第519話 あの子に似合う服

 ウルミラと遊ぶために『空間拡張ディメンエキスパ』によって十分な広さを確保できているためか、先程以上にリガロウとラビックの稽古が激しさを増している。

 どちらも速さを活かした戦いが得意だ。お互い戦いやすくなったと感じているのだろう。


 リガロウが低空噴射飛行によって一度ラビックを横切り、即座に反転してその勢いで鰭剣きけんによる斬撃を行うが、見切られているようだな。


 ラビックのすぐ近くに私がいるため、なかなかの迫力が味わえている。しかし、やはり私が近くにいるとリガロウは戦い辛いらしい。動きが少しぎこちない。


 〈動きが直線的過ぎですよ。フェイントとは…〉


 リガロウの最大速度でもラビックは見切れるのだろうが、だとして彼にとってな満足のいくような攻撃ではなかったのだろうな。

 あっさりと鰭剣による薙ぎ払いを回避すると、後ろ足でしっかりと地面を踏みしめ、右前足でリガロウに突きを放つ。

 その様はさながら、人間の格闘家が放つ拳撃だ。


 「グキュエッ!?」


 薙ぎ払いがかすりもしなかったのも想定外だったのだろうが、それ以上にラビックの放とうとしている拳撃に込められた気迫や意思が、明確に自分を斃そうとしていると感じたのだろう。勢いに押されてたじろいでしまっている。


 〈こうするのです〉

 「ンギュウッ!」


 ラビックの突きに対応しようとして体を仰け反らせようとしたところで、リガロウの頭頂部にラビックの後ろ足が叩き落される。

 想定外からの一撃だったため衝撃を逃がすこともできず、リガロウは蹴られた勢いのままに顔を地面に叩き落されてしまった。


 薙ぎ払いを回避してから放とうとしていたラビックの突きは、実際には放たれていない。その気配だけをリガロウに送ったのだ。

 その結果、リガロウは突きに対応しようと体をのけぞらせたのだが、そのせいで別の場所への対処が疎かとなってしまったのだ。今回の場合はは上方への警戒だな。


 〈リガロウ、貴方のフェイントには実際に攻撃するという意思が感じられません。フェイントだからと攻撃に意思を込めなければ、これからフェイントを行うと言っているようなものですよ?〉

 「む、難しいです…」

 〈ですから、実際に体感して覚えなさい。さぁ、体を起こして。ドンドン行きますよ?〉

 「は、ハイ!よろしくお願いします!」


 容赦がないように見えてラビックはかなり優しくしているのかもしれない。

 その証拠に、この子は前足にも後ろ足にも鎧を発生させていないのだ。仮に鎧を纏っていたとしたら、リガロウは確実に怪我を負っていただろう。


 稽古中に怪我をするのは別に構わない。ここにいる者達は全員再生能力を持っているし、治療も容易にできるからな。

 しかし、それでもラビックはリガロウに怪我を負わせたくなかったようだ。

 畳み掛けるようにフェイントを加えた攻撃を放ってはいるが、稽古を始めてから今までリガロウが怪我を負ったことは一度もない。


 「………武闘着……いや、燕尾服もなかなか…」

 「?どうかしたの?」


 円盤を取って来たウルミラを撫でていると、ラビックを見つめていたルイーゼが不意に服の名称を呟きだした。何か思いついたのだろうか?


 「え?ああ、ラビックちゃんって大体2足歩行してるじゃない?服とか着せたら似合いそうだと思ってね?」


 ラビックに服を…?少し待って欲しい。色々と想像してみるから。

 む。そろそろ円盤を投げるとしよう。


 「………アリかもしれない…」

 「でしょ!?似合いそうよね!?よーし、取ってきてえらいぞぉ~!ウルミラちゃんは速いわねぇ~!」

 〈なになにー?何の話ー?〉


 投げた円盤は瞬時にウルミラがキャッチし、ルイーゼの元まで一瞬で駆け寄る。私達の会話が少し耳に入っていたためか、興味深そうに話の内容を尋ねてきた。


 「ん~?ラビックちゃんに服を着せたら似合いそうだな~って話をしてたの。ウルミラちゃんはどう思う?それとも、ウルミラちゃんも何か服を着たい?」

 〈服ー?う~ん…ボクはいいや。窮屈そうだもん!ラビックも断るんじゃない?〉


 そうだな。大事なのは似合うか似合わないかではない。ラビックが服を着たいかどうかだ。無理強いをするつもりはない。


 それに、だ。ルイーゼが想像した武闘着や燕尾服をラビックが着たら、モフモフを堪能できなくなってしまうのではないか?

