第512話 バラエナで海中遊覧

 艦長が号令を掛けると、乗員達が号令を復唱してバラエナを操作する。

 潜水が始まった。


 しかし、出港時と同様、振動などはない。一切の揺れを感じさせずに目の前に映る光景が海中へと変化していく。


 揺れが無いうえに速い。そのうえ、気圧や水圧の変化さえも感じさせない。この艦全体を強力な結界によって防護してあるようだ。


 この結界は気圧や水圧に対するためだけではないな。

 海中にはトゥルァーケンのような強力な魔物が多数生息しているのだ。自分達からそんな海中に潜っていけば、本来ならば襲ってくれと言っているようなものである。

 しかし、現状魔物がこの艦を襲ってくるような気配はない。


 理由は…ああ、動力源である魔宝石か。

 ルイーゼが魔法石を作ったのならば、当然この艦から発せられる魔力はルイーゼの魔力となる。

 私やヴィルガレッド、ヨームズオームに劣るとは言え、ルイーゼは世界の頂点に立ちうる存在、魔王なのだ。その強さは領域の主よりも上である。


 そんな存在の魔力が放たれている艦など、多少の知能があれば大抵の魔物は襲おうとは考えないだろう。

 トゥルァーケンも知能のある魔物なので、バラエナに対して攻撃的な行動はとらないでいる。と言うか、近づいたら逃げ始めた。


 「まぁ、だからって逃げる魔物ばかりってわけじゃないんだけどね」

 「早速来ましたな。各員!戦闘用意!」

 「アイサーッ!戦闘用意!各武装、スタンバイ!」


 強い魔力反応を見つけると、逃げ出すどころか襲い掛かって来る極めて好戦的な魔物もいるようだ。

 今まさにこのバラエナに向かって真っすぐに突っ込んできている魔物がいる。

 

 ジゴルフィースと呼ばれる非常に巨大で長大な魚型の魔物だ。遊泳速度が極めて速く、ミスリル以上に頑丈でヤスリのように生え揃った鱗をぶつけて標的を削り殺す狩猟方法を良く用いる。

 勿論、体当たりだけが攻撃方法ではない。当然のように魔術も使用する。

 生息地が海中のため水や空気を操る魔術が多いが、中には電気系統の魔術を使用する個体も確認されているとか。


 早速ジゴルフィースがこちらに攻撃を仕掛けてくるようだ。

 まずは小手調べと言ったところか。極薄の水刃を生成してこちらに射出してきた。平均サイズのトゥルァーケンならば真っ二つに両断できてしまえるほどのサイズと威力だな。

 しかし、艦長含め艦の乗員達は全員意に介していない様子だ。つまり、あの程度の魔術ではバラエナを覆う防御結界に対し、まったくダメージを与えられないのだろう。


 案の定、ジゴルフィースの放った水刃はバラエナに命中したものの、一切の振動も外傷も発生しなかった。大した防御力だ。


 〈刃の練り込みが甘いわ!〉〈もっと魔力に圧を込めるのよ!〉

 〈対して早くないし、あんまり強くないね?ボクが泳いだ方が速いよ!〉

 「キュゥ~…」


 この子達に比べられてしまったら、ジゴルフィースも立つ瀬がないだろう。

 そもそも住んでいる環境の魔力濃度が違うのだ。保有する魔力量にも魔力操作能力にも大きな差がある。

 まぁ、リガロウよりは確実に強いので、ウルミラ達の会話を聞いてこの子はやや落ち込んでしまっている。


 〈リガロウ、落ち込む必要はありませんよ。あの魚の年齢は軽く見ても100年は超えていますからね。少し修業を積めば、あの程度の魚を単独で斃すことなど造作もなくなるでしょう〉

 「キュッ!頑張ります!」


 ラビックは気配りの効く良い子だなぁ…。慰められたリガロウが元気を取り戻している。若干この子はラビックに対して苦手意識を持っていたようだったが、仲良くなりそうで何よりだ。

 ルイーゼがこの子達に修業を付けてくれるようなので、成長を楽しみにしておこう。


 ウチの子達の思念は、ルイーゼのみが知覚で来たようで、他の乗員達は反応していない。


 「ねぇ、この子達の強さってどのぐらいなの?ひょっとして、この艦落とせたりしちゃう?」

 「やってみないと分からないけど…海面に浮上しない方がいいのは間違いないね」


 ルイーゼの魔宝石のおかげで防御力はかなりのものだ。多分だが、レイブランとヤタールが通常の『空刃』を放っても大してダメージを与えられないだろう。海中に潜水している最中ならば尚更である。


 しかし、この子達は皆頭がいい。出入口を把握しているし、この子達の膂力ならば強引に出入り口をこじ開けることも可能なのだ。内部に侵入された場合、その時点で敗北と考えて良いだろう。

