第514話 魔族の食事

 地上に上がったら早速ルイーゼに予約済みの飲食店へと案内してもらった。

 そう、思った通りルイーゼは飲食店に予約を入れていたようなのだ。

 飲食店へと向かう前に海中遊覧で仕留めたジゴルフィースを解体して、しかるべき場所に下ろそうかとも思ったのだが、食事を終えてからでもできると諭されて食事を優先することにした。


 「あのレストランの人達もアンタが来るのを心待ちにしてるのよ?予約を入れたのだから、時間通りに顔を出さなくてどうするのよ」


 至極尤もな話だ。予約と言うことは即ち約束なのだ。約束は違えるべきではない。素直に案内してもらうとしよう。


 "楽園"から出て料理を食べるのは今回が初めてなのだ。家の子達がとても楽しみそうにしている。


 〈クンクン…!良い匂いがするね!どんな料理が出てくるんだろう!?ワクワクするね!〉

 〈味は薄味なのかしら!?〉〈濃すぎるのは嫌なのよ!〉

 「グキュー…。俺も店に入れますかね?」


 リガロウは問題無く入店できるかどうか気にしているようだが、宿のことを考えれば心配する必要はないだろう。

 魔族の中にはリガロウよりも大きな体をした種族もいるのだ。魔王国で普及している扉の機能を考えれば、問題無く店内に入れるはずだ。


 店内に入れば、例のごとく従業員一同から歓迎の言葉を送られた。こういった光景を見るたび、魔王国民全員が漏れなく私のファンだと語っていたルイーゼの言葉が、確かに事実だと認識させられる。


 この店には個室があり、周囲に気を遣うことなく食事を楽しめるようだ。

 家の子達は飛び入りの客となったが、そちらも問題無いようだ。リガロウも入店してくることを考慮して広めの部屋を確保してくれたらしい。


 部屋に案内され、席に着いてからおおよそ10分。料理の用意ができたらしく私達全員に食材や食器が配られていく。


 食器の中には湯が入っただけの鍋もあるのだが、これから食材を煮るのだろうか?

 それにしては野菜が無いようだが…。配られている食材は加熱前の肉が多いのだ。どの肉もかなり薄くスライスされていて、少し熱を加えただけで食べられそうだ。


 「ふっふ~ん、流石のノアもこの料理は知らなかったみたいね!私が実践して見せましょう!」


 何となく提供された料理の食べ方に予想が付くが、ここは得意気になっているルイーゼに手本を見せてもらうとしよう。


 薄くスライスされた肉を箸で器用に摘まみ取ると、ルイーゼはその肉を湯の入った鍋に付け、肉の形が崩れないようにゆっくりとすすいでいる。2,3回箸を動かして肉を鍋から取り出せば、湯の中の肉は既に十分に火が通った状態となっていた。

 取り出した肉を小さな器に注がれたタレに付け、そのまま口に入れていく。


 「んー!お肉がとろっと溶けて美味しー!…とまぁ、こんな感じで軽く鍋にお肉をくぐらせるのがこの料理の食べ方よ!あんまり激しく箸を振ったり長い時間お湯に付けちゃうと、お肉が固くなったり旨味が逃げちゃうから、その点には注意してね!」


 なるほど、そういう料理か。こういった食べ方は初めてだな。楽しませてもらうとしよう。


 〈なるほど…。これは、とても良い肉ですね。脂の甘味がしつこくなく、それでいてしっかりとした味わい…。このタレの味も、肉に付ける量で濃さを好みに調整できるのが素晴らしい〉

