第522話 魔王城に着いたら

 獲物の分別が終わったら残りの獲物達を解体用の担当で急所を貫き、確実に絞めていく。

 眠っている獲物達は1体1体等間隔できれいに並べられ、手早く処理されている。普段から行っている作業のためか、非常に手際が良い。


 勿論、周囲の警戒も忘れていない。

 血を流す行為のため、血の匂いを嗅ぎつけて危険な魔物や魔獣がこの場に来ないとも限らないのだ。

 索敵系の魔術を使用して周囲の状況を広範囲で把握している。


 私が頻繁に使用している『広域ウィディア探知サーチェクション』に似ているが、範囲も精度もそれほど高くはないようだな。


 まぁ、フレミーが"楽園最奥"で姿を隠している者達を捕えるために開発した魔術なのだ。その性能は一般的な索敵魔術と一線を画すものがあるのだろう。


 念のため私も『広域探知』で周囲の確認をしているが、今のところ狩人達よりも強い魔物や魔獣がこちらに来る気配はない。

 1体の魔物が獲物の血の匂いを嗅ぎ取ってはいるが、同時に複数の狩人達の匂いも嗅ぎ取っているようだ。

 襲えば勝てるとは思っているようだが、割に合わないと判断したのだろう。


 なお、この場の血の匂いを嗅ぎ取った危険な魔物は、私達見学組の存在を認識できていない。私が周りの邪魔にならないように防臭結界を施しているからだ。

 仮に魔物が襲い掛かって来たら、流石に見過ごすわけにはいかないので助けるつもりだった。ルイーゼが。


 「アンタ達はあくまでもお客様ですもの。それに、自分の民を自分で守るのは国主の務めでしょ?」


 とのことだ。人気取りのためではなく、本気でこういったことが言えるからルイーゼは国民から人気があるのだろう。


 狩人達の作業が終わったようだ。獲物を『格納』機能を持った袋に詰め、流した血の処理も終っている。

 時間も良い具合に経過している。集合場所に戻るとしよう。



 集合地点に最後に戻ってきたのは私達魔術狩猟組だった。他のグループは既に集合し終えて成果を報告しているところだったのだ。

 魔術組のリーダーも他の組のリーダーの元へ向かい報告を済ませている。


 耳に入ってくる情報をまとめると、他のグループも問題無く獲物を仕留められたようだ。

 このまま小休憩を済ませたら3度目の狩りを行うのかと思ったのだが、どうもそうはいかないらしい。

 狩人達の大半が、少ししたら雨が降ると判断したのだ。それも、結構な降水量となるらしい。


 多少の雨ならば狩猟を続行するのだが、流石に大雨ともなると森に住まう者達も自分達の巣から出ようとしないため、狩りにならないようだ。満場一致でジービリエに戻ることとなった。


 「本来ならば、3度目の狩猟も行いたいところだったのですが…」

 「気にしなくて良いよ。私は貴方達のありのままの活動を見たかったのだから、これでいいんだ」


 本来ならば次は風変わりな剣を用いて獣を狩る様子を見学する予定だったのだが、これもまた普段の様子なのだ。気にならないわけがないので、昼食の時に話だけでも聞かせてもらうとしよう。


 私達が見学する予定だった狩人も悔しさを隠してはいない。自分の活動を披露したかったという思いが鮮明に伝わってきている。

 彼の狩猟結果は最初と今回で5体の獲物を仕留めたそうだ。最初に見学した際に弓の狩人が仕留めた獲物程大きくはないが、魔術組が捕らえた獲物達の平均以上の大きさはあるそうだ。


