第572話 また来よう、魔王国!

 ヒューイの表彰は恙無く無事に終えられた。ついでに私達のインベーダー排除に関する表彰も。

 その際、今回は救国に違わぬ働きということで褒賞として100億テム渡された。

 テムという通貨は魔王国でなければ使用できないので、今度この国に来た時にヘルムピクトで豪遊してこの国に還元しようと思う。


 正直、非常に心苦しい表彰式だった。

 なにせ目の前で魅惑的なフサフサした羽毛が風に揺られていたからな。触りたい欲求に抗うのが非常に辛かった。


 ヒューイの目の前に立ったのは初めてではなかったため、覚悟はしていたのだ。

 その前日はレイブランとヤタールに使用する洗料を少し変更して羽毛がいつも以上にフワフワになるようにしてからたっぷりとモフモフさせてもらったりもした。至福の時間だったと言えるだろう。

 そうして私なりにモフモフに耐性を付けて表彰式に挑んでみたのだが、それでもダメだったのだ。


 いや、我慢しきれずに体に触れたとかそういうことはなかったのだが、非常に耐えるのが苦痛だった。

 結局のところ、レイブランとヤタールの羽毛とヒューイの羽毛は別物なのだ。どれだけあの娘達のモフモフを堪能したところで、また別のモフモフがあるのならば、触れたくなるのは必須だったのだ。


ルイーゼ曰く、ヒューイに声を掛けていた私は非常に硬い表情をしていたらしい。モフるのを我慢するのに必死だったのだから仕方がない。


 「んまぁ、彼も大勢の前で私達の前に立つって分かってたから、ビシッと決めてたってのもあるわよね。正直、彼のファンができてもおかしくないんじゃないかしら?」

 「自分で言うのも何だけど、私はかなり頑張ったと思うんだ。褒めてくれても良いんだよ?

 「はいはい、頑張った場頑張った。偉いわね」


 レイブランとヤタールを膝の上に乗せて2羽を抱きかかえて撫でている私の頭を、ルイーゼが優しく撫でてくれる。

 そうそう。頑張ったのだから沢山褒めて欲しい。多分インベーダーの相手をする以上に苦労したぞ?


 ルイーゼが私の頭を撫でていると、ウルミラとラビックも私達の所にやってきた。この子達も撫でて欲しいようだ。勿論撫でまわすとも。


 ルイーゼも私を撫でるのを止めてラビックを抱きかかえて撫で始める。

 撫でてもらい足りないので、せめて私の隣にいてもらおう。尻尾で体を巻き付けて傍に引き寄せる。


 尻尾で傍に引き寄せる行為には既に慣れられているので、特に何も言われない。それよりも、ルイーゼはリガロウの方へと視線を向けている。


 「……ねぇ、ノア?」

 「なに?」

 「アレって、アンタ的にはどうなのよ…」


 ルイーゼの言うアレとは、リガロウにベッタリで甲斐甲斐しく世話をしているアリシアを指している。今は専用のブラシであの子の鱗を磨いている最中だ。


 「リガロウ様?かゆいところは御座いませんか?ピッカピカに磨いて差し上げますからね?」

 「グキュー…。クァアー…むにゃむにゃ…」


 ブラシの感触が気持ちいいのか、リガロウはとても眠たそうにしている。

 その表情がとても可愛らしいし、アリシアも同じように思っているようだ。

 両手を赤く染まった頬に当てて幸せそうな表情をしている。


 「はぅううう~。とっても気持ちよさそうに…!私の手でリガロウ様を…!ああ!この沸き上がり続ける感情は何なのでしょう…!」

 「…どう見ても惚れてるわよね、アレ…」

 「今更?」


 そう、アリシアがリガロウに対してああまで構い倒しているのは今に始まったことではないのだ。

 それこそ、インベーダー撃退後から露骨に態度が変わっていたほどだ。

 まさかルイーゼは気付いていなかったとでも言うのだろうか?ひょっとして私の親友は思った以上に恋愛ごとに疎いのでは?


 「ちょっと?なんか失礼なこと考えてない?私だって色恋を知らないわけじゃないのよ?」

 「具体的には?」

 「恋愛小説とか、好きだし…」


 自分の経験ではないのだし、それは知らないのとそう変わらないのでは?


