第507話 おいでませノア様!!

 相も変わらず私達は蜥蜴人リザードマン達総出で出迎えられたわけだが、今回は少しだけ事情が異なっていた。

 集落の長が前に出て、ラビックの前で深く頭を下げたのである。


 流石に理由は分かる。

 この集落の窮地を助ける意思を持ったのは紛れもなく私だが、実際に行動を起こしてカークス騎士団を排除したのは、ラビックなのだ。


 折角なので、抱きかかえているラビックを地面に下ろしておこう。


 「ラビック様。貴方様のおかげで、我等はこうして再び活力を取り戻すことができました。以前は我等が集落に戻る前にこの地を去ってしまわれたため言葉にできませんでしたが、改めまして、お礼申し上げます…。我等を救っていただき、誠にありがとうございました」

 〈感謝の言葉、確かに受け取りました。貴方達が生きる希望を失わず、こうして姫様の御役に立てていることを、心より嬉しく思います〉


 意外なことかもしれないが、後からこの集落に移住してきた蜥蜴人達もラビックには強く感謝している。仲間意識の強い種族なのだろうな。


 ところで、ラビックは何かを蜥蜴人達に伝えたがっているようだが、なにやら遠慮して言葉にできない様子だ。


 「ラビック、何か蜥蜴人達にして欲しいことがあるの?」

 〈いえ、その…今の彼等に求めるのは、少々卑しいことだと思いますので…。いずれ単身でこの集落に訪れた時にでも…〉

 「そんなっ!遠慮する必要などございません!何かをお求めであれば、ご遠慮なく申し付け下さいませ!」


 やはりラビックは蜥蜴人達に遠慮していたようだが、集落の長を含めた全員が遠慮は無用と言った様子だ。今の彼等は、ラビックから彼等の鱗を求められたら喜んで差し出す勢いがある。

 勿論、この子はそのようなことを求めたりはしないが。


 〈そ、それでは…。以前いただいた、棒状の食料をいただけたらと思います〉

 「ノア様をお待たせするわけにも参りませんし、すぐに用意させましょう」


 ラビックの要望を聞くと、集落の長が非常に嬉しそうに頷いている。この子が自分達の食料を気に入っていたのが嬉しいのだろう。


 ラビックが要望を出した食べ物を、私は知っている。リガロウが食べたことのある食べ物だからな。


 歯応えが良く、甘みと旨味があり美味いらしい。

 一度口にしてみたいところだが、私が欲しいと言い出したら集落に保管してある物を全てとは言わないだろうが大量に持ってきそうなので、後でラビックに分けてもらうとしよう。


