第312話 冒険者ギルドでの用事
ひとまず、機嫌を取り戻すために取り出した串料理は『収納』に仕舞っておこう。って、なんで残念そうな顔をするんだ。食べたかったのなら食べたいと言えば良いじゃないか。
だが、きっとそれを言ったら、エリィはまた怒るんだろうなぁ…。
さて、本当にどうしたものか?
エリィの機嫌を直す方法を腕を組んで考えていると、エリィの方からため息混じりに声を掛けられた。どうやら許してくれるらしい。
「はぁ…。もういいです。こうして会いに来てくれた事ですしね。それで、結局のところ、どうして1ヶ月も遅くなってしまったんですか?」
「うん。私が旅行で得た知識や技術を家で実施していたら、とても快適でね。つい時間を忘れてしまっていたんだ」
「あ、あっはは…。それは…ノア様らしいというか何と言うか…」
エリィは私が遅れてしまった理由を知ると、引きつった表情で苦笑している。若干の呆れの感情もあるな。
エリィとしては私が遅れてしまったのは、何か特別な理由があったのではないかと予想していたのかもしれない。
「だって、ノア様って行く先々で訪れた国を救ってるじゃないですか。今回も何か大きな事を成し遂げていたんじゃないかなぁって…」
「行く先々で問題が発生する国の方にも問題があると思うけどね。まぁ、私が今まで出会った人達は、皆とは言わないが嫌いでは無いからね。危機が迫っているのなら助けるさ。それだけの力を私は持っているからね」
思い返してみれば、私が今まで訪れた国は、何かと騒動が発生していた。
長年国に蔓延り続けていた悪徳貴族を一掃したり、伝説のドラゴンの怒りを鎮めたり、毒を産みだし続ける国すら囲える大蛇の性質を変化させたり、都市に進行する危険のあった高位の魔物の大群を一掃したり、尽き欠けていた財源に変わる新たな財源を生み出す手助けをしたり、大津波を押し戻したり…。
その全てが人間達に認知されているわけではないが、どれか一つとっても救国の英雄と呼ばれるような功績なのは間違いない。
そして私が読んだどんな小説にも、私が旅行を行った期間である3ヶ月間でここまでの活躍をした話は無かったのだ。
今更だが、やはり私は人間達を贔屓にしすぎているのだろうか?
贔屓にしている事を認めるとして、それはいけないことなのだろうか?
現状、私は人間をかなり気に入っていると思う。
それはこれまで出会った大半の人間が善良であったり、良識を持っていたり、弁えた人物達だったからだろう。
仮に私が出会った人間が、誰も彼もデヴィッケンやインゲインのような人物であったのなら、ルグナツァリオの約束などすぐに反故にしていたに違いない。
だが、それでも人間達の文化には一見一聴の価値がある。それはマクシミリアンの所持品からも確信が持てた。
だから、例え人間を気に入っていなかったとしても、私は人間にある程度贔屓をしていたのだと思う。
少なくとも、人間達の技術や知識を網羅するまでは。
人間達とは是非、今後とも良好な関係でありたいものだ。
暗に私が容易に国の問題を解決できるだけの力を持っていると告げれば、エリィも引き気味ではあるが納得してくれた。
「何となくは分かってましたけど、国を救うだけの力を単独で所有してること、まるで隠すつもりがないんですね…」
「実を言うと、初めてティゼム王国に訪れた時は、それなりに実力を隠して行動しようと思っていたんだよ?」
「それ、本当ですか?」
「まぁ、結局すぐにある程度の実力は把握されてしまったのだけどね」
私とて弱者のフリをするつもりは無かったが、当初はスムーズに技術と知識を得ようとするために目立たないように行動しようと思っていたのだ。
だが、私が思っていた以上に人間達にとって私の力は強大過ぎた。
よもや極限まで力を落とした状態で、なおも"
勿論、私が自重しきれなかったことも認めはするが、理由はそれだけではない。
それに加えてエリィのように相手の力を把握することに長けた人物達によって、私の力を把握されてしまったことも大きいだろう。
極めつけには、五大神の気配を知覚することが可能な巫覡の存在だ。
彼等の、と言うか巫覡であるシセラの働きによって、いよいよ私は周囲から只者ではないことが周知されたといっていい。
そこまでいってしまったのならば、もはや目立つなという方が無理だろう。
最初こそは戸惑いはしたが、今は注目を浴びる事も恭しい態度を取られることもそれほど気にならない。
[慣れてしまえばどうということはない]。そう教えられた通りだった。
「だから、謙遜するつもりはもうないさ。元より嘘をつくのは嫌いだからね。できることはできると言わせてもらうよ」
「ははは…。以前よりも大胆になりましたね…」
「否定はしないけど、その分騒ぎを起こすつもりも無いよ。行動に関しては自重するとも」
「本当に、頼みますよ?」
自重することに念を入れて頼まれてしまった。大丈夫だとも。
そもそも、以前何かするたびに騒ぎになってしまったのは、人間達が私のことを殆ど知らなかったからなのだ。
世界中から只者では無いと認められ、あまつさえ人類最強という認識までされているのだから、私が何かをしても[私ならば仕方がない]と納得してくれる場合が多いのだ。
それ故に、以前ほど騒ぎにはならないと私は思っている。そもそも派手な行動を今回は起こすつもりが無いのだが。
さて、世間話はこれぐらいで良いだろう。冒険者ランクの降格を防ぐためにも、何か依頼を受けておきたいのだが、手ごろな依頼はあるだろうか?
