第516話 ルイーゼの有言実行

 ルイーゼが予約を入れてくれた部屋は、当然のように風呂設備が備え付けられていた。しかも広い。私とリガロウが一緒に入っても問題無い広さだ。…まぁ、そのリガロウは今ベッドでぐっすり眠っているのだが。


 何かを食べている夢を見ているのか、口が定期的に開閉しているのが堪らなく可愛かった。ずっと撫でていたくなったのだが、意識のハッキリしているルイーゼやウルミラは風呂に入りたがっているのだ。彼女達を待たせるわけにはいかない。


 さて、早速風呂に入ったは良いのだが、私が風呂に入ると、ルイーゼが何やら妙な動きをし始めた。風呂に入る前の、魔族のしきたりなのだろうか?

 いや、違う。妙な動きではなく、神楽舞だこれ。何故かルイーゼが私を見るなり、ルグナツァリオへの神楽舞を始めたのである。


 「なに?どうしたの?酔ってる時にそんなことしてると、滑って転んで怪我をしてしまうよ?」

 「違うわよ!良いから見ておきなさい!結構頑張って練習したんだから!」


 見ておけと言うのなら見ておこう。練習したということは、ルイーゼの親友である巫女の監修もあったのだろう。…一曲演奏しようか?


 「余計なことはしなくて良いの!」

 「うん、分かった」

 「きゅうーん?」


 ルイーゼが神楽舞を始めた理由を理解できず、ウルミラが只々首をかしげている。可愛い。

 とりあえず、神楽舞を見ながらウルミラの体を洗ってあげよう。洗料は私が作った物を使用する。

 この子にだけ今日買った洗料を使うのは不公平になるからな。ウチの子達やリガロウに使うのは、旅行が終わってからにしよう。


 勿論、体を洗いながらマッサージをするのも忘れない。

 この時の皆の幸せそうな表情を見るのが、私は好きなのだ。このために皆の体を私が洗っていると言っても良い。


 なにせウチの子達は全員『補助腕サブアーム』を使用できるからな。洗おうと思えば自分で自分の体を洗えるし、私が家を留守にしている時は、自分達で体を洗っているのだ。


 〈ふぁ~~~。気持ちいい~…。やっぱりご主人に洗ってもらうのが一番だね!〉

 「ふふ、ありがとう」


 ああ、幸せだ…。風呂から出たら、この子を抱きしめて寝るとしよう。きっとすぐに眠れる筈だ。


 「ちょっと?ちゃんと見てる?」

 「見てる見てる。大丈夫大丈夫」


 ウルミラの体を洗いはするが、ちゃんとルイーゼのことも見ているから心配しないでほしい。滑って転びそうにでもなったらすぐに尻尾で支えるつもりだ。


 宴会でほろ酔い気分になりはしたが、制限していた能力を元に戻せば、すぐに酔いがさめるのだ。今の私は素面である。


 ウルミラの体を洗い流したら、先に浴槽に浸かっていてもらおう。次は私の体と髪を洗うのだ。今日買った洗料の効果を試すのである。


 ルイーゼの神楽舞はまだ続いている。ルグナツァリオだけでなく、他の五大神への神楽舞も行うようだ。今はダンタラへの神楽舞を行っている。

