閑話 新たなる道
我は今、焦燥感に苛まれている。
やることが…やることが無いのだ…!
やることがない分鍛錬に励めばいいのかもしれんが、その鍛錬もラビックが主と共に魔王国へと向かってからは、いまいち成果を感じ難い日々を送っている。
そも、我が焦燥感い苛まれている理由は鍛錬に興が乗らぬことではない。
〈♪~♪~ノア様がプリズマイトをくれたおかげで新作の製作が捗る~!〉
〈ううむ…!今回もなかなかに味のある色合いに仕上がったのぅ…。おひいさまの目に留まる日が楽しみじゃ…〉
〈ホホホホホ…!調子が良いのじゃ!今日は主様に献上する蜜をいつも以上に作れそうなのじゃ!〉
フレミーは良い。
彼奴は以前から主の衣服やら我等の寝床に用いる布団やらを制作していたからな。
ラフマンデーも問題無い。
彼奴に関しては最初からハチミツを作って欲しいと主が要望を出しているからな。我も彼奴のハチミツには大変世話になっている。
今日も美味いハチミツに感謝するぞ!
だが、ゴドファンスが最近陶芸とやらを覚えて陶器の製作に励みだしたのだ!
我も試しにやってみたのだが、我には向いておらぬと判断した。
主達のサイズに合わせた陶器を作ろうとしても我の手では極めて繊細な動きを要求されるし、かといって我のサイズに合わせたものを作ろうとすれば、今度は土の耐久が持たぬ。
我が陶芸を行うには、もっと繊細な力加減を身に付けてからだと思い知らされた。
マギモデルで精密動作の訓練も行ってはいるが、最近では動かすのも慣れてきた故遊びに近くなってしまっている。というか、コレはれっきとした玩具であるが故、遊んでいるのとそう変わらぬ。
主のいない間のこの地の守護に関しても、正直意味を持たぬ。
なにせ"楽園"に住まう者達は、"浅部"だろうが"最奥"だろうが等しく主に忠誠を誓っているからな。
この地に不届きな真似を働こうとする者など"楽園"内にはおらぬのだ。
唯一、我にも誇れる仕事があるとするならば、それはやはり酒造よ。
オーカムヅミの酒にしろハチミツ酒にしろ、主にも好評だったからな。忠誠を誓っている相手に自分の仕事が喜ばれる。コレが嬉しくないわけがないのだ。
それは良い。
だが、酒造は我が単独で行っている仕事ではない。この功績はフレミーとゴドファンスの手柄でもあるのだ。
そしてあの2体は我と違い主が喜ぶ物を制作し続けている…。
故に常々思うのだ。我にも主を喜ばせる何かを生み出せないかと…!我も我独自の仕事で主を喜ばせたいのだ!
主ならばそのようなことをせずとも笑って我等を可愛がるのだろうが、既に主を喜ばせる品を生み出し続けている者達がいる以上、やはりこのままではいられぬと思うのだ!
― ホーディの番だよー ―
〈うむ。既に予測済みである〉
― おお~!すぐに返された~! ―
現在はヨームズオームとチャトゥーガにて対局中である。
頭を働かせるのは我は苦手なのであまり対局を行っていなかったのだが、普段ヨームズオームと対局していたウルミラも主と共に旅行に行って不在であるからな。
フレミーもゴドファンスもラフマンデーも仕事で忙しそうにしている故に、気軽に対局できそうなのが我しかいないのだ。
で、このチャトゥーガなのだが、やってみる色々と考えさせられて面白い。
物事を客観的に見れないようでは勝てないからな。こうして遊んでいる間に、妙案でも思いつかないものかと考えているのだが…。
― ホーディ、何か悩んでるー? ―
〈む?分かるか?我はここに残っている者達と違い、何かを生み出しているわけではない故な。我も何かを作って主を喜ばせたいのよ〉
― へェ~。ん~…でも、何も生み出してないのはぼくも同じだよー? ―
〈それはそうなのだがな…〉
しかしヨームズオームは主の配下というわけではないのだ。その違いのせいか、我はヨームズオームと同じように考えることができん。
― う~んとね~…ココ! ―
〈ぬおっ!?〉
やられた!駒の配置には気を配っていた筈なのだが、予期せぬ場所から攻め込まれてしまった!日頃ウルミラと対局しているだけあって手強いな…。
ううむ…不備があった覚えはなかったのだがな…。結局負けてしまった…。発想の違いと言うヤツなのだろうか?