 ラビックが要求した彼等の食料も受け取ったことだし、リガロウに跨り上空に転移しようかと思ったのだが、そのリガロウが委縮してしまっている。


 理由はウルミラだ。ラビックが集落の長と話をしている間に、リガロウの元へ移動して観察していたのである。

 更に彼女の様子を見たレイブランとヤタールまでもがウルミラの背に止まってリガロウに声を掛けている。


 〈君がリガロウ?ご主人に魔術で見せてもらった姿よりもカッコ良くて可愛いね!ボクはウルミラだよ!よろしくね!〉

 〈だから言ったじゃない!可愛い子だって!〉〈将来有望な子なのよ!今も頑張ってるのよ!〉

 「キュッ!?よ、よろしくお願いします…!」


 …訂正しよう。アレは萎縮と言うよりも照れているのだ。

 自分よりも遥かに強い力を持った年上の女性から手放しで褒められているようなものだからな。リガロウからしたら嬉しくも恥ずかしい状況なのかもしれない。


 たじろいでいるリガロウの様子を見かねて、ラビックが助け舟を出した。


 〈相手は子供なのですから、あまりからかわないように。リガロウ、私はラビックと申します。以後、よろしくお願いします〉

 「ど、どうも…!」

 〈固いなー、ラビックは。緊張しちゃってるじゃん〉

 〈優しくしてあげなきゃダメよ?〉〈怖がらせたらダメなのよ?〉


 勿論、ラビックにリガロウを怖がらせようとする意思は無い。ラビックは真面目だから、子供であるリガロウと話す時もいつも通りの態度になってしまうのだ。


 ここで話を続けていたらルイーゼを待たせることになってしまう。

 再びラビックを抱え上げ、尻尾でウルミラに触れてリガロウに跨ったら、転移を開始しよう。レイブランとヤタールは私がリガロウに跨れば、何も言わずに私の両肩に止まってくれた。


 上空に転移してからリガロウに噴射飛行を行ってもらったのだが、そこからはレイブランとヤタール、そしてウルミラは自力で移動を開始し始めた。


 レイブランとヤタールは効率こそ下回るものの、いつの間にやら魔術で噴射飛行を再現していたし、ウルミラは魔力板を利用して空中でも地上と同じように走ることができている。


 〈思ってた以上に速いわね!アナタ素敵よ!〉〈カッコイイのよ!今度一緒に空を飛ぶのよ!〉

 〈アハハ!こんなに高い空を走るの初めてー!楽しー!〉

 「グキュルァ…。あ、あっさり追いつかれてるぅ…」


 いかんな、このままではリガロウが自信を無くしてしまいそうだ。かと言って楽しそうに空を飛んだり走っている彼女達を止めたくもないし、リガロウには納得してもらうしかないのだろうな。


 「リガロウ、君はまだ産まれたばかりの幼子だ。彼女達が君よりもずっと速く移動できるのは、仕方のないことだよ?」

 「キュウゥ…」

 〈彼女達とて、最初からあれだけの速度で移動ができていたわけではありませんよ。なに、年齢で考えれば貴方は誇っていいですよ?何せああしてはしゃいでいる彼女達はの年齢は―――っ!?〉


 そう言いかけたところで、ラビックに対して強烈な思念が向けられた。

 人間の間では女性に年齢を訪ねたりするのは失礼な行為だと本で読んだことはあるが、まさか彼女達もなのか?

 3体からいっぺんに思念を送られたことで、ラビックが固まってしまっている。


 〈リガロウ、気にすることなんてないよ!君ならこれからもドンドン強くなって今よりももっと速く飛べるようになるって!〉

 〈思いっきり飛んでいればあっという間よ!〉〈私達アナタと沢山空を飛びたいのよ!〉

 〈ま、まぁ、彼女達と共に走ったり飛行を続けていれば、貴方の走行速度も飛行速度も、自ずと上がっていくでしょう…〉


 慌てている様子のラビックの姿を見るのはいつぶりだろうか?滅多に見られないのでとても可愛らしく見える。少しだけ抱きしめる強さを強めよう。



 そうこうしている内に、徐々に魔王国の領土が見えてきた。

 ここで私はウルミラ達に少し頼みごとをした。ルイーゼにサプライズを用意するためだ。


 街が見えてきたところでリガロウには地上に降りてもらい、街の入り口まで走ってもらうことにした。

 その際、噴射加速は使わないでもらっている。魔王国の景色をゆっくりと見ておきたかったからだ。


 魔王国の資料は人間の国にはあまりなく、どのような環境でどのような文化があるかなど、分かっていない部分が多いのだ。中には著者の空想のままに魔王国の景色が記された本も存在している。