 「アンタに言われたくないわよ!」

 「私は自分で抱くことはないけど他人の感情は分かるから」


 これまでも恋愛感情というものを読み取る機会は何度もあった。だからアリシアのリガロウに抱いている感情もすぐに恋愛感情だと分かったのだ。


 尤も、他者の感情を読み取るぐらいならばルイーゼにもできるのだ。

 当然彼女も自分でそれを理解しているので私に食って掛かる。


 「相手の感情を読み取るぐらいなら私だってできるわよ!」

 「さっきまでアリシアの感情に確信を持ててなかったのに?」

 「う…っ!そ、それは…リガロウはドラゴンだし…」

 「ルイーゼだって人間がドラゴンと番えられることは知っているだろう?魔族とは番えないわけではないのだし、その言い訳は通らないんじゃない?」


 そもそも、小説の中にもドラゴンと結ばれる恋愛小説があった筈だ。既に読了済みだから間違いない。

 人間の索引だし、ルイーゼは呼んだことが無いのだろうか?


 「ソッチはもういいわよ!そんなことよりも、アンタはどう思ってるの?」

 「リガロウ次第だね。ただまぁ、仮にリガロウが受け入れたとしても、正式に交際をするのはあの子がもっと成長するまで待ってもらいたいかな?」

 「…思った以上に寛大ね…。反対するかと思ったわ」


 反対などしないとも。私が反対するとしたら、それは当人達が望まない形の時だけだ。


 そう言うルイーゼはどうなのだろうか?アリシアの恋を応援するのだろうか?


 「う~ん…。正直応援したいような、止めた方が良いって諭したいような…」

 「ハッキリしないね。何か懸念材料でもあるの?」


 てっきり応援するかと思ったのだが、どちらかというと反対のように見える。


 「いや、私だってできれば親友の恋を応援したいとは思うわよ?でも相手がリガロウでしょ?」

 「リガロウじゃ不満なの?」


 聞き捨てならないな。私の眷属のどこが不満だというのだ。

 表情に出ていたようだ。ほんの僅かにだが、ルイーゼが怯えた表情をした。


 「コラコラコラ。怖い顔しない。リガロウが悪いって言ってんじゃないわよ。どっちかって言うとアリシアの方がリガロウについて行けないのよ」

 「ついていけない?」

 「あの子が成長したらアンタの家で暮らせるぐらいのドラゴンに成長するでしょ?でもってあの子もそれを望んでる。けど、アリシアはどんなに頑張ってもアンタの家で暮らせるだけの強さを持てないのよ」


 む。それは確かに問題があるか。

 リガロウは私の眷属のため何もしなくても将来"楽園最奥"で活動可能なほどの力を付けるのは間違いない。

 それに加えてあの子はとても努力家なうえに天才だ。メキメキと実力をつけてあっという間にヴィルガレッドに直接会えるだけの強さを身に付けるだろう。


 だが、そこまで強くなった場合、おいそれと他の場所で生活できるような存在ではなくなっているのだ。

 勿論、魔力や"氣"を制御できればその限りではない。というか、まだ魔力も"氣"もそれほど大きくない内から制御を学んでいるので成長後も問題無く制御ができると見ている。


 ただ、それでも力に差があるのは変わりがないのだ。

 過去にリガロウ自身が私に恋慕の感情を抱くクリストファーに言った言葉がある。

 住む場所が違うのだ。

 偶に遊びに行く程度ならいいかもしれないが、ずっと一緒にいることはできなさそうだ。


 そしてリガロウはアリシアのために強くなることを止めるような子ではないし、アリシアと私を選ぶのなら間違いなく私を選ぶ。

 今にして思えば、クリストファーに語ったようにあの子自身が自分とアリシアとでは住む場所が違うと言ってアリシアの申し出を断る可能性が高い。


 「アリシアには、新しい相手を見つけてもらうのが良いかもしれないね…」

 「でしょー?大体、リガロウはまだ3才よ?魔族的に見てもドラゴン的に見ても赤ちゃん同然なの。間違いなくアウトだから。犯罪だから」


 その辺りは私は特に気にしてない。

 知性のある生物にとって、重要なのは精神の成熟状態であり、肉体の状態だ。年齢はそれほど気にしていない。

 リガロウの場合進化を経て精神こそ成熟してきたものの、肉体はまだまだ子供なのだ。いや、むしろ進化したからこそ子供に戻ってしまったというべきかもしれない。だからもう少し待って欲しいと思ったのだ。


 尤も、今となってはその要望もあまり意味を持たなくなってしまっているが。


 ブラシで綺麗に磨かれ、艶のある光沢を放っているリガロウの体にしな垂れかかり頬擦りをしているアリシアには本当に申し訳ないと思うが、伝えるべきは早く伝えた方が良いだろう。そうでなければ関係がこじれてしまうだろうからな。


