第509話 崖の近い街・ニアクリフ
宿泊する部屋も確認したので、宿を出てこの街ニアクリフをルイーゼに案内してもらうとしよう。
が、その前にだ。宿のあの仕組みを解析させてもらえないだろうか?
「勿論構わないわ!好きなだけ見てちょうだい!」
あっさりと許可が下りてしまった。許可を出したルイーゼは非常に得意げな表情をしている。技術の漏洩などは、気にならないのだろうか?
「問題無いわね!ノアだったらこういうことに興味を持つだろうって予め話はしてたし、知りたいのなら教えてあげましょうって会議でも決めてたわ!それに、原理を知っててもこの技術を再現できる人間はそうはいないでしょうからね」
大した自信である。余程自分達の技術力に自信があるのだろうか?
とりあえず、動きはないが機能はしっかりと果している、この不思議な扉を隈なく調べさせてもらうとしよう。
…凄いな。この扉、触れた者の情報と思考を読み取っているのか。
魔族達にもギルド証のような身分証があり、それには犯罪歴なども記録されているらしい。そうして施設内に入れて良い人物かどうか判断できるようだ。
なお、人間達のギルド証も問題無く読み取れるらしい。
そして更に驚くべきことに、この扉には潜った者の肉体をある程度施設の大きさに合わせて変化させられるようなのだ。
魔族の体の大きさは種族で大きく異なるため、こういった機能によって特定の種族専用の設備を用意する手間を省いているようだ。
この扉の機能を実現させるには、非常に複雑な魔術の知識と技術が必要になる。
だが、得意気にしているのは私が驚いている様子を眺めているルイーゼだけであり、他の者は特に気にした様子が無い。
つまり、この扉は魔族達にとって当たり前の技術と言うことだ。
「すんごいでしょー?第五世代自動ドアってやつよ!」
「第五ってことは、当然その前の世代の自動ドアもあるってことだよね?どういうドアだったの?」
「いちいち口で説明すると時間が掛かるし、その辺りは図書館に行けば好きなだけ調べられるわ。他にも魔族特有の技術は沢山あるし、そういった過去の技術を保管している場所もあるから、今は街の観光に行かない?」
ルイーゼの言うことも尤もだ。
我儘を言ってルイーゼに魔王国の案内を頼んだのだ。この日のために色々と準備をしていたようだし、そろそろ観光を始めるとしよう。
ルイーゼはラビックの抱き心地を特に気に入ったらしい。ウルミラの背に乗せていたラビックをいつの間にか抱きかかえている。
分かる。その気持ちはとても良く分かる。
ラビックは基本的に大人しい子だから、訓練や読書などをしていない時は自然と抱きかかえたくなってしまうのだ。
しかも、私があの子に出会った時は前足にも後足にも体毛が固まった鎧足とでも呼ぶべき部位があったのだが、私がニスマ王国から帰ってきた辺りから体毛を自在に操れるようになったらしい。
鎧足を解除して何の変哲もないウサギ足にもできるし、鎧足を伸ばして剣のような武器にもできるばかりか全身に鎧をまとわせる事までできるようになっていた。
そして、今は戦う必要もないためか鎧足は解除してある。全身がモコモコでモフモフである。
「はぁ…。やっばいわぁ…。この子、可愛すぎてヤバいわぁ…。ねぇノア、今日この子抱いたまま寝ていい?」
「ラビックが良いというなら構わないよ」
〈私は構いませんが、姫様はよろしいのですか?〉
〈ご主人とはボクが一緒にいるもん!〉
〈私達も一緒よ!〉〈家じゃない場所でノア様と一緒に寝るのは初めてなのよ!〉
「お、俺も一緒に寝ます!」
こうなるとラビックだけ仲間外れになってしまうのだが…。しかしルイーゼもモフモフを堪能しながら寝たいだろうし…。
良し、ここはローテーションだな。
日替わりでルイーゼと一緒に寝る子を変えるとしよう。尤も、リガロウは常に私と一緒に寝るが。
いくらルイーゼと言えど、こればかりは譲るつもりは無い。まぁ、私とも一緒に寝るのならリガロウと一緒に寝るのも文句はないが…。
「…流石にそんなに大きなベッドは魔王城にでも行かないとないわよ…?」
魔王城に行ったらあるのか…。なら、魔王城に泊る時は是非ともそういった巨大なベッドで皆で寝るとしよう。
就寝についての会話をしていると、ルイーゼがとある店の前で足を止めた。この場所が案内してもらえる最初の場所、と言うことらしい。
「ようやく約束が果たせるわね。ここだけってわけじゃないけど、この店は魔王国全体で扱っている化粧品の店よ。つまり、アンタが欲しがってた私の洗髪料も扱ってる店ってことね」
おお!早速洗料を扱ってる店を紹介してくれるのか!それなら、今日からルイーゼと洗料の交換ができそうだな!
