしよう。

 使用する魔力量は抑えるが、応援するという思いや歌そのものに関しては手を抜くつもりは一切ない。

 勿論、楽器の演奏も忘れない。今回は撥弦楽器の中でも人気のあるギターを用いよう。


 声を伝え広げるのは、問題無い。

 返礼のために歌や音楽を披露するようになってからと言うもの、音を拡大させる魔術具を作ってあるのだ。広域で魔物達と戦っているすべての者に私の歌と音楽が届くだろう。


 曲のテンポは戦闘中と言うこともあり、速いテンポの曲にしてみよう。


 魔力を込めて弦を弾いた瞬間、周囲の空気が一変する。魔物達は目に見えて怯みだし、エクレーナも含めた魔族達全員の感情が膨れ上がったのだ。


 これは、視界に囚われて歌に支障が出る可能性がありそうだ。瞳は閉じておこう。

 口を開き、歌を歌う。

 私の耳に魔族達やエクレーナの喚声が耳に入ってくるが、それらは今は意識から切り離しておく。歌うことに集中するのだ。



 時間にして3分47秒。1曲歌い終わる頃には静寂が辺りを包んでいた。私が歌っている最中に戦闘は終わっていたようだ。

 ギターを収納空間に仕舞い、目を開いて戦闘が起きていた場所を見据えた瞬間、私に向けてこれまで効いた中でも特に大きな歓声を送られた。


 人数に対して歓声の大きさが尋常じゃない。それほどまでに影響が大きかったのだろうか?

 演奏にも歌唱にも、込めた魔力は多くない。それこそ、一般的な魔術師が中級魔術を使用する程度の魔力量だ。

 それとも、思いを込めた歌と言うだけで彼等に強い影響を与えたとでも?


 その答えは、ルイーゼが教えてくれた。


 「意思を乗せた魔術ってさ、普通に使用した魔術よりも威力が高くなったりするわよね?」

 「あ」


 すっかり失念していたな。

 少なくとも、演奏も歌唱も意思を乗せて全力で行ったのだ。そこに魔力が加わったら強い影響が出ない筈がなかったということか。


 「いや、ヤバかったわね。ハッキリ言って戦略兵器かなんかだと思ったわよ?エクレーナなんてアンタが前に呼んだ、あの白虎ちゃんといい勝負ができそうなレベルまで強化されてたからね?」

