第515話 宴会の中での新たな発見
ルイーゼが今日の夕食が自分の奢りだと宣言したためか、食堂のすべての机に様々な料理が行き届いている。相当な量だとは思うのだが、おそらく提供された料理は余すところなく食べ尽くされるだろう。
一般的に普及されている魔王国の扉は、通過することである程度体のサイズを施設の大きさに合わせたサイズに変更する効力がある。
だが、だからと言って必要な食事量が減ったり増えたりするわけではない。その辺りは体のサイズが変わる前と同じである。
食堂に集まっている者達は、見たところ健啖家が多い。今机に並べられている料理など、あっという間に食べ尽くされてしまうことだろう。
勿論、今晩の夕食が今運ばれている料理だけで終わるわけではない。厨房では今も続々と料理ができ上がっているのだ。
周囲の料理に意識を回していると、隣に座っていたルイーゼが突如酒の入ったグラスを持って立ち上がった。あまり酒精の強くない酒だ。
「お酒は行きわたってるわね!?それじゃあ、ノアの魔王国来訪を祝して~?」
「「「「「かんぱーーーい!!!」」」」」
乾杯の音頭と共に食卓に座った客達が近くの者達のグラスを軽くぶつけ合った後、グラスに入った酒を一気に喉に流し込む。それはルイーゼの隣にいたも同様だ。
私に用意されたグラスに入っていた酒は、ルイーゼと同じ酒だ。酒精が強くなく、爽やかな風味とほのかな甘みが伝わって来る、非常に飲みやすい酒と言えるだろう。良い酒だ。
ウチの子達にも酒は振る舞われている。この子達の場合はグラスとはいかず、平たい器となっているが。
普段は楽しまないというだけでこの子達は酒を楽しめる。ドライドン帝国から帰って来た時も、未訪問諸国訪問から家に帰って来てからも、この子達がラフマンデーのハチミツ酒を楽しんでいたのを私は知っているのだ。
当然、リガロウにも酒は振る舞われている。人間にも魔族にもドラゴンは酒好きと知れ渡っているからな。
この子に用意されたのはウチの子達と違い、私達と同じようなグラスだ。前足が物を掴める構造をしているので、問題無いと判断したのだろう。
実際のところ、この子は用意された酒を前足で器用に掴み、自分の喉に流し込んでいる。
「甘くて美味いです!もっと飲みたいです!」
「そうだね。もっと持って来てもらおうか」
「良いわよ!ジャンジャン持ってきなさーい!」
まだ酔いが回っているわけではないが、リガロウもこの酒の味が気に入ったらしい。竜酔樹の実をカウントしなければ、コレがこの子の最初の酒と言うことになるな。
良し、皆も酒を摂取して酔おうとしているのだ。私も自身の各種能力を制限して酔わせてもらおうじゃないか。
なお、家で何度か能力を制限して酒に酔う経験を私は経ている。
ヴィルガレッドの住処で飲み会をした時は危うく取り返しのつかないことをしそうになったからな。同じ轍を踏まないためにも、自分で酔いを制御するために何度か能力を制限して酒を飲んだのである。
その甲斐もあり、今の私はどの程度までなら自重しなくなるのか、その境を見極めることに成功した。
そもそもの話、私は能力に制限を掛けてもオーカムヅミの酒でも飲まない限りそう簡単に酔いは回らない。
今しがた飲み干した酒ならば、例え大樽で10杯飲んでも問題無いだろう。
それにしても、だ。
「この国では普通にガラスの食器が普及しているんだね」
「まぁね!異世界人の知識は伊達じゃないってことね!」
魔王城の書庫には、初代新世魔王であるテンマが勇者アドモから引き継いだ異世界の知識が、書物となって保管されているらしい。
テンマはアドモと出会う前から知的好奇心旺盛な魔族だったらしく、様々な知識をアドモから聞き及んでいたそうだ。オーカムヅミの名前の由来なども、その1つと言うことだな。
そして、その知識の中にガラスの製法もあったということだろう。
当たり前のように宿の食器に使用されている辺り、ティゼム王国以上に普及していると見て間違いないだろうな。
さて、酒だけでなく料理も楽しまないとな。大量に用意してくれているのだから、遠慮なくいただくとしよう。
…味付けはやや濃い目か。とは言え、この程度ならウチの子達も問題無く食べられそうだな。まぁ、昼食に提供されたあの溶けるような肉と比べたら、あちらの方が良いと言うだろうが。
味自体は悪くないどころかかなり美味い。人間でも問題無く食べられるどころか、人間にも好まれる味だな。味付けの理由は魔王国にも人間がいるから、と言うわけではなさそうだ。
そもそもの話、料理もアドモを通して広められた料理もいくつかあるだろうし、魔族の味覚も人間とそう変わらないということなのだろう。
おや、対面に席を取っていたウルミラが私の元までやって来た。酒が入ったのか顔や体を擦り付けて甘えて来てくれている。彼女の方からこうして甘えて来てくれるのは珍しいな。
可愛らしくて大変よろしい。抱きかかえて料理を食べさせてあげよう。
うんうん。美味しそうに料理を食べている様子がまた非常に可愛らしい。幸せの時間である。
「あー!良いわねぇ!私もー!ラビックちゃ~ん!コッチおいでぇ~!」
私がウルミラに料理を食べさせていると、ルイーゼがその様子を羨ましがったようだ。ラビックを自分の膝の上に乗せて料理を食べさせるつもりらしい。
ラビックがこちらを見てどうしようか迷っているようだが、黙って頷き好きにすればいいと伝えよう。
「きゃ~~~っ!フワフワ!モコモコ~!ラビックちゃーん!好きな料理を言ってね!お姉ちゃんが何でも持ってきてあげるからねぇ~!」
ラビックはルイーゼに可愛がられることにしたらしい。態々椅子から降りて彼女の元まで移動している。
ラビックは見た目が非常に可愛らしいから誤解しがちだが、あの子の年齢はルイーゼよりもずっと上である。まぁ、ゴドファンスやヨームズオームに比べれば大分年下ではあるが、多分、ルイーゼの母親よりも年上ではないだろうか?
