第508話 モフモフ解禁
私達が宿泊する部屋に入った途端、ルイーゼが豹変した。
すぐさま扉を閉めて鍵を掛け、ウルミラを抱きかかえながらベッドへと飛び込んだのだ。
あまりの早業に、ウルミラも対応できずに驚いている。
「キャーーーッ!モフモフよーっ!フカフカよーっ!サラサラよーっ!うひひひひ!たぁまんないわぁー!」
ウルミラの体毛に顔を埋めて左右に顔を振っている。全身でモフモフを堪能しているのだ。
私もやったことがあるから分かるが、アレ、気持ち良いんだよなぁ…。
「アオッ!アオッ!」〈キャフゥ~ンッ!くすぐったいけど気持ち良い~っ!〉
「そーなのぉー?アナタも気持ち良いのぉ~?ヨォ~シヨシヨシ!いぃ~っぱい撫でてあげるからねぇ~!」
しばらくあの状態は続きそうだな。ウルミラだけでああもはしゃいでいるし、他の子達と触れ合った時の反応が楽しみだ。
〈よろしいのでしょうか…?こう、威厳とかそういったものは…〉
「防音結界を施したし、振動なんかも他の部屋や下の階に伝わらないようになっているから、問題は無いよ。だからこそ、こうしてはしゃいでいるのだろうからね」
〈撫でられてるところを見るとウズウズするわ!〉〈私達も撫でて欲しいのよ!〉
では、レイブランとヤタールは私が撫でよう。ラビックを抱きかかえているため両腕は塞がっているが、『
〈あの…私も…ですか?〉
「勿論。君だけ撫でられないのも不公平だろう?」
当然、このままではリガロウがおざなりになってしまうので『
「ふはぁっ!?しまったぁっ!?」
レイブランとヤタール、そしてラビックとリガロウを撫でまわしていると、横になりながらウルミラを抱いて撫でまわしていたルイーゼが突如跳ね起きた。何が起きたのだろうか?
「どうかしたの?」
「いや…興奮しすぎちゃって幻が切れちゃったわ…」
そういうことか。
ルイーゼは私が魔王国に来る前に『幻実影』をものにしていたらしい。しかも彼女の左手の親指には、私が貸し出した指輪が装着されていない。
自力で『幻実影』を使いこなせるようになっていたのだ。
しかしウルミラをモフモフしていた際に集中力が切れてしまったらしい。
いや、モフモフすることに集中しすぎたと言った方が良いのだろうか?
ルイーゼが魔王城に出現させていた幻が消失してしまったようだ。
「ここから再出現させられそう?」
「ええ、大丈夫よ。ちょっと驚かせることになっちゃったけど、すぐに元に戻せるわ」
そう言ってウルミラを抱きしめ、目を閉じて幻を出現させることに集中しだしたのだが、どうも様子がおかしい。ルイーゼの魔力に変化がない。
見たところ、魔術を使用しているようにも、魔王城の位置を探っているようにも見えないのだが…。
「すぅ~~~~~っ!」
「ルイーゼ?」
「はっ!?わ、分かってるわ!ちゃんとやるから!」
ウルミラを抱きしめたことで、再び意識がモフモフに向かってしまったらしい。私に声を掛けられたことで慌てて集中し直し始めた。
この様子だと、まだ貸した指輪を付けていた方が良い気がするのだが…。
「付けないわよ。再会したら返すって決めてたから」
「ルイーゼって心が読めるの?」
「視線がそう物語ってたってだけの話よ。舐めないでよね?」
これは迂闊だった。私も視線や魔力から相手の感情を読み取れるのだ。ルイーゼにそれができないとは言い切れないのも当然だな。
ルイーゼがウルミラから離れ、私の元に歩み寄る。そして握った右手を差し出してきた。
何かを、いや私が貸した指輪を返すつもりなのだろう。断っても引きそうにないし、素直に受け取ろう。
彼女が差し出した右手の下に私の右手を広げれば、彼女は自分の右手を私の右手に乗せて手を開く。
彼女の手の中にはやはり私が貸した指輪が収められていた。
「確かに、返したわよ?」
「うん。確かに、受け取ったよ。それで、ウルミラはもういいの?」
「こうして一緒にこの国に来てくれたのなら、今後も堪能させてもらえるでしょうしね」
「良し、じゃあ次だ」
「へ?うひゃあっ!?」
指輪を受け取り、ウルミラとのスキンシップに満足したと答えたルイーゼの顔面に、今度はレイブランとヤタールが飛び掛かる。
飛び掛かると言っても、嘴で突いたり爪で引っ掻いたりするわけではない。彼女達の柔らかな羽毛を推し当てているだけである。
「ちょっ…ちょっと待って!せっかく幻を再構築したのに、今この子達にこんな風にされたら…!」
「その子達もルイーゼに撫でてもらいたかったみたいだから、可愛がってあげて?その子達が終わったら今度はこの子だよ?」
「う…嬉しいけど…!嬉しいけどさぁ…っ!!きゃーっ!!ふわっふわーっ!!」
なんだかんだで喜んでもらえているようだ。しかし、この調子だとまたすぐに幻が消えてしまうのは火を見るよりも明らかだ。手助けしておこう。
