第532話 三魔将・"柴雷光"エクレーナ

 私とエクレーナが似ていると言う点はいまいち分からないが、彼女がルイーゼを溺愛していることは理解できた。

 エクレーナからは、ルイーゼに対する強い親愛の感情がこれでもかと読み取れるのだ。

 過去にはルイーゼの教育係を務めていたということだったし、ルイーゼのことは娘か妹のように思っているのかもしれないな。


 「ルイーゼは私とエクレーナが似ていると言ってたけど、そんなに似てるかな?」

 〈ルイーゼ陛下に向けられている親愛の感情は、近しいものがあるかと〉

 〈ご主人がルイーゼ様抱きしめてる時って大体あんな感じだよね〉


 ルイーゼが似ていると言ったのは、そういうところなのか?つまり、エクレーナはしょっちゅうルイーゼを抱きしめたりしていると?


 抱きしめられているルイーゼを見ていると、私も抱きしめたくなってくるな。しかしエクレーナはまだルイーゼから離れるつもりはないらしい。

 余程抱きしめたかったのだろう。もしかして、しばらく抱きしめる機会が無かったのだろうか?


 「はぁ~っ。実に6日ぶりになります!陛下をこうして抱きしめとうございました…!」

 「………」


 ルイーゼが遠い目をしだした。あの表情は呆れか?

 6日ぶりと言うことはつまり、私を迎えにニアクリフへ行く前に抱きしめたのが最後だった、と。

 ルイーゼがエクレーナに呆れの感情を抱いたのは、もう少し堪え性を持って欲しいからだろうか?


 いつまでこうしているのか疑問に思ったところで状況が動き出した。


 「エクレーナ様!魔物の動きに変化が!真っ直ぐにこちらへと向かってきています!」

 「動き出したか」


 街の者から報告を受けた途端、エクレーナの表情が凛とした表情に変わりルイーゼを解放した。

 これでエクレーナを抱きしめられる。と思ったが、色々と台無しになりそうに思えたので我慢した。


 「陛下、ノア様。早速ですが私の活躍をお二方にお見せできそうです。これから現場に向かいますが、いかがなさいますか?」


 ルイーゼと顔を合わせ、同じタイミングで頷く。答えは最初から決まっているのだ。

 

 「一緒に行きましょうか。貴女の実力、ノアにしっかり見せてあげなさい!」

 「はっ!!三魔将・"柴雷光"エクレーナの武威、しかとご覧くださいませ!!」


 ルイーゼからの激励を受け、エクレーナのやる気も十分と言ったところだ。魔王国筆頭の武力、三魔将の実力、この目で確かめさせてもらうとしよう。


 エクレーナが空を見上げて飛翔した。彼女は飛翔の魔術を用いて移動するらしい。速度もなかなかだ。


 「私達も行きましょ」


 後を追うようにルイーゼが飛翔の魔術で空へと舞い上がる。

 私もリガロウに跨り、ラビックを抱きかかえて移動を開始しよう。他のウチの子達の心配はいらない。この子達は皆、自力で空中を移動できるのだ。



 エクレーナが着陸した現場には100人近い魔族が待機していて、魔物を迎え撃つ準備をしている最中だった。

 誰も彼もが人間から見れば相当な手練れと思うだろう強さだ。一見すれば、彼等だけで大量発生した魔物に対抗できるようにも見える。


 だが、彼等だけでは心もとないとハッキリと言える。

 この場に来るまでに、空から魔物の規模を把握していたからだ。


 数だけで言うならばイスティエスタに向かって押し寄せてきた魔物の大群と同規模と言えるだろう。つまり、万を余裕で越えているのだ。

 そのうえ、あの時と違い扇動者がいるわけでも無ければ魔物の種類も多種多様だ。下手に迎撃しようとしても数に物を言わせて押し潰されてしまうだろう。


 「多分、アレでもかなり数が減ったんでしょうね。何回か目にしたことがあるけど、基本的にアレの倍以上は押し寄せてくるわよ?」

 「つまり、この2,3日でエクレーナがここまで数を減らしたってこと?」

 「私だけの力ではありません。この場に募った勇敢な者達の力があってこそです」


 私達の会話を耳にしていたエクレーナが謙遜して答える。

 だが、謙遜してはいるものの、この場に集まった魔族達に感謝していることもまた確かなようだ。実際に彼等に助けられている部分もあるのだろう。エクレーナ1人で魔物を迎撃しているわけではないということだ。


