第523話 初めて耳にする言葉

 肉の種類は魔物、獣問わず鹿肉、猪肉、鶏肉、熊肉が主だな。他にも量は少ないが小型の獣肉なども並べられている。

 どの肉も野生故か、脂身は少な目で赤身が多い。だからこそ、淡泊でありながら旨味のある味わいになるのかもしれないが。


 料理の種類はステーキに網焼き、鍋にシチューと加熱処理を行う大抵の料理が提供されている。

 それぞれの料理の火加減が肉の種類によって完璧に調整されているな。どの料理も旨味を損なうことなく食べられる。


 野生の獣や魔物は臭みが強いと言うのが常識なのだが、下処理が完璧に施されているからか、まったく臭み感じない。

 味付けも濃すぎず肉の味を引き立てている。この味付けはウチの子達にも評判だ。

 味が物足りなければ追加で調味料を加えられるようなので抜かりが無い。


 〈とっても美味しいね!いくらでも食べられそう!〉

 〈沢山あるからいっぱい食べられるわよ!〉〈どれも美味しいのよ!食べ放題なのよ!〉

 〈肉だけでなく野菜もあるのが素晴らしいですね。私にはとてもありがたいです〉


 そう。提供されている料理は肉だけではないのだ。近隣の村や町で栽培されている野菜や穀物由来の料理も大量に用意されている。

 パンが多いがパスタや米もあるな。これらも肉料理に実に合う。食事が進んで仕方がないな!


 「肉も野菜もどれも上手いです!」

 「うん。これだけのもてなしを事前に用意してくれていたんだ。感謝の念しか抱けないね」


 よほどしっかりと前準備をし続けていたのだろう。彼等の行動の一つ一つに私を楽しませたい、喜ばせたいという思いが伝わってくる。


 果たして、ここまでのもてなしをされて何もしないでいていいのか?そういうわけにはいかないだろう。彼等に対して感謝の念を抱いたのだ。礼の一つでもしなければ失礼だ。というか私の気が済まない。


 だとするなら、彼等に何をすればいいだろうか?

 多くの者に喜ばれるものが良いのだろうが、そうなると…酒でもこの場に出すか?

 いやいや、まだ真昼間なのだ。喜ばれるかもしれないが、仕事に支障の出るようなことはすべきではない。


 彼等に何を提供すればいいのか分からず悩んでいると、横からルイーゼが声を掛けてきた。


 「無理にお礼の品を渡す必要なんてないわよ?みんな好きでやってることなんだから」

 

 ルイーゼの言っていることが理解できないわけではないのだが、やはり私の気持ちとしては今一つ納得がいかない。彼等に何かを与えて喜ばせたいのだ。


 ルイーゼが言うには私が楽しみ、喜ぶだけで彼等は喜んでくれるそうだが、そういう問題ではないのだ。

 しかし思いつかない案を何時までも悩み続けていても、歓迎してくれている者達を心配させるだけだ。

 こういう時は考えることを中断して食事を楽しむに限る。


 料理はまだまだたくさんあるのだ。食べ尽くす勢いで食べさせてもらおう!



 昼食も済ませ、私達はジービリエの街を案内してもらうこととなった。

 狩猟を生業としている街だからと言って狩猟だけを行っているわけではないし、狩人しか暮らしていないわけではないのだ。


 街で生活している者達の日常を始め、街で取り扱われている商品などを見て回ることにした。


 ニアクリフでも顔を出した洗料を扱う店にも顔を出した。街限定の洗料があるとのことだったからな。買わない手はない。

 今回の旅行で魔王国の全てを見て回るわけではないが、訪れた場所の限定商品があったのならば率先して購入していくつもりだ。


 「その場でしか購入できない品って、不思議と欲しくなるのよねぇ~」


 全くもってその通りだ。ルイーゼも私にそういった店や商品を優先して紹介してくれるらしい。


 紹介してくれた店の中でも目を引いたのは、やはり狩猟によって得られた獲物の素材を用いた商品の数々だな。

 牙に爪に角。それから骨を利用した武器に関しては、私に武器が必要ないため見るだけに留めたが、装飾品はしばらく眺め続けるほどに見事だった。


 貴金属や宝石のような光沢や輝きを放っているわけではないが、丁寧に磨かれ艶やかな光沢を放つ品々からは、仕留められた獲物に対する敬意を感じ取れたのだ。

 仕留めた獲物は、責任を持って余すところなく使い切る。そういった拘りがあるのだろう。


 何故だろうな。こういった品々を手掛けた者の頭を無性に撫でたくなってくる。

 私も"楽園"という森で生活する者だからだろうか?彼等の森に住まう者達の態度に感心を抱かずにはいられない。


 装飾品の中でもひときわ大きな牙を加工した首飾りを購入させてもらうことにした。

 首飾りからは、大物を仕留めたことに対する喜びと自身の狩人としての腕に対する誇り、そして獲物に対する敬意を他の品よりも一層強く感じ取れたのだ。


 店主に聞いてみれば、この首飾りの制作者はリガロウと戦ったあの風変わりな剣を扱う狩人だとのこと。仕留めた獲物を自分で加工したようだ。それだけ思い入れのある獲物だったのだろう。


