第520話 次の進化はいつ?
分かっていたことだが、やはりルイーゼは強いな。
少なくとも、ヨームズオームとオーカドリアを除いたウチの子達全員で挑んだとしても勝てるかどうか怪しい。いや、フレミーが要ればイケるか?
ウチの子達も"氣"を扱えるようになっているし、全員で挑めば5回中1回は勝てるかもしれない。
まぁ、1対1ではまず勝ち目がないな。格闘術でラビックを圧倒しているのだ。その技量差は、まるで大人と子供である。
しかし、軽くあしらっているというのに、ルイーゼは何か理不尽なものを見るような目でラビックを見ている。
「ねぇ、ラビックちゃん?アナタが人間の格闘術を知ってから、1年も経ってないのよね?」
〈はい。姫様がティゼム王国から帰宅した際に複数の格闘技の書物を下賜して下さったのが始まりです〉
「上達速すぎない?」
〈常日頃、姫様にご指導していただいておりますれば〉
ああ、ルイーゼはラビックの技量に驚いていたのか。
ラビックがルイーゼに向けて放っている体術の数々は私が家に持ち帰って来てあの子にお土産として渡した、格闘技の書物を参考にしている。
そのままでは人間と骨格が異なるラビックでは十全に効果を発揮できないため、技をラビック用に最適化させたのも、今となっては懐かしく思えてくる。
〈やはり、魔族特有の格闘術が存在するのですか?よろしければ、是非ともご教授いただきたく思います〉
「勤勉ねぇ…。ウチのだらしのない連中も見習ってもらいたいわぁ。良いわよ!実践して教えてあげる!ラビックちゃんならすぐに覚えられると思うわ!」
〈陛下に、この上ない感謝を…!〉
ルイーゼはラビックに自分の習得している体術を教えるようだ。折角だから、私もウルミラ達をモフモフしながら彼女達の動作を見て覚えさせてもらう。
さて、ラビックの稽古は順調なわけだが、リガロウの方はどうだろうか?
「そうそう、その調子よ!それで良いの!その動きを忘れないで!」
「ハイ!グ、グキュウ…!使いたいけど、我慢我慢…!」
リガロウには噴射加速を使わない動きを覚えさせているようだ。
あの子の翼は可動範囲が非常に広いから、姿勢の制御なども噴射加速によって強引に矯正が可能だ。
だが、それでは負担も消耗も激しいのは間違いない。
そして、いくら生じた隙を噴射加速で補い続けても、消耗が続けば最終的に大きな隙を生じさせてしまうのだ。
リナーシェぐらいの相手ならば消耗しきる前に決着をつけられるかもしれないが、互角以上の相手の場合はそうもいかない。
実際、グラナイドとの模擬戦の際、それが理由で敗北したことが何度かある。
私の眷属ならば、将来私の家で私の配下達と対等な関係になるのならば、噴射加速に頼り切った戦い方をしてはいられないということだな。
なにも噴射加速を一切使用するなと言う話ではない。一辺倒にならないようにするべきだという話だ。
あの子は進化してからのグラシャランとの修業で、噴射加速を頻繁に使用していたからな。クセが付いてしまったのだろう。
気持ちは分かる。
新しく得た力だから使っていて楽しかっただろうし、実際に噴射飛行をしている時のリガロウはとても楽しそうにしているからな。
ただ、好きなように噴射加速をさせ続けていたせいか、姿勢制御を噴射加速に頼るクセが付いてしまったのだ。
ラビックもその事実に気付いていたようだが、敢えて指摘していなかったようだし、それを矯正できる自信が無かったようだ。
その点、ルイーゼならば矯正が可能だと思ったのだろう。稽古を始める前にラビックがルイーゼに対してリガロウのクセを矯正するように頼んでいた。
なお、我慢できずに噴射加速を使ってしまった場合はと言うと…。
「ギャウンン!?」
噴射加速を行った直後、リガロウが何かにぶつかったような挙動をしてその場に倒れてしまう。
ぶつかったような、と言ったが、実際にぶつかっている。ルイーゼが常時リガロウのすぐ傍に展開させている魔力板だ。
耐久性が高く、たとえリガロウが全速力で突進して角をぶつけたとしても破壊は不可能なほどの耐久力だ。それをあの子のすぐそばに展開させてあの子の動きに合わせて移動させているのだ。
そして噴射加速を使用した直後に魔力板の位置を固定する。
そうすることで、強固な壁にぶつかったような挙動を取ってしまったのだ。
