第518話 朝食前の触れ合い
『
さて、レイブランとヤタールの元に置いた幻が、家では嗅ぎ慣れ、それでいて魔王国では嗅げなかった香りを感知した。オーカムヅミの果実の香りだ。
匂いの発生源は…彼女達の嘴からだ。それはつまり。
「君達、オーカムヅミ食べた?」
〈食べたわ!美味しかったわ!〉〈日課なのよ!朝起きたら食べるのよ!〉
レイブランとヤタールにとってはいつものことだから当たり前のように『収納』から取り出して食べたのだろう。しかし、ウルミラやラビックの口元からはオーカムヅミの香りはしていない。あの子達は食べていないのだろうか?
「君達ってどのぐらいの時間に起きたの?その時誰か起きてた?」
〈私達が起きたのは午前4時30よ!起きたらすぐにオーカムヅミを食べたわ!〉〈私達以外は午前5時30に起きたのよ!ウルミラがコッチを睨んでたのよ!〉
なるほど。ウルミラやラビックは安易にこの場でオーカムヅミを出さない方がいいと判断してくれたようだ。非常に助かる。
魔族の中には嗅覚に優れた者も当然いるだろうからな。このまま外に出たらレイブランとヤタールの嘴から薫オーカムヅミの香りに興味を持つ者が現れないとも限らないのだ。
起床してからすぐに食べたのなら、もう舌にオーカムヅミの味も残っていないだろう。
この娘達に『
レイブランとヤタールが首を傾げている。私が彼女達に『清浄』を行った理由が分からないようだ。
「オーカムヅミは"楽園最奥"にしかないからね。当然、果実の香りも魔王国の住民は皆知らないんだ」
〈知らないなら教えてあげればいいじゃない?〉〈美味しいものはみんなで食べた方が良いのよ?〉
その意見には賛成なのだが、オーカムヅミの内包する魔力は強力過ぎる。あの魔力に耐えられるだけの肉体強度が無ければ食べるのは危険なのだ。
リガロウやグラナイド並みの魔物ならば食べられるだろうが。何らかの変化が起きる可能性が高い。
グラナイドはともかく、リガロウはオーカムヅミを食べて進化してからまだ1年も経過していないのだ。いくら進化して肉体強度が増したとしても、立て続けに食べれば悪影響が出る可能性がある。
その点、グラナイドにオーカムヅミを与えたら新たな種族に進化しそうだ。
それに相応しいだけの力も身に付けてきているようだし、魔王国から帰ったら彼にオーカムヅミの果実を与えてみるのも良いかもしれない。おそらく、"楽園中部"で問題無く活動できるだけの力を得られるだろう。
それだけの力があるのがオーカムヅミの果実だ。たとえ魔族が人間よりも強靭な肉体を持っていたとしても安易に提供するわけにはいかないし、その存在は教えない方が良いだろう。
「朝起きて食べるのは良いけど、その都度『清浄』で匂いを消すようにしてね?」
〈分かったわ!〉〈分かったのよ!〉
素直で大変よろしい。それでは、朝食の時間になるまでレイブランとヤタールの元にに残した幻でこの娘達を優しく撫でていよう。
ルイーゼとウルミラの元に向かった私本体なのだが、丁度ウルミラがボールを加えてルイーゼの元に戻ってきているところだった。
ウルミラを褒めながら彼女の顔を両手でかき撫でている。
「よぉ~しよしよし、えらいぞぉ~!わしゃわしゃ~!」
「きゅふ~ん!〈えへへー!気持ちいいし楽しぃ~!〉」
素晴らしく楽しそうなことをしているな。私もやりたい。是非混ぜてもらおう。
「おはよう。私も混ぜてもらって良い?」
〈あ!ご主人!おはよ!一緒に遊んでくれるの!?あそぼ!あそぼ!〉
「おはよ。ぐっすりだったわね。いつもあのぐらいの時間に起きるの?」
「正確に言うと、レイブランとヤタールに起こしてもらってる」
私一人では朝自力で起きられないのは今も変わらっていない。
宿の窓もカーテンが閉まっていて日差しが私の元まで入り込んでこないため、私を起こすには刺激が足りないのだ。
無論、家でも同じだ。私が初めてティゼム王国へ旅行に行ってから帰ってきた後、家の窓をガラスの窓に代えたのだが、その時にカーテンも設置したのだ。それによって、朝になっても私を目覚めさせるだけの日光が私に注がれないのである。
そもそも、日光があってもなくても、レイブランとヤタールが私を決まった時間に起こしてしまうのだが。
「意外な弱点があったものねぇ。そう言えばアンタ、昨日はいつの間にか眠っちゃってたわね?」
〈ご主人は寝るの早いよ!ボク達がくっついてると、すぐに寝ちゃうの!〉
「羨ましいやら勿体ないやら…」
私としては、柔らかで肌触りの良いシーツやモフモフな毛並み、そして眷属の温もりをもっと楽しみたいところだ。だから心地良いものに囲まれるとすぐに眠ってしまう私のこの習性は、弱点と考えている。
