第511話 魔王国の最先端技術
小さな施設に入ると、内部は巨大な昇降機となっていた。そして昇降機が稼働すると一時的に施設には入れなくなる仕組みのようだ。
「それじゃ、いざ!大海原にしゅっぱぁ~つ!!」
大海原?つまり、この昇降機は海に繋がっているということか?
疑問を抱いている間に、昇降機が起動した。特に操作盤などは見当たらない。起動方法は思念による操作か?
「流石にそこまで横着はしないわ。設定が面倒臭いし、もっと簡単な方法があるもの」
そう言ってルイーゼが左腕に装着しているブレスデットを見せてくれる。
…なるほど。ブレスレットにはめられている赤い宝石を施設内のセンサーに見せることで昇降機を起動させたのか。
400m近く昇降機が下降し、到着した先に現れたのは、広大な港だった。それも只の港ではない。洞窟の中にある港だ。
出口が存在せず、天井や壁や床に備え付けられた照明によって光源を確保している。
そして、船着き場には奇妙な形状の船が停泊していた。
船体の8割近くが水面下に沈んでいるのだ。扉が確認できるので、乗船する場合は甲板ではなく水に沈んでいる部分に移動することになるだろう。
「フフーン!どう!?凄いでしょ!魔王国の技術の粋が集められた、最新鋭の潜水艦よ!今のところ、人間達が潜水艦を所持してるって話は聞かないわ!あのヴィシュテングリンにもね!」
「潜水…。つまり、海の中を進むための船?」
「ええ、そのとおり!この星の一番深い海底にはまだ到達できないけど、いずれは実現させて見せるわ!」
この星の一番深い海底まで行くと、ズウノシャディオンが住まう場所になるのだが、ルイーゼはそのことを知っているのだろうか?
それに、仮に魔族がこの潜水艦とやらでかの深海神の元まで到達した場合、彼はどういった態度を取るのだろうか?
ああ、いや、答えなくて良い。魔王国の
そんなことになったら大騒ぎ間違いなしだ。観光どころじゃなくなる可能性もあるから、今は黙っていて欲しい。
「ノア?どうかした?」
「うん。少しね」
ズウノシャディオンに牽制的な思念を送っていたら、ルイーゼから不審がられてしまった。
当然と言えば当然だな。彼女からしたら誰もいない場所に話しかけていたように見えていただろうから。
話題を変えさせてもらうとしよう。それに、潜水艦とやらが気になっているのも事実なのだ。
「この潜水艦と言うのは、今から乗せてもらえるの?」
「もっちろん!そのためにここまで降りてきたのよ?それに、言ったでしょ?大海原に出発ってね!」
それは嬉しいな。海中に入ったことが無いわけではないが、船に乗ったまま海に入るのは初体験なのだ。楽しませてもらうとしよう。
「そうだ。潜水艦の中から海の中の景色って見れる?」
「見れるわよ?海の中どころか海上の景色だって見れるわ!魔王国の最新技術は伊達じゃないのよ!」
なんでも今回紹介してくれる潜水艦は、私の訪問に間に合わせるために完成を急がせたらしい。
急がせたとは言っても突貫工事などではなく、人員や予算を増やして製造速度を速めたそうだ。
「本来のペースで建造していたら、多分完成までに後3ヶ月は掛かっていたでしょうね。きっとノアが次に旅行に行く時には、オルディナン大陸に行っちゃうでしょうし、最新鋭の船って言うインパクトを与えるには、このタイミングしかないって思ったのよ。言っとくけど、この案は満場一致で通ったわよ?」
3ヶ月も完成を早めるって…。一体どれだけの人員と予算が使われたのだろうか?ただ、それを躊躇なく行えるぐらいには魔王国には余裕があるのだろう。
この港で私達に敬礼を送っている魔族達は皆やり切った表情をしているし、とても誇らしげだ。
「これから潜水艦に乗ってちょっと海中観光にしゃれ込むわけだけど、帰って来たら彼等に感想を言ってあげてもらえる?アンタのために彼等には結構な無茶を頼んじゃったし」
「勿論。加えて、この子達の感想も聞かせてあげよう」
張力の良い魔族が、私達の会話を耳にしてとても嬉しそうな表情をしている。
傍には私達の会話の内容が聞き取れなかった者もいるようで、喜んでいる者を見て怪訝な表情をしていた。
潜水艦に乗艦すると、内部で待機していた乗員達から歓迎の言葉を送られた。
私のために完成を急がせたというだけあり、最初から私を潜水艦に乗せて出港するつもりだったようだ。
「総員、配置に着け!5分後に出港!出港3分後には潜水を開始するぞ!」
「「「「「アイサーッ!!」」」」」
厳格な口調で艦長らしき人物が乗員達に命令を下した後、私達に振り向き艦内を案内してくれた。
「それでは、司令室までご案内させていただきます。御足元にご注意を」
艦長の案内に従い、司令室とやらにまで移動しよう。
ルイーゼの艦長に向ける視線に何やら憧憬の念を感じるのだが、彼女の好みのタイプなのだろうか?