 更に、ラビックは短距離であれば転移が可能なのだ。接近されてしまった場合、出入り口の開閉関係なしに内部に侵入できてしまう。


 ウルミラはもっと酷い。この子は『幻実影』を使用できるからな。バラエナ内に幻を出現させてしまえば後はどうとでもなってしまうだろう。

 船の玩具で遊び続けていたからか、泳ぐ速度も日に日に速くなっている。彼女が言っていた通り、ジゴルフィースよりも速く泳げてしまうのだ。尤も、水面でかつ波も無い状態での話だが。


 結論を言えば、この子達ならば単独でバラエナを落とせる。まぁ、落とす意味はないし理由もないのだから無用な考えではあるが。

 周囲の耳に入れないためにも手をつないで念話でルイーゼのみにその事実を伝えておく。


 〈やっぱり"楽園最奥"の存在は伊達じゃないわねぇ。というか、良くそこまで魔力を押えられるようになったわね、その子達〉

 〈問題無く"楽園"の外で活動できるように頑張ったんだよ。この子達も私と一緒に旅行に生きたかったみたいだからね〉


 "楽園"の外に興味があるのはこの子達だけではない。今回は辞退していたが、ホーディやゴドファンス、フレミーも興味がないわけではないのだ。気が早いかもしれないが、次の旅行ではあの子達を連れて行こうと考えている。そろそろホーディやゴドファンスも身体の縮小化を問題無く使用できるようになっていそうだからな。


 話をジゴルフィースに戻そう。あの魔物は先程から連続して水刃を放ってきているのだが、バラエナにはまったく通用していない。

 それに対して、こちらから行っている各武装の攻撃は問題無くあの魔物に有効打を与えているようだ。


 バラエナの側面には何かを射出するための発射口が計6門あり、そこから魔術によって形成された何かを射出して攻撃を行うようだ。

 今回の場合は、回転する水の槍だな。

 威力はジゴルフィースが放っている水刃よりも高い。回転していることもあって貫通力が高く、頑丈な鱗を容易に貫いている。


 発射口の内部に魔術構築陣を形成させるようだ。任意で登録してある構築陣を形成させて相手に対して有効な魔術を使用する仕組みだ。

 ルイーゼ曰く、やろうと思えば発射口から炎を噴き出すこともできるらしい。ただし、海中のため効果はあまり期待しない方がいいようだが。


 バラエナが攻撃を開始してからそう時間を掛けずにジゴルフィースは討伐された。一方的だったな。このまま海中遊泳を続行するようだ。

 しかし、討伐した魔物をそのまま放置してしまうのは勿体なく思う。艦長に相談させてもらおう。


 「アレ、回収しても良い?」

 「…可能、なのですか?」


 可能なのだ。私は幻を経由して魔術を使用できるからな。ジゴルフィースの傍に幻を発生させて『収納』で回収してしまえば良いだけの話である。


 「であれば、是非お願いいたします。港につき次第、高額で買取させていただきます」

 「流石にあれだけ大きいのを回収する機能は無いのよね。大量の資源が手に入るし、ジゴルフィースの身は美味いわよ」


 幻を経由して手早く回収すれば、目の前でジゴルフィースの巨体が消失したことに乗員達が驚きの声を上げている。

 ルイーゼが身が美味いと言っていたので、早速ではあるが味見させてもらおう。魚と言えば刺身である。


 幻を『亜空部屋アナザールーム』に出現させ、少々ジゴルフィースの身を味見させてもらおう。

 白身魚でやや淡泊な味だな。だが、上質な脂を持っているようだ。仄かに甘味を感じさせられる。

 身だけでこの味わいなのだ。醤油をつけて食べたら、きっと美味いに違いない。


 ならば、身をすべて卸すのは止めておこう。家の子達のお土産にするのだ。このサイズならば大量に手に入ることだし、問題無いだろう。

 どうせなら、もう一体バラエナに向かってきてくれれば、すぐにでも私が仕留めて回収してしまおうと思うのだが…。


 って思ってたら来た!また来てくれた!

