第521話 普段通りの狩り
森の入り口に集まっていた狩人達は複数人いたわけだが、何も全員で固まって行動するわけではない。
いくら気配を希薄化させたり完全に絶ったとしても、大人数で移動したら流石に不自然になるからな。
この森の住民達でその不自然さを察知できない者は、1人といない。
「私達はまずこの人達について行きましょ」
「基本的な狩りを見せてもらうんだね?」
「よろしくお願いします」
最初に同行するのは私達に歓迎の言葉を送ってくれた代表者だ。
前もって狩りを行いやすい場所に魔物や魔獣が好む餌をばら撒き、獲物が集まるようにしていたらしい。既に複数の獣や魔物が集まってばら撒かれた餌を夢中になって食べていた。
やはり、食事を楽しむ彼等の姿は可愛らしいな。それはそれとして、彼等自身も大変美味そうではあるが。
〈木の実かしら?後で少しもらえないかしら?〉〈美味しそうなのよ。食べてみたいのよ?〉
〈誘いこむための食料だけあって馨しい香りですね。…ウルミラ、気持ちは理解できなくはありませんが、落ち着きましょう〉
「キュ~ン…〈良いなぁ…!アレ、ボクも食べてみたい!でもでも、集まって来てる連中も美味しそう…!〉」
「彼等の仕事だからね?邪魔しちゃダメだよ?」
既に集まっている獲物たちを見て、ウルミラがソワソワしている。
この子は私が料理を振る舞う時以外は自分で獲物を狩っていただろうし、自分で仕留めてみたいのだろう。
しかし、それでは狩人達の邪魔になってしまう。彼等の普段の活動を見せてもらうのだ。邪魔をしてはいけない。
その辺りの事情をリガロウも理解してくれているらしく、先程から大人しい。
ただし、口から涎が出かかっているが。この子から見ても狩場に集まっている獣や魔物は美味そうに見えるのだろう。
レイブランとヤタールは狩場に集まった獲物よりも、その獲物達が夢中になって食べている餌に興味があるようだ。狩人達に頼んだら分けてもらえないだろうか?
「アッチが良いのね…。まぁ、安価に用意できるから普通にもらえると思うわよ」
〈やったわ!いっぱい食べさせてもらいましょ!〉〈言ってみるものなのよ!楽しみなのよ!〉
私の両肩で新しい食べ物を食べられると知った2羽が、喜びのあまり羽根を広げて左右に揺れている。フワフワの羽毛が両頬に辺りが大変気持ちがいい。私も首を左右に揺らしておこう。もっとこの羽毛の感触を堪能するのだ。
顔がほころんでいたのだろう。ルイーゼが見当違いなことを言い出してきた。
「なぁに?アンタも食べたいの?別にいいけど、食い意地が張ってるわねぇ…」
「…くれるというのなら食べるよ?」
しかし食い意地が張っているというのは否定させてもらえないだろうか?
まぁ、確かに狩場で獲物達が夢中になって食べているので、その味に興味がないわけではないが。
だからくれるというのであれば遠慮なくいただくとも。しかし、ねだるつもりはない。私は食い意地が張っているわけではないのだ。
「まぁ、良いけど。っと、そろそろ始まるわね。静かにしてましょ」
狩人が弓を構え、矢をつがえて弦を引く。どの獲物を討つのか狙いを定めたのだろう。
3度、深呼吸をし終えた頃には、狩人の手にぶれは無くなっていた。
弓の弦から手が離れ、つがえられた矢が放たれる。
魔術による効果だろうか?音を切り裂くほどの速度だというのに、放たれた矢からは空気を裂く音が発生していない。
放たれた矢は真っ直ぐに飛び、獲物に察知されることなく狙い通りに獲物の体を貫いた。