 「リガロウ、アリシアのことは好き?」

 「ふぉえっ!?ノ、ノアサマッ!?!?」

 「グキュ?好きか嫌いかで言ったら好きですよ?ブラシでゴシゴシされるの気持ちいいです…」

 「はぅ…!す、すすす好き…!好きって…!」


 アリシア、残念ながらリガロウの言う好きは恋愛的な意味が含まれていない。

 喜んでいる分落胆も非常に大きくなってしまうが、悲しませないために事実を伝えないまま放置しては、後々より大きなショックを与えてしまうことになりかねない。


 リガロウに対して質問を続けよう。


 「それじゃあリガロウは将来アリシアと一緒に暮らしたい?」

 「?なんでです?俺は姫様と一緒に暮らしたいです!今も昔も変わりません!」

 「っ!!?!?」


 ああ、リガロウには恋愛感情などはないから、容赦なく言い切ったな。ショックを受けてアリシアが固まってしまっている。


 今この瞬間、アリシアは失恋を知ったのだ。


 「あ…あはは…。そうですよね…。そもそも幼い子供に向けて良い感情ではないですものね…。さよなら…私の初恋………」

 「アリシアー。大丈夫ー?スメリン茶飲むー?」


 小声でうわごとを呟き続けているアリシアは、正気とは思えないだろう。だが、今回ばかりはスメリン茶は大目に見てやって良いんじゃないだろうか?

 この状態でアレは泣きっ面に蜂も良いところである。


 「時間に余裕がないわけでもないし、そっとしてあげよう」

 「それもそうね。じゃ、正気に戻った時の慰めの言葉でも考えておこうかしら」


 それが良い。正直、スメリン茶よりもずっと良い手段だ。アリシアのフォローはルイーゼに任せれば大丈夫そうだな。


 「なに他人事のような顔してるのよ。アンタも考えるに決まってるでしょ?」

 「え?私も?」

 「誰のせいでアリシアがこんな状態になってると思ってんのよ。このままじゃ使い物にならないんだし、責任とんなさい」


 まぁ、半ば強引にリガロウの意見をアリシアに伝えたのは紛れもなく私だ。それでアリシアがこんな状態になっているのなら、やはりやはり私も責任を取ってアリシアを慰める必要があるか。


 では、可能な限り甘やかしてやるとしよう。

 優しく抱きしめて頭を撫で、慰めの言葉を掛けるのだ。


 思いっきり泣いて泣き疲れて眠ってしまうと良い。目が覚めるころには吹っ切れているだろう。

 まぁ、小説の受け売りだが。




 時は少し流れて竜の月31日。

 いよいよこの国での観光も終り、家に帰る日が来た。


 アリシアは意外にも1日でショックから立ち直っていた。

 リガロウに対して好意を持っているのは変わらないようだが、今はもう番いになるつもりはないようだ。


 「それはそれとして、リガロウ様はとてもカッコ良くて可愛らしくて、そしてとても美しいです!」


 ほんの僅かな時間ではあるが、懸命にリガロウの鱗を磨いていたからかこの子の鱗の美しさに魅了されたようだ。


 いや、見た目だけではないな。

 初めて出会ったときなんかはウルミラが一番のお気に入りだったようだが、今ではリガロウの鱗の感触の方が好みらしい。昨日も恍惚とした表情でリガロウの鱗に頬擦りをしていた。


 ルイーゼ曰く犯罪二歩手前らしいので、ほどほどにするように注意しておくとのことだ。


 ここ数日の間にルイーゼには色々なものを貰った。

 タンバックで見かけた高級家具やベルガモスの絹で作られた服に織物。魔王国独自の楽器やニアクリフに停泊している各種船の模型など。

 どれも私の興味を強く抱かせる品々であり、この国での旅行のお土産に相応しい品物だった。


 私の方も、まだ渡していなかったプレゼントを渡しておいた。

 筆頭はマギモデルだな。完全私製、外見は小さなルイーゼだ。

 このマギモデルを見せた時の彼女の表情は、つい腕が勝手に動いて似顔絵を描いてしまったほど形容しがたい表情をしていた。アリシアが羨ましそうにしていたので、今度この国に来る時はアリシアのマギモデルも作っておこう。


 それと、ルイーゼにピリカへの援助を改めてお願いしておいた。

 簡易的な舞台を作って小さな私で舞踊を見せたところ、非常に喜ばれたのだ。


 「確かに完成度の高いマギモデルで劇でもやったら凄く映えるでしょうね。良いわ!常識的な範囲で支援してあげる!でもいきなりだと驚かれるだろうから、先にアンタの方から手紙で知らせてあげなさい」