「そんなことよりも、私も一緒に遊びたいのだけど?」
「それじゃあ、今度はコッチで遊びましょうか。やることはあんまり変わらないけど、交互に投げましょ!」
そう言ってルイーゼが『収納』から取り出したのは、やはり昨日街で購入した玩具の1つだ。樹脂を固めて作られた円盤である。アレには特に魔術的な機能は取り付けられていない。ただ投げて遊ぶための玩具だ。
しかし、円盤という空気抵抗を受け辛い構造をしているため、回転させながら投げれば長く宙を舞う。普通に物を投げるのとは違い、軌道に浮遊感があるのだ。
この円盤、ウルミラと遊ぶために買ったわけだが、中には武器として使用される場合もある。
勿論、私達が購入したものは、武器としての使用を想定されていない。
武器として作られた円盤は、材質が金属製だったり円盤の淵が刃になっていたりするのだ。中には魔力の刃を発生する機能を持ったものまである。回転するので連続で斬撃を叩きつけることになるのだろう。
と、武器としての円盤は置いておき、今はルイーゼの取り出した円盤でウルミラと遊ぶとしよう。
彼女もさっき言っていたが、私達が投げた円盤をウルミラに取ってこさせる遊びのようだ。
早速ルイーゼが手首のスナップを利かせて円盤を投げる。
「そーれ、取ってこーい!って早っ!?」
〈取ったよー!次はご主人がやってー!〉
ルイーゼが円盤を投げた直後、ウルミラが跳ねるように円盤に食いつき、着地と共に私の元へと駆け寄ってくる。激しく尻尾を振って大変可愛らしい。私もさっきのルイーゼのようにこの娘の顔を両手でかき撫でさせてもらおう。
「早かったね、このままだとちょっと狭いかな?」
〈うん!でも楽しいよ!えへへー。わしゃわしゃ気持ちいい~〉
気持ちよさそうに目を閉じ、口の両端がつり上がっているため、実際に笑っているようにしか見えない。もっと撫でてあげたくなるな!
「ちょっと~?私も早く撫でたいんですけど?」
「そうだね。でも、今のままだと狭すぎるから、ちょっと広げようか」
「はい?」
今のままではウルミラも満足に走れないだろうからな。
『
「………なに、コレ?」
「ん?空間を拡張したんだよ。ほら、ヴィルガレッドが暴れようとしてた時があったでしょ?あのままだと周囲に大きな被害が出るから、ルグナツァリオ達があの空間を一時的に拡張してくれてね。それを魔術で再現してみたんだ」
空間が広がったことに対して言葉を失っていたので軽く説明しておいた。魔王国では空間を拡張する魔術や技術はまだ確立されていないらしい。
「んな技術そうそう確立できて堪るもんですか!ヴィシュテングリンだってできてないわよ!ようやくバラエナに搭載できた新技術だってのに!でも、そっかぁ…。あの時急にヴィルガレッド様の反応が消えたのは、そういうことだったのね…。てか、なんでアンタはそれを魔術で再現できるのよ…」
「拡張された空間を実際に体験できたから、かな?コレが凄く便利でね。広さに制限がなくなるんだ。ああ、反対に空間を圧縮させることもできるよ?」
「…後で教えて」
セリフに悔しさを感じるが、教えて欲しいのなら教えるとも。今後役に立つだろうからな。是非有効活用して欲しい。
「まぁ、魔王国ならすぐに原理を理解できるようになるんじゃないかな?施設の扉とかの機能を考えると」
「似たような結果になるとは言え、やってることはまるで別のことだからね?まぁ、それは良いとして、早いところ投げてくれない?私もウルミラちゃん撫でたいんですけど?」
ルイーゼの言う通り、今はウルミラと遊ぶ時間だ。魔術の話はこのぐらいにして私も円盤を投げるとしよう。折角空間を拡張したのだ。思いっきり遠くへ投げよう。
「行っておいで!」
〈わ!速い速い!もうあんなとこまで行ってる!待て待てー!〉
「どっちもどっちね…。速すぎよ…」
私が投げた円盤は瞬く間に拡張した空間の端まで届き、すぐに追いかけたウルミラもまた、円盤が宙に浮いている間にキャッチした。
時間にして1秒も経っていない。私達の様子を見たルイーゼが呆れている。
「この子と遊ぶときはこのぐらい思い切った方がいいよ?」
〈ルイーゼ様ー!取ってきたよー!撫でて撫でてー!〉
「戻ってくるのもやたら速いし…。そうね、そうするわ。ヨシヨシ~!良い子ねぇ~!ほ~れ、わしゃわしゃしてあげるわよぉ~!」
「キャンキャン!」
顔を掻き撫でられているウルミラが堪らなく可愛い。早く私も撫でたい…!ルイーゼ、早く円盤を投げてくれ!