 なお、現在この場に集まっている者達の士気は、エクレーナ含めて極めて高い。

 元々エクレーナがこの場に来ていた時点でかなり士気は高まっていたのだが、それに加えて私達がこの場に訪れたのが原因だ。


 ルイーゼは元から魔王国民から非常に慕われているし、ルイーゼ曰く魔王国民が軒並み私のファンらしいからな。良いところを見せたくて仕方がないと言った様子だ。


 エクレーナが身の丈以上ある巨大な槍を片手で掲げ、この場にいる者達に声を掛ける。


 「皆の者!今日は最高の日だと思わないか!?普段御多忙であらせられるルイーゼ陛下が、この場にいらっしゃったのだ!」

 「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!」」」」」


 エクレーナの呼びかけに、この場に募った者達が喚声で答える。


 「しかもだ!今回はそれだけではないぞ!断言しよう!私達は最高に運が良い!見よ!この場におわす、この方の麗しき姫君の御姿を!!!」

 「「「「「うぉおおおおおーーーーー!!!」」」」」


 エクレーナが私を指して魔族達に呼びかければ、先程とはまた違った喚声が響き渡る。

 先程の喚声が気合と戦意に満ちた喚声ならば、今の喚声は歓喜と憧憬に満ちた喚声だ。心なしか先程よりも勢いが強く感じられる。


 「我等が一目見て魅了された姫君様が!いつの間にやら更にお美しくなられたあの姫君様が!遂に我等の前に来て下さったのだ!!!これほどまでに喜ばしいことが他にあるか!!!」

 「「「「「うぉおおおおおーーーーー!!!」」」」」


 凄いな。

 エクレーナの声に答える者達、私に対する感情がほぼ統一されている。大体エクレーナが語っている通りなのだ。


 こうまでされては、流石に彼等が私の姿に魅了されていると認めないわけにはいかないだろうな。

 と言うか、彼等の反応は私達がこの場に降り立った時点で大体分かっていたのだ。その時点で物凄い歓声に包まれたからな。


 その声量はこちらに向かってきていた魔物達の勢いが若干弱まるほどの声量だった。


 エクレーナの言葉は続く。


 「陛下も!ノア様も!この場に訪れたのは我等が武威を目にするためだ!ならば!無様な姿は見せられぬ!違うか!!!」

 「「「「「うぉおおおおおーーーーー!!!」」」」」

 「前を見よ!我等の武威を示すに相応しい相手が、態々向こうから来てくれた!!さぁ、皆の者!仕上げに取り掛かるとしよう!陛下とノア様に我等の武威をご照覧いただき、お二方を歓迎しよう!!総員!突撃ぃいいいーーーーー!!!」