まぁ、酔いも回っていることだし、細かいことを気にする必要はないか。それに、実際に年齢が上だと知ったとしても気にせず年上として振る舞おうとするだろうな。少なくとも今のルイーゼは。
うん?ウルミラは何やら私に要望があるらしい。彼女の思念が私にのみ伝わって来る。
〈ご主人~。あのお酒出しちゃダメ~?ボクあのお酒飲みた~い〉
〈アラ!良いわね!みんなにも振る舞いましょう!〉〈綺麗で甘くておいしいのよ!〉
あー…。この子達はラフマンデーのハチミツ酒が飲みたいのか。確かに、あの酒は美味いからなぁ…。
それに加えて、魔族達に自分達の自慢の酒を振る舞いたいという気持ちがあるみたいだな。
しかし、その要望を叶えるのは少々難しい。
「あのお酒は止めておこうか。込められている魔力が強すぎるからね…」
〈きゅう~ん…ダメ…?〉
そんな目で見ないでほしい。つい甘やかして『収納』から取り出したくなってしまうじゃないか。
だが、ここでウルミラの可愛さに負けて魔族達にラフマンデーのハチミツ酒を飲ませた場合、ルイーゼ以外の魔族は魔力量に耐え切れずに倒れてしまうだろう。それはリガロウも同じだ。
〈じゃあじゃあ!魔力が無い方は!?アッチなら出しても良いでしょ!?〉
「構わないけど…良い?」
「問題無いわよ。むしろ、アンタからのお酒だなんて聞いたら、みんなこぞって飲みたがるでしょうね。量に余裕はある?魔族は酒豪が多いわよ?」
魔力が無い方。つまり、眷属のハチミツ酒だな。
家で採取しているハチミツは、いくつかの種類がある。
1つはラフマンデーが私に献上している最上品質のハチミツ。量にかなり限りがあるため、今のところ加工品にはしていない。
1つはウチの子達が必ず1瓶は『収納』に仕舞っている通常品質のハチミツで、ウルミラがこの場に出してもいいか聞いて来たハチミツ酒やハチミツ飴は、このハチミツを加工してできている。
1つはラフマンデーや彼女の配下達が食料として口にする、通常のハチミツよりも品質の低い、それでいて大量にできたハチミツだ。彼女達はこのハチミツを更に栄養価の高い、完全な固形物に加工して食べている。これによって彼女の眷属達は日に日に成長を続け、彼女に従う精霊達も同様に力をつけている。
ここまでのハチミツはすべてラフマンデーが加工している。それ故に彼女の魔力がハチミツに宿ることで強力な効果を持った品となっている。
それらのハチミツとは別に、ラフマンデーの眷属達が加工するハチミツも存在している。そしてそれらのハチミツには魔力が宿っていないのだ。
そういったハチミツは彼女の眷属達の好きにさせているのだが、彼等も酒を楽しみたかったらしく、フレミー達がハチミツ酒を作っていたのを見て自分達も作っていたようなのだ。
で、そのラフマンデーの眷属達が作ったハチミツ酒。酒好きの3体が興味を持たないわけがなく、ラフマンデーを通じていくらか融通してもらったというわけだ。
未訪問諸国から帰って来たら、大量に確保されていた。
私も飲んでみた結果、しっかりと甘く更に酒精もあると確認できたうえ、大量に生産されていると知らされた。
気軽に飲めるので、私含めウチの子達も大量に『収納』に仕舞ってあるのだ。
なお、ラフマンデーのハチミツ酒同様酒精は強くない。
私が酔うには向かないため、今まで飲む機会が無かったのだが、リガロウにもハチミツ酒を飲ませたかったしいい機会だ。この場で振る舞わせてもらおう。
眷属のハチミツ酒は大好評だった。特に、ルイーゼやリガロウに好評だったな。
とは言え、魔族達全員が甘い酒が好きだというわけではなかったのだが。その辺りは、私から振る舞われた酒と言うことで盛り上がったようだ。
中には、この場で飲まずに家宝にするとまで言い出した者が現れた。流石に想定外である。
しかし、そこはルイーゼがやや強引にでも飲ませた。
「ケチ臭いこと言わないの!今じゃなけりゃノアと飲める機会はないのよ!?分かってるの!?」
私から貰った酒と言うのも大事だが、それ以上に私と共に飲む酒の方が魔族にとっては重要らしい。ルイーゼが一喝したら遠慮なく飲み始めた。
勿論、私が提供した酒だけを飲んでいたわけではない。宿の酒も美味いのだ。
