第311話 食べ物で釣る

 思えば、シンシア達に会うのは6ヶ月ぶりになるのか。マイク、トミー、クミィ、テッド。皆、シンシアと変わらず元気そうだ。


 人間の子供の成長は、私が思っていた以上に早いらしい。以前別れた時よりも、一回り体が大きくなっている。


 「久しぶりね!どう!私ったら、前よりも美人になったでしょ!」

 「ふわー、キラキラしてるー」

 「ノアお姉さん、お久しぶりです」

 「ノア姉ちゃん、前よりも綺麗になってないか!?」


 マイク、クミィの前でその発言は感心しないな。気付いていないかもしれないけれど、隣でクミィが頬を膨らませているぞ?


 ここはクミィのご機嫌を取っておくとするか。背が伸びていることもそうだが、彼女だけ初めて見る服を着ているのだ。


 「皆久しぶりだね。クミィは前よりも背が伸びたみたいだね。初めて見る服だけど、それは新しい服?」

 「ふふん!お誕生日に買ってもらったのよ!可愛いでしょ!」

 「ボクも背が伸びたよー」

 「一番背が伸びたのは俺だぜ!」


 クミィの背が伸びている事を指摘すれば、マイクとトミーも自分の身長が伸びていることを申告してくれる。

 背が伸びたことを褒めて欲しいのだろうか?実際、トミーもマイクも5㎝以上身長が伸びている。これは自慢したくなっても仕方が無いのかもしれない。

 ならば、2人の頭を優しく撫でながら褒めてあげよう。


 その為にも、抱きかかえているシンシアを一度降ろさなければ。


 「あー、やっと降ろしてもらえた~。ノア姉チャンってば、平気でオレのこと抱っこするんだもんなぁー。人前でされると恥ずかしいのに…」

 「なら、人前じゃなければ抱きかかえて良いのかな?」


 ああ、そういえば、以前も街を歩き回る時に抱きかかえようとしていたら恥ずかしいからと断られていたな。

 だが、結局のところ私はシンシアをあまり抱きしめたことがなかったような気がする。こうして抱きかかえたのは、今回が初めてではないだろうか?


 っと、いかんいかん。ちゃんとマイクとトミーを褒めてやらなければ。


 「それはそれとして、2人も大きくなったね。好き嫌いせずに何でも食べたからかな?」

 「うん!何でも食べた!」

 「あ、頭は撫でなくて良いてばぁ~」


 トミーは気兼ねなく頭を撫でさせてくれるが、マイクはやはり恥ずかしいのか照れているのか、頭を撫でさせてはくれなかった。

 人間の子供というのは好き嫌いが激しい場合が多いと本で読んだので、この子達も好き嫌いをしなかったか聞いてみた。


 その結果、トミーは即答で何でも食べたと答えたのだが、この子の魔力を見ると、思いっきり乱れが生じているので嘘なのだろう。

 平気な顔をして嘘が言える胆力は大したものだが、嘘は良くない。


 注意しようかと思ったら、クミィが先にトミーに言及しだした。


 「嘘おっしゃい!アンタ普通に肉ばっかり食べて野菜全然食べないじゃない!」

 「野菜は苦いから食べ物じゃないよー」


 おやおや、何とも可愛らしい反論だ。やはり子供にとって苦味のある食べ物は、嫌厭してしまうものなのだろう。


 「子供は苦味を大人よりも強く感じ取れるらしいからね。苦味の刺激が強すぎるんだろうね。苦くない野菜は食べられるのかな?」

 「野菜はみんな苦いよ~?」


 そんなことはないだろう。それとも、私がいままで良い野菜しか食べてこなかっただけなのか?


 と思っていたら、意外にもマイクの方から反論が出た。


 「ポテトは苦くないだろ?っていうかトミーポテトは好きじゃん」

 「ポテトは美味しいもん。アレは野菜じゃないよー」

 「何言ってんのよ!野菜に決まってるでしょ!」

 「えー」


 マイクやトミーが言っているポテトとは、ハン・バガーセットについている、あのポテトの事だろうか?