矢が獲物の体を貫通し地面に刺さるその直前、狩場に集まっていた者達が異変に気付いて一斉に散らばっていく。
獣の感覚なのだろうか?彼等は獲物の体を突き抜けた瞬間、一斉に何者かに襲われたと判断したようだ。見事な判断である。
射貫かれた獲物も他の者達同様、狩場を走り去っている。
獣の生命力は高い。矢で射抜かれた程度ではすぐには倒れない。
しかし、射貫かれた獲物は心臓を貫かれている。貫通し体から出血し続け、いずれは力尽きるだろう。狩人達は、ゆっくりと出血した際の血痕を負って獲物の元まで辿り着けばいい。
ただし、注意しなければならない点がある。
それは、彼等自身の痕跡を残さないことだ。
この森に生息している者達の中には、彼等よりも遥かに強い魔物や魔獣も存在しているのだ。
そういった者達に気取られれば、彼等とて無事では済まない。そのため、射貫いた獲物の追跡は慎重に行うのだ。
「まぁ、今は私達がいるから問題はないのだろうけど…」
「彼等の普段の活動を見たいのなら、私達も自重しないとね」
全くもってその通りだ。強者の気配を感じ取って戦いたそうにしているリガロウを宥め、狩人達の後を追うとしよう。
私達が射貫かれた獲物の元までたどり着いたころには、既に獲物は力尽き倒れていた。その距離約3㎞。この場に辿り着くまでに15分掛けている。
力尽きたのはおそらくもっと前なのだろう。それでも短時間でこれだけの距離を走ったのだ。この魔物の生命力の強さが見て取れる。
「大物が狩れました。それも良い状態です。今回お出しさせていただく獲物も大物でしたが、これほどの大物ではありませんでした」
説明をしながら狩人が仕留めた獲物の状態を語る。余程の大物を仕留められたのだろう。
淡々と語っているようで、その声色は嬉しさで興奮している。普段から狩りを行っている彼でも、これほどの大物は滅多に狩れないのだろう。
倒れている獲物の状態をルイーゼがまじまじと見つめている。その視線は、肉よりも毛皮に向けられているな。
「立派な毛皮ね…。コートにしたら相当な価値が出そうだわ…」
「はい、職人も喜ぶことでしょう」
仕留められた獲物の大きさならば、大人サイズのコート2着分ぐらいは作れてしまうだろう。それほどに大きな獲物だったのだ。
ルイーゼが立派と言った毛皮だ。触り心地に興味が出てきた。
「触れてみても良い?」
「勿論です。どうぞ、お好きなように」
許可ももらったので倒れた獲物の毛並みを確かめさせて折らうとしよう。
…ふむ。野生で生活しているだけあって泥や砂埃が付着している。流石にウチの子達の触り心地には劣るな。
家の子達に出会った頃ならばこの触り心地でも私は満足していたのだろう。
だが、今のウチの子達は毎日自分達の体毛を手入れしているのだ。その触りは極上と言って間違いない。ウチの子達の毛並みと比べるてしまうのは、流石に理不尽か。
仕留めた獲物を『格納』効果を持った袋に仕舞うそうなので、獲物から離れることにした。袋の内部の時間経過は『格納』と同じく緩やかになるそうなので、引き続き狩猟を行うようだ。
「狩猟開始から2時間で一度所定の場所に集まることとなっています。集合後は、別のグループの見学をしてもらうことになりますが、よろしいでしょうか?」
「うん。構わないよ」
「次は魔術による狩猟ね。それまでにもう1体ぐらい狩れるかしら?」
「ご期待に添えられるよう、尽力します」
狩猟開始から今の時間まで1時間が経過しようとしている。上手くいけばもう一度獲物を狩れるだろう。
再び先程の狩場に移動するのだろうか?