 そんな魔王国の景色なのだが…簡潔に述べるのならば、綺麗。そう、綺麗と言う感想が適切だ。

 地平線が見えるほどに広がる若草色の草原に、所々に小さな花や小動物が確認できる。中にはのんびりと昼寝をしている獣型の魔物の姿すら確認できた。


 勿論、そういった花や動物に魔物の姿も、人間達が知っているような造形とそう変わらない。少なくとも、嫌悪感を抱くような異形の姿をしているわけではない。


 人間達の本には魔王国は常に雲が空を覆い、一日中夜のように暗くなっていると記されていた内容ばかりだったが、結局のところ想像に過ぎなかったと言うことだ。


 魔王国の環境、そして文化。しっかりとこの目に焼き付けよう。ルイーゼから直接教えてもらおう。

 まぁ、だからと言って進んで人間達に教え広めるつもりは無い。私は記者ではないからな。詳しく知りたかったら、自力で魔王国に到達してもらうとしよう。


 それにしても、歓迎の準備をしてあるとは言ったが、何も態々巨大なアーチを用意してそこに大きな文字で[おいでませノア様]と魔族の言語で記入してあるとは…。

 ルイーゼは魔族が皆私のファンだと言っていたし、私がこうして魔王国に訪れるのを心待ちにしていたようだ。


 そして、街の出入り口の中心に、ルイーゼが立っている。昨日連絡を入れていたからか、既にこの街に来て待機していたようだ。


 「グキュルゥ…。あの方がそうなのですか?魔力をほとんど感じられないのに、なんでか頭が下がりそうに…」

 「意識をこっちに強く向けているのが原因かな?彼女も待ち遠しかったみたいだね。リガロウの言う通り、彼女がルイーゼだよ」


 周囲に気を遣っていることもあり、ルイーゼは魔力を最低限に抑えている。しかし、それでも意思の強さは変わらないのだ。強く意識されてしまえば委縮してしまうのも無理はないだろう。


 あくまでも彼女は私に意識を向けていただけで、リガロウにはあまり意識を向けていなかったのだが…力の差、というヤツなのだろうな。


 街の出入り口に到着してリガロウから降りれば、すぐにルイーゼが話しかけてきた。


 「魔王国へようこそ。そして初めまして。私はルイーゼ=ノヴァーガ=オーダー。今代の魔王よ。『黒龍の姫君』ノア。我々魔族一同、貴女を歓迎します」

 「歓迎ありがとう。初めましてルイーゼ。今後よろしく」


 やや早歩きで私の元に歩み寄り、手を指し出して握手を求めてくる。

 素直に応じてルイーゼの手を取れば、ルイーゼから思念が送られてきた。慌てているようだが、非常に期待に満ちた様子でもある。


 〈ちょっと、どういうことなのっ!?ウチの巫女が言うには、龍神様の寵愛の気配がいくつもコッチに向かって来てたって言ってたわよ!?もしかして、あの子達も来てるの!?〉

 〈あっ…〉


 しまったな。正直抜かった。いやしかし、これは読めないだろう。

 魔王国の巫覡ふげきである巫女は、神々の気配の感知能力が人間達と比べて異様なまでに高かったのだ。


 まさか魔王国に入る前から感知されているなどとは思わないじゃないか。これでは折角用意しようと思っていたサプライズが台無しである。


 まぁ、かと言って巫女を悪く言うつもりは無い。素直にその感知能力の高さを褒め称えるべきだろうな。

 バレているのならば仕方がない。観念してウチの子達を紹介しよう。


 「さて、今回はリガロウの他にも連れてきている子達がいるんだ。ウルミラ」

 〈ハーイ!〉


 私がウルミラに声を掛けると、先程まで何もなかったように見えた場所から、ウルミラを含めた家の子達が姿を現した。

 その様子に、私達の訪問を歓迎してくれた魔族達が一斉に驚いている。


 そう、魔王国に上陸する少し前に、ウルミラに他の子達の姿を隠すように頼んでいたのだ。

 ルイーゼもモフモフ好きだったので、姿が見えないまま彼女に触れて驚かせようと画策したのである。


 彼女は私とリガロウぐらいしか魔王国に訪問して来るとは思っていなかっただろうから、絶対に驚くと思っていたのだが…。

 まさか、魔王国に上陸する前からバレてしまうとは…。大誤算である。


 そしてウルミラ達の姿を見たルイーゼなのだが、今にもはしゃいでしまいそうなほど目が輝いている。

 しかし国民達の手前なのか、必死にはしゃぐのを我慢しているようだ。


 「この子達は、私の家で一緒に暮らしている、いわば家族同然の子達だよ。早速だけど、今日の宿泊先に案内させてもらって良いかな?」

 「っ!え、ええ、そうね!そうしましょう!貴女はこの国のありのままを見てみたいようだし、あまり高級すぎる宿は好まないんじゃないかしら?コッチで予め部屋を取っているのだけど、構わないかしら?」