 体も洗わず裸で踊り続けているが、冷えてしまわないのだろうか?まぁ、魔王だし、そこまで軟ではないか。


 おお、私が作った洗料と同じぐらい泡立ちが良いな!しかも泡がきめ細かい!値段が値段だけに、やはり良い物なのだろうな。


 製法を教えてもらいたいところだが、止めておこう。欲しければまた魔王国に訪れて購入すればいいだけなのだ。それぐらいの余裕はある。

 それに、私にとって千尋の洗料もそれなりに思い入れのある品だからな。今後も使っていくつもりである。


 さて、体も髪も洗い終わったわけだが、未だにルイーゼは神楽舞を続けている。


 「先に湯船に浸かるよ?」

 「いいけど、寝たりしたらダメよ?まだ終わってないんだから」


 寝たりはしないが、何故さっきから淡々と神楽舞を踊っているのかの説明が欲しいのだが…。あの様子だと答える気が無いようだし、大人しく眺めておこう。

 『真理の眼』で過去を探れば理由も分かるかもしれないが、それこそ無粋だな。友の知られたくない過去かもしれないのだから、覗き見るのは止めておこう。


 十分に温まり、ウルミラが湯船から出たそうにしている頃、ようやくルイーゼが神楽舞を一通り踊り終えた。彼女は、これから自分の体や髪を洗うことになるのだ。


 ウルミラを乾かしてあげたいから、私も一緒に風呂を出たいのだが、ルイーゼと風呂に入りたい気持ちもある。さて、どうしたものか…。


 うん、ウルミラの体を乾かすのは『幻実影ファンタマイマス』による幻に任せよう。私はルイーゼとの入浴を楽しむのだ。


 〈ご主人~!体乾かして~!〉

 「おいで、ウルミラ。乾かしながらブラッシングもしようか」

 〈ブラッシング!好き!やってやって~!〉


 ウルミラは、湯船に浸かるよりも体をマッサージをされながら体を洗われるのが好きだし、それ以上に体を乾かされながらブラッシングをされるのが好きだ。

 ブラシを通すたびにこの子の長い体毛余計なから水分が抜け、艶やかで滑らかな毛の感触が私の手にも伝わり、私も幸せな気分になる。私もこの時間がとても好きだ。


 「わ!コレ凄い…!肌がスベスベになってくのが分かる…!」

 「良かったら髪洗おうか?」

 「子供じゃないんだから自分で洗うわよ」


 湯船に残っている本物の暇なのでルイーゼの洗髪を手伝おうと思ったのだが、断られてしまった。

 湯船の湯の温度にも体が慣れて来てしまって久しいので、少々退屈だ。


 …今のうちに、ウルミラ以外の子達の汚れを『清浄ピュアリッシング』で落としておくか。

 色々と気を遣ってはいるが、汚れと言うものはどうしても時間が経つと溜まってしまうものなのだ。


 幻をもう一体用意して今もベッドで気持ちよさそうに眠っている子達に、纏めて『清浄』を掛ける。ついでに、ラビックにブラッシングをしておこう。起こしてしまわないように、優しくだ。