 「…込める魔力、少量にして正解だったね…」


 それほどの強化がこの辺り一帯に施されていたというのなら、確かに戦略兵器と呼べるほどの効果があったのかもしれない。

 なにせ、まだしばらく時間が掛かりそうだと思っていた戦闘が、僅か5分足らずで決着がついてしまったのだ。

 私が歌を歌う時は、魔力を込めない方が良さそうだな。


 「演奏も魔力を込めるのやめときなさい。今回のは歌と演奏の両方の効果が影響した結果だからね?」


 なんてこった。歌ったり楽器を演奏したりと言う行為は、とても楽しいのだがなぁ…。魔力を込めてはいけないそうだ。

 まぁ、意思を込めるなとは言われていないし、知らずに曲を奏でて大きな騒ぎにならなかっただけマシと考えるべきか。


 エクレーナが私達の元まで戻って来た。着地と同時にそのまま跪きそうな様子だな。

 それでは抱きしめづらいので、彼女が着地する前に私が彼女の元まで浮遊して抱きしめさせてもらうとしよう。


 「お疲れ様、エクレーナ。カッコ良かったよ」

 「…っ!?…っ!!?…っ!!!!?」


 抱き心地は悪くないな。

 全体的に私やルイーゼよりも体の大きいエクレーナだが、身に付けている衣服と呼べるものが局部を隠すための鎧だけと言うこともあり、抱きしめやすいのも理由の一つか。


 「お……っ!ほ…っ!ふ……っ!!………っ!!!」


 感極まり過ぎたようで、白目をむいて意識を失ってしまった。それほどまでに私に抱きしめられたことが衝撃的だったらしい。


 うん。ルイーゼはエクレーナが私に似ていると言っていたが、私から見たエクレーナはラフマンデーに似ていると言えるな。


 「どうすんの?使い物にならなくなったわよ?」

 「目を覚ますまで一緒にいようか」


 気絶させてしまったのは私なのだから、その責任は勿論とるとも。

 とりあえず、気絶してしまったエクレーナは横抱きにして街まで戻るとしよう。


 「え?そのまま連れてくの?」

 「別に苦にはならないからね」


 いざとなれば尻尾で掴めばいいし、基本的にはこの状態で問題無いだろう。

 先程も言ったが、エクレーナはなかなか抱き心地が良いのだ。香水を使用しているためか、程よい香りが私の鼻孔を刺激しているしな。

 ラビックはおろかウルミラも嫌がっていない程度の香りだ。


 この香りは嫌いでは無い香りだ。そしてこれまで訪れた街では洗料は購入してはいたが、香水は購入していなかった。

 これを機に、香水も見てみようと思う。


 〈良いけど、近くで蓋を開けたりしないでよ?ボクあの臭い苦手ー〉

 〈私も、香水の香りはあまり…〉

 「いや、アレは抽出しすぎたというか、効果が強すぎたというか…。私の失敗が原因だから…」


 香水を作ろうとした際、ウルミラやラビックが一目散に逃げだすほど強烈な臭いを発生させてしまったため、この2体は香水が苦手である。

 しかし洗料の香りは問題無いため、香りの強さが調整できれば受け入れられるとは思うのだ。

 現に、今もこの子達はエクレーナの香りに嫌悪感を抱いていないしな。



 街に戻り、ルイーゼに案内されて宿まで移動している最中、リガロウからやや遠慮がちに声を掛けられた。


 「姫様?良ければその方、俺の背中に乗せますよ?」

 「ありがとう、リガロウ。だけど、君は可能なら私以外を自分の背に乗せたくないのだろう?無理をしなくても良いよ」


 ありがたい申し出ではあるが、リガロウはやや無理をしているのが容易に理解できる。

 エクレーナはこの子よりも格上の存在ではあるが、それでもあまり自分の背中には乗せたくないようだ。


 それでもウチの子達から私を煩わせたことに対して怒られたからか、私の手がふさがることのないように心がけているようだ。

 嬉しい成長ではあるが、今回は私がこうしていたいのだ。折角の申し出ではあるが、断らせてもらった。


 だから、私にそんな非難がましい視線を向けて来ないでもらえると嬉しい。決して甘やかしているわけではないから。


 〈ホントに?ご主人、ホントに甘やかしてないって言える?〉

 「ほんとほんと。彼女は私がこうしていたいから抱きかかえているんだ」

 〈一応信じるわ!要注意ね!〉〈ノア様のことだから油断しない方が良いのよ!〉


 ウチの子達がリガロウに厳しい。いや、この場合は私に厳しいのか?とにかく、エクレーナを抱きかかえるのはこのままにしてもらいたい。


 ルイーゼまでもが疑念に満ちた視線をこちらに送ってきた。何か言いたいことがあるらしい。


 「…なぁんかイタズラ考えてるでしょ?」

 「大したことじゃないよ。目を覚ました時の反応が気になるだけ」


 抱きしめただけでこんな状態になったのだ。目が覚めた時に最初に目に入るのが私の顔で、尚且つ私に横抱きにされていたと知ったら、どのような反応をするのか?単純に気になってしまったのだ。


 今のエクレーナの状態は非常に安定しているので、少しすれば目が覚めるだろう。

 というか、少しの刺激でもあればすぐにでも目が覚めると言って良い。もうすぐ知りたいことが分かるのだ。


 「んなことだろうと思ったわよ!ホラさっさと起きなさい!目覚めてまたすぐに卒倒する羽目になるわよ!」


 私の考えを見抜いたのか、ルイーゼがエクレーナの目の前に立ち、頬を連続ではたきだしてしまった。

 小気味良い音が発生するほどの強さで叩いているため、周囲から視線を向けられているし、エクレーナの頬は赤くなり始めている。

 と言うか、はたいている力が強すぎるせいか、徐々にエクレーナの頬が腫れだしてきた。


 「流石にちょっとやり過ぎじゃない?」

 「この程度どうってことないわよ。それにホラ、もう目を覚ますわ」


 もう目を覚ますというのは少し違うな。正確にはもう目を覚ましていた、だ。

 ただルイーゼの連続平手打ち、所謂往復ビンタがエクレーナにとって強烈過ぎたため、意識の覚醒と気絶を繰り返しているのである。


 「う…うぅ~ん…。姫様ぁ…夜中にそんなに紅茶を飲んだら…また前見たく…おねしょしちゃいますよぉ~?」

 「コラァーーー!!?何の夢を見てんのアンタはぁーーー!!!さっさと起きなさぁーーーい!!!」


 一旦往復ビンタを止めて覚醒を待っていたら、エクレーナの口から非常に興味深い話が聞こえてきた。

 ルイーゼにとっては忘れ去りたい記憶だからか、私の腕からエクレーナを奪い取り、両手で首を掴んで激しく揺さぶっている。


 そんなことをしたら余計に目が覚めなくなる気がするのだが…。


 「三魔将を舐めるんじゃないわよ!!これぐらいでダメになるほどヤワじゃないっての!!」

 「それは本人が言うべき台詞じゃない?」

 「うっさい!コッチはこれ以上余計なこと口にしてもらいたくないのよ!!!」


 ここまで必死になっているルイーゼを今までに見たことがあっただろうか?

 いや、無い。よほど彼女にとって蒸し返されたくない過去なのだろう。


 しかし、ルイーゼのことを姫と呼ぶならそれはまだ彼女が幼かったころの話だろうし、幼子ならば睡眠中に排泄行為があったとしても不思議ではないと本で読んだことがある。

 ああまで過剰に反応する必要はない気がするのだが…。


 今ルイーゼに聞いたとしても絶対に応えてくれそうにないし、彼女がいないところで彼女の母親、つまり先代魔王に聞かせてもらうとしよう。


 ルイーゼの必死の行動によってエクレーナも目を覚ましてようだ。

 残念ながらルイーゼが私の腕からエクレーナを奪い去ってしまったため、私の疑問は解消されないままだ。


 「んぁ…。へ、陛下…?な、なんだか頬がヒリヒリするのですが…」

 「そのぐらいすぐに元に戻るでしょ?おはよ。それとお疲れ様。無事に大量発生した魔物は片付けられたわよ」


 ルイーゼが言葉を伝える前にエクレーナは"氣"を失ってしまったから、目が覚めて1番に労いの言葉を掛けたのだ。


 労いの言葉を聞いたエクレーナが感激してルイーゼを抱きしめようとしたが、その行動を予測していたためか、あっさりと受け止められてしまっている。


 「陛下ぁ~!殺生なぁ~!この感激をお伝えさせてくださいぃ~!」

 「情けない声上げないの!それよりも!いい機会だから今日はアンタも一緒に案内しなさい!」


 ほう。

 どうやらルイーゼはエクレーナにもこの街を案内させるつもりらしい。

 これは、このままだとすぐに自分に抱き着こうとするのを防ぐためだな?


 今日の観光は少し、いやかなり賑やかな1日になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る