第513話 海中遊覧を終えて
航行中にも思っていたのだが、このバラエナの性能は魔王国の技術の粋を集めた最新鋭と言うだけあって非常に高い。
港へ帰還するために方向転換をしていたのだが、その際にも出港時や潜水時と同じくまるで揺れを感じなかったのだ。
ちなみに、私がアマーレで小型高速艇に乗船した際には激しく揺れたし、何なら勢いが付きすぎて海面から船体が跳び上がりもした。当然、海面に着水する時は大いに衝撃が発生したとも。
まぁ、その衝撃もまた心地よかったのだが。
そういった振動や衝撃が、バラエナには一切なかった。
それに、今回討伐したジゴルフィースは決して弱い魔物ではない。
人間が討伐しようとすれば最低でも"二つ星"
そんなジゴルフィースの攻撃を受けて平然としていたのだ。この船の性能がどれだけ優れているか良く分かるというものだ。ルイーゼが得意げになるのも止む無しと言ったところか。
港に近づき、バラエナが海面に浮上する。ここからだ。ここから港の壁門が、崖の岩壁が左右に開く光景が見れるのだ。
ほどなくして、何の変哲もない岩壁が真っ二つに別れ、左右に動いて行く。
振動も見られず、何かに引っかかる様子もない。力強く、均一の速度で岩壁が動いているのだ。
ああ、やはりカッコイイな…!あの場所からこのバラエナが出てきたところを想像すると、何かこう、胸の奥から熱いものがこみあげてくる…!
というか、バラエナが出港する光景を港の外側から見てみたい!
うん、我儘を言っているのは分かっているのだが、絶対カッコイイぞ!?この気持ちを理解してくれる者は誰かいないだろうか!?
そんな私の願望を満たしてくれそうな可能性を、艦長が提供してくれた。
「崖の外から港の様子を撮影した写真をいくつか保管してあります。その中には、このバラエナが出向している様子の写真があった筈です」
「バラエナの進水式の時のヤツかしら。あの時は私も港から見送ってたから外からの様子を確認してなかったけど、外から撮影した写真があったのね?」
新聞には港の内部から撮影した写真が掲載されていたらしい。
それもまた迫力があって大変見ごたえがありそうだし、後で確認させてもらおう。今は外からの写真である。
艦長が言うには、船好きの趣味人が態々大金を支払って自分用のキャメラを手に入れて撮影した写真らしい。
過去にたまたま港から入れ違いで船が出港する様子を見た時、あの洞窟から船が出現する光景に魅了されたそうなのだ。
それ以降、その魔族は必死になって資金を溜めて自分用のキャメラを購入したのだとか。そして、進水式の時になると必ず港の外から船が出港する様子を撮影しているらしい。
なんと、撮影した写真はその魔族の善意によって無償で港に提供されているのだとか。写真の現像はそれほど手間ではないとは言え、大した気前の良さである。
「彼曰く、素人の撮影した写真のため報酬を貰うほどではないとのことでした。しかし、この港に従事する誰もがそうは思っておりませんがね」
「それは知らなかったわね…。ねぇ、その写真、私も見せてもらって良いかしら?」
「勿論です。是非、陛下もお楽しみください」
写真を見せてもらう約束を取り付けるころには、バラエナは反転して船着き場に着艦している最中だった。まるで振動が無いから、意識していないと例え反転していようとも気付かないのである。
外の光景を見れば、港には従事している者達が総出で私達を出迎えていた。
バラエナから降りて艦長並びバラエナの乗員に礼を述べたら、今度は港に従事する者達にも礼を告げさせてもらった。
なお、私が艦内で描いた絵は艦長に礼を述べた際に渡している。
絵を受け取った艦長は目頭を押さえたかと思った矢先、気合の入った敬礼を乗員全員で取り始め、大声で礼を述べられてしまった。
港の内部が音の反響しやすい構造になっているためか、空気の振動が凄まじいことになっていた。
私が描いた絵、思った以上に喜んでもらえたようだ。あの絵はバラエナの司令室に飾ることにするらしい。
私とルイーゼが一緒に描かれているため、非常に価値があるのだとか。
「この絵画は!間違いなく我等バラエナの乗員一同にとって!かけがえのない宝でありますっ!!」
気に入ってくれたのだからそれで良しとしよう。さて、それではいよいよ港の外で撮影されたという写真だ。
港の資料室に案内されると、職員の1人が巨大な本を持って来た。
通常の本の厚みの3倍近くある。アレに写真を直接挟んでいるようだ。アルバムと言うヤツだな。
私の前でアルバムを開き、写真を確認させてもらおう。ルイーゼと横並びに腰かけ、私の開いている隣にはリガロウを。ラビック達には机に直接乗ってもらおう。ウルミラは、私の頭の上だ。
「グキュゥ…。姫様、よろしいのですか?頭の上に…」
「勿論だとも。この子の暖かさが伝わって来てとても気持ちいいよ?」
「ね、ねぇノア!それ、私も!」
「後でね」
ルイーゼも頭にウルミラを乗せたいようだが、今は私が堪能しているのだ。私が彼女の体温と腹部の毛並みを十分堪能した後にしてもらいたい。
それよりも、今は写真である。大量に撮影された、複数個所からの写真を見て私は息をのんだ。
艦長が言うには撮影者は自分を素人と語っていたそうだが、実に迫力満点である。
撮影者は飛行能力でも持っていたのだろうか?