 〈アラやだ、このお肉口に入れたら溶けちゃったわ!〉〈美味しいのよ!こんなにおいしい肉はあのトカゲの肉を食べた時以来よ!〉

 〈懐かしいよねー!あの時は塩味だけだったけど、今は沢山調味料があるし、ご主人!〉

 「そうだね。帰ったらまたあの肉を色々な調味料で食べてみようか」

 「アナタ達器用なことしてるわねぇ…」


 家の子達は全員『補助腕サブアーム』が使用できるため、箸を魔力の手に持たせて器用に肉を食べているのだ。皆肉の味に感動している。


 私が始末したあのハイ・ドラゴン達の肉は、まだまだ大量に残っている。

 量に限りがあるせいか、あまり食べる気が起きなかったのだ。その後私が旅行に行って大量の食糧を持ち帰ったのも理由の一つだな。


 しかし、いくら劣化しないとはいえ、食べないままと言うわけにもいかない。

 この子達が言うように今は調味料も豊富にあるのだ。また焼肉パーティーをするのも悪くない。

 今度はヨームズオームやラフマンデーも一緒だ。賑やかなパーティーになるだろう。


 さて、目の前の肉だが、リガロウには私が食べさせよう。この子も前足で箸を持とうとしているのだが、あまり上手く持てていない。

 指の構造上の問題もあるが、箸のサイズも問題の一つだな。

 この子に合わせた箸を用意するでもいいが、私がこの子の世話をしたいので、今回は私がこの子に食べさせる。

 私の分は私も家の子達と同様に『補助腕』を使用すればいい。


 リガロウと一緒にタレを付けた肉を口に入れれば、口の中であっという間に肉が溶ける。そしてタレの味と共に肉の旨味と脂の甘味が口の中へと広がっていく。


 「「美味い!」」

 「フフ、口を揃えちゃって、まるで親子ね」


 親子か。ジョージからも指摘されたが、ルイーゼから見ても私とリガロウは親子の関係に見えるらしい。


 「そんだけ可愛がってりゃそう思うでしょ」

 「嬉しいけど、この子にはちゃんとした両親がいるからね?」


 リガロウには正真正銘この子の卵を産んだ両親がいるのだ。今もニスマ王国の牧場で気ままな生活を送っていると思う。

 彼等を差し置いて私がこの子の親を名乗るのは、流石に気が引ける。

 まぁ、そう思われるほどにこの子を可愛がっているのは間違いないし、今後もこの子を可愛がり続けるつもりではあるが。


 肉の味を堪能しながらルイーゼと会話を続けていると、更に食材が追加されてきた。今度は野菜がメインだな。


 結構な量の肉を鍋にくぐらせているからか、鍋の中の湯は肉の出汁が十分に出ていることだろう。

 つまり、ここに野菜を入れることで私の知る鍋料理のようになるということか。

 追加で調味料も持ってきてくれている。好みで鍋に入れて良いようだ。


 「この料理はここからが本番よ!お肉の旨味が野菜に染み込んでいってすっごく美味しくなるんだから!」


 野菜を入れた後も、同じように肉を食べて問題なさそうだな。では、野菜が煮えるまでは引き続き肉をいただくとしよう。

 ついでに鍋に調味料も入れておこう。

 調味料単体で味見してみたが、柑橘系の果汁と酢、それから醤油…ではないな。

 これは、豆の代わりに魚介類を使用した調味料、魚醤か。これらの調味料を混ぜてあるようだ。

 味としては醤油に近いが、醤油と比べて旨味が少ないようだ。が、こちらには味に深みと甘味がある。一概にどちらが優れているかとは言えないな。


 そしてこの調味料、魚醤の代わりに醤油で作ってみても面白そうだ。比較的簡単に作れそうだし、試してみよう。

 そう言えば、魔王国に醤油はあるのだろうか?


 「勿論あるわよ?なにせ初代様の好物の味だったし。作り方も伝わってるわね」

 「それじゃあ、この調味料、醤油を使ったのもある?」

 「どっちかって言うと、そっちの方が主流ね。今回は鍋に肉と魚の旨味を入れたかったから魚醤を使ったんだと思うわ。って言うか、普通に料理の材料とか分かっちゃうのね」


 私の味覚は実に優れているようだからな。味の解析などもすぐに終わるのだ。

 しかし、魔王国にも醤油があるんだな。まぁ、異世界人である勇者アドモと初代新世魔王であるテンマに交流があったのだし、醤油味がテンマの好物だったのならば広まるのも当然か。


 だとすると、他の異世界の料理に近しい料理が魔王国に会ってもおかしくないな。

 これから行く先々の街で、どういった料理が提供されるか、楽しみだ。



 料理を食べ終わった私達は、ニアクリフの街並みを見て回り所々で買い物をさせてながら、街の住民達の生活内容を観察させてもらった。


 以前にも聞かせてもらったが、魔族と言う種族は本当に多種多様だ。

 四足歩行動物に近い外見をした二足歩行の者もいれば、水棲人サハギンに近い外見で水の中で生活している者もいる。

 勿論、港から船が出港する様子を崖の外から撮影した者と同じように、人型の鳥の姿をした者もいた。

 腕以外の骨格が人と似ていて、服も着ている。それでいて外見は鳥そのものなのだ。口も人間のような唇ではなく嘴となっている。羽毛も手入れされているためか風が靡くたびに柔らかく跳ね、触り心地が良さそうだった。