 アレはもう一口が欲しくなる絶妙な塩加減だったから、トミーが好きだと言うのも理解できる。


 いかん、味を想像したら、まだ昼の時間にもなっていないと言うのに食べたくなってしまった。

 しかしハン・バガーセットは夕食の限定メニューだった筈だ。そもそも"囁き鳥の止まり木亭"には昼食の提供は無かった筈だしな。


 何か他の食べ物で気を紛らわすとしよう。

 と言っても、現在時刻はまだ午前12時。食事を購入できる店は開いていない。店が開くのは早いところでも13時からだ。

 となれば、ここは私が『収納』空間に所有している食べ物を取り出すしかない。


 まぁ、一時間ぐらい我慢すればいいだけの話なのだが、折角だから子供達にも私が外国で食べたものや自分で作った料理を口にしてもらいたかったのだ。


 そういうわけで、『収納』から料理を一つ取り出す。アクレイン王国で購入した魚を一口サイズに切り、油で揚げたものを串に刺したものだ。


 「皆お腹は空いている?良かったら食べるかい?」

 「うおおお!何もないところからなんか出て来たー!」

 「『格納』でしたっけ?物凄く高度な魔術だって聞いてます!」

 「湯気が出てるー!その料理、暖かいの!?」

 「ま、まだお昼前だけど…ち、ちょっとぐらいなら、食べてあげても良いわ!」


 子供達が魔術好きなのは相変わらずのようだな。テッドに魔術書を渡す際に一度『収納』を見せてはいるのだが、皆とても驚いている。

 そして購入してからすぐに『収納』に仕舞ったことにより、取り出した料理は出来立て同然だ。子供達にはさぞ美味そうに見えるだろう。


 ただでさえ現在の気温は以前この国に訪れた時よりも低いのだ。温かな料理は子供達にとって魅力的に映る事は間違いない。


 「ノア姉チャン、それくれるの!?」

 「たくさん買ったからね。昼食に影響が出ない程度なら食べても良いよ」

 「「「やったあああああ!!」」」


 全員が要求して来たので1本ずつ渡しておく。


 「熱いから気を付けるんだよ?」

 「あふっ!はふはふ!でも、おいひい!」

 「外はカリッとしてて中身はフワッてしてる!これってお魚!?」

 「ここじゃ珍しいわね!外国の料理なの!?」


 やはりティゼム王国では魚料理は珍しい料理のようだ。少なくとも、露店で見かけるような事は無いと考えて良いだろう。


 運搬に手間が掛かるだろうからな。私は平然と『収納』を用いて出来立ての物を取り出したが、本来であれば異空間に荷物をしまう事ができるだけでも困難な魔術なのだ。

 そこに時間経過を遅延させる効果が付随されるとなれば、その魔術は人間にとって困難を極めると言って良い。


 つまり、そういった効果を持った『格納』を使用できる人物は非常に少ないし、仮に運搬を依頼する場合、かなりの対価を求められることになるだろう。

 そのため、陸続きの国では川魚はともかく、海の魚を用いた料理はなかなか口に出来るものでは無いのだ。


 まぁ、それはそれとしてだ。串料理を熱そうにしながらも美味そうに食べている子供達は非常に可愛らしい。自然と私も表情が緩む。

 そして、そんな微笑ましい光景を見ながら食べる出来立ての串料理の、何と美味いことか。やはり美味いものは一人で食べるよりも親しい者と食べた方が幸せを感じられるな!



 宿泊手続きを済ませるために一時子供達と別れて"囁き鳥の止まり木亭"に訪れると、女将とその夫であるトーマスに会う事ができ、非常に歓迎された。

 ただ、歓迎されたのは良かったのだが、やはり大人は私の立場を気にしてか、非常に畏まった態度を取られてしまった。


 少し寂しく感じはするが、我儘を言うつもりはない。彼等としては、やはり国の方針に従う他ないだろうからな。

 私のことが世間に知れ渡る前から親しかったとはいえ、国が私を姫として扱うと決めた以上、今まで通りの接し方をしていたら白い目で見られてしまうのは想像に難くない。


 とは言え、私の態度まで変えるつもりはない。以前と同じように彼等と接して、以前宿泊した部屋に再び泊まることにした。


 当たり前だが、部屋に変化は無く…いや、ベッドの布団が変わっているな。特に掛け布団。

 気温が低くなったから、それに合わせて布団も保温性が高い物に変わったと言う事だろうか?


