第517話 夜のお喋りと斬新な朝
ルイーゼの体もしっかりと温まっているだろうし、風呂から上げてしまって問題無いだろう。未だにショックを受けて呆然としているが、さしたる問題はない。抱え上げて浴室から外に出そう。
「…私の…威厳…10年…あっさり…」
「旅行の道中はラビックとリガロウに修業を付けて欲しいし、あまり呆けてはいられないよ?それに、追いつかれないようにルイーゼが今よりも上を目指せば良いことだよね?」
「簡単に言わないでよ…。習得するまでにどれだけかかったと思ってるの…?」
今しがた10年と呟いていたし、10年掛かったんじゃないだろうか?
まぁ、ルイーゼが"氣"の扱いを習得するのに10年掛かったというのなら、たった1ヶ月程度で扱い方を習得してしまったウチの子達に嫉妬の感情を抱いてもおかしくはないか。
「アンタもその対象よ…」
「そうなの?まぁ、分からないところがあったら教えるよ?体の成長と違って技術的な問題は訓練や修業で何とかなるんだから、頑張ろうか?」
「誰がフラットボディじゃーーーい!!!」
言ってないんだが…。ルイーゼはとことん自分の体形に不満があるらしい。動き易くていいと思うのだが…。いや、それは私の意見か。本にもあったな。[隣の芝生は青く見える]だったか?
私にとってはどうでもいいことでも、ルイーゼにとっては羨ましいことも多々あるし、その反対もあり得るのだ。余計なことを言うのはよしておこう。
そんなことよりも修業の話である。
このままベッドに入り明日の朝まで休んだら、この街を移動することになるだろう。しかしただ高速で移動して次の案内先に行くのでは少々味気ない。
途中人気のない場所でも取って少し体を動かそうと思っているのだ。
そこでルイーゼにラビックとリガロウに修業を付けて欲しいのだ。それに、"氣"の扱いをメインに修業をすれば、ルイーゼにとっても良い訓練になる気がする。
なんだったら、私がルイーゼと手合わせしても良い。
「…ねぇ、なんかとんでもなく物騒なこと考えてない?」
「考えてない考えてない。次の場所に移動する最中に、あの子達の面倒を見て欲しいって思っただけだよ」
「ホントにぃ~?あわよくば自分も戦いたいとか思ったりしてない~?」
「…駄目?」
流石ルイーゼだ。私の考えなどお見通しと言うわけか。
しかし、私はルイーゼの実力をイマイチ理解していないのだ。どれだけ戦えるのか、知りたかったりする。
だが、残念なことにルイーゼはそうは思っていないようだ。
「駄目に決まってんでしょうが!!アンタと私が戦いでもしたら、どれだけ被害が周囲に出ると思ってるのよ!!?」
「その辺りのことは心配いらないよ。魔術で空間を拡張できるし、強固な結界も張れる。それ以外にも周囲に影響を及ぼさない方法もあるよ?」
そう、『
「どっちにしろ駄目!!アンタと戦うなんて例え模擬戦でも私はゴメンよ!!!」
「そんなにむきになって拒絶しなくても良いじゃないか…」
そんな反応をされるといじけるぞ?何も全力で戦おうとおいうわけではないのだ。ちょっと力比べをしてみようとか、修業や旅行で身に付けた技や魔術を試してみたいとか、それぐらいの間隔なのだ。
「私はアンタの練習台じゃないのよ!!試し打ちされる身になって考えなさい!」
「ルイーゼなら耐えられると思うんだけどなぁ…」
「私じゃないと耐えられないような技や術を私に使うなーーー!!!」
まさかここまで拒絶されるとは。ルイーゼは本気で私と戦いたくないらしい。リナーシェとは大違いだな。彼女なら喜んで戦ってくれるだろうに。
「私はバトルジャンキーじゃないのよ。大体、自分から好き好んで痛い目に逢いたくないって思うのは普通でしょうが」
「むぅ…」
「…なんでそこで同意してくれないのよ…」
痛覚と言うものは、要するに拒否反応や危機を知らせるための信号だ。生きていくうえでなくてはならない感覚であるとは思う。
しかし、魔王が痛みに耐えられないという情報には、あまり良い顔ができない。
痛みによる行動の停止は、戦いに置いて致命的な隙になる。世界の危機に立ち向かうような役割を持つ者が、痛みが原因で敗北したとあっては問題だろう。
「言っておくけど、耐えられないわけじゃないからね?耐えられはするけど嫌ってだけよ?」
「………?」
「なんで黙るの!?しかもなんで真面目に[コイツ何言ってんの?]って顔して首を傾げてるの!?私変なこと言ってないわよね!?」
だって痛みに耐えられるのなら拒絶する理由がないだろう?なぜ嫌なんだ?