 似合うと思うし実に可愛くてカッコイイと思うのだが、モフモフを得られなくなるのは問題だ。


 お?今回は円盤を投げるのが早いな。では、私の撫でる時間は…。


 「服を着させると、こうしてモフモフを堪能できなくなるから、どうするべきか迷うね…」

 「ん、まぁ、それがあるのよねぇ~。折角のフワフワでモコモコな毛並み、コレが得られないのは問題だわ…って、もういいの?」

 「ルイーゼも同じぐらいだったでしょ?」


 ルイーゼの考えは分かっている。

 この円盤の投げ合いは、ただウルミラを喜ばせるだけではない。一種の勝負なのだ。

 ルイーゼは投げる時間を調節して、自分がウルミラを撫でたところで遊びを終わらせようとしているのだ。

 朝食までの時間が刻一刻と迫る中、どちらが最後までウルミラを撫でられるか。コレはそういう勝負なのだ。


 何も考えずにひたすらウルミラを撫でていたら、ルイーゼの思う壺だっただろうな。あの瞬間でここまで考えたのだ。大した発想力と言える。


 しかし、分かってしまったのなら妨害させてもらおう。朝食へ向かう時にウルミラを撫でているのは…この私だ!



 この宿の提供してくれる料理の味は、昨日の宴会の時点で良質なものだと知っている。清々しい気分でいただくとしよう。


 舌鼓を打ちながら朝食を楽しんでいると、ただ一人悔しそうに俯いているルイーゼの口から、呪詛のようなつぶやきが聞こえてきた。


 「いつから…?何時から気付いてたの…!?全然そんな素振なかったのに…!」

 「ん?ルイーゼがルールを言い出した辺りから?」

 「ほぼ最初からじゃない!?」


 勝負に勝ったのは…ウルミラを最後に撫でていたのは、私だった。

 ウルミラを撫でている間のルイーゼの悔しそうな視線が、妙に心地良かったのを覚えている。


 意地悪かもしれないが、私が負けていた場合、ルイーゼも同じことをしていただろうからお相子である。


 〈ねぇねぇ!ラビックは服着てみたい!?〉

 〈服…ですか?それは、姫様やルイーゼ陛下が着用している?〉

 〈そうそう!ご主人もルイーゼ様も似合いそうって話してたよ!〉


 ウルミラが遊んでいた時に話していたラビックの服について当事者に質問している。

 あの子達は立場に違いが無いから、聞きたいことがあったら遠慮なく聞き合える間柄なのだ。

 ラビックの服についても特に黙っているつもりもなかったので、ああして聞いてくれると大変ありがたい。


 〈ふむ…〉


 ラビックが前足を下あごに当てて考え込むような姿勢を取っている。

 いい。実に可愛らしい。キャメラを持っていたら撮影していたぐらいだ。その考えはルイーゼも同じらしい。恍惚とした表情でラビックを見つめている。


 「可愛い…。ああ~迷う~!絶対服着てた方が可愛いのに…!モフモフが楽しめないから…!くぅ~っ!」

 「まったくもってその通りだね。ただ、服を着たラビックを抱っこするのも捨てがたい…」

 「っ!!何それ!?絶対可愛い奴じゃない!や、やりたい…!服を着たラビックちゃん抱っこしたい…っ!」


 その意見には同意しかないのだが、あくまでも服を着るかどうかはラビック次第だ。あの子が着たくないのであれば無理強いをするつもりはない。

 それに、服もすぐに用意できるわけではないしな。


 〈それで姫様やルイーゼ陛下に喜んでいただけるのでしたら、私が衣服を着用するのは吝かではありません。しかし、私の体に合わせた衣服を容易に用意できるのでしょうか…?〉

 「っ!?ラビックちゃん…!なんて良い子なの…!?」

 「ウチの子達は皆良い子だよ?」


 だからこそ、自分の意見よりも私の望みを優先しようとしてくれているのだが。

 私としてはラビックには自分の意見を優先して欲しいのだが、それを言ったところで私の望みを叶えるのが自分の望みだと答えるのは目に見えている。

 ならば、彼の申し出を無下にせず、この子にピッタリな服を用意するのが私のやるべきことだろう。


 どうせ用意するのなら、現状で用意できる最高の服を与えたい。そしてラビックも気に入ってくれるようなら、フレミーに頼んでラビック用の服も作ってもらおう。


 …2足歩行と言えば、ホーディも結構2足歩行を行っていたな?あの子の分も用意してもうか…?