他者の幻の維持方法は、ドライドン帝国でヴァスターが私の幻を維持してくれた過去があるからな。その時の状況と方法を確認すれば問題無い。
…うん。魔王城の執務室。それから見知らぬ部屋。その2カ所でルイーゼのお幻を確認できた。執務室の幻の近くに派手な格好をした魔族の男性がルイーゼをからかいながら励ましている。
おそらく彼が私達の関係を正確に知る者の1人。魔王の側近であり宰相のユンクトゥティトゥスとやらだろう。
思った通り、なかなか愉快な性格をしているようだ。実際に会えるその日が楽しみだな。
さて、観察はこのぐらいにして、ルイーゼの幻を維持しておこう。
この程度ならば魔力を用いずとも、意思を向けるだけでも大丈夫そうだ。
「へっ!?何っ!?どういうことっ!?」
幻に干渉したことで、すぐさまルイーゼが反応しだした。
自分で操っている幻に自分の意思が介入しない変化が起きたのだから、当然の反応と言えば当然の反応だ。
そしてすぐにその原因が分かったようだ。私の方に顔を向け、視線で確認を取って来た。
確か、肯定の意思を示すサインは、握り締めた拳を立てにして差し出し、親指を立てるのだったな。
にこやかな表情を作ってルイーゼに親指を立てておこう。フォローは任せてくれ。
おや?おかしいな。完璧にフォローをした筈なのだが、ルイーゼがやけにむきになっている気がする。表情が険しい。しかもコッチに詰め寄って来た。レイブランとヤタールのモフモフはもういいのだろうか?
「そうじゃないでしょ!?"グッ!"じゃないのよ!アンタがフォローしちゃったら指輪を返した意味がないでしょうが!」
「そうは言うけどさ、こうでもしないとルイーゼは幻を維持するのが難しいみたいだし…。実際、ちょっと危なかったのは分かってるでしょ?」
「分かってる…!分かってるけどさぁ…!」
非常に悔しそうに握りこぶしを作っている。魔王としての仕事もこなしながら私を案内したかったようだが、それならやはり指輪や何らかのフォローが必要なのではないだろうか?
「ウチに来たのがアンタとリガロウだけだったら問題無かった筈なのよ!!」
「それじゃあ、この子達連れてこない方が良かった?」
「んなわけないでしょ!?嬉しいに決まってるじゃない!」
喜んでくれているのは間違いないのだから、後ろめたい気持ちになる必要は無さそうだな。
それよりも、今はルイーゼを説得して、モフモフを堪能しながらでも問題なく幻を維持できるようになってもらおう。
「2,3ヶ月程度で指輪の補助なしに幻を生み出せたのなら、この旅行中にも成長はできるんじゃないかな?私が家に帰る頃にはこの子達の毛並みを堪能しながらでも幻が維持できるようになればいいじゃないか」
「うー…。なんか悔しい~…!」
「悔しがる必要なんてないとも。さ、今度はラビックの番だよ?沢山撫でてもらうと良い」
〈えっ!?私達もう終わりなの!?〉〈まだ撫でられ足りてないのよ!?〉
おっと。ルイーゼがコッチに来たからもう十分だと思っていたのだが、そうでも無かったようだ。これは悪いことをした。ラビックにはもう少し我慢してもらおう。
「あー…。その、ありがとね?レイブランとヤタールって言ったかしら?」
〈そうよ!私達がノア様の最初の配下よ!〉〈最初に名前を付けてもらったのよ!〉
「折角幻が問題無く維持できる状況なんだから、思う存分堪能すると良いよ。この子達の毛並みは毎日手入れしているから、触り心地が良いだろう?遠慮する必要なんてないよ」
「うん…。ナデナデするぅ~…」
これで良し、と。後は日数を掛けて少しずつ私のフォローを弱めて行けば、いずれは興奮状態になっても幻を維持し続けていられるだろう。
若干ルイーゼの様子がおかしくなっている気もするが、大した問題ないだろう。
どうやらずっとああしてモフモフを堪能したかったみたいだし、邪魔をしないでおこう。
「グキュゥ~…」
「リガロウは、もう少しだけ待ってようか?その間、私が君を撫でてあげよう」
「キュキュウゥー…」
相手にされていないと感じてしまい、拗ね掛けているリガロウのフォローも忘れないようにしておかないとな。
その後、ラビックを含めた皆のモフモフを存分に堪能し、実に晴れやかな表情をしたルイーゼがリガロウと挨拶を交わすこととなった。
「ゴメンね?アナタのことを蔑ろにしちゃって。私はルイーゼ。ノアとは色々あったけど、今では親友って呼べる間柄よ」
「り、リガロウです…。よろしくお願いします…」
ルイーゼは特に魔力を放出したり威圧感を放っているわけではないのだが、それでもリガロウは何処か彼女に対して委縮してしまっている。その理由もよく分かっていないようだ。
あの子は本能的に彼女から何かを感じ取っているようだが…。魔力以外の力を感じ取っているのだろうか?