我ももっと様々な観点で物事を考えれば、我にしかできないような仕事を見つけられるだろうか?
む。そろそろ昼食の時間か。
我等は食べたいときに食事をしていたのだが、この地で暮らすようになってからというもの、主が決まった時間に食事を提供するようになったからな。それ以降は決まった時間に食事を取るようにしているのだ。
食料に関しても問題無い。
主が大量に人間の国から持ってくるし、今ではラフマンデーが眷属や配下にした精霊達を使役して作物を育てているのだ。
加えて主は旅行に出かける前に我等に大量の料理と切り分けられたオーカムヅミを提供してくれているのだ。
だからこの地で暮らすようになってからというもの、食事に困ったことは一度もない。
さてさて、今日の食事は…やはりハチミツだな!ハチミツをパンにたっぷりと塗りたくって食べるのだ!
ハチミツだけではないぞ?パンには溶けたバターをたっぷりと染み込ませてある。
コレを口に入れて噛み締めれば、バターとハチミツが混ざり合い、濃厚且つジューシーな甘みが我の舌全体に伝わり支配していくのだ!
「グォオオオオオーーーーーッッ!!!〈うーまーいーぞー!!!〉」
いくらでも食べられる味だな!やはりハチミツは最高である!
しかし甘い物ばかりでは我の舌は満足しない。甘いものばかり食べると今度は塩味が欲しくなる。
そんな時は主の用意してくれた料理である!我が特に気に入っているのはカレーライスだ!
カレーライスは良いぞぉ。塩味と辛味と甘味が絶妙に絡み合い、具沢山だからな!この料理だけで穀物と肉と野菜をいっぺんに食べられる!
しかしあまり調子に乗って食べ過ぎてはいけない。主が用意してくれた料理は非常に多いが、無限にある訳ではないのだ。
美味いからといって気の済むまで食べてしまえば、あっという間に底を突く。大切に食べなくてはな。
なんということだ…。主達が旅行に出かけてから、まだ2週間しか経っておらぬというのに、もう料理の残りが心もとなくなってきている…!
これは由々しき事態だ。
今回の旅行期間はおそらく1ヶ月ほどを予定しているだろうから、後2週間近くを残りの料理で過ごさねばならない!
ハチミツだけはまだ十分な量があるが、ハチミツだけでは流石に腹は膨れん。
別に1月2月食べずとも体に不調は起きぬだろうが、そうではないのだ。
舌が、心が満たされぬのだ。
美味い料理は我等の心を豊かにするが、反対に一度知ってしまうと得られなくなった時にこれほどまでの苦痛を味わうことになるとは…。
他の者達はまだ十分な量の料理を持っているだろうが、それは彼奴等が主から受け取ったものだ。譲ってもらうわけにはいかん。
どうする…。かつてのように川に足を運び、魚を取って来るか?
幸いなことに調味料自体は潤沢だ。我等の家や"黒龍城"にもたっぷりとあるだけでなく、我等の収納空間にも大量に保管してある。
故に、魚を取って来て好みの調味料を付けて食べれば、それなりには満足できるのだ。
それに、日々修業を続けてきたおかげか、我も力の加減というものを覚えてきた。今ならば程よく魚を焼いて食べることも可能だろう。
うん…?待てよ?
魚を…加熱して…食べる…?
そうか!!コレだ!!!
そうと決まれば善は急げ、そして急がば回れだ!
主が人間の国から複製して持って来た本を読み漁るぞ!
…良し、本に書かれていた内容は大体覚えた。後は実施あるのみだ!
だが、最初から難しいことをするつもりはない。最初は簡単なもので良いのだ。
半球状の器に生卵の中身と少量のミルクを入れ、2本の長い棒(確か主は菜箸と呼んでいた)を用いて細かくかき混ぜて溶きほぐす。卵を割るのは繊細な力加減を要したが、陶芸よりも簡単だった。
我は甘じょっぱい味が好みだからな。醤油と砂糖、それからコショウも少し入れるとしよう。味の割合は大体把握している。少なすぎず、入れすぎずだ。
加熱した鉄の板、十分に温まったフライパンとやらに植物性の油をしき、フライパン全体に油をなじませたら先程溶きほぐした卵をフライパンに投入。
そのまま放っておいたらすぐに固まってしまうそうなので、かき混ぜながら加熱していく。
水分が抜け、尚且つ照りが残っている状態でフライパンから我の皿に移せば…卵料理、スクランブルエッグの完成である!