「話は最初に戻るけど、どう?何か簡単に片づけられる依頼はある?」
「少々お待ちください。え~と…」
今の私にちょうどいい依頼を探すために、エリィは束ねられた依頼書を手早くめくっている。
やはりエリィは優秀だな。オリヴィエほどとまではいかないが、私が今まで見て来た冒険者の受付の中では非常に手際が良い。
依頼を探してもらっている間、ギルド内を見飽きたのか子供達が声を掛けてきた。
「ノア姉チャン、依頼を受けるのか?」
「魔物を倒しに行くのか!?」
「ボク達もついてって良いー?」
依頼は受けるが、できることならば納品依頼が良いな。それも今すぐにでも納品ができるような依頼が良い。
依頼を受ける目的はあくまでランクを下げないためであり、そのために子供達の相手をする時間を減らしたくないのだ。
後、当然だが討伐依頼を行う場合は子供達を同行させるつもりはない。この場で待機してもらう。
そんなわけで納品依頼を望んでいたのだが、世の中そう甘くはないらしい。
「最近北の方でワイバーンが出たんですよねぇ…。ノア様、お願いできますか?」
「北のワイバーンと言うと、例の山の?」
「はい。薬草採取へ向かった冒険者達から目撃情報がありました」
以前私がワイバーンを斃した場所と同じ場所に、再びワイバーンが現れたようだ。
依頼書を確認させてもらえば、依頼主は冒険者ギルドだし、依頼書が発行されたのは今朝である。
本当ならば納品依頼が良かったのだが、生憎と納品依頼は今は切らしているらしい。
ならばもう常設依頼でもいいか、とも思ったのだがそこは子供達の手前、どうせならばちゃんとした依頼をこなそうと思ったのだ。
子供達は皆冒険者志望である。機会がこうして巡ってきたのだから、今からでも依頼の受注の流れを見せておくのも悪くないのではないかと思ったのだ。
思い立ったが吉日。ワイバーンの討伐依頼、断る理由は無くなった。
「依頼を受けるよ。受注手続きを頼むね」
「承知しました」
私がワイバーンの討伐依頼を受けると分かると、子供達は皆してはしゃぎだした。
私がワイバーンを斃すところを特等席で見られると思っているのだろう。
エリィが冷たい目で私を見ている。私が子供達を連れて行くと思っているようだ。本来ならばそんな事は許されるはずもない。
だが、私が自分の立場を用いて我儘を言えば、それができてしまうことを、エリィは分かっているのだ。
勿論、子供達を連れて行くつもりはない。
冒険者志望である子供達には、先輩冒険者達からありがたい話を聞いていてもらうとしよう。
私とエリィの会話を聞いていた、鋭い目つきをした冒険者達に視線を送り呼びつける。
「ちょっといいかな?」
「ウ、ウス!」
「この子達は将来有望な冒険者志望者達でね。貴方達には、私が依頼をこなしている間、この子達に貴方達の冒険を聞かせて欲しいんだ。できる?」
「ウッス!了解ッス!お任せください!」
子供達は私が討伐依頼に同行させないということが分かると、一斉に不満を口にしだした。
会話を聞きながらでも作業の手は休めないエリィは、優しい表情をしている。私が子供達を街の外へ連れて行かないこと、そして私が依頼をこなしている間の子供達の扱いに安心したのだろう。
そのためか、有り難いことに助け舟を出してくれた。
「あなた達、あまりノア様を困らせちゃダメよ?」
「えーっ!?だって、ノア姉ちゃんだったらワイバーンくらい余裕なんだろ!?」
「役に立てるだなんて思ってないですけど、自分の身は自分で守るし、邪魔をするつもりはありません!」
エリィの助け舟に子供達は普通に反論するのだが、まさかテッドまでもが私に同行する気満々だとは思っても見なかった。
子供達の決意は固かったが、そこは大人のエリィだ。一枚も二枚も上手である。
「厳しい事を言うけれど、あなた達が一緒について行く時点で、もう邪魔になってるのよ。大人しく先輩冒険者からありがたいお話を聞いていなさい。ノア様が頼まなきゃ、本来それすら難しいことなのよ?」