「あちゃ~。ちょっと我慢できなかったかぁ~。でも結構我慢できるようになってきたわね!めげずに頑張りましょうね!」
「ギュウ…ッ!ハイ!頑張ります!」
リガロウの褒めるべき点は、ひたすらに真っ直ぐで前向きな性格だろう。
稽古中は徹底的に叩きのめされる時もあれば、今のように自分の思い通りの動きをさせてもらえないことが何度もある。
それでも、あの子は稽古を受けることを嫌がらない。それが強さに繋がると信じて乗り越えようとしているのだ。
実際のところ、リガロウは稽古を重ねるたびに動きが良くなっているし、強くもなっている。
私の眷属は才能に満ち溢れているからな。物覚えが非常に良いのだ。学習能力で言ったらラビックも認めるほどである。だからこそ、朝の稽古でも厳しめに指導をしていたのだが。
〈リガロウって将来凄い子になりそうだよね!家で一緒に暮らせるようになるのが楽しみ!〉
〈ドンドン動きが良くなってるわ!〉〈見ていて楽しいのよ!〉
ウルミラ達もリガロウの物覚えの良さを理解できているようだ。既に将来私の家で共に暮らせると確信している。
「まだまだ進化するでしょうし、どんなドラゴンになっちゃうのかしらねぇ…。怖いのやら楽しみなのやら…」
「グルァウ!もっと速く!もっと自由に空を飛べるようになりたいです!」
「そう…。フフ!きっとなれるのでしょうね。応援してるわよ」
「ありがとうございます!」
リガロウの更なる進化かぁ…。これからもするのだろうけど、それはまだ当分先の話だろうな。
ランドドラゴンからスラスタードラゴンに進化したのだってオーカムヅミを利用した半ば強引な進化だったのだ。次も同じような方法による進化はしない方がいいと思う。
そうだな。次の進化までに最低でも2,3年は時間を掛けてじっくりと鍛えて行こうと思っている。
まぁ、ルイーゼから言わせたらそれでも短いと言われそうではあるが。実際、他大陸へ旅行へ行き、様々な国を見て回ればあっという間だと思うのだ。
親バカ的な発言ではあるが、私のリガロウは天才だからな。一般的に短いと言われるスパンでも十分な時間と言えるのだ。
多分だが、私が素性を世界中に公表する頃にはリガロウはもう一度進化していると思う。というか、私があの子を進化させたい。
ただし、今度はオーカムヅミの力抜きでだ。リガロウには純粋に修業で強くなってもらい、自力で進化してもらいたい。
あの子にならばできる。私はそう信じている。
今回のルイーゼとの稽古を見ていると、そんな気持ちが強くなっていくのだ。
ルイーゼの稽古も終り、私達は次なる街、ジービリエへと到着した。相変わらず物凄い歓声で出迎えられている。
私だけでなく、ルイーゼを称える声も聞こえてくるので、彼女も魔族達から相当な人気があるようだ。
この街の近くには魔王国有数の広大な森が近場にあり、そこで様々な魔物や魔獣の狩猟を行っているそうだ。
「この街で出るディーアのお肉は絶品よ!下処理もしっかりしてるから臭みもないし、淡泊な味のに旨味があって何より柔らかいの!絶対ノアも気に入るわ!」
「それは楽しみだね。昼食はそのディーアの料理?」
「その予定よ!尤も、提供される肉はディーアだけじゃないけどね」
尚更楽しみになるじゃないか。多分、近くの森で捕れるという様々な魔物や魔獣の肉が提供されるのだろう。どうせだから、狩猟の様子も見てみたいな。
そんな私の考えは、ルイーゼにはお見通しだったらしい。
「これから早速森へ向かって狩りの様子を見学しようと思うけど、準備は良い?」
「勿論。それで、今回捕った獲物が今日の昼食になるのかな?」
だとしたらなかなかに魅力的な企画だと思うのだが、そうではないらしい。
ルイーゼは苦笑しながら首を横に振っている。
「流石にそれじゃあ下処理が間に合わないわよ。言ったでしょ?歓迎の準備は万端だって。これから向かう場所の食事の準備なんかは全部整ってるわよ?」
「凄いね。万事抜かりはないってこと?」
[その通り!]とルイーゼが空を仰ぎながら得意げになって肯定している。ニアクリフでも思ったことだが、頼もしい限りだな。
そうだ。これから見学する魔物や魔獣の姿形を詳しく教えてもらおう。
少なくとも、鹿に似た魔物は存在するのだ。似たようにモフモフな獣型の魔物も数多く生息しているのではないだろうか?