疑問に思っていたらウルミラが私達に思念を送ってきた。私に加勢しに来てくれたのかな?
〈ご主人?我慢できても痛いのは普通に嫌だよ?〉
「え…?」
「そうよね!?私間違ったこと言ってないわよね!?」
加勢はルイーゼに対してだった。まぁ、それは良い。いや良くはないが、そんなことよりもだ。
もしかして、耐えられるのなら痛みを負っても平然としていられるのは、おかしいことなのか!?
「アンタ…。まさか痛覚が無いなんて言うんじゃ…」
「痛覚はあるよ?自分の
だからこそ相手の強さや脅威度を明確に理解できるのだ。そのためにも、痛みと言う感覚は無くてはならない感覚だな。
〈そう言えばボク、ご主人が痛がって嫌な顔してるの見たことない…〉
「ってウルミラちゃんは言ってるけど…?」
「?耐えられるのだから顔を歪める理由、無くない?」
「……っ!あ、アンタ、ねぇ…っ!」
そもそも、私は不快感で顔を歪めたことがあっただろうか?
…あった気がしない。
不衛生な冒険者達を見た時も、ピリカ製の爆音目覚まし時計の音を聞いた時も、非常にまずいと言われていたスメリン茶を飲んだ時も、"楽園"に襲撃してきたハイ・ドラゴン達の行為を見た時も、"ヘンなの"に対しても…。
一応、それらの経験は私にとって不快と感じたため、眉根を寄せることはした気がするが、それだけだな。
あのアグレイシアに対しても私は顔を歪めてはいない。…もしかして、私は顔を歪めることができないのか!?
ちょっと試してみよう。色々な表情を作ってみるのだ。
「ええ…。なに?いきなりどうしたの?」
〈ご主人が変な顔してる…〉
おかしなものを見る目でこちらを見ないでほしい、というのが私の今の心境なのだが、実際のところ今の私はおかしなことをしている自覚があるので文句が言えない。
「ん…。今ウルミラに指摘されてね?私は顔を歪めることができないんじゃないかと思って試してみてるんだ」
「なんか、すっごく不自然に見えるんですけど…?」
「表情を変えているだけだからね。感情なんて込めてないのだから、不自然に思うのが普通じゃない?」
感情を込めずに作った顔に、自然も何もないだろう。表情筋を動かしているだけなのだから。
ううむ…。一応、私の記憶の中にある人物の様々な表情を真似してそれを鏡で確認しているのだが、問題無くできているようだ。つまり、私に作れない表情は無いということで良いだろうか?
あとは、これらの表情になるほどの感情が湧きおこれば良い、と。
それはつまり、表情筋というよりも、私の感情の方に問題があると?
「あーもう、止め止め!難しいこと考えないでさっさと寝ましょ!折角の楽しい旅行なんですから、楽しいまま眠りましょ!ラビックちゃん借りて良い?」
「うん…。そうだね、寝ようか。ウルミラ」
〈はーい〉
リガロウに背を預け、ウルミラを抱きかかえて眠りに就こう。
ルイーゼの言う通りだ。折角楽しみにしていた親友との旅行なのだ。悩みや不愉快になるようなことは考えたくない。寝てしまおう。
ちなみに、先程の会話ではルイーゼが怒鳴るようなツッコミを頻繁にしていたが、それで既に眠っている子達が目を覚ますようなことは無かった。
こういうこともあろうかと、防音結界を展開していたからだ。
私だって気持ちよく寝ているところを強引に起こされたら不愉快だしな。気持ちよく眠っているのだから、邪魔をするわけがないのだ。
ああ…やはりモフモフを抱きしめてベッドに横になると、私の感情がどうとか、どうでもよくなってしまうな。
背中にはリガロウの温もりも感じられるし…あっという…ま…。
頭をつつかれるこの感覚、レイブランとヤタールか。旅行先でこの感覚を味わうとは、実に斬新な気分だ。
目を覚ましてみれば、抱きしめていた筈のウルミラは、既に腕の中からいなくなっていた。幻と位置を入れ替えたのだろう。
というか、私とレイブランとヤタールしかこの場ににいないのだが?他の皆は?
