第310話 2度目の訪問
いつものように朝を迎え、毎朝のやるべき事を終わらせたら、いよいよ新しい旅行に出発だ。皆も私を見送りに来てくれている。
「ラフマンデー、花畑とオーカドリアの世話、頼んだよ」
〈お任せください!彼等も妾の指示に従ってくれるため、オーカドリア様のお世話も、花畑の管理も、まったく問題御座いません!〉
ラフマンデーの後ろには、二足歩行生物の形態をした植物が、100体近く跪いている。彼等は全員、ラフマンデーの配下となっている。
彼等の正体は、私がアクレイン王国から持ち込んだ植物の種子だ。
私の魔力をなじませてラフマンデーに世話をさせたところ、特に良く育った個体が精霊化したのだ。
それというのも、私が種子に魔力をなじませた際に[魔物化しないで欲しい]と願ったのが原因だ。結局のところ、持ち帰った種子は願いに反して一部が魔物化してしまったのである。
仮に種子に魔力をなじませる際に〔元気に健やかに育って欲しい〕と念じていた場合、ほぼすべての種子が高位の精霊に変化していただろう。それほどまでに、私の魔力の影響力は強力だった。
下位の精霊達は、オーカドリアと違って七色の魔力を持っているわけではない。私の魔力は成長する際に全て使用してしまったようだ。
彼等は皆、一律に緑の魔力を所有している。
なお、私が魔力をなじませないで種子を植えた場合、種子は育たなかった可能性が高い、とオーカドリアに教えてもらった。
何もしないまま種子を植えた場合、広場の土が含んでいる魔力が一気に種子に流れ込み、栄養過多となって死滅してまっていた可能性が高かったのだそうだ。
下位の精霊達は皆、ラフマンデーを自分達よりも上位の存在と認め、彼女の指示に従ってくれている。
おかげで花畑や作物やオーカドリアの世話も非常に順調である。
それに加えラフマンデー自身も、私がアクレイン王国へ旅行へ行っている間に自分の眷属を産みだしているため、手が回らないような事態には陥っていない。
おかげで安心して旅行に行く事ができる。
ティゼム王国だけでも楽しみは多くある。ハン・バガーセットにフウカの服。それにマギモデルを始めとしたピリカの玩具。マーグの所に顔を出すのも忘れないようにしないとな。
だが、ティゼム王国はあくまでも通過地点。旅行の本命はニスマ王国だ。
センドー子爵の洗髪料や石鹸は勿論のこと、ニスマ王国ではランドランが馬と同じぐらい騎獣として親しまれている。
つまり、今回の旅行ではランドランと触れ合える可能性が高いのだ。
アクレイン王国では遠目で見ただけだが、それでもかなり愛嬌のある生き物に見えたからな。今から会うのが楽しみだ。
皆に挨拶をして、結界の境界よりも更に上空に転移する。今回の移動はティゼム王国の近くまで転移してもよかったのだが、折角だから新たな飛行手段を用いて移動しようと思ったのだ。
そう。新たな飛行手段である。
私がアクレイン王国から帰って来て2ヶ月。私の理想とする飛行方法を確立させるための魔術を開発し続け、遂に完成を果たしたのだ。
魔術の名は『
翼指の内部にて休むことなく爆発を発生させ続け、噴射孔から爆発させたエネルギーを逃がす事によって爆発に指向性を生じさせ、大きな推進力を得ることに成功したのである。
この魔術の開発に難航したのは、偏に効率の問題である。
単純に爆発を起こすだけならば、魔術を使用せずに純粋に魔力を噴射した方が魔力の使用効率が高いのだ。
決め手になったのは、私専用の魔術として開発した事だった。
私達は魔術を開発するにあたり、指向性を持たせた爆発をいかに効率よく発動するかで考えていたのだ。
この条件の場合、どれだけ効率の良い魔術を開発しても、推進力という意味では直接魔力を噴射させた時ほどの効率を得られなかったのである。
ある時、私は気付いたのだ。爆発をさせるのは私の翼、翼指の内部なのだから、滅多な事では傷がつかないと。
仮に傷がついたとしても、すぐさま再生してしまうだろう、と。
ならば、いちいち爆発に指向性を持たせる必要などないのではないか?そう考えてから魔術が完成するまで、そう時間は掛からなかった。
よくよく考えれば、私が噴射飛行を行っている時も、翼指の内部で魔力に圧力を掛けて放出すると言う噴射行為は、魔力を爆発させていたようなものだったのだ。
そうと分かれば、後はより効率的な爆発を魔術で絶えず発生させ続ければいいだけだった。
そして、嬉しいことにこの魔術を使用した場合、周囲への影響も以前までの噴射飛行よりも遥かに小さいのだ。
それはつまり、地上での噴射飛行を気兼ねなく行えると言う事でもあった。
『爆列』を完成させた私は、その日の内に新たな噴射飛行を実施してみた。空中でも地上でもだ。
結果、完成した魔術で噴射飛行を行った場合、以前までの噴射飛行の5倍以上の効率が確認できた。
正直言って、進化を果たした私は無尽蔵の魔力を持つに等しいのであまり意味が無いことかもしれないが、効率が良い事に越したことはない。
なにより、地上でも噴射飛行が可能になることがとても嬉しかった。やはり翼を用いて高速で移動するのはとても楽しいのだ。
乱立する樹木を回避しながら森中を飛び回るのは、とても良い訓練になった。
魔術を完成させた時のことを思い出しながら新しい噴射飛行を行っていると、以前とは比較にならないほどの早さでティゼム王国の国境を越えてしまった。そろそろ着陸した方が良いだろう。
以前私がティゼム王国を訪れた際に降り立った森に着陸し、角と翼を体内に仕舞ってから人間用の服に着替える。
服装は、シンシアに会いに行くのだから、彼女が選んだ服を着ていくとしよう。
軽く小走りする感覚でイスティエスタの東門へと向かえば、以前と同じように門番が2人待機していた。相変わらず人の出入りは少ない。というか、今のところ誰も東門を通ろうとする者がいない。
門番も私が知っている人物だ。シンシアとジェシカの従兄弟であるトムと、私の外見に見惚れて終始顔を赤面させていた青年だ。彼は今回も顔を赤くしてしまうのだろうか?