「ルイーゼが普段扱ってる洗料も置いてある?」
「フフン、当たり前でしょ?アンタを最初に連れてくる店はここって決めてたから、しっかりと確保してあるわ!それ以外にも、この街限定の香りの洗料もあったりするわよ!」
つまり、他の街に行けばその街限定の香りの洗料が置いてあると言うことか。
なかなか憎い商売をしてくれる。これは、魔王国中の洗料の店を訪れないわけにはいかないな。
魔王国の領土は広い。なにせ"楽園"を超えた先のすべての領土が魔王国の領土なのだ。
その領土の全てに魔族が生活しているわけではないが、それでも魔王国の街は人間の国よりも多いと言って良いだろうな。
当然、街に住む者達の食事を支える農産業を行う村や町も、必然的に多くなる。
「ルイーゼ、限定商品が販売されているのは、街だけだったりする?」
「まさか」
ルイーゼが得意げな顔になって私の問いを否定する。
そんなことだろうとは思ったが、街だけでなく規模の小さい集落である村や町にすら何らかの限定商品が販売されているらしい。
「大体、僻地に限定商品があるのは魔王国だけではないわよ?アンタがちょっと前に訪れたティゼム王国にだって、そういった商品はあるでしょ?」
ごもっとも。私が我儘を言って購入させてもらったあのハチミツの焼菓子だって、あの村限定の商品と言えるだろう。
あの村に限らず、人間達の国にはああいった限定商品が数多くあるのだろう。
やはり、一度訪れただけではその国の人間のことを全て知るなど不可能だ。
一度訪れた国でも、時間を掛けて何度も訪れよう。そうしてその国の全てを観て行くのだ。
今後の私の旅行に新たな目標を立てていると、目の前にルイーゼの手のひらが差し出された。彼女の手には透明な深紅のガラス容器が乗せられている。
「コレが前にアンタが良い香りだって言ってた洗髪料よ。ちなみに、一番小さいサイズよ」
手に取ってみれば、確かにあの時のルイーゼの髪から漂っていた香りと同じ匂いがする。容器の蓋を開けるのは…。流石に購入してからの方が良いだろうな。
それに、コレを使用するのは髪を洗う時だ。今蓋を開ける必要はないだろう。
そう言えば、ルイーゼはコレが一番小さいサイズと言っていたな。
と言うことは、もっと容量がある洗料もあると言うことか。
嗅覚を少し強く意識してみれば、香りの発生源はすぐに分かった。
香りの発生源の元へ向かえば、大中小と三種類のサイズの容器が並べられている。他の香りの洗料も同じだな。
大きいサイズで1ℓ。中サイズは400㎖で小さいサイズは150㎖だ。この辺りは、種族によって使い分けて欲しい、と言ったところか。体が大きければ髪も大量にあるだろうからな。その逆も然りだ。
多分だが、洗料に限らず種族に合わせたサイズの商品が多々あるのだろう。それらを確認してみるのも面白そうだ。
大きいサイズを買っておいた方が得をした気分になるが、容器の大きさを考えると中サイズの方が良さそうだ。それに、足りないと感じるなら複数買えばいいのだ。
しかし、ルイーゼは何故一番小さいサイズを持ってきたのだろうか?
