閑話 とある魔術具師に届いた手紙

 ―――ティゼム王国王都、ティゼミアにて―――


 時刻は午前10時頃。街の住民達がそれぞれの仕事を始めて街が活気づいてきたところだ。

 露店で客を呼び込む商人や仲の良い者達で集まり遊ぶ子供達、外の村や町から物資を仕入れてきた行商人に依頼を受注して準備を完了させて街の外へと向かう冒険者など、街は大勢の人で溢れ返っている。


 そんな賑やかな街中で1人、街の喧騒など知ったことではないとばかりに建築物の屋根を伝い歩く者がいる。

 年齢は15と年若く、しかしその身のこなしは警戒で既に"星付きスター"冒険者すら歯牙にもかけないほどの動きを見せている。


 「どんなに入り組んでようと、上から行けば余裕ってね!」


 少年が屋根から地面へと飛び降り、難なく着地する。

 地面に降り立った彼の目の前には、この国、そしてこの街では知らない者がいないほど有名な魔術具師の店があった。


 少年が軽くドアをノックし、返事が来る前にドアを開ける。


 「ちわーっす!お届け物でーっす」

 「イ~ッヒッヒッヒッ!よく来たねぇ坊や!待ってたよ!」


 カウンターの奥から少年を迎えたのは、ぶかぶかなローブを羽織った非常に小柄な女性だった。顔はフードを深めに被っているため確認できない。

 しかし、老婆を彷彿とさせるような台詞とは裏腹に声はかなり若く、声の主が子供なのではないかと錯覚させる。


 「はは、相変わらずっスね。一応言っときますけど、似合ってねぇっスよ?」

 「良いんだよ。似合ってようが似合ってまいが。アタイがやりたいからやってんだ」


 フードをはぐって顔を見せた女性は、一見すれば子供のようにも見える。

 が、彼女の種族は矮人ペティームで実際の年齢は28才。訪問して来た少年の倍近く生きている。

 彼女こそがこのティゼム王国にて最も有名で最も優れた魔術具師、ピリカである。


 魔女に関して極めて強い関心があり、普段はこうして架空の物語に登場する魔女の格好をして客を迎えているのだ。


 「んなことよりも殿下、持ってきたモンを早いとこ出しとくれ!昨日からずっと待ちわびてたんだよ!」

 「依頼出したの昨日じゃないっスか…」


 ピリカがカウンターから身を乗り出して殿下と呼ばれた少年・ジョージに届けに来た品物を出すように催促する。

 彼女は冒険者であるジョージに魔術具の作成に使用する素材の調達を依頼していたのだ。


 ジョージが『格納』から依頼された品を取り出してカウンターに置いてくと、たちまちピリカの瞳が喜色に染まっていった。


 「うっほほ~ぅ!どれもこれも文句無しの良品質じゃないか!流石は"英雄の直弟子"だね!」

 「その呼び名、もう定着しちゃってんですかねぇ…。俺はもっとカッコイイのが良いんスけど…」


 "英雄の直弟子"。

 ジョージが冒険者登録をしてから僅か1ヶ月で"上級ベテラン"冒険者に昇級したという情報は、世界中に発行された新聞による前評判もあって大きな波紋を呼ぶこととなった。

 元ドライドン帝国の第五皇子であり、自らの王位継承権と家名を捨ててまで父親と祖国を救った英雄譚は、瞬く間に人々から称賛を集めることとなったのだ。


 それだけではない。このティゼム王国にとっての救国の英雄であるマコト=トードーがジョージを直弟子と認めたのである。

 過去にかのギルドマスターは多くの弟子を持ち騎士達を鍛え上げてはいたが、彼が自分の直弟子と認めていたのは、この国で最強の騎士として名を馳せていたてん騎士・マクシミリアン=カークスのみだったのだ。


 それは即ち、ジョージが巓騎士と並び得る人物だということを意味していた。

 更にジョージは騎士ではない。かつてのギルドマスターと同じく冒険者である。

 公言されているわけではないが、多くの者達はマコト=トードーがジョージを自分の後継者に育て上げようとしている思っているのだ。実際にその通りではあるが。

 ジョージが"英雄の直弟子"と呼ばれるようになったのは最早必然であった。


 ただ、ジョージ自身はその呼ばれ方をやや不服に思っている。

 本人曰く、あまり格好が良くないとのことだ。

 日本人の高校男子としての記憶が残っているジョージとしては、もう少し自身の力に沿った呼ばれ方を望んでいたのだろう。


 「なぁに言ってんのさ!正式じゃないとはいえ、称号みたいなもんだろ?箔が付いていいじゃんか!呼ばせときゃいいんだよ!それに、正式な称号が付けばそっちの方で呼ばれるようになるさ!」

