第309話 事前通達
抜かったなぁ…。結構な量を買い込んでいたと思っていたのだが、もう無くなりかけていたとは…。
というか、"楽園"に帰って来てから既に2ヶ月近く時間が経過していたのだな。皆との生活に夢中になり過ぎてすっかり失念していた。
あぶないあぶない。このまま皆と気ままな生活を続けていたら、せっかく無茶な要望を聞いて昇級させた冒険者ランクが下がってしまうところだった。
そろそろティゼム王国へ顔を出して、依頼の一つでもこなさなければ。
しかし、無くなりかけている洗髪料と石鹸。再びカンディーの風呂屋で買うのはどうなのだろうか?
多分在庫としては揃えてくれてはいると思うのだが、無くなるたびにカンディーの元へ買いに行くのもどうかと思ったのだ。
私が人間達と関りを持とうと思ったのは、この広場でより快適な生活をするためなのだ。可能であるならば、毎日使用するような品は自分達で生産できるようになりたいものだ。
…製法を知りたいな。確か、私が使用している洗髪料や石鹸を生産しているのは、ニスマ王国のセンドー子爵なる人物だったか。
良し、ティゼム王国へ顔を出した後は、そのままニスマ王国へ行こう。あの国にはリナーシェが嫁ぎに行ったわけだし、様子を見てみるのもいいかもしれない。
まぁ、会わせてくれればの話だが、その辺りは私の立場というものを利用させてもらうとしよう。
そうと決まれば、モスダン公爵とマコトに明日にでも顔を出しに行く事を『
それと、手紙には近い内にと記載しているにも拘らず、2ヶ月も経過して音沙汰がなかったことを謝っておかないとな。
〈モスダン公爵、今いいかな?〉
〈………〉
『通話』は繋がっている筈なのだが、返答はない。今は良くないタイミングだったのだろうか?
〈今からそこに現れてもいいかい?〉
〈止めぬか!貴公、どういうつもりだ!?手紙には1月ほど間をおいたら我が国に顔を出すと書いてあっただろう!〉
〈それに関しては本当に悪いと思っているよ。済まなかった。久々に家で暮らしていると、とても快適でね。つい頭から抜けていたんだ〉
〈………〉
どうやらモスダン公爵の沈黙は、私が予定通りに国に訪れなかった事に加え、その事で連絡を一切寄こさなかったことが原因らしい。
当然だな。私は約束を反故にしてしまったも同然なのだ。非難の声は素直に受け止めるとも。
〈貴公、自分の住まいが快適ならば、わざわざ我等人間の元に、何の用で訪れるのだ?〉
〈逆だよ、公爵。人間達のおかげで私は自分の住まいを快適な環境に出来ているんだ〉
〈何?〉
〈言っていなかったかな?私の目的は、人間達の技術や知識を得るために人間達と関わっていると〉
〈………初耳なのだが?〉
やってしまったな…。教えていなかったのか…。
まぁ、いいか。モスダン公爵にはある程度私の正体がバレているのだから、それほど気にする事でも無いだろう。
〈それは悪かったね。まぁ、とにかく自分の住まいでこれまで私が知り得た知識や技術を導入したらとても心地良かった、と言うわけさ〉
〈そのまま、その住まいに留まってはくれぬのだな?〉
〈当然だろう?私が知らない人間の文化や知識、技術はまだまだ沢山あるんだ。それらを網羅するまでは、自分の住まいに留まるつもりは無いよ〉
〈………そうか…〉
なにやら諦めに近い声色だったな。やはり公爵としては、容易に国を滅ばせる力を持ったドラゴンには、あまり自分の国に来て欲しくないのかもしれない。
その辺りはユージェンと同じ考えなのだろうな。イスティエスタに顔を出しても、彼には会わない方が良いのかもしれない。
まぁ、今回イスティエスタに用があるのはフウカとハン・バガーセットだ。他の場所に顔を出す必要は無いだろう。
顔を出すとしたら、エリィとエレノアぐらいか。
〈それに、人間は常に発展し続ける生き物なのだろう?仮に今の人間達の技術や知識を全て取り入れたとしても、今後新たな技術や発見が出てこないわけがないからね。今後もちょくちょく人間達に関わっていくと思うよ〉
〈………そうか……〉
なにやら理解はできるが納得は言っていないような反応だな。モスダン公爵はそれほどまでに私と関わるのが嫌なのだろうか?