 レイブランとヤタールはああ見えてかなり繊細だ。寝ている間にブラッシングをすると目を覚ましてしまいかねない。この子達のブラッシングは朝にしておく。


 ウルミラとラビックのブラッシングに集中していると、ルイーゼが体と髪を洗い終わったようで湯船に入ってきた。


 「はぁ~っ。やっぱりお風呂っていいわねぇ~…!」

 「それについては同意しかないね。誰が最初に考えたかは知らないけど、偉大なのは間違いない」


 一体いつから風呂の文化がこの世界に広まったのかなど知る由もないし、私ならやろうと思えば知り得るだろうが、そんなことはどうでもいい。

 風呂は素晴らしい。ただ、それだけで十分なのだ。そしてどこの誰とも知らない者に感謝の念を送る。それだけでいいのだ。


 「で、どうだった!?ウチの洗料は!」

 「使い心地が良かったよ。製法を知りたいと思ったほどにね」

 「良ければ教えるわよ?」

 「いや、それには及ばないよ。またこの国に来た時に買えばいいだけの話だからね」


 それに、既に十分な量を購入しているのだ。仮に足りないと思ったら、別の街でも売られているだろうから、そこで購入すればいい。


 「私の作った洗料はどう?」

 「コッチも良いわね。気に入ったわ。でもこれの洗料って、アンタしか作れなかったりする?」

 「そんなことはないとも」


 ルイーゼに渡した洗料が異世界人である千尋が作った物であると教え、既にニスマ王国の錬金術ギルドで販売されていることを教える。ついでに値段も教えておこう。


 「結構値が張るのね。従来のセンドー家の洗料の軽く倍以上はするじゃない」

 「素材が素材だからね」


 品種改良ではなくコスト面の問題で敢えて普及させなかった洗料だからな。

 技術が発展して素材を安価に用意できるようになれば、もっと安く購入できるようになるかもしれない。


 「ウチに普及させるのは、しばらく先になりそうねぇ」

 「同等の品質の洗料があるし、気にする必要、ある?」

 「種族によって好みとかあるでしょ?肌に合う合わないとかもあるし」

 「そういうのって、今販売している洗料でも区別されてるんじゃないの?」

 「勿論されてるわよ?でも、限度があるわ。新しい洗料があれば、より選択肢が広がるんだから、あるに越したことはないのよ」


 そいうものか。ルイーゼは王を務めているだけあって自国民のことをちゃんと考えているんだな。

 おっと、またも視線から思考を読み取られてしまったか。不満げな表情でこちらを睨んでいる。


 そして不満を解消するかのように私に手を伸ばしてきた。


 「で、なんで胸を揉むの?」

 「少しは気が紛れるからよ!」


 私の胸を揉みしだくルイーゼの手から、強い妬みの感情が伝わってくる。

 彼女の胸は、相変わらずほぼ平坦だ。決して膨らみが無いというわけではないが、平均的な少女よりも小さいのは間違いない。


 「誰がフラットボディかーっ!!私だって、私だってぇーーー!!!」

 「他人の胸を揉んだって自分の胸が大きくなるわけではないよ?」


 大きくなったらなったで邪魔だと思うのだが…。ルイーゼは大きな胸が羨ましくて仕方がないらしい。

 なお、私の体は龍脈と繋がって進化した時からまるで変わっていない。あの時に少しだけ胸が膨らんだようだが、それ以降変化はないのだ。


 「多分、私のサイズはこれ以降変わらないだろうし、そんなに妬むことないと思うけどなぁ…」

 「あんなにあっさりと進化したんだから、これから先も進化しないとも限らないでしょーがぁ!!しかも進化したらまた大きくなるんじゃないの!!?ええっ!?」


 まぁ、その指摘は否定できなかったりする。

 なにせ、私は今まで魔力ばかりを用いて活動していたからな。

 この世界に存在する別のエネルギー、"氣"や星の力を十全に扱えるようになった時、再び進化しないとも限らないのだ。 


 「そういえば、ルイーゼって"氣"をどこまで扱えるの?」

 「え?いきなり話題を変えたわね…。まぁ、自分の体に纏わせて肉体を強化するのは勿論、体から"氣"を伸ばして形を作ることも可能よ?なにせ、それができなきゃ魔王の奥義は使えないからね!」


 魔王の奥義とは、例のオーカムヅミの果実を真っ二つにしたあの手刀のことだろうか?色々と検証したいし、できればまた見せてもらいたいものだ。


 「体から分離したり放出したりは?」

 「え?"氣"って…放出できるの…?」

 「意思の力が強ければ…?」

 「なんで疑問形なのよ…。アンタはできないの?」


 できるようになったし、私の場合、体から分離したら制御に強い意思が必要だからそういったのだ。

 だが、あくまで私の場合だ。ウチの子達にも"氣"の扱いを教えはしたが、まだ放出や放出後の操作ができていないのである。


 「えっ?じゃあ、あのモフモフちゃん達もみんな"氣"を扱えるの!?」

 「うん。まだまだ練度が足りないけど、肉体を強化することぐらいはできるようになったよ」

 「………魔王の……奥義が…」


 呆然としているが、多分"氣"の扱いはまだまだルイーゼの方があの子達よりも上だろう。それに、上には上がある。

 これはキュピレキュピヌが教えてくれた話なのだが、氣功術の達人には、自らが放出した"氣"の塊、氣弾を意のままに操る者がいるらしい。


 非常に興味深い話である。叶うことなら是非とも教えを請いたいところだ。


 さて、ルイーゼの体も十分に温まったようだし、風呂から上がるとしよう。

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