「いいえ、あの場所には今矢を射抜かれた者の血が落ちていますので、血の匂いに誘われて危険な魔物や魔獣が来る可能性が高いです」
「ですので、別の狩場に移動して獲物が来るのを待つことになります」
狩場は複数用意してあると。そしてその狩場に移動するまでも痕跡を消し続けて移動する必要があるようだ。
そうなると、もう一体狩るのは時間的に少し厳しいか。
「状況次第ですね。既に用意した餌を食べ尽くされている可能性もあります。その辺りはこの森に住まう者達次第ですので、そうであったのならば集合地点へ移動となります」
「分かったよ。それじゃあ、移動を開始しようか」
狩人の狩りとは、忍耐の勝負らしい。獲物を見つけたとしても、焦ってしまえば狩りは失敗に終わってしまうようだ。
そして熟練の狩人達でさえ、毎回狩りが成功するわけではない。失敗もまた、普段の光景だったりするそうだ。
どのような結果になろうとも、そのありのままを見届けさせてもらおう。
狩猟開始から2時間後。私達は一度森の入り口付近の集合地点に集まっている。ここまでの間で森の中で異常が無かったか、危険な魔獣の気配の有無、今後の天気などを話し合っている。
引き続き狩りを問題無く行えるかどうか、話し合っているようだ。
狩人達は特に危険な状況でも不審な気配があったわけでもなく、天気も引き続き良好と判断したようだ。問題無く狩猟が再開されるだろう。
やはり、次の狩場では獲物を仕留めることができなかった。
獲物が狩場に集まりはしていたが、警戒が強くたとえ矢を放っていたとしてもかすりもしなかっただろうと狩人達は語っていた。
それも普段の日常なのだ。大物を仕留められたのだし、気に病む必要はない。
それを理解しているからか、狩人達の表情は晴れやかだった。
それに、狩猟はこれで終わりではない。状況を確認し合った後、再び別の狩場へと向かうのだ。
ルイーゼ曰く、今度は魔術による狩りらしい。弓で狩るよりも一気に大量に狩ることになるそうだ。
魔術で狩りを行う者達は、集合時点ではまだ成果を上げていない。狩猟開始から集合時間まで、これから狩りを行う準備をしていたからだ。
どのような準備をしていたかは、現場に行けば分かることだろう。手並みを拝見させてもらおう。
小休憩を挟み、私達は魔術による狩猟グループに同行して狩場に到着している。
既に狩場には大量の獣や魔物が集まってきていた。先程の狩場よりも広く、100体近い獲物が集まっている。
この狩場にも、先程の狩猟で見た狩場のように獣や魔物が好む餌を大量にばら撒いてある。
先程の狩猟時間ではこの大量の餌を狩場にばら撒いていただけでなく、集まった獲物を纏めて捕らえるための魔術の下準備をしていたようだ。
狩人達が気配を絶って静かに、そしてゆっくりと移動し始め、狩場を囲って行く。
彼等が何をするかは、予めルイーゼから聞かされている。
周囲を囲った狩人達が予め仕掛けていた魔術を一斉に起動し、狩場を一瞬にして巨大で強固な捕縛装置に変化させてしまうのだとか。
狩人達の気配を気取られてしまえば、狩場に集まってきている獲物達は、あっという間に散り散りに逃げ出してしまうだろう。そうなってはすべてが台無しだ。
狩人達の移動は、先程の追跡時よりも更に慎重な移動だった。
狩人達が狩場を囲い始めてから20分ほど経過したところで、この場に待機していたリーダーが反応を示した。
「準備が整ったようです。これより、捕縛を開始します」
言葉に出さず、静かに私達は頷く。さて、ここからどのような魔術が発動するのか。
リーダーが右手の人差し指を立てて指先から一瞬だが強い光を発生させた。今の光が発動の合図なのだろう。
当然獲物達も光に気付いて逃げ出そうとするが、時既に遅し。
狩場を囲った狩人達の足元から極太のひも状の何かがせり上がり、狩場の中の獲物を覆ってしまう。
狩場の下には、蜘蛛の巣状の魔術による縄が敷かれていたのだ。それをリーダーの合図に合わせて狩場を包み込むように一斉に起動したのである。
せり上がった縄は狩場の中心上空で結合し、獲物達を纏めて空中に吊り上げてしまった。
獲物達は1体1体がかなりの重量だったはずだ。それをまとめて空中に持ち上げているとなれば、相当頑丈な縄なのだろう。
「ここから魔術で獲物を眠らせます」
「眠らせてから仕留めるの?」
「それもありますが、子供の獣や魔物を安全に分別するためでもあります」
彼等の狩猟方法は一度に大量の獲物を捕らえるられる。やり過ぎればあっという間に森から生き物がいなくなってしまうのだろう。
そうならないためにも、幼い個体は森に返すのだそうだ。
森と共に生きていくのならば、賢明な判断と言えるだろう。
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