第510話 魔族のお金

 私の気が済むまでルイーゼを抱きしめたら、今の私の所持金をいくらか魔王国の貨幣に換金しておこう。

 換金を行うための施設は都市と呼べる規模の街ならば必ず設けてあるとのことだ。ついでに、ある程度ならば人間達の貨幣とも換金ができるらしい。


 「まぁ、ウチの国から人間達の貨幣に換金する機会はめったにないけどね。あるとしたら、そうねぇ…。人間達の国へ諜報活動を行うための活動資金を用意するためとか、滅多にないけど旅行に行くとか、大体そんなところよ」


 妙に人間達の情報に詳しいと思っていたが、魔王国から諜報員を送っていたのが理由だったのか。

 確かに、人間達の国で『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用した際に魔族の反応を認識したこともあったが、そういうことか。


 上手く人間達の生活に溶け込んでいるものだ。魔王国の諜報員は優秀な者達が多いのだろう。


 「当然ね。彼等は厳しい訓練を経てあの役職についてるんですもの。違和感を持たれるようなヘマはしないわ」

 「それじゃあ、魔王国に連れて行ってほしいって頼んでくる人間が接触するのは、諜報員に対してではないの?」


 以前魔王国に人間がいると言っていた時にどうやってこの国に来たのかを聞いた際、ルイーゼは手段の一つとして人間達の生活圏で活動している魔族に頼み込み魔王国に連れて来てもらっていると言っていた。

 私はその人間達の生活圏で活動している魔族が魔王国の諜報員だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


 「基本的に諜報員は人間に変装してるからね。一発で見抜いちゃうアンタがおかしいのよ。基本的に人間じゃ見抜けないようになってるわ」

 「そういえば、もう一つ気になってたのだけど、魔王国から人間達の生活圏内に移動する時はどうしているの?」


 これはかなり気になっていて、ルイーゼに会ったら是非教えて欲しかった。

 自力で魔王国に到達した者は海に面した崖をよじ登って魔王国に入国したそうだが、まさか魔族まで崖を上り下りしているわけではない筈だ。


 "楽園"飛び越えて行くわけではないということは、このニアクリフの近くから海に出て人間達の生活圏へと向かうことになる。

 確かに魔族の中には自力で空を飛べる者もいるようだが、そういった者達だけが人間の生活圏に移動するわけではないだろうし、何らかの秘密があるとみて間違いないだろう。


 「ふっふーん!それじゃ、換金を終わらせたら今度はその秘密を明かしてあげましょう!ビックリすること間違いなしなんだから、心しておきなさい!」


 両手を腰に当てて胸を逸らし、得意気に語るルイーゼが可愛らしい。余程私を驚かせる自信があるのだろう。期待して紹介してくれるのを待つとしよう。


 では、換金所に移動して魔王国の貨幣を手に入れよう。



 換金所を出て、近くの喫茶店で小休憩を取りながら換金したての貨幣をよく見てみよう。


 硬貨は赤みがかった金貨と青みがかった銀貨。そして緑色に輝く銅貨の3種類だ。価値としては人間達の間で普及している硬貨と変わらない。銅貨100枚で銀貨1枚 銀貨100枚で金貨1枚の換算だ。


 「硬貨は人間達の国でも使えるけど、紙幣は使えないから、その点にだけは注意してね?」

 「やっぱりそうなんだ」


 そう、魔王国では紙幣が存在している。軽貨に該当する硬貨が無いのだ。その代わりに紙幣が存在している。

 そしてそれとは別に、金貨以上煌貨未満の価値がある紙幣も存在している。


 どちらも同じ紙を使用しているのだが、価値の低い方の紙は価値の高い紙幣の半分ほどの大きさしかなく、書かれている絵もシンプルだ。薄桃色で簡易的な換金所の絵が描かれている。


