閑話 彼女に対する反応10
―――ヴィシュテングリン兵器開発局長官執務室―――
ティゼム王国から本国へと帰還したハイネル=コリー少佐は、自身の職場である兵器開発局へと戻ると、すぐさまバグバース長官の執務室へと足を運んだ。
「ハイネル=コリー少佐!魔大陸より帰還いたしました!」
「ご苦労だったな少佐。早速聞かせてもらおうか。魔大陸はどうだった?」
ザビチリオ大陸の人間が魔大陸へ足を運ぶことは滅多にない。
移動手段が限られているということもあるが、必要性を感じていない者が多いからというのも理由の1つだ。
しかし魔大陸に存在する豊富な魔力は欲しい。
バグバース長官を始め、GLUTTONYを実行していたヴィシュテングリン内の一部の人間は、常に魔力を求めている。
魔力があればそれだけでよりこの国は豊かになる。それだけの技術力をこの国が所有しているからだ。
そういった者達から見てヴィシュテングリンは、慢性的な魔力不足に悩まされていると言って良い。
「はっ!文明的な技術力では我が国よりも数段劣ると言って良いでしょう。ですが、個人の突出した能力は恐るべしという他有りません」
「うむ。実際に対峙してみて分かっただろう。あの大陸と他の大陸は同列視しない方が良い。では、"ウィンガスト"の方はどうだ?」
―ウィンガスト―
GLUTTONYが"楽園"にて消息不明となり、その計画方針を変更するにあたって新たに開発された魔導兵器の名称である。
肝であった魔力収集能力を撤廃し、機動力と防御力に特化させた、純粋な飛行機械として生まれ変わっている。
当然、戦闘能力、攻撃手段も搭載されている。
今回の任務でも魔大陸へ向かう際に戦闘を行っていたのだ。
「機動力、加速力、防御力、そして火力。そのどれをとっても素晴らしいの一言に尽きます。贔屓目な意見に聞こえてしまうかもしれませんが、自分はそう感じました。加えて隠密性も高く、魔大陸に到着後に機体の隠蔽を行った際、誰にも発見されることなく帰還ができました。戦闘記録に関しては追って報告書を作成、提出させていただきます」
「うむ。戦闘力は想定通り、中型までか?」
バグバース長官が訪ねている中型というのは、人類が空路を行えない理由である空を活動範囲にしている魔物や魔獣などの規模を指す。
中型はその中でも体調10~15mほどまでの大きさのものを示している。
種族で言うなれば通常のドラゴンが主な種族だろう。
「流石にハイ・ドラゴンを相手取ることはできそうにありません。一度だけレーダーにてその反応を捉えられましたが、あの時は肝が冷えました」
「…捨て置かれたのだろうな。巨大な機体を用いていれば、いらぬ興味や不興を買って落とされていたのかもしれん」
ドラゴンの上位種であるハイ・ドラゴンは、彼等の基準では大型に分類される。
その力の差は歴然であり、ウィンガストのすべての武装は通用しないとハイネル少佐は判断した。
しかし、それで良かったのだ。
現在のヴィシュテングリンの技術力を用いてウィンガストのサイズで生み出せる攻撃力は、ハイ・ドラゴンに傷をつけることさえも困難である。
だからこそ、ウィンガストの存在を把握したハイ・ドラゴンも取るに足らない相手として見逃したのだ。高い機動力を持っていたため、追うのが面倒だったということもある。
反対に、ハイ・ドラゴンも相手取れるような飛行船を用意して魔大陸まで移動しようとした場合、敵とみなされて襲われていた可能性が高いとバグバース長官は結論を下した。
「我々の目的としても、今はハイ・ドラゴンを倒せるような機体を求めているわけではない。詳細は後で確認するが、お手柄だったな。このデータは間違いなく戦況を大きく動かす要因になる」
「はっ!ありがとうございます!」
ヴィシュテングリンは現在複数の国家と戦争を行っている最中だ。
GLUTTONY計画は失敗から方針を変娘せざるを得なくなったが、逆にそれがヴィシュテングリンの軍事力を高める結果になった。
GLUTTONYに搭載されていた魔力収集装置を更に改良させ、国家間の戦場に投入したのである。
これまで魔術に頼った戦い方を続けてきた他国家は、魔力収集装置によって魔術の大半をかき消され、しかもヴィシュテングリン軍にエネルギーを与える形となり戦況はヴィシュテングリン側に大きく傾いた。
マートル共和国も、この魔力収集装置によってもたらされた大敗が原因で吸収合併されたのである。