 狩人としての腕も間違いなく優秀だが、それと同時に高い戦闘技量を持っているだろうな。

 仕留められた獲物の一部を確認させてもらったが、首のみを切断して仕留められていた。

 それだけではない。切断面が非常に滑らかだったのだ。

 力任せにただ刃を叩きつけただけではああはならない。卓越した刃物を扱う技術があってようやく成り立つ結果だ。


 相手は獣型の魔物だ。

 樹木が生え並び、お世辞にも平たいとは言えない足場を、自分の庭のように縦横無尽に駆け回れる獣型の魔物に対してコレを成功させているのだ。

 しかも、狩人は無傷でコレをやってのけた。生半可な腕ではない。興味が湧いて来るな。



 ジービリエに戻るために森を出た頃、少しずつ雨が降り始め、ジービリエに着く頃にはどしゃ降りの雨となっていた。

 こうまで正確に天気を把握できるとは、見事なものだ。


 〈私達だって分かってたわ!〉〈天気を当てるのは得意なのよ!〉

 〈でもレイブランとヤタールって予報外す時もあるよねー〉

 〈張り合う必要などないでしょうに…。しかし姫様、昼食までの時間はいかがお過ごししましょうか?〉


 日頃から空を飛びまわり雲を眺めるレイブランとヤタールは、彼女達の言う通り天気を予測して当てることが多い。家で暮らしていると、定期的に天気を教えてくれるのだ。


 ただし、毎回予測が当たるわけではない。

 雨が降りそうと予測して一日中晴れていた日もあれば、雨が一日振らないと予報したその直後に雨が降り出すような日もあった。

 彼女達は、これまで目にしてきた雲の形状を記憶しており、目に入った雲と記憶の中の雲を照らし合わせて予測を立てているのだろう。


 なお、雨に濡れる心配はない。雨が降ってきた時点で傘に見立てた魔力の板を私達の上空に発生させたからだ。

 まぁ、地面が濡れているので足が濡れるのは避けられないのだが、リガロウもウチの子達も気にしていない。むしろ後でフカフカのタオルで濡れた足を拭き取られるのが好きなので、嬉しそうにしているまである。


 天気についての話はこのぐらいにして今後の予定をルイーゼに訪ねるとしよう。

 狩猟の見学が雨天中止となってしまったため、昼食までに時間の余裕があるのだ。


 「そうね…。それなら、実際に見せてもらう?彼の戦いぶりを」

 「それは、つまり?」

 「リガロウ、どう?森にいる間、戦いたくて仕方がなかったんでしょう?」

 「グキュ!いいんですか!?」


 ルイーゼは例の狩人とリガロウを戦わせて見せたらどうかと言いだしたのだ。

 彼女の提案を聞いたリガロウは嬉しそうだ。

 森に生息していた獣や魔物と戦いたがっていたからな。ここで狩人と戦うのは、気晴らしになるかもしれない。


 しかし、私達が良くても相手が了承するかは別の話だ。

 私が要望を出せば、おそらく狩人は要求を受け入れてくれるだろう。だが、だからと言って狩人が良い顔をするかと言えば、それは分からない。

 それを理解できるほど私達は狩人のことを知らないのだ。了承はしてくれても内心で嫌な思いをさせないとも限らないのである。


 というわけで、リガロウはやる気十分なのでルイーゼから狩人にリガロウと戦ってもらえないかどうか、聞いてもらうことにした。



 結果、私達は急遽リガロウと狩人の交流試合を観戦することとなった。

 狩人にリガロウとの試合を申し出たら、喜びのあまり感極まっていたらしい。戦うことが好きなのだろうか?


 場所はジービリエの広場で、雨に関しては私が対処している。私達用に展開していた魔力の傘を広範囲に広げたのだ。なお、審判はルイーゼが行うこととなった。


 雨雲を吹き飛ばすことぐらい、ルイーゼはおろかウチの子達でも十分可能だ。

 だが、それをやる必要性をこの場にいる者達は全員感じていない。雨に濡れること自体はあまり気にしていないようだ。


 そもそも、雨は自然界にとっての恵みだ。こちらの都合で安易に吹き飛ばしていいものではない。

 勿論、思惑や悪意があって意図的に降らされたというのなら話は別だが。


 なお、武器に関しては本来狩りで使用する風変わりな剣とやらをそのまま使用してもらう。

 リガロウの鱗ならばそれぐらいで傷はつかない…と言うわけではなく、私が『不殺結界』を使用するからだ。どうせならば全力で思いっきり戦ってもらいたい。


 狩人が持つルイーゼ曰く風変わりな剣なのだが、諸刃の曲刀の形状をした刃に刀身と同じ長さの柄が取り付けられていた。

 変形機構が組み込まれているようで、柄を折り畳んで鉈のように扱うことも可能なようだ。


 なるほど、確かに風変わりな剣だ。

 だが、巨大な魔物や魔獣と戦うならば柄の長い武器は優位に働くだろうし、行動を阻害しそうな障害物の排除に鉈の形態は便利だろう。案外、理にかなった武器なのかもしれない。