艦長の寿命を年齢に換算すると、彼は中年近い年齢なのだが…。
「別に、恋愛感情を抱いてるわけじゃないわよ?だけどこう…仕事に真面目で渋いオジサマって素敵じゃない?」
「年齢に関係なく仕事に真面目なのは良いことだと思うよ?ついでに言うなら、緊張をほぐせる話術があるとなお良いね」
ルイーゼの異性の好みは、真面目で渋さを感じさせる男性らしい。
彼女の側近が彼女をからかう機会が多いからそういった人物を好むようになったのだろうか?
「もう一度言っておくけど、恋愛感情じゃないからね?カッコイイって話よ?本当よ?」
「それは分かったけど、あまり必死になって否定すると、孵って疑われるよ?」
ルイーゼから恋慕の感情は感じられないので、実際に理想の男性像と言うだけの話なのだろう。
しかし、誰もが私のように感情を読み取れるわけではない。むしろ、他者の感情を読み取れる者などごくわずかではないだろうか?
つまり、今のルイーゼの反応は見る者が見れば、そう捉えられてしまってもおかしくないのである。
特に、ルイーゼのことを良くからかっているらしい彼女の側近などは、率先してこの話に乗って来ると思うのだ。
「うん、この話はここまでにしておきましょう。そろそろ司令室に着くわよ」
「…外観からは想像もできないほど広いんだね…」
通路を歩いていた時もそうだったのだが、潜水艦の内部に驚かされた。明らかに船体よりも内部が広く感じるのだ。
原因を探ってみれば、驚いたことに空間を魔術で拡張しているようなのだ。おそらく、船体の5割近い広さがあるのではないだろうか?
空間を制御する魔術には大量の魔力を消費する。それの問題を解決できるだけの技術が、魔王国にはあるのだろうな。流石は技術の粋を集めたというだけのことはある。
「気付いた?この空間拡張機能を実現させるのに、私も結構協力してたりするのよ?主に動力源関係でね!」
「魔宝石でも作ってあげたの?」
膨大な消費魔力を補える手段となれば、思いつくのは魔法石だ。そして潜水艦内を『
得意気にしているルイーゼの様子を見るに、私の考えで間違いはないのだろう。
そして魔法石をルイーゼが作った事実を、彼女は隠す気が無いらしい。
「私だって魔王ですもの。これぐらいのことはできるのよ?」
「ちなみに、ルイーゼが魔法石を作った事実は、魔王国民全員が知ってたりする?」
「まぁね!ウチの新聞記者が取材している中での生成だったから、みんな知ってることよ!まぁ、流石に人間達には知られてないし、教える気もないけど」
魔法石を自作できると人間達が知ったら、是が非でも欲しいと思うだろうからな。秘密にしておいた方がいいのかもしれない。
さて、話を潜水艦の司令室に戻すとしよう。
司令室内部は球状になっているのだが、意外なことに壁には何の装置も取り付けられていない。壁から2mほど離れた場所に複数の机が設置されていて、その机に計器や伝達用の装置が取り付けられているようだ。
その理由はすぐに判明した。
艦長が声を張り上げて乗員達に指示を出す。
「魔導エンジン始動っ!バラエナ、起動っ!」
「アイサーッ!魔導エンジン始動っ!バラエナ、起動します!」
動力である魔導エンジンとやらが起動し、潜水艦全体に魔宝石から魔力が送り届けられる。
すると、司令室の壁が、無機質な真っ白い壁から水中の景色に変わってしまったのである。
球状の壁全体が、だ。しかも、船体が完全に水中に沈んでいないからか、水中だけでなく水上の景色までも映されている。この光景を見られただけでも、この潜水艦に乗せてもらった価値があるというものだ。
「まさか、この景色は実際の?」
「そうよ!この壁全体が外部の景色を映し出しているの!勿論、目視だけで航行するわけじゃないわよ!このバラエナには、レーダー設備も完備してるんだから!」
この潜水艦(バラエナと言う名前らしい)には、『広域探知』のような機能を持った装置が搭載されているらしい。