私の正体を十分に理解している有力な貴族はモスダン公爵しかいないのだから、潔く諦めて欲しいのだが。
〈貴公、自分がどれだけ儂に心労を与えているか分かっておるのか!?〉
〈心配しすぎだよ。今のティゼム王国は、貴方の望み通りの情勢になっているのだろう?〉
〈前も言ったがな、人間は変わる。例え今が良くとも、時が経てば再び人は道を外してしまう!その時、貴公が我が国を滅ぼさないとは限らぬだろうが!〉
まぁ、その可能性は否定できないが、それはどう考えてもモスダン公爵がこの世を去った後の話だろう。何をそこまで心配しているのだろうか?
って、ああ、エリザか。
まったく、本当にジジ馬鹿だ。ヨームズオームを前にしたヴィルガレッドといい勝負だな。
〈エリザが貴方の後を継いだ時のことを、彼女が気苦労を負う事になるのを懸念してるんだね?〉
〈分かっているのなら少しは気を遣わぬか!貴公から連絡があった後、すぐさま1月ほどで貴公が我が国に来ると陛下に報告した、儂の立場がないではないか!〉
〈だから済まなかったって。それに、クレスレイはその程度の事で怒るような人物では無いだろう?〉
〈甘い!陛下が貴公をどれだけ気に入ったと思っておるのだ!ここ最近は陛下から小言を言われ続けるのが儂の仕事になっておるのだぞ!?〉
おや、そんな事になっていたのか。
クレスレイも意外と茶目っ気のある人物だな。とは言え、例え冗談交じりの小言とは言え、国王からの言葉とあっては気が気でないか。
〈なら、クレスレイには私の方からあまり公爵をイジメてやらないで欲しいと言っておくよ〉
〈……それをやったら、余計に小言を言われるのだ…!〉
何とも面倒臭そうな声色で訴えてくれるものだ。というか、小言を言ってイジるのを止めろと言ったら余計にイジられるってどういうことだ?
〈………陛下はな、貴公と良好な、友好的な関係を築きたいのだ〉
〈それは前回の謁見の時に知っているよ〉
〈だが、現状は貴公と最も良好な関係を築けているのは、儂か"ウィステリア"のどちらかという認識である〉
〈その認識で間違っていないね〉
今更だろう。マコトには何かと世話になったし、モスダン公爵には悪徳貴族達を排除するために協力してもらったからな。親しくもなる。それに、マコトではないがエリザは可愛らしかったし。
〈分からぬか!?陛下は自分よりも儂の方が貴公と親しい関係だという事実を面白く思われておられぬということが!〉
〈そんな事を言われてもね、私がクレスレイに会ったのは、あの時の謁見の時だけだったわけだし〉
〈だからこそだ!陛下は貴公と親しい関係を築きたくて仕方が無いのだ!〉
それは私の責任ではないのではないか?というか、そもそも私が2ヶ月前に連絡した際にすぐにクレスレイに報告しなければいちいち小言を言われることも無かったのでは?