 「「「「「うぉおおおおおーーーーー!!!!!」」」」」


 エクレーナの号令に合わせ、魔族達が一斉に魔物に向かって怒号を上げながら駆け出していく。

 不思議なものだ。数では圧倒的に下回っているというのに、彼等が負ける姿が想像できない。


 「それでは、私も行ってまいります!」

 「ええ、行ってらっしゃい」

 「頑張ってね」

 「っ!!!………っ!ははぁっ!!死力を尽くしてまいります!!!」


 軽く声を掛けただけの筈なのだが、エクレーナの琴線に触れたらしい。

 自身を紫電と一体化させて閃光のように飛び立ち、瞬く間に魔物達の頭上へと到達してしまった。


 〈なんかラフマンデーみたいな子だね〉

 〈姫様にお声がけしていただけたのが、よほど嬉しかったのでしょう〉

 〈なかなか速いわね!私達もやってみようかしら!〉〈参考になるのよ!後でやってみるのよ!〉

 「グキュウ…俺より速いです…」


 リガロウは速さに自信があったからな。自分より速く動ける者を見ると落ち込んでしまうのだ。その辺りは、両親であるランドランとそう変わらないな。

 優しく撫でて慰めてあげよう。そして悔しさをバネに、沢山修業を重ねて強く、速くなってもらうのだ。


 しかし、ラフマンデーみたいな子か…。

 確かに、私に声を掛けられてからのエクレーナの反応は、ラフマンデーを彷彿させた。尤も、彼女のように奇声を上げて飛び回っていたわけではないが。

 昂った感情は魔物へとぶつけるのだろう。


 紫電を身に纏い、自身と一体化させたエクレーナは、凄まじい速度で魔物達の頭上を駆け巡り大規模な破壊を振り撒いていた。


 エクレーナの近くにいるだけで、彼女の体から複数の魔物に紫電が雷撃となって襲い掛かるのだ。その威力は一撃一撃が落雷と同等以上だ。

 直撃した魔物は勿論、周囲にいた魔物までもが黒焦げになっている。


 だが、エクレーナの体から放たれているように見える紫電の雷撃は、ただの余波に過ぎない。攻撃ですらないのだ。

 彼女の攻撃は、彼女が手にしていた巨大な槍から放たれている。

 槍自体の性能もさることながら、紫電と一体となった彼女が槍を振るえば、彼女の体から魔物に襲い掛っている電撃を幾重にも束ねたような雷が地を這うようにして魔物達を薙ぎ払っていく。


 エクレーナはそんな強烈な雷撃を閃光のような速度で縦横無尽に魔物の頭上を駆け巡りながら放ち続けているのだ。槍の補助があるとは言え、大した魔力量である。


 「あ、槍の補助あっての威力だって見抜いた?」

 「まぁね。見る時間は結構あったし、魔術具の機能を解析するのは得意なんだ」


 流石にエクレーナ自身の力だけでは、あの槍から放たれる強烈な雷撃を何度も連続して放つことはできない。

 彼女の持つ槍は彼女の紫電の力を増幅させ、制御を容易にさせているのだ。


 万を超える魔物の軍勢は瞬く間にエクレーナに蹴散らされ、彼女の電撃を運よく免れた僅かな魔物も、この場に参戦した魔族達に葬られている。

 魔物達が全滅するのも時間の問題だろう。


 しかし、良いのだろうか?


 「エクレーナに斃されてる魔物って、大体が黒焦げになってるよね?」

 「なってるわね」

 「良いの?」


 人間や魔族にとって魔物の存在は確かに脅威ではあるが、同時に恵みでもあるのだ。彼等の素材は食料にも薬にも武具にもなる。

 黒焦げにして素材を駄目にして良いのだろうか?


 「まぁ、良いんじゃない?昨日と一昨日でそれなり以上に収穫はあっただろうし、アンタに声援を送られて張り切っちゃってるのよ」


 なるほど。魔物の討伐は昨日も一昨日も行われていたのだし、始めは今回の倍近い数の魔物がいたようだし、そう考えれば十分すぎるほどの恵みを甘受できているのか。

 いや、それでもやはり勿体ない気がするのだが…。


 「黒焦げになったらなったで灰になるでしょ?それはそれで使い道があるからいいのよ。彼女って、ちょっと引きずるところがあるから、あまり言及しないであげてね?」


 まぁ、張り切り過ぎてる原因が私にあるのならその対応も吝かではない。


 戦いが終わってエクレーナが戻って来たら、その時こそ彼女を抱きしめて労ってあげよう。

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