 狩人が私達の元まで歩み寄り、深く頭を下げている。


 「この度は私に活躍の機会を与えて下さり、誠にありがとうございます。全身全霊を持って私の全てをご照覧いただきたく存じます」

 「うん。痛みはあるけど負傷は気にしなくて良い。思いっきり戦うと良いよ」

 「はっ!!!」


 張りのある大きな声で返事をして狩人が広場の中央へと歩いて行く。リガロウは既に準備万端である。


 「お待たせしました、リガロウ様。貴方に挑めること、極めて光栄に思えます」

 「グルゥ…。お前…強いな…?分かるぞ…」

 「私の実力は、この剣で持ってお答えしましょう!」

 「始めっ!」


 ルイーゼが合図を出した直後、リガロウと狩人が同時に地を蹴り互いに対して駆け出した。



 口の中に入れた肉をかみ締めれば、脂の甘味とタレの味が口の中に広がり多幸感を与えてくれる。

 ディーアの肉、ルイーゼの言った通り絶品だ!他の肉も食べさせてもらおう。


 試合の結果なのだが、危なげなくリガロウが勝利した。

 ジービリエに到着する前にラビックやルイーゼの稽古で習ったことをしっかりと反映し、隙の無い動きを披露したのだ。

 勿論、必要ならば噴射加速も使用していた。しかし、加減はしっかりと行い余計な勢いがつかないような動きを行っていたのだ。


 狩人も決して弱い魔族では決してなかったが、それでもまともに攻撃ができず、ほぼ防戦一方で試合は終わってしまった。

 狩人の戦い方は、可能な限り身軽になって相手の攻撃を回避しながら動きを見極め、隙を見つけたら一気に攻めると言ったスタイルだった。攻撃を受け止めることを想定していない戦い方なのだ。


 それはつまり、攻撃のチャンスを伺えない今回のリガロウとの戦いでは、極めて不利な戦いを強いられたというわけだ。


 「そんなに長いこと教えてたわけじゃないってのに、呑み込みが早い子ねぇ」

 「凄いでしょ?自慢の眷属だよ?」


 リガロウの物覚えの良さにルイーゼが感心していると、自分のことのように嬉しくなってしまうな。今の私は、さぞ得意げな顔をしていることだろう。


 まぁ、ルイーゼの教え方が良かったと言う点もあるのは間違いない。リガロウもその辺りは理解している。


 「これは、魔王城に着くまでにどこまで強くなるか、楽しみになってきたわね…」

 「魔王城に着いたら、何かやるの?」


 おそらく最後に案内されるのが首都であり魔王城だとは思うのだが、ルイーゼはそれまでの間、移動中にリガロウに稽古をつけてくれるらしい。

 この子の成長を期待するということは、魔王城に到着したら城に勤める兵士等と戦わせるつもりなのだろうか?


 「そうね。ウチの城には血の気の多いのがいたりもするから、この子だけじゃなくアンタにも挑みたいって連中がいるわ」

 「そういった魔族達は、リガロウよりも強いの?」


 流石にリガロウにも勝てないのに私に挑もうとするのは、リガロウだけでなくウチの子達が了承しないだろう。

 まぁ、魔族に私を否定的に見ている者はいないらしいから、純粋に力を示してみたいだけなのかもしれないが。


 「そうね。少なくとも、今のリガロウじゃ勝てないわね。だからこそ、魔王城に着くまでにどこまで強くなるのか期待してるのよ」


 なるほど。とにもかくにもまずはリガロウと戦わせるらしい。

 しかし、そうなるとラビックも強い魔族と戦いたがる気がするのだが…。


 「あら、あの連中は強い相手と戦えるなら喜ぶから、ラビックちゃんが戦うなら歓迎するわよ?でも、手加減はしっかりね?」

 〈ありがとうございます。その時を楽しみにさせていただきます〉


 リガロウよりは強くともラビック達程ではないらしい。

 どうやら魔王城に着いてからもいろいろと賑やかになりそうだ。いや、魔王城に着いてからの方が賑やかになるのか?


 まぁ、どちらでもいい。


 今は目の前にある肉料理を楽しむことに集中しよう。

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