 バラエナでジゴルフィースを討伐する場合、損傷がやや激しくなるようだし、ここは私にやらせてもらうとしよう。一応、艦長に許可は申請する。


 「折角だから、私にやらせてもらって良いかな?」

 「はぁ…。しかし、一体どのようにして…」

 「見ていれば分かるさ」


 許可ももらったことだし、手早く斃して回収させてもらうとしよう。なに、やることはバラエナやジゴルフィースとそう変わらない。水刃を射出して首を落とすのだ。

 場所を把握できていれば、密室内に居ようとも外部に魔術を発生させることは可能だ。勿論、相応の意思の力や魔力操作能力が必要にはなるが。


 だが、そういった方法があることは魔族の間でもあまり伝わっていないようだ。

 乗員達からしたら、突如ジゴルフィースの頭部が胴体と切り離されたように見えたのだろう。目の前の光景に絶句しているように見える。


 とりあえず斃したジゴルフィースを回収してしまおう。説明は後だ。海中とは言え、鮮度は大事なのだ。


 これでジゴルフィースが丸々2体手に入ったことになる。ならば、1体はすべての素材を卸し、2体目は身をある程度確保して残りを卸させてもらうとしよう。


 「お見事ですな。今しがた回収していただいたものも卸していただけるので?」

 「身が美味いらしいから、ある程度はお土産として持って帰ろうと思うよ。残りはすべて卸す予定だよ」

 「…ありがとうございます」


 私の言葉に艦長が芽を見開いて驚いている。どうやら思った以上にあっけなく自分達の望みを叶えられそうなことに驚いているようだ。


 正直、私達にジゴルフィースの素材は美味いとされている身以外必要ないからな。残りの素材は好きにしてくれて良いのだ。


 あっけなく話も済んだので、引き続き海中遊泳を楽しませてもらうとしよう。



 アクレイン王国で海中遊泳を経験したが、こうして水に包まれることなく海中を見てみるのも悪くない。

 バラエナに照明機能もしくは暗視機能があるからか、既に光の届かない深度まで移動しているというのに海中の様子が鮮明に理解できるのだ。その光景がまた、今まで見たことが無い光景で美しかった。


 ラビック達も初めて見る光景に目を奪われている。

 思った以上に魚達の体色がバリエーションに富んでいたのだ。

 鮮やかな体色をした者もいれば暗い色をした者もいたし、光を反射する者や吸収する者もいた。


 中には集団で巨大な魚の形を形成するような者達までいた。

 ただ巨大な姿を模り相手を威嚇するのが目的と言うわけではないな。

 集団で一斉に魔術を使用することで威力を爆発的に高めるのが目的のようだ。

 彼等には特に強い知能を感じなかったのだが、あれも生存戦略の一つなのだろう。まったくもって面白い。


 〈美味しそうだわぁ…〉〈キラキラしててキレイなのよ…〉

 〈一緒に泳いだら楽しそうだね!〉

 〈一糸乱れることなく統率の取れた素晴らしい動きです。ラフマンデーが見たら参考にしそうですね〉

 「見たことのない生き物でいっぱいです…!アイツ等も強かったりするのかなぁ…」


 考えることは皆して別々ではあるが、感動しているのは間違いない。こうして海中に連れてきてくれたこと、改めて感謝させてもらおう。


 「楽しんでくれてるようでなによりだわ」

 「うん。とても良い物が見れた。ありがとう」


 礼は述べたが、足りないな。言葉だけで感謝の気持ちを表すことなど不可能だ。

 言葉で足りなければどうするか。いつものことだ。絵を描こう。


 内容は、この司令室の光景だな。私達とルイーゼ、それと艦長の横顔が映るような光景を描くとしよう。


 「あら、何か描いてくれるの?」

 「うん。感動を伝えたいと思ったら、こうして何か描くようにしてるんだ」


 最初は私に感動を与えてくれた人物を抱きしめて感謝の気持ちを伝えたのだが、あの後長々と注意されてしまったからな。その理由も今ならば理解できる。

 例えばの話、この場で私が艦長を抱きしめたりしたら大騒ぎになること間違いなしだろう。ルイーゼからも注意を受けることなど火を見るよりも明らかだ。


 しかし、絵を描いて渡すという行為は、今のところ問題無く成功している。驚かれたり逆に盛大に感謝されたりもするが、喜ばれているのは間違いないのだ。


 そうこうしている内に絵画が完成した。港に帰還したら艦長に渡すとしよう。

 と思ったら、ルイーゼから不満の声があがった。


 「私にくれるんじゃないの?」

 「バラエナの艦長は彼だろう?なら、コレは彼に渡すべきだよ」

 「…連れてきたのは私なんですけど?」


 ルイーゼも私が描いた絵が欲しいらしい。ならば、複製して渡しておこう。


 「アンタが本を複製できることは知ってたけど…見事なものねぇ…。ありがと!」


 複製した絵画を受け取ると、嬉しそうに笑って『収納』に仕舞った。内容を確認しなくて良かったのだろうか?それとも、私が描いていた時に確認したのだろうか?


 答えは後者だったようだ。


 「大体どんな絵なのかは把握してるから、城でじっくり観察させてもらうわ」


 ルイーゼも『幻実影ファンタマイマス』を使用しているから、幻を経由して今渡した絵画を魔王城に届けられるのだ。

 あの様子だと、側近に自慢してそうだな。


 側近い自慢して得意げな顔をしているルイーゼを眺めていると、艦長から声を掛けられた。


 「さて、そろそろ港に帰還いたしますが、よろしいですか?」

 「うん。頼むよ」


 海中遊泳はここまでのようだ。気付けば、昼食に近い時間となっている。

 頃合い、ということだろう。つまり、お楽しみの時間である。


 港の入り口である崖が開く瞬間を、じっくりと見せてもらうとしよう!

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