あっ、そう言えば、ルイーゼは意識してか無意識なのかは知らないが、"氣"を使用できるんだった。
もしかしたらそれでリガロウが委縮しているのかもしれないな。ちょっと確認してみよう。
…なるほど。やはりリガロウはルイーゼの"氣"を本能的に読み取って委縮していたようだ。魔力と違い、ルイーゼは"氣"をあまり隠蔽していない。
いや、気に止めなければ感知はできないが、今のルイーゼの"氣"の状態は何時でも使用できる状態だ。
人間の冒険者で言うなら、抜き身にはしていないが大量の武器を装備したままの姿とでもいうべきだろうか?
分かる者から見ればかなり物々しい状態と言って良いかもしれない。
意図的にやっているとしても、一応指摘しておこう。
「ルイーゼ、リガロウは貴女の"氣"を感じ取ってるみたいだ。その状態だと流石に少し怖いみたいだよ?」
「………ちょっと待ちましょうか」
ルイーゼの"氣"について指摘すると、彼女は右手で額を押さえて顔を俯かせて唸り出した。
あの様子を見る限り、ルイーゼは"氣"を理解しているようだが、何か問題があるのだろうか?
再び私の視線から私の考えていることを読み取ったらしい。キレのいいツッコミが帰って来た。
「問題大ありよっ!アンタ何時の間に"氣"の扱いを習得したのよ!?アレは秘匿技術なんてもんじゃないのよっ!?」
「ああ、アグレイシアに対抗するための力を模索している時に、ね。ルイーゼがオーカムヅミの果実を切り裂いた時に使った技を思い出したんだ。あの時明らかに魔力とは別の力を使ってたみたいだからね」
「それにしたって、なんで私の"氣"を正確に認識できるまで使いこなせるようになってんのよ…」
私が短時間で"氣"を使いこなせるようになっていることに何処か納得がいっていないようだ。ルイーゼは、"氣"を使いこなせるようになるまでに結構な時間が掛かったのだろうか?
とりあえず、私が"氣"を扱える理由を説明しておこう。
ついでとばかりに他の力の扱いに関しても色々と試してみたことをルイーゼに伝えると、何やら羨むような、それでいて理不尽なものを見るような目で睨まれてしまった。
「ただでさえ反則的な力を持ってるのに、その上で五大神から直接教えを請えるなんて…。ズルいとか羨ましいとか、もうそういう段階じゃなくなって気がするわ…」
「まぁ、異世界からの侵略者への対抗手段の模索だからね。そうだ。どうせなら、ルイーゼも学ぶ?」
ルイーゼだけじゃなく、ヴィルガレッドにも教えてしまって良いかもしれないな。特に信仰エネルギーの扱いは、アグレイシアに対抗するうえで非常にかなり重要そうだ。
「…良いの?」
「魔王の役目は、この世界の危機に立ち向かうことなのだろう?なら、覚えてもらった方が良いよね?」
私がヤツの存在する次元に乗り込む際に、こちら側の世界に何らかの干渉をしてこないとは限らないのだ。その間、この世界の守護を頼める者がいてくれれば、これほど心強いことはない。
まぁ、その役目は五大神が引き受けてくれるかもしれないが、志を同じくする者が増えれば、彼等の負担だって減るのだ。
この旅行の間に、可能な限りルイーゼにも様々な力の扱いを学んでもらおう。
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