 軽く布団に触れてみると、その肌触りは依然と変わらないものだった。ならば、後は布団に入った時の暖かさだが、それを今試そうとするほど私は愚かではない。


 肌触りが以前と変わらなかったと言うことは、横になったら確実に寝てしまうという事だ。

 そんなことになったら最悪の場合、夕食すら、ハン・バガーセットすら食べ過ごしてしまう可能性がある。


 寝心地を確かめたい気持ちを必死で抑え、宿を出ることにした。

 宿での楽しみはやはり夕食時のハン・バガーセットであり、その時に会うであろうジェシカとの会話だ。

 彼女の反応が今から楽しみで仕方がない。



 宿泊手続きを済ませて子供達と合流した後は、全員で冒険者ギルドへと足を運ぶことにした。エリィに顔を出しておきたかったのだ。


 10才にも満たない子供を冒険者ギルドへ連れて行く事に、注意を受けるかもしれなかったが、気にはしなかった。


 ギルドの入り口には私の施した防犯用魔術が作動しているだろうし、この時間帯ならばギルド内に人は少ないだろうと考えたからだ。


 事実、私達が冒険者ギルドへと訪れた際のギルド内部には、待機している冒険者が殆どいなかった。


 そのためか、ギルドの職員はギルド内に私が入ると、すぐに私のことを認識できたようだ。エリィに限らず全員が驚いて動きが止まってしまっている。

 私は私で構わずエリィの元へと行くとしよう。


 「久しぶりだね、エリィ。元気にしていたかい?手紙よりも大分遅くなって済まなかった。」

 「の、ののノ…ノアさ、じゃなかった!ノア様!お、おおお久しぶりです!わ、わたっ、私は元気でしよ!」

 「それは良かった。ところで何か簡単な依頼は無いかな?」


 これはまた、判断のし辛い反応だな。驚いているのは確かなのだが、何故いちいち呼び直したのだろうか?

 動揺しているためか、やや言葉遣いがおかしくなっている。

 …ああ、以前通り私のことを"ノアさん"と呼びそうになったのを呼び直したのか。エリィも立派な大人という事だな。


 手紙で伝えた時期よりも顔を出すのが遅れたことを謝ってみたのだが、衝撃が強すぎたせいか、挨拶を返すだけで手いっぱいになってしまっているな。


 なお、私に同行して来た子供達だが、ギルド内に入るのは初めてだったようだ。私がエリィに話しかけている間もギルド内部をあちこち見まわしている。

 そしてギルド内に待機している冒険者がいないわけではないのだ。彼等の鋭い目つきに、子供達はやや押され気味のようである。


 冒険者も冒険者で、私の同行者である事は分かっているらしく、何かを言及することは無さそうだが。


 おや、エリィが少し落ち着きを取り戻したようだ。と思ったら勢いよく身を乗り出してきた。


 「簡単な依頼は無いかな?じゃないですよ!手紙が届いてからずっと待ってたんですからね!?」

 「いや、本当に済まなかった。お詫びと言っては何だけど、これ食べる?」


 そう言って、『収納』から先程子供達にも渡した魚の串料理を取り出す。

 物で相手の機嫌を取ろうとするのも浅はかかもしれないが、美味そうに料理を食べるエリィの顔が見たくなったのだ。


 だが、そんな私の浅はかな考えはあっけなく打ち消された。


 「今は職務中です!そんなことで誤魔化せると思わないでください!」

 「うん…」


 まいったな。何も言い返せない。それもこれも、私の家に現在の日付や予定を記載して表示できるような道具が無かったのが原因だ。

 洗髪料や石鹸が無くなりかけていなかったら、きっと2ヶ月どころか半年以上は広場で暮らしていただろうからな。


 うん。ピリカに会ったらそのことを話して便利な魔術具を制作してもらおう。何だったら、私も制作を手伝っても良い。


 さて、今後の予定はいいとして、今はエリィの対応だ。


 どうしたら機嫌を直してくれるだろうか?

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