「え?だって、小さい容器の方が可愛いでしょ?」
そういう見方もあるのか。
確かに、宝石のような形状をしている洗料の容器は複数並べれば見栄えも良くなりそうだ。
ならば、実際に使う用と装飾用で別々に買ってもいいかもしれないな。
そう言えば、魔王国では人間の金貨は使用できるのだろうか?
「そっちは問題無いわ。勿論、ウチの貨幣への換金も可能よ?どうする?」
うん、換金しよう。今までの旅行先ではどの国の貨幣でも当たり前のように使用できていたが、今後訪れる国がそうとは限らないからな。換金する癖をつけておくのは悪くない。
それに、もしかしたら魔王国で貨幣を手に入れるような機会が無いかもしれないからな。
具体的に言えば、冒険者の存在だ。
魔王国にギルドというシステムはあるのだろうか?
「察しが良いわね。無いわよ。まぁ、似たようなシステムはあるけどね。人間達と提携していないと思ってくれればそれで良いわ」
なるほど。しかし人間達のギルド証も魔王国で身分証として問題無く利用できはするようだ。
以前、魔王国にも少数ではあるが人間はいるとルイーゼが言っていたし、彼等のためだろうか?
「結果的にそうなってるだけね。ギルド証も魔族の身分証も似たような技術を使われてるのが原因ね」
「ルーツが同じだったりする?」
「そうね。どっちの身分証も初代様と勇者アドモの構想が元だったらしいし、文献では人間達はアドモが、魔族には初代様が広めた知識が元になった技術みたいよ?」
ふむ。勇者アドモが異世界人ならば、不可能ではないか。
詳しい話は図書館や魔王城の書庫で調べられるだろうし、今は洗料の支払いを済ませてしまおう。
「け、結構な量買うわね…」
「容器が良いからね。実際に使う用と飾る用」
会計に行く際に両腕で抱えるほどに大量に洗料の容器を手にしていたため、ルイーゼが引き気味に訪ねている。
私が正体を世界中に公表した後ならともかく、それまでは頻繁に魔王国に訪れることなどできないだろうからな。迷惑にならない程度に大量に買うのだ。
店員は私が持って来た商品の量に驚いてはいるが、両手を頬に当て恍惚とした表情でそれ以上に嬉しそうにしている。
私が店の商品を大量に購入したことが、自分達の商品を認められたと認識出来て嬉しいようだ。
会計を済ませて店の外に出れば、店の外まで見送られ、私達の姿が視界から消えるまでずっと頭を下げた姿勢を保っていた。
「あそこまで喜ばれるとは思わなかったよ」
「流石に私もあそこまで丁寧な対応をされたことはなかったわね…」
意外だな。ルイーゼは国民達からとても慕われているようだが…。いや、あそこまで、と言うことは丁寧な対応自体はされたことがあるのか。
「そもそも、私はあまり買い物しないしね。店で買い物するのは、視察で訪れた時ぐらいね。それ以外は魔王城にいるし、必要な物があれば配下に手配させるし」
それもそうか。第五皇子のジョージですら欲しいものは家臣に買わせていたのだ。国主であるルイーゼが自分で買い物をしないのは当然だな。
ルイーゼの言い分に納得していると、彼女がこちらを振り向き、花が咲いたような満面の笑みを見せてきた。
「ま、それはそれとして、みんなアンタのことが大好きってことよ!勿論、私もね!」
まったくルイーゼは…。
そんなことを言われて、そんな表情を見せられて、この私がじっとしていられるとでも?
堪えられるわけないだろう。抱き着くぞ?もう抱き着いているが。
「ところ構わずねぇ…。街の人達が私達のこと見てるんですけど?」
「構わないだろう?仲が良いところを見せつければいいじゃないか」
ルイーゼがラビック達のモフモフを堪能したがっていたから多少遠慮してはいたが、私だって彼女を抱きしめたいのだ。
一度抱きしめたら、もう抑えることなどできはしない。
しばらくこのままでいさせてもらおう。
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