「そうね。あの森に生息している生物は、小型から大型の鳥獣系の魔物が多種多様よ。勿論魔物以外の動物も生息しているし、魔獣になる子もいるわね」
「人懐っこかったりする?」
非常に素晴らしい情報なのだが、私の気になるところはそこだ。
これはあわよくばと言った願望なのだが、森に生息する者達と触れ合うことはできないか、疑問に思ったのだ。
ルイーゼも私の願望を察知したからか、その答えを教えてくれる。
残念そうに首を横に振っているということは、人懐っこくはないのだろう。そして森の住民達の習性も大まかに教えてくれた。
「流石に難しいわね。生存競争の激しい場所でもあるから、自分よりも明確に弱い相手だと分かればすぐに襲ってくるし、反対に自分と互角以上だったら迷わず逃げ出すわ」
「だとすると、狩るのは結構大変だったりする?」
弱ければ襲われて負傷、最悪命を落とす可能性があるし、強ければ逃げられて獲物を捕まえられない。森で肉を調達するには、熟達の腕が必要になるのでは?
「正解よ。森に挑む狩人達は皆狩りのプロフェッショナル、ベテラン中のベテランね。今回はそんなベテランの技を見学しましょ」
良いじゃないか。魔族達の日常を知れる、とてもいい機会だ。しっかりと観察させてもらおう。
「狩人達の狩猟方法って、やっぱり気配を隠してからの弓?」
「全部が全部じゃないけど、大体そんなところよ。…中には魔術を使用したり、なんでか敢えて自分を襲わせて風変わりな剣で仕留める狩人もいるけど…まぁ、そういう風習がある魔族だと思ってちょうだい」
それはまた面白い風習だ。是非詳しく話を聞いてみたいところだ。
だが、それも見学が終わってからだな。食事に同席してくれるのなら、その時にでも聞かせてもらうとしよう。
宿に宿泊手続きを済ませたら、早速森へと移動して既に森の入り口で集合していた狩人達に出迎えられた。
代表らしき人物が前に出て私達に挨拶を始める。
「ルイーゼ陛下、ノア姫様、ようこそお越しくださいました。本日は普段どのようにして我等がこの森で恵みをいただいているかをお伝えして行こうかと思います」
「うん。よろしく頼むね」
「さて、ここから先はあまり騒がしくしないようにね?アナタ達も退屈かもしれないけど、気配を落としてもらえる?」
当然の話、見学は私とルイーゼだけでなく、今回旅行に来た全員で見学させてもらう。
この子達の放っている魔力は現在、グラナイドと同等だ。このままでは確実に森の住民達に逃げられてしまう。
〈問題ありません。皆様の邪魔にならぬよう、見学させていただきます〉
〈任せてちょうだい!〉〈沢山練習してきたから余裕なのよ!〉
〈いつもと違う森かー。ちょっとワクワクして来るね!気付かれないなら走り回ってみても良いかなぁ?〉
家の子達は魔力の制御を十全に行えるようになっているため、ルイーゼの言うことをすんなりと聞いている。レイブランとヤタールなど、最近魔力のコントロールが十分に可能になったからか、得意気になって自慢しているようにも見える。
他の子達にも言えたことだが、ウルミラは"楽園"以外の森に入るのが初めだ。
"楽園"との違いを確かめたいからか、森の中を駆け回りたそうにしている。
「気取られることはないだろうけど、今回は大人しくしていようか。この森の中を走るのは、また別の機会にしよう」
〈んー。分かったー〉
素直に言うことを聞いてくれて嬉しい限りだ。見学が終わったら沢山褒めて可愛がってあげよう。
家の子達は大丈夫だ。
では、リガロウなのだが…。
「リガロウ、大丈夫そう?」
「グルゥ…。完全に魔力や気配を絶つのは、まだ無理です…。でも、抑えるぐらいなら…!」
そう言ってリガロウは魔力を既に気配と魔力を隠蔽している狩人達と同じ程度まで落とし込んだ。
この辺りはヴァスターの指導のおかげだな。彼のことも褒めておこう。
〈勿体なきお言葉、恐悦至極に御座います。それにしても、いと尊き姫君様の配下の方々は、凄まじいですな。あれほどの膨大な魔力をリガロウ程度に抑え込むどころか、完全に絶ってしまえるとは…〉
〈実を言うとね…。彼等の場合、魔力量が多すぎて、完全に魔力を絶つ方が簡単なんだよ〉
狩人達はヴァスターの存在を知らないため、思念でヴァスターと会話する。
流石の彼も、生前魔力を完全に絶つことはできなかったようで、家の皆の魔力操作能力に驚愕している。
更に、完全に魔力を絶つよりも少量放出する方が難しいと伝えれば、とても驚くと同時に家の子達に尊敬の念を送っていた。
「こっちの準備は整ったよ」
「ええ、それじゃあ狩猟長、頼むわね?」
「はっ!お任せください。それでは、森の中へご案内いたします」
勿論、私もルイーゼも魔力の制御は問題無く行える。気配も希薄化させていざ、森の中へと出発だ。
魔族の狩猟、見せてもらうとしよう。
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