ううむ、卵の焼けた香りが我の空腹を促進させる…。これは堪らん!すぐに食べてしまおう!
「グォオオオオオーーーーー!!!!!〈うーまーいーぞー!!!!!〉」
なんと甘美な味なのだ!自分で作る料理というものがこれほどの味になるとは!
これは単純に料理の味だけで美味いと感じているわけではない!
この感覚…これは満足感だ!我は今、1つの偉業を成し遂げたのだ!
いいぞ!かつてないほど我は今やる気に満ちている!
少しずつ腕を磨き、主の舌を満足させられるような料理を、我の手で作り上げるのだ!
あれから3日…。我は1つの料理に挑戦しようとしている。
加熱した半球状の鉄鍋に動物脂を落とし、溶けた脂になじむように溶きほぐした卵黄を落とす。
卵黄が固まらない内に炊いた米を投入。鉄鍋を素早く引けば、投入された米は宙を翻り反転する。
丸レードルで素早く、かつ優しく米を叩いてほぐしながら脂と混ざった卵黄を米になじませて米の1粒1粒に卵黄をコーティングしていく。
準備は整った!
軽く鍋を傾けて鍋の底に細かく砕いた肉を投入。更に米を翻して肉を米で覆い被せる。
後は米や肉が焦げないように素早く鉄鍋の中を丸レードルでかき混ぜながら確実に米と肉に火を通していく。
ある程度肉に火が通ったのを確認したら、次は細かくカットした青ネギと玉ネギを入れて同じように火を通して余分な水分を飛ばしていく。
余分な水分が飛び程よく火が通ったら後は仕上げだ!
この時のために配合した特製ソースと塩コショウを振り、素早く鉄鍋を丸レードルでかき混ぜて米全体にソースと塩コショウをなじませる!
鉄鍋を引いて宙に翻った米を丸レードルで受け止め、すべての米が丸レードルに入ったところで中身を皿に移す。
「グォオオ!グォアアアーーー!!!〈ごれが!我の新たな道だぁあああ!!!〉」
シンプルではあるが、火加減が非常に難しい料理だと主は語っていた料理。その名も、チャーハンである!
手応えはあった。
本に書かれていたレシピを忠実に再現した料理だ。さて、味の方は…。
〈あ、チャーハンできたんだねー。美味しそー。持ってって良い?〉
〈ほっほっほ、堪らぬ香りじゃのう…。花瓶を作っとった筈が、いつの間にか大皿になっておったぞ〉
― ノア以外の料理食べるの初めてかもー ―
………主がキッチンに防臭結界を張るのも頷けるな…。
まさか皆してこの場に集まっていたとは…。調理に夢中で気付かなかった…。
こんなことになるなら主から防臭結界を教わっておくべきだったな。
人間にとってはかなり特殊な結界のためか、該当する魔術書が無いのだ。
いや、それよりもだ!
彼奴等が美味そうだと思ったのなら、主の舌も満足させられるのやもしれん!
勝手に完成した料理を持っていかれたのは少々癪だが、感想を聞かせてもらうとしよう!
というか我も食べるのだ!抜け駆けはさせんぞ!
2日後。
我は絶好調である!あれから料理が楽しくて仕方がないぞ!
以前作ったチャーハンは大好評であった。あれからというものこの地の食事は我が用意している。
それだけではない。人型の精霊が我に料理を教わりに来たのだ。
今まで料理は主のみが行っていた行為のため、教わろうとするのに恐れ多さを感じて教えを請えなかったようだ。
人型の精霊は我等に料理を提供したいのではなく、自分達の仲間達に料理を知ってもらいたいらしい。
良い心がけだ。だが我も修業中の身。
つけあがらずに精霊達に教えながらも、自分の腕を磨いていくのだ。
そうして今日の夕食を食べ終わった時だ。
〈ホーディ、コレあげる。料理する時に使って〉
〈儂からも提供させてもらうぞ?良い物が焼き上がったでな〉
フレミーからはエプロンを、ゴドファンスからは食器を送られた。
まったく、嬉しいことをしてくれるではないか。余計に我の心に火がついてしまったぞ?
― ホーディ、ノアに料理を食べてもらうの、楽しみだねー ―
〈うむ!少しでも主に満足してもらうためにも、これからも腕を磨いていくぞ!〉
主達が帰って来たら我の出来立ての料理で迎えてやろう。成長した我を見てもらい、主を驚かせてやるのだ!
本当に主達が帰って来るのが楽しみである!
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