 流石ルイーゼ。自分の影響力をよく理解しているようだ。

 私も魔王と対等の立場となってしまってはいるが、それを知る人間達はまだ少ない。ピリカなどはまず知らないだろう。


 というわけでエイダに頼んで私とルイーゼのツーショット写真を撮影してもらい、ピリカへの手紙に付け足しておこう。


 別の日には旅行中に描いたルイーゼやアリシアの似顔絵も、ひとつ残らず渡しておいた。小さなルイーゼを見せた時の彼女の似顔絵も含めてだ。

 2人共嬉しそうにしたり恥ずかしそうにしたり腹を立てたりと似顔絵にしていないような表情も見せてくれたので、その表情もついでに描いて渡しておいた。また面白い顔をしてくれた。


 ルイーゼにいたっては折角渡した似顔絵を処分しようとしていたが、甘い。

 彼女の性格ならばそういった行動も取りかねないと考えていた私は、予めすべての似顔絵に防護を掛けておいたのだ。

 私の"氣"と魔力を融合させてコーティングしてあるため燃やせないし破けないし水に濡れて滲みもしない。

 少なくとも500年は持つだろう。大事に保存しておいてほしい。


 「恥ずかしいですけど、これ以上ない宝物を貰った気がします…!」

 「まぁ、個人の宝物としてはこれ以上ないかもしれないわね。絶対に世に出すつもりはないけど」


 それで良い。私も周りに見せるために描いたのではないのだ。あくまでも2人に見てもらいたかったから描いたのだ。



 そんなこんなで修業をしながらも楽しい時を過ごし、いよいよ別れの時だ。

 今回のお別れもやはり派手に行こうと思う。


 「それじゃあ、また遊びにくるよ」

 「事前連絡さえしてくれれば大歓迎よ。何時でも言ってちょうだい」


 軽く挨拶を済ませると、私はこの国に訪れた時のようにラビックを抱きかかえ、レイブランとヤタールを両肩に乗せてリガロウに跨る。ウルミラはリガロウの隣だ。


 「それじゃ、行こうか」

 「はい!」


 今回リガロウには地面を駆け上がるのではなく、この場で噴射加速をしてもらい上空へと上がってもらった。所謂パフォーマンスである。


 上空15mほどの高度で飛行してもらい、今回の旅行で訪れた街を通過しながら魔王国を飛び立つのだ。

 低空飛行を行っているため、魔族達の私達を呼ぶ声がよく聞こえてくる。


 本当に楽しい体験ばかりの旅行だった。広場に残った皆にも、この国の良さを沢山伝えよう。


 魔王国の領域から離れ、少しだけ寂しさを感じながらリガロウに声を掛ける。


 「良い国だったね」

 「はい!また来ていっぱい遊びたいです!それにルイーゼ様達にもっと稽古をつけて欲しいです!」


 リガロウの成長速度がいかに早くても、次にこの国に来る時までにこの子の強さが三魔将を越えているということはないだろう。

 だが、かなりいい勝負ができると私は見ている。度肝を抜かしてやろう。


 〈楽しかったねー!〉

 〈美味しいものがいっぱいあったわ!綺麗な物もいっぱいあったの!〉〈まだまだ楽しみ足りないのよ!またこの国に行きたいのよ!〉

 〈姫様との旅行、得るものが非常に多く、とても充実した時間を過ごせました。私達を旅行に誘っていただき、誠にありがとうございました〉

 「どういたしまして」


 ウチの子達はウルミラを除けば今回の旅行が初の"楽園"外出となる。

 インベーダー襲来というトラブルこそありはしたものの、そんなことが些事だと言わんばかりに旅行を楽しめたようだ。

 私としても誘った甲斐がある。これなら今後もウチの子達を旅行に誘っても問題無いだろう。


 さぁ、もうすぐ私達の家がある"楽園"だ。



 リガロウを蜥蜴人リザードマン達の集落に預け、グラナイドにオーカムヅミを食べさせてから家に戻ると、食欲をそそる旨そうな香りが私達の鼻孔を刺激した。

 不思議なことに嗅いだことのない香りだ。というか、この香りは『収納』から取り出した私の料理の香りではないぞ?


 〈今からゴハンかな?おいしそー!でもご主人の料理の匂いじゃない?〉

 〈早く食べたいわ!〉〈早く帰るのよ!〉

 〈私達が魔王国で旅行を楽しみ、様々なことを学んでいる間、あの場所にも変化があったようですね〉


 料理の香しい香りは家からではなく"黒龍城"のキッチンがある場所から漂っている。

 まさか、誰かが料理を作っているのか!?


 〈おう!主よ、今帰ったか!ちょうど昼食が出来上がったところだ!大量に作ってあるからな!遠慮なく食べると良いぞ!〉


 私達をご機嫌な思念で迎えてくれたのは、フレミーの糸で編み上げられた極上のエプロンを身に纏ったホーディだった。


 ちょっと広場を開けていた間に、凄いことになってるな!

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