 「正式な称号までコレになったらどうすんですか…」

 「アタイが知る分けないじゃんか…。その辺りはギルマスが決めたりすんだろ?だったら直接要望をだしゃあいいじゃん」

 「それもそっすね…。っと、コレで全部っス。問題は無いっスか?」


 依頼の品を出し終えたジョージがピリカに確認を取る。

 出された品はどれも入手難度が高く、しかも良品質で入手する場合"星付き"冒険者ですら困難だと言われている品ばかりだ。


 満面の笑みを浮かべてピリカは親指を立てて返事をする。


 「バッチリだよ!ホントによくやってくれたね!コレで研究が捗るよ!」


 納品を終えてギルド証に依頼達成を示してもらえば、それで今回の依頼は終了だ。店の外へと移動しようとした際、思い出したかのようにジョージは再びピリカの方へと振り返った。


 「ども。ああ、そうだ。ついでって言ったらなんですけど、今回は手紙があるんでした」

 「手紙?誰からだい?」


 『格納』から取り出されたのは何の変哲もない、だが良質な紙で封をされた手紙だった。宛名には確かに[ティゼミアのピリカへ]と記載されている。

 しかし、それ以外のことは一切記入されていない。


 「それが…いつの間にかマコトさんの執務机に置いてあったみたいで…。しかもマコトさんでも封を開けられなかったんスよ。あの人曰く、本人が触れないと空けられないって話でした」

 「ふ~ん…。んなことができる奴なんて、アタイ1人しか知らないなぁ…」

 「奇遇っスね。マコトさんも俺も同じっス…」


 手紙の送り主に関してはすぐに見当がついていた。

 あのギルドマスターに気取られずに彼の机に手紙を置き去り、更に手紙の宛先の人物でなければ開封もできないような仕掛けも施せる人物など、世界中を探しても1人しかいない。そう判断したのだ。


 ピリカが手紙を受け取り封を開こうとすれば、それが当然と言わんばかりに手紙の封はひとりでに開封された。

 ジョージはこの手紙がマコトによってかなり強引な手法で開封しようとしてもビクともしなかった光景を目の当たりにしているため、若干の理不尽さを感じていた。


 「ああ、やっぱ手紙の送り主は『姫様』か…どれどれ、内容は…」

 「なんて書いてあるか、聞かせてもらっても良いっスか?」

 「せっつくなって。今読むからさ」


 手紙の送り主はピリカやジョージ達が想像していた通りの人物だったようだ。

 2ヶ月ほど前にお忍びの形でこの国に訪問してマギバトルトーナメントにエキシビジョンマッチの選手として参加して以降、彼女の行方が知られていなかったため、ジョージも手紙の内容が気になっている。


 「えっ…。う、嘘だろ…?えっ、マ…マジで…?な、なな、ぬぅわんだってぇえええええーーーーーっ!!?!?」

 「…うるっさ。マジで何が書いてあったんスか…」


 ジョージの催促も適当にあしらいながら手紙を読み進めていくと、次第にピリカの手が震え出し、最終的には大音量で叫び出してしまった。

 ジョージは即座に耳を塞いだものの、ピリカの発した音はその程度では遮れ切れず、彼の鼓膜に少なからずダメージを与えた。


 それほどの叫び声を上げてしまうような内容が手紙には記載されていたのだろう。

 耳が痛むことに文句の1つも言いたいところだが、それ以上にジョージは自分の恩人がピリカに向けて送った手紙の内容が気になっていた。


 「やりやがった!あの『姫様』やりやがったよ!」

 「だから、あの人は一体なにをやりやがったって言うんスか?」


 興奮冷めやらぬといった様子でジョージに手紙の内容を伝えようとする。しかし興奮しすぎているためか先に感想が口から出てしまっている。


 ジョージから諭され、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したピリカが、言葉短めに手紙の内容を口にした。


 「魔王だよ!」

 「はい?」

 「あの『姫様』魔王様と友達になって魔王様にアタイに援助するように言ったんだよ!しかも二つ返事で了承されて常識の範囲内で援助してくれるって約束取り付けたんだよ!!!」

 「はいぃ!?」


 ジョージとてこの世界における魔王という存在を知らないわけではない。

 なにせ大魔境・"楽園"によって人間達の生活圏と遮られているとはいえ、同じ大陸に魔王国が存在しているのだ。幼少期に一般常識としてその辺りの知識は教育させられている。