いや、思えばあの時はかなり露出が多い恰好をしていた。肌の露出がほぼないと言える今の服装ならば、赤面させる事も無いのかもしれない。
とにもかくにも、2人に声をかけるとしよう。
そう思っていたのだが、2人共遠目から私の姿を確認していたらしく、その瞬間から背筋を伸ばして気を付けの姿勢を取り出したのである。
そしてこちらから声をかける前に、向こうから歓迎の挨拶をされてしまった。
「「ノア様!ようこそお越しくださいました!!貴女様の再びの訪問を、心より歓迎いたします!!」」
「…ああ、久しぶり。随分と気合が入った歓迎だね」
最初に声を掛けた時とはえらい違いである。
まぁ、今の私の立場を考えれば無理も無いのだが。それにしたって見違えるような対応だ。一瞬別人かと思ってしまった。
「それはそうでしょう。貴女様は私達にとって、救国の英雄なのですよ?」
「大げさな評価、というわけでも無いのだろうね」
トムが盛大に歓迎してくれた理由を答えてくれたわけだが、これは悪徳貴族を一掃する際に大きく貢献したことを言っているのだろう。
救国の英雄など大袈裟に感じてしまうのだが、彼等からしたら何の誇張でもなんでもない。
「勿論です!貴女様が成し遂げた偉業は、誰にでもできるような事では無いのですから!」
「貴女様のおかげで救われた民は、大勢いることでしょう!」
私が行った事で一般的なティゼム王国の国民に知られている事は、この国に巣食っていた悪徳貴族の悪事の証拠を短時間でかき集めた事だ。
正直大した手間では無かったのだが、それは『
あの魔術を開発していなければ、あそこまでスムーズに事は運ばなかった。
だから、彼等の言葉は何も大袈裟な事では無いのだ。素直に受け入れよう。
身分証を提示しようとしてギルド証を取り出そうとしたのだが、必要ないと言われてしまった。
私のことは世界中に知れ渡っているので、いちいち身分証を提示する必要が無いのだとか。ましてこの国の国王であるリアスエクが私の立場を保証しているのだ。
この国で私の身分を疑う者は一人もいないと言って良い、と告げられてしまった。
こうなってくると、私に街を案内してくれた子供達やエリィ、それにジェシカが私にどんな態度を取るのか期待してしまうな。
門をくぐり、以前宿泊した"囁き鳥の止まり木亭"に歩みを進めていると、初めてこの街を訪れた時と同様に周囲から視線が集まった。
だが、あの時とは違い、今回は視線に明確な敬意と感謝が含まれている。
私が悪徳貴族を一掃した事、思った以上に国民にとって感謝されるような行為だったようだ。
東大通を歩いている途中、以前も購入した肉串を購入しようかと思っていたのだが、訪れた時間が早すぎたためか、まだ店を開いていなかった。残念である。
まぁ、今購入しなければならないわけでもない。どうしても食べたければ、時間を置いて再び訊ねればいいだけの話である。
街の中央にある噴水に辿り着いたところで、懐かしい気配が私の背後から近づいて来くるのが確認できた。落ち着きが無いのは相変わらずのようだ。
前回と違うのは、ちゃんと前を見て、そして明確に私に向かって駆け寄ってきていると言う事だ。
どれ、ならば以前のように優しく持ち上げてあげるとしよう。
「わはぁっ!ふわーって持ち上げられた!やっぱノア姉チャンはスゲェや!」
背後から私に体当たりをするような勢いで迫ってきたシンシアを尻尾で優しく掴み、私の目の位置まで持ち上げると、彼女はとても嬉しそうな表情を見せてくれた。
「皆を置いてけぼりにしてしまうのは相変わらずのようだね?しばらくこのままでいようか」
「えーっ!…うーんでもまぁ、いっか!ノア姉チャン!」
「なんだい?」
「久しぶり!」
言葉は短いが、全ては彼女の満面の笑みが物語っている。私も嬉しくなって、彼女を尻尾から放して抱きしめてしまった。
「ふあっ!?」
「この前は碌に挨拶ができなくて済まなかったね」
「べ、別にいいよぉ!あの時のノア姉チャン、超が付くほどの有名人だったんだからさぁ!」
シンシアもあの時の、帰宅途中に立ち寄り、碌に話もせずに宿を後にしたことについて特に不満に想ったりはしていなかったようだ。
だが、手紙の方はどうだろうか?連絡してから1ヶ月近く遅刻しているわけだが。
「ノア姉チャンは寝ぼすけだからな!ちょっとくらい遅れたってくらい気にならないぜ!」
なんと寛容な事だろう…。
モスダン公爵もシンシアの寛容さを見習うべきだ。嬉しさのあまり、抱きしめる腕に力が必要以上に入りそうになってしまった。
どうやらシンシアを追っていた子供達も追いついてきたようだ。あの子達と会うのも当然久しぶりである。その足取りはとても賑やかだ。
あの子達も、既に私の姿を確認している。先程までよりも速度を上げてこちらまで駆け寄って来た。
どれ、久しぶりに元気な姿を見せてもらうとしよう。
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