「まだよ。さっきのアンタと同じぐらいこの子を撫でるんだから…!」
「く…っ!沢山撫でると、次に撫でるまでの時間が…っ!」
「!良いわねソレ!そうしましょう!この子を撫でる時間は、前に投げる前に撫でた倍の時間まで撫でられるようにしましょう!」
ここでルイーゼがこの遊びに一つルールを設けだした。なかなか面白いルールだ。つまり、ルイーゼが長く撫でれば撫でるほど私も更に長く撫でられるということだ。
まだまだルイーゼはウルミラを撫でるみたいだし、それはつまり、私はもっとウルミラを撫でられるということだ。
ルールに異議はない!存分に撫でると良い!
「さて、それじゃあ投げるわよぉ…!それぇいっ!」
〈わは!ルイーゼ様のも速ーい!〉
流石ルイーゼだ。私も全力で投げたわけではないが、私とほぼ同じ速度で円盤を投げている。
すぐにウルミラが私の元に戻ってくる。存分に撫でてあげよう。
このまま朝食の時間まで遊び続けるのだ。
さて、リガロウとラビックへ向かわせた幻なのだが、少々困っている。どう干渉しようかハッキリと定まらないのだ。
ラビックを抱っこして私がリガロウに稽古をつけたいところだが、あの子は私と戦おうとしてくれない。
かと言ってリガロウに加勢してラビックと戦うというのも趣向が違う。
ただ眺めているだけというのは無しだ。この子達とも触れ合いたいからな。
ラビックの近くまで移動しているのだが、この子は特に気にした様子もなくリガロウの相手をしている。反対に、私が攻撃対象の近くにいるせいかリガロウの動きが鈍ってしまっている。
〈姫様に意識を向けている場合ですか!しっかりなさい!〉
「ギュアン!姫様、どうしてそこに…!?」
「ん?君達の稽古に混ざりたくてね。でもいざこうしてこの場所に来てみたけど、どう混ざればいいかわからなくて悩んでいるんだ」
「キュゥ…」
リガロウの視線から、どうすればいいか悩んでいるのなら、少し離れた場所で見学して欲しい、と言う思いが伝わってくる。私が近くにいるとやり辛くて仕方がないのだろう。
そしてそんなリガロウの様子を見抜いたラビックが残酷な宣告をする。
〈良いでしょう。姫様、退屈をさせてしまい申し訳ありませんが、絶えず私から離れない位置にいてもらってよろしいでしょうか?〉
「ん?良いよ?どうするの?」
〈このままではリガロウは私に積極的に攻めてこないでしょうから、私の方から積極的に攻めさせていただきます〉
「ギュエエッ!?」
私に対してリガロウは攻撃できないとラビックは判断したため、それを克服させるつもりのようだ。
私としてはやぶさかではない。もしかしたら、これを機にリガロウに稽古をつけられるようになるかもしれないしな。そうなったら万々歳である。
しかし、ラビックは誰かに物を教える時は結構厳しくなるらしい。
頑張れ、リガロウ。
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