 なんと。入念に歓迎の準備をしていたというだけあって抜かりないな。元より、私がこの街を訪れたらすぐに宿に案内するつもりだったらしい。しかも既に部屋を取ってあるとは…。


 「構わないよ。その宿は、リガロウも入れるのかな?」

 「ええ、勿論。魔族には様々な種族がいるから、どんな種族でも利用できるように施設は建設されているの」


 なるほど。人間達も種族によって体の大小に差が出るが、それでも精々大人と子供程度の差だ。しかし、軽く周囲を見回しただけでもこの街に住まう魔族達の種族は多種多様だ。


 ラビックよりも身長の低い非常に可愛らしい見た目をした、二足歩行の獣の姿をしたような種族もいれば、3m以上の身長がある立派な角を生やした筋肉質な青肌の種族もいる。


 それぐらいならばまだ大した差ではないだろう。中には完全に人型から逸脱した種族までいるのだ。一部の人間が見たら魔物だと勘違いしてしまいそうだな。


 そんな多種多様な種族が問題無く同じ施設を利用できるような構造、もしくは機能が、魔王国の施設には標準的に備え付けられているようだ。


 ルイーゼに案内されて街の中に入れば、その瞬間周囲から歓迎の声が浴びせられた。

 声に含まれている感情に、悪感情は感じられない。純粋に皆私達を歓迎してくれているようだ。


 「まるで首都に入った時のような歓迎ぶりだね」 

 「そう?なら、首都に着いたらもっと驚くわよ?皆アンタがこうして来てくれるのを待ってたんだから」


 不思議な気分だ。人間達から歓迎の言葉を送られてきた時には、今みたいな感情は沸き起こってこなかった。ただただ受け入れていただけだったのだ。

 それがどういうわけか、彼等からの歓迎の声には心が弾む。ハッキリ言ってしまえば、嬉しいのだ。

 他の皆もそれは変わらないようだ。彼等が人間ではなく魔族だからだろうか?


 理由も分からないまま、宿に到着してしまった。

 一見すると、案内された宿は私が知る宿と外見がほとんど変わっていない。この扉の大きさでは、リガロウは入るのに少し苦労しそうなのだが…。


 「すぐに分かるわ。コレ、ただの飾りだから開くようになってないの」


 そう言ってルイーゼが宿の扉に触れると、沈むようにして彼女の体が宿の中に入ってしまった。

 全くもって面白い技術だ。魔術具とも何か違うようだし、後で色々と調べさせてもらいたいな。今はとにかくルイーゼについて行くとしよう。


 ルイーゼを真似て宿に入れば、外と同じように宿の従業員達から歓迎の声を浴びせられた。彼等の歓迎の声に返答すれば、更に大きな歓声に包まれることとなった。


 〈ここにいる皆、ご主人のこと大好きなんだね!〉

 〈良いことじゃない!ノア様も嬉しそうよ!〉〈気に入ったのよ!私達も嬉しいのよ!〉

 〈純粋な思いと言うのは、これほどまでに心に響くものなのですね…〉


 純粋な思い、か…。色々と考えさせられる話だが、今はルイーゼの後について行くことに専念しよう。彼女の背中から、彼女の想いが伝わってくるのだ。


 早く周りの目が届かない場所に移動して、目一杯モフモフを堪能したい、と。


 ラビック達を連れてきたのは、大正解だったようだ。

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