 だからこそ、ピリカの言っていることがいかに驚愕すべき事実なのか理解できた。


 確かに、彼女には空を自在に移動できる騎竜がいる。あのドラゴンの能力があれば問題無く魔王国にも訪れられるだろう。

 だが、だからと言ってあっという間に魔王と知己を得られるなどとは想像もつかなかったのだ。


 「見ろよ!ご丁寧に魔王様との写真まで送ってきやがった!!」

 「マジだ…。てか、魔王の写真ってまたすんごいレアなモン送ってきましたね…」


 人間達の前に魔王は滅多に姿を現さない。それ故に魔王の姿が映った写真というのも入手が困難だったりするのだ。


 今代の魔王であるルイーゼが先代魔王から代替わりした際に世界中にその情報を通達したため、ジョージも魔王の姿は知っていた。彼の知る魔王の姿よりも若干大人びている。


 「ま、まぁ、良かったんじゃないっスか?イキナリ魔王から援助の申し出をされてもビックリしちゃうだろうし、ノアさんもそれが分かってたからこうして予め手紙を送ってくれたんだと思いますよ?」

 「う~んそうなんだろうけど、あの『姫様』がそこまで気を回してくれるかぁ…。どっちかって言うと、魔王様が『姫様』に事前に手紙を送るように言ってくれた気がする…」


 指摘されてジョージも妙に納得感を覚える。

 自分の恩人でもあるあの推定世界最強の人外姫は、思慮深い性格ではあるが自分を基準に物を考える傾向があるため、細かいところに気が回らない時もあったりする。

 ピリカもおそらく何らかの形でぞんざいに扱われたことがあったのだろう。だからこその指摘だとジョージは判断した。


 「ま、ありがたいことには間違いないね。おかげで研究費用に困ることはなくなりそうだよ」

 「マジっすか!それじゃあ、前に頼んでたの、作ってもらえそうっスか!?」

 「それとこれとは別問題だよ。作って欲しけりゃ素材と制作費を持ってきな!」


 ジョージはピリカに作ってもらいたい魔術具があったのだが、残念ながら現在彼女はある目的のために資金の大半を費やして研究を続けているため、彼の要望を叶えるための時間もなければ資金もなかったりする。


 魔王からの援助を約束されたことで資金難は解消したため、今度こそ目的の品を作ってもらおうとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。


 「ちぇーっ。俺も結構忙しいから素材集めるのも大変なんスけどねー」

 「知ったこっちゃないよ!アタイの時間を取ろうってんだからそれなりの誠意を見せてみな!さ、ダベるのもこの辺にしてそろそろギルマスんとこに戻ってやんな!」

 「へーい。んじゃピリカさん。また欲しい素材があったらギルドに依頼出しといてください」

 「あいよ!お仕事頑張んなー」


 ピリカの店を出てジョージは地面を蹴り上げ民家の屋根へと飛び乗る。来た時と同じく帰りも屋根を伝って移動するつもりなのだ。


 「にしても魔王と友達かぁ~。マコトさんが知ったらびっくりするだろうなぁー」


 先程の手紙の内容を伝えたら、自分の師匠はどのような表情をするのだろうか?

 様々な変顔をする黒髪の青年の様子を思い浮かべながら、ジョージは移動を開始した。



 冒険者ギルドに戻り師匠であるマコトに報告を行っている最中、ジョージはやや落胆していた。


 「へぇー。ノアさん、魔王国に行ってたんだねぇ…。まぁ、リガロウ君がいればその辺りは簡単かぁ…」

 「全然驚いて無いっスね…」


 ピリカに送られた手紙の内容を知ったら師匠はどのような表情をするのか、ジョージは楽しみにしていたのだが、当の本人はあまりにも平然としていたのである。


 「いやいや、これでも驚いているよ?ただ、あの人だったら別に不思議じゃないなぁって思ってね」

 「大人の余裕っスねぇ…」

 「伊達に何十年もコッチで生きてないからね。そうそう、大人の余裕ってことでジョージ君には1つ頼みごとをしたいんだ」


 その言葉を聞いた時、ジョージは身構えずにはいられなかった。

 マコトがこういった感じで報告直後に頼みごとをしてくる時というのは、毎回碌でもない依頼を受ける時だからだ。


 そしてその依頼は断ることができない。

 断る理由を探そうにも、先んじて断る理由を徹底的に潰されているからだ。


 「はぁ…。今度は何すりゃいいんスかねぇ…」


 厄介事を引き受ける覚悟を決め、ジョージはため息を吐きながら依頼の内容を確認した。

 その様子に、マコトは意地悪そうな笑みを浮かべて依頼の内容を口にした。


 「ジョージ君、依頼内容は要人の護衛。君には、ちょっとオルディナン大陸に言ってもらうよ?」

 「……マジっすか?」


 他大陸へ渡るということは、確実に長旅になるだろう。

 ジョージはこれから降りかかるであろう困難を想像し、辟易としてうな垂れた。

 だが、それだけでは終わらない。困難とは、成長するチャンスでもあるのだ。

 想像した困難を打開し、成長して戻って来る。


 彼の瞳には、既に熱い闘志が宿っていた。

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