私の場合、強い酒でなければ早々酔えないこともあって酒精の強い酒の方が好みのようだ。甘さがあるとなお良いな。
宿で保管してある酒を一通り飲んでみた結果、砂糖の原料から作った酒が一番気に入った。
更にルイーゼが面白いことをしてくれた。気に入った酒に、別の酒や甘味料や炭酸飲料、更には紅茶を入れて専用の容器で混ぜ始めたのだ。コレが実に美味かった。
「前に紅茶にお酒を入れるやり方を教えてくれたでしょ?あれから色々試してみたのよ」
「ここまで複数の飲み物を混ぜるっていう発想は無かったよ」
私が図書館で得た知識は、あくまで紅茶に調味料感覚で数滴酒を投入する程度の知識だ。既に完成している飲料同士を混ぜ合わせるような発想は無かった。
「これは凄いね…。お茶やコーヒーは非常に奥深い飲み物だと思っていたけど、まさか酒までもがここまで奥深い飲み物だったとは…。やろうと思えば無限に味を生み出せるじゃないか」
「でっしょー?首都じゃ今頃アンタを喜ばせるために色々な配合を研究してるところでしょうね。って言うか、アンタもコーヒーを知ってたのね?」
ルイーゼもコーヒーの存在を知っていたようだ。
この大陸では栽培できない植物のため、魔王国でもほとんど流通していないようだが、やはり魔族の情報収集能力は素晴らしいのだな。
ルイーゼもコーヒーを味わったことがあるようだが、彼女としてはコーヒーは好みだろうか?
「私はそのままで飲もうとは思えないわね。ミルクと砂糖をたっぷりと入れた、あったかいのなら好きよ?」
「ルイーゼは子供舌だね」
「子供じゃないわよ!苦いのが苦手なだけよ!」
それを子供舌と言うのでは?まぁ、ルイーゼにも結構酔いが回っていることだし、まともな会話にはならなさそうだな。
私もようやく陶酔感を得られるようになってきた。
子供舌と言えば、リガロウも基本何でも食べるが、苦味はあまり好んでいないな。辛味は問題無く食べられ、特に甘味を好む傾向にある。
そんなリガロウも今ではすっかり酔いが回り、私に甘えてくれている。
「クキャウゥ~。ひめしゃまぁ~…」
うんうん。普段自分から甘えて来ないから、こうして甘えられると普段に増して可愛く思えるな。
ウチの女性陣もリガロウが可愛く見えているようだ。
〈なになに~?酔っぱらっちゃったぁ~?ご主人だけじゃなくてボク達にも甘えて良いんだよぉ~?〉
〈気持ちよさそうね!幸せそうにしてるわ!〉〈可愛いのよ!甘やかしたくなるのよ!〉
〈貴女達もかなり酔っていますね…。気持ちは分からなくありませんが…〉
ラビックは一見酔っていないいるように見えるが、アレでかなり酔っている。
あの子は今もルイーゼの膝の上に座っているのだが、上半身が絶えず左右に揺れているのだ。多分、床に降ろしたらまともに立てないだろう。
周りの魔族達も酔いが回り、興に乗ってきたのか芸を披露し始めている。種族の特性を利用したものや何度も修練を重ねて身に付けた芸を披露してもらい、大いに楽しめた。
宴会が始まってから4時間。午後10時を過ぎた頃だ。
提供された料理は食べ尽くされ、多くの者達が酔いつぶれてその場で眠ってしまっている。ハッキリと意識を保っているのは私とルイーゼ、それとウルミラだけだな。
レイブランとヤタールは満腹状態となって眠っているし、ラビックも普段が寝る時間のため非常に眠たそうにしている。リガロウは1時間ほど前から幸せそうな表情で夢の中だ。宴会もお開きである。
「これ、どうしようか?」
「ほっといていいわよ。それより、部屋に戻りましょ。お風呂に入りたいわ」
「それは良いね。早速今日買った洗料を試させてもらうよ」
「それはコッチの台詞」
〈お風呂♪お風呂♪〉
既に眠ってしまった子達を起こすのは気が引けるので、風呂は私とルイーゼ、それとウルミラが入るとして…。
「ラビックはどうす…」
〈ぷぅ………ぷぅ………〉
「…ベッドに寝かせておきましょうか。はぁ…可愛い…」
うん。耐え切れずに静かに寝息を立てているラビックは堪らなく可愛いな。この子もベッドで休ませてあげよう。
では、眠ってしまった子達を運んだら風呂に入るとしよう!
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