「ま、そういうこった!安心しな!チビッ子共が好きそうな話を聞かせてやるからな!それに、姐さんなら話をしてる間にすぐに帰ってきてくれるさ!」
当然だ。そう時間は掛けないとも。何せ、今の私には以前と違い解体用の魔術もあるのだから。
今から討伐に向かって五時間以内に戻ってこれる自信がある。
そして、冒険者に話をさせるのは、何も子供達を喜ばせるためだけではない。
私に付いてこようとしてこっそり街を出ようとするのを見張ってもらうためでもあったりする。
シンシアは以前にもまして身のこなしにキレが出てきたが、私が声を掛けたのは"
そうだ。どうせあの山に行くのなら、エビルイーグルも取ってこよう。今晩の食事に一品加えてもらうのだ。
私を睨みつける子供達の視線が痛いが、甘んじて受けよう。そしてなるべく早く帰ってこよう。
というわけで帰ってきた。
時間にして約50分。ついでとばかりに捕ってきたエビルイーグルをトーマスに渡してから冒険者ギルドに戻ってみれば、出発時とは打って変わった光景が広がっていた。
「スッゲ―ッ!!それで、その後はどうなったの!?」
「おう!間一髪!窮地を脱した俺達はだな―――」
冒険者達の体験談を聞いて盛り上がっている子供達の姿がそこにはあったのだ。
受注した時よりもギルド内にいる冒険者が増えているが、特に子供達に何かを言う様子はない。
こういう言い方はあまり好きではないが、冒険者達は、あの子達が私のお気に入りだということを知っているのだ。
というか、この街の冒険者達は善良な者達が多い。目を輝かせて冒険者達の冒険譚を聞く様子を、微笑ましく見守っているのだ。
私が声をかける前にシンシアが私の帰還に気付いた。こちらを向いて笑顔で私の帰りを歓迎してくれた。
「あ!ノア姉チャン帰ってきたー!おかえりー!早かったな!」
「「「「「ノアの姐さん!!お疲れ様です!!!」」」」」
何だこれは?
シンシアに帰りを歓迎してもらったのは素直に嬉しかったのだが、なぜ他の冒険者達までもが私を歓迎しているんだ?
しかも全員立ち上がり頭を深々と下げている。これではまるで舎弟とやらだ。彼等に稽古をつけた覚えは無いのだが?
「ただいま。良い話は聞けたかな?」
「スッゲ―面白い話聞けた!」
「途中だったからもうちょっと聞いてたいよー」
「わくわくするのは認めるけど、ちょっとフケツね!アタシが冒険者になったら、もっとキレイな冒険を目指すわ!」
話は概ね良好だったようだし、クミィに至っては反省を生かしてより良い冒険にして見せると豪語しているほどだ。
子供達にとって良い刺激になったようでなによりだ。
さて、私はさっさと依頼の完了手続きを済ませてしまおう。
「はいコレ。完了手続きを頼むよ」
「かしこまりました。本当にデタラメな速さですね…。あの山まで行ってワイバーン討伐して帰って来るなんて、例え"一等星"でも3時間はかかりますよ?」
「今更だろう?以前の事を考えれば、これぐらいのことはできても不思議ではない筈だと思うけど?」
「まぁ、そうなんですよねぇ…。はい、確認が終わりました。ギルド証をお返ししますね?それと、こちらが報酬です」
私ならば確実に依頼をこなせると分かっていたからか、エリィは既に報酬を用意していた。金貨5枚だ。
報酬を受け取り、子供達に一言断ってから早速解体したワイバーンを卸しに行こうかと思ったのだが、ここでエリィに呼び止められてしまった。聞きたい事があったようだ。
「ノア様!ちょっといいですか?」
「うん?どうしたの?」
「ギルドマスターには会って行かれますか?」
ギルドマスター。即ちユージェンである。エリィの口ぶりからすると、今からでも会えるらしい。
ユージェンにはオリヴィエの事や悪徳貴族の事で色々と世話になった。
そんなユージェンに会って行かないかとエリィは訊ねているのだ。
さて、どうしようか?
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