 ん?首飾りをリガロウが真剣なまなざしで見つめている。欲しいのだろうか?

 

 「ソレ、見ていると何だかウズウズしてきます…。ソレ作った奴は、きっといいヤツです!」


 そうか。リガロウはこの首飾りに込められた思いを朧気ではあるが読み取れるらしい。流石私の自慢の眷属だ。頭を撫でて褒めておこう。


 「良く分かったね。そう、コレを作った者は、君の言う通り良い魔族だ。この首飾り、欲しい?」


 首飾りが欲しければリガロウの首に掛けてあげようかと思ったのだが、別に欲しいというわけではないらしい。

 欲しければ譲ると言ってみれば、両眼を見開いて嬉しそうにしたのだが、遠慮されてしまった。

 物に込められた思いを感じ取れたのが初めてだったようで、興味が引かれていただけのようだ。


 「その感覚、これからも育てていくと良い。強い思いが込められた物は、それを受け取る者に感動を与えてくれるからね」

 「キュエェ?」

 「思いってのはどんなものにも込められるのよ。その首飾りみたいに形あるものに限らないわ。魔術や魔法にも込められるし、料理や文章、歌なんかにも込められるわね。思いの籠った料理なんかは…リガロウはノアの作った料理を食べたことがあるのよね?美味しかったでしょ?」


 リガロウに思いを込められた物の素晴らしさを伝えようとしたら、先にルイーゼに応えられてしまった。

 私の料理を引き合いに出された途端、リガロウが迷わずに即答する。


 「はい!姫様の作る料理は大好きです!」

 「羨ましいわねぇ。ノアの料理なんてそう簡単に食べられないって言うのに…。まぁ、ソレはソレとして。そんなノアの料理が美味しいのは、ノアがリガロウに喜んでもらいたいとか、美味しい物を食べさせてあげたいって思いを込めて作ってるからより一層美味しくなるの」

 「そうなんですね!姫様!いつも美味しい料理ありがとうございます!」


 私の眷属が可愛すぎる件について。

 抱きしめて撫でるだけでは、この沸き上がり続ける思いは解消できそうにないぞ?どうしてくれようか。


 それはそうと、ルイーゼに説明した覚えはないのだが、何故分かるのだろう?

 リガロウに適切な説明をしている以上、ルイ―ぜもやはり物に込められた思いを読み取れそうではあるが…。


 「アンタ普通に私に自作の料理を振る舞ったことあるでしょうが」

 「なるほど」


 合点がいった。ドライドン帝国で飲み会をした時に、確かに私の料理を振る舞っている。ルイーゼはその時に私の料理に思いが込められていると見抜いたようだ。


 ただただ美味そうに口にしていただけだったように見えて、しっかりと思いを読み取っていたのだな。


 「私を誰だと思ってるのよ?魔王よ、魔王。このぐらいのことはできないとね!」


 ここはやはり、流石だと褒めておくべきなのだろう。頭を撫でておこう。


 「ちょっ!?やめなさいっての!別に褒められることじゃないから!」

 「まぁまぁ、褒める褒めないは別として頭を撫でたくなったんだ」


 ルイーゼからしたら物に込められた思いを読み取ることなど造作もない当たり前の行為なのだろう。

 横から抱き着いて頭を撫でているのだが、私の手をどかそうと躍起になっている。膂力に差があり過ぎて払えないでいるわけだが。


 ところで、私がルイーゼにこうして密着しているのには、もう一つ理由がある。

 私はリガロウに説明していた時の彼女の台詞を、聞き逃してはいないのだ。


 「ねぇ、ルイーゼ」

 「何よ」

 「歌って何?」


 そう。確かにルイーゼは言った。料理や文章、歌にも思いは込められると。

 料理や文章は分かる。いや、文章にまで思いを込められるのは意外だったが、絵画に思いを込められることを考えれば何も不思議ではない。


 それは良い。問題は歌だ。


 歌とは一体何だ?

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