「レイブラン、ヤタール、おはよう」
〈朝よノア様!家じゃないのに起こすなんて不思議な気分だわ!〉〈おはようなのよ!家以外でノア様をつついて起こすのは初めてなのよ!〉
言われてみればその通りだ。レイブランとヤタールに頭をつつかれて目を覚ますのは、今まで全部家の中でだった家でしかこの娘達と寝ていないからな。
それが、今回こうして家ではない別の場所で直接起こしてくれているのだ。とても斬新な気分である。
さて、斬新な気分は良いとして、他の皆は何処にいるのだろうか?
『
「ところで、他の皆は?」
〈ラビックはリガロウと戦ってるわ!〉〈ルイーゼ様はウルミラと遊んでるのよ!〉
なるほど、どちらも外か。
時間を確認してみたが、現在は午前6時。普段私がレイブランとヤタールに起こしてもらってる時間だな。それよりも早く起きているのだから、皆早起きなことだ。
ラビックはリガロウと戦っているとレイブランが言っているが、稽古をつけているようだな。
実力に差があるからなのか、ルイーゼが結界を張ってくれているからなのか、リガロウは全力でラビックにぶつかりに行っている。羨ましいことだ。
〈力み過ぎです。隙が生じていますよ?〉
「ギャウ!?こ、これならどうです!!」
〈踏み込みはよろしい。ですが…読み易い!〉
おお…。噴射加速を用いた全速で全力の攻撃を、見事なまでにいなしてリガロウを放り投げてしまっている。しかもあの子の突進の勢いを利用しているからか、体勢を立て直せないでいるな。あ、結界に派手にぶつかった。
「ギャウーン!!?」
〈身体能力や格闘術は大変結構。ですが、魔術を使用できないわけではないのですから、併用して見せなさい〉
「は、ハイ!」
〈ヴァスター殿、今はリガロウの稽古ですので、控えていただきますよ?〉
〈…やはり駄目ですか〉
リガロウは魔術よりも格闘戦が好きだからな。しかもヴァスターが魔術を問題無く使用できるようになっているためそれに頼る傾向になっている。
そこをラビックに指摘されてどちらもたじろいでしまっているな。
外に出て声を掛けても良いが、もう少し彼等の様子を眺めさせてもらおう。ルイーゼとウルミラのやり取りも気になるしな。
「ほーれ、取って来ーい!」
〈わーい!行ってきまーす!〉
ルイーゼは昨日買った玩具で早速ウルミラと一緒に遊んでいる。
一見したら犬と人間のボール遊びのように見えるが、ルイーゼが投げたのは遠隔操作可能で空中を自在に移動するボールだ。勿論、上昇距離と言うか制御範囲には限りがあるが。
ルイーゼがボールを操り、ウルミラに簡単に咥えさせないようにしている。つまるところ、自力で操作するファニール君みたいな玩具だ。
まだ人間の生活圏へ旅行に行っていなかった頃の話だ。
石や木のボールを遠くに投げて取ってこさせるという、ウルミラにとっては楽しい遊びを行っていたのことがあるのだが、アレに近い遊びでもあるな。
ウルミラは動く物を追いかけるのが楽しいからか、ボールに避けられても楽しそうに追いかけ続けている。『
〈凄い凄ーい!ファニール君でもここまでやったら捕まえられるのに!〉
「フフン!私は魔王ですもの!何だったら、もっと派手に動いても良いわよ?」
〈キャフーン!やってやってー!〉
「よーしよし、行くわよ~?とりゃーーー!」
ルイーゼがウルミラにせがまれ、より激しくボールを動かしている。いいなぁ、楽しそうだなぁ…。
良し!朝食までまだ時間があるみたいだし、私も混ぜてもらうとしよう!
どちらに混ぜてもらうのか?そんな疑問は愚問である。そんな問題は、『幻実影』を使えばあっという間に解決なのだ。
どちらにも混ざるのだ!
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