 いや、それこそラビックの反応を見てからだな。

 朝食も食べ終わったことだし、そろそろ次の街に移動を開始しよう。



 さて、移動の途中ではあるが、稽古にちょうど良さそうな広場を見つけたのでそこでリガロウとラビックにルイーゼが稽古をつけるようだ。

 ルイーゼはラビックの服を着た姿が見れると確定したためか、非常に上機嫌だしやる気に満ちている。


 〈偉大なる御方にこうして稽古をつけていただける時を、姫様に旅行を誘われた時より期待しておりました。どうぞ、よろしくお願いいたします〉

 「ええ!遠慮はいらないわ!思う存分、全力で掛かって来なさい!ノア!結界は頼むわよ!」

 「任せて」


 ラビックが全力を出せば、魔王国中にその魔力反応が感知されることだろう。

 もしかしたら人間達の国にも反応を感知できる者がいるかもしれない。そうなれば感知した者達がパニックを起こすことなど、想像に難くない。

 当然、そんなラビックを相手取るルイーゼも相応の魔力を解放するだろうから、益々パニックになるだろう。


 そうなっては確実に面倒臭いことになるので、私が結界を張って周囲から感知されないようにするのだ。勿論、同時に周囲に被害を出さないようにもする。これで暴れ放題だ。


 「キュウ…」

 「リガロウ?アナタもしょげてる場合じゃないわよ?アナタの相手もしてあげるわ!掛かって来なさい!」


 リガロウはかなり気落ちしてしまっている。

 原因は、この場所に来るまでの移動にある。

 この子は私以外を自分の背に乗せるつもりが無かったのだが、私がルイーゼと相乗りしたのだ。


 自分よりも遥かに強い者からの要望に断ることができなかったのも、ルイーゼを背中に乗せた理由の一つだろうが、大きな理由は別にある。


 リガロウが背に乗せないなら、私がルイーゼを横抱きにすると言った時だ。


 〈ふ~ん?つまり、リガロウはご主人の手を煩わせるつもりなんだぁ~?〉

 「クキェ!?」

 〈リガロウ、まさかとは思いますが、今までも姫様に誰かを担がせていませんでしたか…?〉

 「ギュクゥッ!?」

 〈それは良くないわ!ノア様の手を煩わせたら駄目よ!〉〈怒るのよ!知ったらホーディやゴドファンスが怒るのよ!〉

 「グケェッ!?」


 私は特に気にしていなかったのだが、逆に非常に気にする者もいる。それがウチの子達と言うことだな。

 まぁ、確かに事情を考えれば、ホーディとゴドファンスは私がやる必要のないことを私にさせていたリガロウに怒るだろうな。

 しかも、私もきっと怒られるだろう。ちゃんとリガロウに背に乗させろと。


 仕方がないのだ。私以外の者を背に乗せたくないリガロウに誰かを背に乗せさせたら、この子はきっと拗ねたり不機嫌になっていたから。私は、この子にそんな思いをさせたくなかったのだ。

 つまるところ、私がリガロウを甘やかしていたのが悪い。家に帰ったら、大人しく怒られておこう。


 そしてリガロウがうな垂れているのは、ホーディやゴドファンスに怒られるから、ではない。

 私の手を煩わせていたと自覚していなかったことに、ショックを受けているのだ。まぁ、それはそれとして、ホーディとゴドファンスから怒られたら怖がるだろうが。


 とは言え、リガロウがホーディとゴドファンスに直接会うことはないだろう。

 リガロウは私の家にはこれないし、あの子達は転移魔術が使えない。それに蜥蜴人リザードマン達の集落に来ることもないだろうからな。

 あの子達が集落にきたら、それだけで大騒動だ。


 「リガロウ。過ぎてしまったことは仕方が無いよ。今は稽古に集中しよう」

 「キュウ…。ですが、俺があの御二方と一緒に稽古なんて…」

 「勘違いしないの!それぐらい分かってるわ!だから…こうするのよ!」

 「グキャアッ!?ル、ルイーゼ様っ!?いつの間に後にっ!?ええっ!?違う!前にもいる!?」


 ルイーゼが宣言した後、リガロウの背後に突如ルイーゼが現れたのだ。当然、ラビックと対峙しているルイーゼも健在だ。

 そう、『幻実影ファンタマイマス』による幻である。勿論、昨日と同じく魔王城にはルイーゼの幻が既に執務室に配置されている。これから執務を行おうとしているところだ。


 今回の稽古、実はリガロウとラビックの稽古だけではない。ルイーゼの特訓も兼ねているのだ。


 頑張れ皆。


 私はその間、ウルミラ達と戯れていよう。

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