「収集範囲の及ばない高度から編隊を組んだウィンガストによる物理砲撃を行えば、効果は絶大かと」
「うむ。…ウィンガストに関しては問題なさそうだな。では、ファングダムの方はどうだった」
「はっ!少々てこずりはしましたが、交渉は成立。魔石の輸入が約束されました!既に上にも報告が言っている筈です!」
ハイネル少佐の返答にバグバース長官は思わずほくそ笑んだ。彼ですら思わず笑みが浮かぶほどの朗報だったのだ。
常に魔力を求め続けるヴィシュテングリンにとって安定した品質を持った魔石の存在は、是が非でも手に入れたい品だ。
ヴィシュテングリンの技術力があれば、魔力から魔石を生み出すことも技術的には可能ではある。
だが、魔石を作るには大量の魔力が必要だ。この国にはそれだけの魔力の余裕がないのである。
しかし他大陸の大国ファングダムにはそれがあった。そして安定した品質の魔石の安定供給に成功させたのだ。
この情報を手に入れたヴィシュテングリンの上層部は、何としても国交を結び魔石を輸入すべきだと判断した。
ハイネル少佐は直接ファングダムに訪れて交渉に参加したわけではないが、帰還時にアクレイン王国で合流し、情報を共有したのである。
「そうか…よくやった」
「ありがとうございます!交渉を行った外交官達も喜んでいました!」
ヴィシュテングリンは魔力不足を悩みにしてはいるが、国庫は潤沢である。魔石は決して安くはない値段になるだろうが、さしたる問題にはならないだろう。
輸入した魔石によってさらなる富が築ける。この国の上層部ならば誰もがそれを確信しているのだ。
魔石の交渉結果に満足したのも束の間、バグバース長官の表情はすぐに元の厳しいものに戻り、ハイネル少佐に次の報告を促す。
「マギモデルトーナメントだったか…。優勝を逃したそうだな」
「正直、驚愕の一言に尽きます。性能面で劣っているとは今でも思ってはいませんが、技術的な面では完全に負けていました…」
「流石は魔大陸といったところか…。やはり数多くの魔境が存在する大陸は伊達ではないな」
魔大陸には大魔境である"楽園"、"ドラゴンズホール"、"夢の跡地"の他にも複数の魔境が存在する。それこそ、各国の領土に最低でも3つは存在するほどだ。
他の大陸ではそうはいかない。あって1つか2つ。国によっては魔境が存在しない国もある。
そういった国は魔物や魔獣による被害が少なく比較的平穏ではあるが、その場に住まう者達の魔力も必然的に少なくなり、結果個人の能力も低くなる。
ヴィシュテングリンもまた、魔境が少ない国家だ。
それ故に、厳しい訓練を行い発展した技術によって生み出された強力な装備を身に付けた軍人だとしても、魔大陸に住まう上位の冒険者や騎士には到底実力が追い付かなかったりする。
今回マギモデルトーナメントにてハイネル少佐が持ち込んだマギモデルの性能は、トーナメント優勝者であるグォビーのマギモデルに勝るとも劣らない性能だった。
搭載させた装備も、マギモデルの開祖とも呼べるピリカですら思いつかなかった初見殺しの装備であり、ハイネル少佐は優勝も夢ではないと感じていたのだ。
そういった優位が、卓越した操作技術によってあっけなく覆されてしまったのである。
自分を負かしたグォビーは語っていた。
[大魔境に頻繁に出入りしていれば可能になる]と。
魔大陸の人間が持つ強さの一端を思い知らされた気分だった。
我が国にももっと魔境が存在していれば…。今までハイネル少佐がそう思わない日が無かったわけではないが、この時ほどそう願った日もなかったのだ。
「うむ。…で、マギモデルの開発者であるピリカだったか。彼女についてはどうだ?」
「はっ、非常に聡明にして奔放で思慮深く愛嬌があり、非常に可憐な女性でした!」
「………」
執務室に静寂が訪れる。
バグバース長官も、まさか堅物で有名なハイネル少佐の口から女性を内外どちらの方面からでも褒め称えるとは思っていなかったため、面を食らったのである。
それも真顔でだ。ハイネル少佐は当たり前のことを語ったと言った表情をしている。
「……我が国の技術力に並びうる人物なのかを聞きたかったのだが…。そうか、お前がそう判断する女性なのか…」
「っ!?し、失礼しました!」
バグバース長官に指摘され、ハイネル少佐は顔を赤くして慌てて訂正しようとするが、それは遮られた。
「クックッ…!いや、良い。お前がそう感じるほどなのだ。余程魅力的な女性なのだろうな。此方へ招けそうか?」