 1枚で1テムと呼ぶらしい。100テムで銅貨1枚分。それより低い単位の貨幣は無いとのことだ。

 対して価値の高い方の紙幣は縦7.5㎝、横15㎝とそれなりの大きさがあり、厚みも0.1㎜しかない。

 また、非常に細かい装飾が施されている。銀色の紙幣で端正な顔をした男性魔族の横顔が描かれている。初代新世魔王であるテンマの横顔らしい。

 しかも小さな数字が紙に彫り込まれていて同じ数字の紙幣は無く、複製防止となっているようだ。こちらは1枚金貨100枚分。即ち1億テム紙幣だ。


 紙の質感は良く、強度も紙としてはかなり頑丈と言って良い。良質な紙だ。

 正直、貨幣以上の価値があるのではないかと思うのだが、低コストで大量に生産できるらしく、この紙の価値はかなり低いらしい。


 「ああ、先に言っておくけどその紙、アンタが普段使ってる紙と同じような使い道は無いわよ?」

 「つまり?」

 「その紙に文字を描いたり絵を描いたりができないのよ。塗料が付着しないの。それに、燃えないわ」


 やるつもりはないが、メモ代わりにはできないのか。

 つまらなそうにルイーゼが燃えないと語っているが、燃えないのならば紙幣が紛失することもないし、喜ばしいことではないのだろうか?


 「非常時に寒さをしのぐための火種にしたりできないでしょ?そのくせ、水に濡れたりすると破損しやすいのよ」


 何とも使い辛そうな紙だ。しかし、火種にするのなら何も紙幣でなくてもいいのでは?最悪魔術なりなんなり使用できるだろうに。


 とにかく、この紙幣には紙幣としての使い道しかないらしい。大量生産できるようにした弊害なのだとか。


 それなら、アレを試してみよう。

 1テム紙幣を折り曲げ続け、形を作っていく。

 最初は細かく紙幣を折り曲げていたことに疑問を持っていたルイーゼだが、次第に形ができ上がっていく様子に、目を輝かせていく。


 …良し、バラの花の完成だ。

 折り紙と言うヤツである。図書館の書物に載っていた知識なのだが、紙を使用するのが少し勿体なく感じていたので、試す機会が無かったのだ。

 1テム紙幣に大した価値が無いそうなので試させてもらったのだが、上手くいったようだ。


 「器用ねぇ…。1テム紙幣がこんな素敵なものに変わったりするのね…」

 「なんでも使いよう、と言うことだね。あげるよ」


 そう言ってバラの折り紙の底面に接着効果を持たせた魔力を付与し、ルイーゼの側頭部に乗せる。簡易的な髪飾りの出来上がりだな。


 鏡を『我地也ガジヤ』で生み出して見せてあげよう。


 「へっ!?ちょっ…!もぅ…っ!…ありがと」


 驚かれはしたが、素直に受け取ってくれるようだ。少なくとも、折り紙に付与した魔力は今日中に尽きることはない。

 勿論着脱も容易に可能だ。そうしなければ風呂に入る時に折り紙が破損するだろうからな。


 ルイーゼの銀髪に、薄桃色が良く映える。良し、後で折り紙だけでなく、この街の髪飾りでも購入してルイーゼにプレゼントしよう。


 今回換金所で換金したのは人間達の金貨1000枚分。即ち10億テム分だ。1億テム紙幣以外は99枚になるように換金してもらった。


 ちなみに、ウチの子達は紙幣にはほとんど興味を持っていない。

 リガロウやウルミラ、ラビックは喫茶店で注文した軽食に夢中になっているし、レイブランとヤタールも紙幣は目もくれずに硬貨を眺めている。なお、この2羽も食べるものは食べている。

 

 〈人間達のお金もキレイだけど、コッチのお金も綺麗ね!〉〈ピカピカしているのよ!私達の顔がよく見えるのよ!〉


 レイブランとヤタールが気に入っているのだから、きっとフレミーも気に入ることだろう。あの子へのお土産として1枚ずつ確保しておこう。勿論、レイブランとヤタールにも1枚ずつプレゼントだ。


 喜んでいるレイブランとヤタールの様子を、ルイーゼが優しい表情で眺めている。


 〈やったわ!綺麗なのが増えたわ!〉〈寝床に飾るのよ!キラキラが増えるのよ!〉

 「フフ…。大きくてもカラスなのねぇ…。可愛い」


 そうだろうそうだろう。この子達は可愛いだろう。この子達を喜ばせたいのなら、綺麗な光物か美味い食べ物をプレゼントしてあげると良い。とても喜んでくれるぞ?