明らかに上空から撮影された写真もあれば、海面から見上げるように船体を撮影している写真もあるのだ。
「これは…凄いね…。外からだと、こうして見えるんだ…」
「こ、こんな写真があったなんて…!コレは一代財産よ!撮影者には私の方から褒賞を用意しないと!」
アルバムに掲載されている写真は、ルイーゼから見ても非常に価値のある内容だったようだ。彼女は撮影者に褒賞を与えると言っているが、他の者に相談しなくて良いのだろうか?
「今申請中よ!私が何をしてるのかは、アンタが一番知ってるでしょ!?」
なるほど。魔王城に出現させている幻を使い、側近且つ宰相に事情を説明しているらしい。口には出していないが、真剣な表情で頷いたりしているので、話は上手く進んでいるのだろう。
ルイーゼが褒賞を用意するというのなら、私も何か用意したいな。私は私で写真の内容に感動させられたのだ。
礼をするならば、何を用意しようか?やはりバラエナの時と同様、今のこの光景でも絵にして撮影者に渡そうか?だが、本当にそれで良いのだろうか?
喜んでもらえないとは思わないが、何か違う気がする。まぁ、それはそれとして今のこの光景は描いておこう。多分知ったらルイーゼも欲しがるだろうし、後で複製して渡しておこう。
何を礼にするか、やはり相手には喜んで欲しいのだし、相手が望んでいる物を渡したい。
となれば、撮影者が何者かを知る必要があるな。今のままでは情報が足りなすぎる。
職員に撮影者の情報を訪ねれば、彼は人に近い体格をした鳥の魔族らしい。
なるほど。それはつまり、飛行能力を持っているということか。
そして鳥か。ならばやはり、レイブランとヤタールみたく光物を好むのだろうか?その辺りも職員に聞いたら教えてもらえるだろうか?
ありがたいことに、教えてもらえた。
撮影者は私が想像した通り、光物が好きらしい。そして宝石と貴金属ならば貴金属の方が好きなのだとか。
自分の姿が映るほどに磨き上げられた金属に魅力を感じるのだとか。
それならば、とびきりの貴金属を用意しようじゃないか。無機物ならばいくらでも用意できるからな。
とは言え、やはり常識の範囲内で用意すべきだな。少なくとも、ルイーゼの褒賞以上の品は渡さない方が良さそうだ。
ルイーゼの方は褒賞に関する話がまとまったようだ。私もそれを参考に何を与えるか決めさせてもらおう。念のため、ルイーゼと相談もしておこう。
「助かるわ。どっちかが多すぎたり価値があり過ぎたりしたら変に邪推したりする連中が出てきかねないもの。じっくりと話し合いましょうか」
相談はする。相談はするがそれと並行して写真も観察する。まだ見終わっていないからな。
写真の鑑賞も終り、港からニアクリフの街まで戻ることとなった。昇降機で上がる前に、見送りに来たバラエナの艦長や職員の長に礼を述べておこう。
「勿体なきお言葉です。それにしても、陛下とノア様は実に仲睦まじいですな。まるで、以前から強い友情に結ばれているかのよう光景に、思わず微笑ましい気持ちにさせられました」
「えっ!?そ、そそそそうかしら!?まぁ、ででで出会ってすぐに意気投合したのは確かね!そうよね!?」
艦長の洞察力は大したものだが、それにしてもルイーゼ、図星だからと動揺しすぎじゃないだろうか?
それでは以前から交流があったと言っているようなものなのだが?と言うか、私に話を振らないでもらいたいのだが…。
まぁ、助け舟は出しておこう。
「そうだね。私達は既に親友と言って良い間柄だね」
「親っ!?ノ、ノアァ~…!」
おお、珍しい!ルイーゼの方から抱き着いてくれた!私も彼女を抱きしめて、ついでだから頭も撫でさせてもらおう。
まぁ、こういうことをするから以前から交流があったと思われるのだろうが、今更だな。艦長のあの目は、私の正体を理解しているわけではないようだが、私達の関係にある程度目星をつけている気がする。
「フフ、本当に仲がよろしい。今後とも、貴女様が陛下や我等魔王国と良好な関係を築けていけることを、五大神に祈らせていただきましょう」
艦長は優しく笑っているが、アレは私達が邂逅ではなく再会であると確信しているな。だが、そのことを嬉しく思っているようだ。
特に不満も嫌悪感も抱いていないようなので、気にする必要はないのだろう。
「今日はありがとう。とてもいい経験をさせてもらえたよ。また遊びに来させてもらって良いかな?」
「勿論。我等一同、その時を楽しみにお待ちしております」
別れの言葉を告げると、艦長と職員長は敬礼を取って私達を見送った。
時間は既に正午過ぎ。地上に上がったら、昼食だ。
ルイーゼの様子からして、おそらく店に予約を取っていることだろう。
期待させてもらうとしよう。
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