〈貴公…報告、連絡、相談の重要性を分かっていないわけではあるまい〉
〈そうだね〉
〈明日突然貴公が我が国に訪れると報告した場合、どれほど国が慌ただしくなるか、分かっておるのか!?〉
〈大々的に発表しなければ良いだけでは?〉
〈~~~~~っ!!〉
声にならない叫びをあげるようにして悶絶しているようだ。私の答えに納得がいかないのだろう。
〈既に貴公がこの国に訪れる際には報告をするよう、陛下から仰せつかっておるのだ!報告しないまま貴公が我が国に訪れた場合、責任が儂に来るのだぞ!?〉
だったらやっぱり最初に報告をするべきじゃなかったんじゃないかとも思ったが、伝えるのは止めておいた。多分だが、堂々巡りだ。
まぁ、誰に非があるかと言えば、それは約束を反故にしてしまった私にある。その責任は取らないとな。
〈それで?結局のところ公爵は私にどうしてほしいのかな?〉
〈…陛下と会談してもらうことはできるか?〉
〈勿論、お安い御用だよ〉
とは言ったが、私が一国の王と特に理由のない会談を行うのは、これが初めてになるのか。
レオナルドもリアスエクも、理由があるから話し合いをしたわけだしな。
言ってみれば他人の御機嫌取りのために私の方から出向く機会は無かったわけだ。
〈随分とあっさり受け入れたが、良いのか?〉
〈今回のことで非があるのは私だからね。その責任は取るさ。〉
心底安堵したようだな。思念での会話だと言うのに、深いため息が伝わってきた。
〈それじゃあ、私はマコトにも連絡を入れるから、そろそろ失礼するよ?〉
〈前回も思ったのだが、何故個別に連絡を入れるのだ?貴公は同時に連絡を取る事も出来たであろう?〉
〈マコトには知られたくない秘密があるからね。私なりの気遣いというヤツさ〉
〈あ奴の正体の事か?儂にはヤツの変装などあってないようなものなのだが…〉
やはり、モスダン公爵はマコトの本来の姿を知っているようだ。
というか、本家の『モスダンの魔法』は常時発動型の魔法なのだ。最初から隠せていなかったのである。
何やら思惑があったようで、今のところマコトには変装がばれていると伝えていないようだが。
〈マコトがそれを知っているわけではないだろう?〉
〈うむ。実はな、あ奴がエリザから真実を伝えられた時にどのような顔をするのか、この目で見てやるのが儂の楽しみだったりするのだ〉
やっぱりな。
予想はしていた。既にエリザも『モスダンの魔法』を発動している状態になっている筈だから、今度マコトがエリザに会った時こそがその時なのだろうな。
真実を知らされてモスダン公爵に食って掛かるマコトの姿が目に浮かぶ。
〈イジられることの心苦しさは貴方だって知っているのだから、ほどほどにしてあげるんだよ?では、失礼するよ。明日にはイスティエスタに到着して、ティゼミアには明後日の午後に訪れる予定だよ〉
〈承知した。陛下の件、頼んだぞ?〉
簡潔に済ませるつもりだったのだが、思った以上に長くなってしまったな。早いところマコトにも連絡を入れて、明日に備えるとしよう。
やはりマコトは話しやすくて助かる。モスダン公爵の場合、生粋の貴族のためか、話が長くなることが多いように感じる。
まぁ、今回は仕方がないとも言えるが。
マコトにも約束を反故にしてしまった事を謝ったのだが、彼は寛大にも気にしなくて良いと言ってくれたのだ。手紙を送った者達もそれほど気にしていないという情報まで私に伝えてくれた。
嬉しい情報ではあるが、それでもケジメをつけるためにも、手紙を送った者達にはそれぞれ謝罪はしておこう。
マコトとの『通話』を解除したら、別の人物へと『通話』を掛ける。
オリヴィエだ。彼女にやってもらいたいことがるのだ。
〈リビア、今いいかい?〉
〈ノア様!?どうしたのですか!?〉
〈実は貴女にお願いしたい事があってね〉
私がオリヴィエにやってもらいたいこと。それは、リナーシェへの連絡である。
いきなりニスマ王国へ移動してしまったら、やはり騒ぎになるだろうからな。オリヴィエを通して、手紙でも何でもいいのでリナーシェに近い内に旅行で訪れる事を伝えて欲しいのだ。
私の要望をオリヴィエに伝えると、彼女は快く引き受けてくれた。
〈お姉様もノア様には会いたがっているでしょうから、きっとお喜びになると思いますよ!〉
そして十中八九模擬戦をさせられるだろうな。あれからどの程度腕を上げているのか、確かめさせてもらおうじゃないか。
うん、そうだな。フルルのフルーツタルト、とはいかないが、それに準ずるものを作っておくとしよう。前回のように条件を達成したら渡すと言えば、やる気も出すだろうしな。
そうだ。リナーシェが結婚したと言う、フィリップ王子とやらの顔もこの際だから見ておくとしよう。
私が確認するまでも無くリナーシェが紹介してくれるかもしれないが。
今のうちにやっておくべきことはこれぐらいか。
ならば、今日はもう休んで明日に備えるとしよう。
久しぶりのイスティエスタでありハン・バガーセットだ!楽しみで仕方がない!今度こそあの味を解析して見せよう!
見知った顔に会うのも楽しみだ。明日が待ち遠しい!
こういう時、モフモフに囲まれて寝床で横になればすぐさま眠りにつけるのは、本当に助かる。
明日への期待を胸に、極上の毛並みに囲まれながら、私は意識を手放した。
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