 「それじゃあ、他の子達はどうしたら喜んでくれるの?」

 「ラビックとリガロウは修業を付けてあげると良いんじゃないかな?ウルミラは玩具を与えてあげると良い。一緒に遊んであげればなおのこと喜んでくれるよ」

 「参考にさせてもらうわ」


 私たちの会話を聞いて、ラビックがなにやら期待に満ちた表情をしている。


 〈世界に名を馳せる魔王陛下直々に修業を付けていただけるのです。嬉しくない筈がありません。その際は、どうかよろしくお願いいたします〉

 「アハハ…。勤勉な子なのね…。リガロウはどうする?アナタも一緒に修業する?」

 「よ、よろしくお願いします!」


 良いなぁ…。私は未だにリガロウと戦ったことが無いのだ。相変わらず、この子は私と戦いたがらないからな。

 いつかはこの子の実力を直に知りたいところだが、この分だとその日はまだまだ先になりそうだ。


 そしてウルミラは勿論、私達の会話の中にある玩具と言う言葉に反応した。


 〈玩具!どんなのがあるの!?ボクでも遊べる!?楽しい!?〉

 「フフ!楽しいわよぉ~?この街でも売ってるし、買ったら一緒に遊びましょうねぇ~」

 〈やった!やった!ご主人も一緒に遊ぼ!〉


 勿論だとも。いやぁそれにしても、皆が可愛すぎて参ってしまうな。

まとめて撫でてあげたいのだが、こんなところで幻を出すわけにもいかないし、今は一番近くにいるリガロウを撫でるだけに留めておこう。だが、移動中はこの子達を撫でる。絶対撫でる。


 ルイーゼは相変わらずラビックを抱きかかえたそうにしているので、私はウルミラを抱きかかえながらレイブランとヤタールに両肩に止まってもらうよう頼んでおこう。

 ウルミラの体長は私の身長と同じぐらいだが、尻尾も併用すれば抱きかかえることも不可能ではない。

 それに、この子を抱きかかえると全身がこの子の体毛に覆われてとても気持ちが良いのだ。


 「絵面としては、デッカイぬいぐるみを抱えてるような光景ね…」

 「ふふん、ぬいぐるみと一緒にしてもらっては困るね。この子達は暖かいし、毛並みはぬいぐるみ以上にフワフワでフカフカでサラサラなんだ」

 「まぁ、それは宿で存分に理解させられたから分かるわ…」


 今もルイーゼはラビックの毛並みを堪能している最中だからな。

 しかし、こうしてルイーゼがラビック達を抱きしめて可愛がっているということは、彼女はまだぬいぐるみを愛用しているのではないだろうか?


 私にぬいぐるみを譲ってくれた時は抱きしめて寝る年齢ではないと語っていたが、もしかしたら彼女の寝室にはぬいぐるみが複数置いてあってもおかしくないのでは?

 『広域探知』を使用すればすぐにでも調べられることだが、許可なく調べたら失礼だし、いずれは彼女の寝室にもお邪魔する予定なので今は黙っておくか。


 「………」


 ルイーゼが私から目をそらしている。そしてラビックの背中に顔を埋めている。多分アレは、再び私の視線から思考を読み取ったのだろう。


 黙っていようと思ったが、そこまであからさまな反応をされたら聞かないわけにはいかなくなるじゃないか。


 「たくさん置いてあったりするの?」

 「…別に?」


 あ、動揺が増えた。コレは、あるな。沢山置いてあるな。多分だが、気分次第で一緒に寝るぬいぐるみを変えているな。


 「悪い!?フカフカしてて気持ちいんだもん!いいじゃない、80過ぎてもぬいぐるみ抱きながら寝たって!」

 「悪いとは言ってないじゃないか。私なんて家にいる時は毎日皆に囲まれて寝てるよ?」

 「モフモフちゃん達とぬいぐるみは別じゃない…」


 拗ねてしまった。

 しかし、ルイーゼは視線から思考を読み取るのが上手いな。私よりも優れていると言って良い。私の場合、あくまで感情ぐらいしか読み取れないし、読み取ろうとしていないからな。

 羨ましいとは思わないが、称賛に値すべき能力だ。


 まぁ、それはそれとして、拗ねてしまったのなら謝って慰めよう。


 「ゴメンって。ホラ、今日からしばらくは皆と一緒に寝られるんだから、機嫌直そ?それに、そろそろ到着なんだろう?」

 「…そうね。…アッと驚かせてあげるわ!覚悟しなさい!」


 機嫌を直してルイーゼが示したのは、換金所よりも更に小さな施設だった。

 だが、一見小さな施設ではあるが、それは外見だけである。この施設は地下深くまで続いている。


 この施設の地下に何があるのか。


 確かめさせてもらうとしよう。

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