 そんな鳥型の魔族を眺めていたら、ルイーゼから注意をされた。


 「ノア?一応言っとくけど、あの写真の撮影者はれっきとした成人男性らしいからね?気持ちよさそうだからってモフモフしたりしちゃダメよ?セクハラだからね?」

 「ダメかぁ…」


 異性に過度な接触をしないようにオリヴィエから強く言われているので注意はしているが、それでも手が出ないとは言い切れないからな。私は結構感情で動いてしまうのだ。

 魔族の扱いがほぼ人間と同じであるならば、むやみやたらに体に触れて良いわけがないな。


 いやしかし、頭を撫でるのも駄目だろうか?ああいやしかし、あれだけフワフワな羽毛が全身に生え揃っているのなら、頭を撫でていてもいずれは首周りに手が伸び、そのまま別の部位に…。


 うん、駄目だ。見た目が鳥だからとモフモフするのは止めておこう。多分、堪え切れなくなる。


 「まぁ、撫でられた本人は喜ぶでしょうけど、絶対問題になるから、ね?」

 「そうだね。そういった意味では、今回の旅行でこの子達を連れて来て正解だったかもしれないね」

 〈私達で気を紛らわせるのかしら!?〉〈撫でたくなったらいつでも撫でて良いのよ!?〉


 ウルミラもラビックも発言していないが、気持ちはレイブランとヤタールと同じらしい。揃って私に視線を送ってくれている。

 ありがたいことだなぁ…。早速だが、鳥型の魔族から"氣"を紛らわせるためにも、レイブランとヤタールを気の済むまで撫でさせてもらうとしよう。


 「あっ!それなら私もー!ウルミラちゃ~ん!」


 私がレイブランとヤタールを撫でまわしている様子を見てルイーゼもモフモフを堪能したくなったのだろう。ウルミラに抱き着き、その毛並みを堪能している。

 更にそれだけでは満足できないのか、彼女を背負い、ルイーゼの頭にウルミラの顎が乗っかるような状態となっている。ウルミラの両前足はルイーゼの肩だ。

 そう言えばアルバムを眺めている時にやりたいと言っていたが、結局やらせないままだったな。


 「あー…背中があったかぁ~い。頭と首にモフモフが伝わって気持ちいい~!」


 うん、ルイーゼに乗っかるウルミラも可愛いが、幸せを感じて表情を緩めているルイーゼもまた可愛らしい。

 惜しむらくは、今はルイーゼの頭にウルミラの顔が乗っかっているためルイーゼの頭を撫でられないことか。


 あの様子を見ていると、私も同じようなことをやりたくなるな。

 良し!やりたくなったのならばやればよいのだ!


 「ラビック、頼める?」

 〈承知しました〉


 ラビックに短く頼むと、彼は私の意図を即座に理解して私に飛び乗った。

 私の肩にはレイブランとヤタールが止まっているので肩に後足を乗せず、両足を私の頭に乗せて自身の体を支えている。


 ああ…!ウルミラの時もだったが、腹部の柔らかい体毛の感触が実に素晴らしい…!実に癒される…!


 ルイーゼが私達の様子を見て驚愕している。口に出す気配はないが、ウルミラに満足したら今度はラビックに同じことを頼みそうだ。


 「後で、ね?」

 「…忘れないでよ?」


 そんな風にじっとりと見つめないでもらいたいのだが…。アルバムを見ていた時に終始ウルミラを独占していたこと、根に持っているのだろうか?



 街も見て回り、宿に戻ってきたら、夕食の時間だ。

 宿の中に入れば、夕食を求めて多くの客が食堂に集まっていた。


 今回は個室があるような施設ではないので、夕食は盛大に視線を集めることになりそうだな。


 そう思っていると、ルイーゼが食堂で高らかに宣言し始めた。


 「みんな!今日は私の奢りよ!初めてのノアの歓迎会、盛大にやりましょう!!」

 「「「「「魔王様、バンザーーーイ!!!」」」」」


 ルイーゼを称える声が、宿の中に満たされる。

 魔王の資産からすればここにいる者達の食費を一食分賄うことなど造作もないことだが、もしかして今決めたことなのだろうか?


 「や、最初から決めてたってば。アンタの観光案内ついでに、各地域の視察も済ませることにしたのよ。予算はバッチリ降りているわ」


 だからと言って私の案内に手を抜くつもりもないらしい。

 と言うか、私に魔族の生活を知ってもらうことと魔王国民達の現状を把握する行為が、ほぼ同じ内容となるので、非常に都合がいいのだとか。


 上手いこと考えつく者である。考案者はやり手の政治家ではないだろうか?


 「それ、本人に言わないでね?絶対調子に乗って煽り散らしてくるから」


 どうやら考案者はルイーゼの側近らしい。思った以上に優秀な魔族のようだ。


 ま、そんなことよりも今は夕食だな。


 自慢も兼ねて、ウチの子達を宿の客に紹介してあげるしよう。

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