まだ出港していないというのに、壁に移る外の景色が非常に美しい。
照明の光が入ってきているからか、水中の色合いが下方へ向かうにつれて色濃くなり、絶妙なグラデーションを織りなしているのだ。出港したらどのような光景が目の前に広がるか、心が躍る。
乗員達の声が司令室の装置を通して伝わって来た。
「魔導エンジン、異常無し!排水推進装置、異常無し!」
「各機関、チェック完了!」
「出港準備、完了しました!」
これでバラエナは何時でも出港できる状態となったようだ。
しかし、今の状態で出港したとしても、外に出ることは不可能だ。目の前は壁になっているからな。
バラエナ内で『広域探知』を使用した際に分かったのだが、あの壁、どうやら大規模な仕掛けが施されているらしい。
「ふふん、ここから見る開門の瞬間は絶景よ?しっかりと目に焼き付けておきなさい!」
開門。つまり、目の前の壁は巨大な門なのだ。目の前の門を開くことでこの港に停泊している船や潜水艦は外部へと出られるのだろう。
「壁門、開けぇーっ!」
艦長が指示を出すと、目の前の壁の中央から徐々に光が差し込んでくる。
あの水門は、左右にスライドして開くようだ。形状からして、外から見れば崖の岩が真っ二つに割れるような光景になっているのだろう。
内側から見ると光が徐々に差し込む様子が非常に美しく感じられるわけなのだが、私としては外からの様子も是非見てみたいところだ。
「安心しなさい。そう言うと思って、出港し始めたらこの門は一度閉じるから。帰って来る時には外から門が開くところを見られるわよ」
素晴らしい。それと同時に、ルイーゼが私の好みを理解してくれていることに喜びを感じる。
感謝の気持ちを表すためにも、ルイーゼを抱きしめておこう。勿論、力は加減してだ。
ちなみに、地下の港に到着した際にウルミラもラビックも自分の足で艦内を歩いている。
私としてはもう少しウルミラを抱きかかえていたかったのだが、大勢の魔族から挨拶をされている最中にも抱きかかえたままと言うのは、流石に相手に失礼だと思えたのだ。
「バラエナ、発進!」
「アイサーッ!バラエナ、発進します!」
艦長の掛け声を復唱するように乗員がバラエナの発進を宣言すると、少しの振動の後に壁に映る光景が変化していった。彼等の宣言通り、バラエナが前進を始めたのだろう。
上下の動きはない。ただ、真っ直ぐにバラエナが海中を進んでいく。
海中だろうと海流の動きあるだろうに、まるでそれを無視しているかのような動きだ。大した技術力だと思う。
「凄いね。潜水艦自体が凄い代物だけど、他にも様々な技術がヴィシュテングリンに匹敵するかそれ以上の技術力があるんじゃない?」
「まぁね!尤も、あの国はあの国でウチより凄いことやってたりするんだけどね。ウチも負けてないってことよ!」
バラエナが壁門を通過し、後ろを振り返れば壁に徐々に壁門が閉じていく様子が映されている。
凄いな。ハッキリ言ってカッコイイ!自然の一部であると思われた巨大な崖の岩が機械的な動きをしたのだ!
「リガロウ、見た!?今の岩の動き!」
「キャウ!グキャウ!あの場所に穴があったなんて信じられないぐらいピッタリ閉じました!」
そう、そうなのだ!壁門が閉じた崖は、一見すればその場所がスライドして開くなどとは到底思えないほど綺麗に繋がっているのだ!
これは、壁門が開くところを外から見たらまた違った感動を得られるかもしれないな!
「ホラホラ、門の開閉はまた後で見られるから、そろそろ正面を向いときなさい?潜水を開始するわよ?」
ルイーゼにそう指摘され、私はリガロウと共に正面を向く。
潜水艦から見る海中の景色がこの目にどう映るか、楽しみである。
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