「残念ながら非常に難しいかと。ティゼム王国内の貴族達が手放そうとしないでしょう。精密機器における技術力は、正直我が国に並びうるどころか凌駕しています」
「それほどか…。そう判断した理由はなんだ?」
ヴィシュテングリンは世界一の技術力を保有しているとバグバース長官は自負している。それはハイネル少佐も変わらない筈だ。
そんなハイネル少佐が精密機器のみとはいえ自分達の技術を凌駕していると断言したのだ。理由が気にならない筈がなかった。
「報告書にも記載していますが、トーナメントのエキシビジョンマッチにて使用された、彼女が製作したマギモデルが理由です」
「ほう」
ハイネル少佐が持ち出したマギモデルは、彼が語った通り技術検証の意味合いが強い。勿論、この国の技術の粋を集めている最先端技術の塊だったのだ。
正直、エキシビジョンマッチで使用されるピリカのマギモデルよりも高性能だという自負もあったのだ。
実際に小さなノアが出現するまでは。
「『黒龍の姫君』との合作と語っていましたが、その本人が大体は完成していたと語っておりましたので、ピリカ嬢の技術力は間違いないかと…」
「『黒龍の姫君』だとっ!?彼女と会話したのか!?いや、それ以前に彼女もその場にいたのか!?」
突如としてティゼム王国に現れ、瞬く間に世界的に有名になった圧倒的な力を持つ個人がその場にいるなど、バグバース長官は想像もしていなかった。
興味がない筈がなかった。神出鬼没でいながら、世界中を見て回ると公言しているのだ。
それは即ち、いつかはこの大陸、そしてこの国にも彼女は訪れると言っているようなものだった。
この国に訪れる前に彼女と接触できたのは、僥倖と言って良いだろう。
ハイネル少佐が初対面の相手に失礼を働くような人物ではないと、バグバース長官は知っている。少なくとも不興を買うようなことはしなかった筈だ。
もしもハイネル少佐とのやり取りでこの国に少しでも好印象を抱いてくれたというのであれば、それはバグバース長官にとって個人的に勲章を与えても良いほどの功績だった。
なにせ保有している魔力が人類最強の魔術師と言われているエネミネアを軽く凌駕しているのだ。
自分達の国に来てくれるだけでも魔力不足が解消される可能性がある。
バグバース長官の問いに、ハイネル少佐は淡々と答えていく。
「エキシビジョンマッチが終わるまで正体不明だった選手が、何を隠そう『黒龍の姫君』だったのです。そして、使用されたマギモデルは、彼女の姿を細部まで精巧に再現されたマギモデルでした」
「会場は大騒ぎだっただろうな…。かの『姫君』は随分とイタズラ好きのようだ…。会話をしたのだろう?どのような印象を受けた?」
「はっ、基本的に噂通り温厚で善良な人物かと。ですが、不興を買った相手に対して容赦をしないであろう苛烈さと恐ろしさも感じられました。不興を買えば国が滅びる。その判断で間違いないかと」
ノアに関しての情報はアクレイン王国に訪れた際にある程度入手している。
いずれも救国の英雄と謳われるに相応しいまでの活躍だった。いや、人知を超えているとすらいえる活躍といえるだろう。
「話を聞くだけではにわかには信じ難いが…実際に会ってそれが真実だったと…。お前はそう判断したのだな?」
「はっ、彼女はハイ・ドラゴンの"
単純な戦闘力だけでなく、その戦闘力で一度に齎す破壊の効果範囲も極めて広い。
そして隠密行動まで可能で高い知能を持つともなれば、敵対など間違っても考えないだろう。
「…大陸の統一、彼女がこの大陸に足を運ぶ前に終わらせておく必要があるな」
「はっ。この大陸に蔓延るあの思想、どう考えても彼女の不興を買うことになります」
「それで我が国まで被害を被っては堪ったものではないな」
ザビチリオ大陸には、庸人至上主義という
当然、
かの『姫君』の不興を買い滅びるのはその国の勝手である。だが、津波を押し返せてしまうようなドラゴンブレスを吐き出せるような人物なのだ。
彼女の怒りが収まりきらずに自分達の国まで被害が被らないとも言い切れない。
では、被害を受けないようにするにはどうすればよいのか? 最初から不興を買う可能性のある国が無ければいいのだ。
そう、大陸国家の統一である。
ハイネル少佐とバグバース長官は言葉を語ることなく頷き合い、特定の国への侵攻を重点的に行うよう、上に通達するべきだと判断した。
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