第313話 イスティエスタの冒険者達
私がユージェンに会うのは別に構わないのだが、問題はユージェンの方だな。
彼は私の正体がドラゴンと知る数少ない人間だ。その上、私の力をほぼ正確に理解している。
まぁ、七色の魔力や解放した時の魔力量までは流石に把握していないようだが。
何が言いたいのかと言えば、彼は私のことを非常に恐れているということだ。
できることなら、あまりこの街に留まって欲しくはないのではないだろうか?
だとすると、私ともなるべくなら会話をしたくないような気がする。
「ギルドマスターは私のことで何か言ってた?」
「特には何も言っていないのですが、深い溜息を吐き出してました」
苦笑しながら語っている辺り、エリィもユージェンが私のことを恐れている、もしくは厄介な相手だと思っていることを把握しているようだ。
まぁ、以前の滞在では結構な騒ぎを起こしてしまったからな。
あの時はエリィからも何度も声を荒げて注意を受けていたと記憶している。今となっては懐かしい思い出だ。
「彼には会わないでおこう。その方が彼にとっても都合が良さそうだし、特に話す事も無いだろうからね」
「分かりました。今度はきっと安堵の溜息を出すと思いますよ」
実際、ユージェンはエリィからの報告を聞いて安心するだろうな。彼女の言うように、深いため息をついて安堵する様子が容易に目に浮かぶ。
さて、それではワイバーンを卸しに行くとしようか。冒険者達の話もまだ終わっていないようだからな。
「仕留めたワイバーンを卸して来るから、もう少し待っていてもらえる?」
「「「わかったー!」」」
冒険者達の話に夢中になっているからか、とても素直に返事をしてくれた。
この様子なら、子供達のことはしばらく冒険者達に任せておいても良さそうだ。
地下の買取場へと足を運ぶと、以前訪れた時よりも場内は活気づいているように見えた。
定期的に"楽園"から素材が持ち込まれてきているからだろうか?
買取場の責任者であるモートンが私を見つけると、すぐさま私の元まで駆け寄ってきた。
他の職員達も私が訪れたことは把握しているようだが、仕事中のためかこちらに視線を向ける者は一人としていなかった。優秀なことで何よりだ。
「よう!ノア姫様!久しぶりだなぁ!今日はどんな要件だ?」
「久しぶり、モートン。さっきワイバーンの討伐依頼を受けて来てね。仕留めてきたから降ろしに来たんだ。勿論、解体も済ませているよ」
「ワイバーンっつったら、今朝ギルドが発注したアレか!?早えなんてもんじゃねぇだろ!?つーか解体も終らせてんのか!?かーっ!本っ当にとんでもねぇなぁ!『姫君』様はよぉ!」
意外にもモートンの反応はあっさりとしたものだった。前回解体済みのワイバーンを持ち込んだ時は今まで以上に驚いていたように思ったのだが、やはり慣れというヤツだろうか?
「あん時でさえあっという間にワイバーンを仕留めて来てたからな!その見た目になって間違いなくパワーアップしてるだろうからよ!こんぐれぇできて当然だって考えるわけよ!」
ああ、なるほど。すっかり忘れていたが、私の外見は以前この場に訪れた時よりも派手になっているのだった。
人間達にはキュピレキュピヌから寵愛を授かった事で、肉体が進化したと思われているんだったな。
それによって様々な能力が上昇していると思われているため、モートンも私の行動に驚かなかったのだろう。
有難迷惑だと思っていた神々からの寵愛は、癪ではあるがしっかりと役に立っているのだ。
では、さっさとワイバーンを卸してしまおうか。
手続きを終わらせて子供達の元まで戻って来ると、冒険者達の話は終わっていたのか、ロビーは先程よりも静かになっていた。
そして、冒険者達なのだが、さっきの今でさらに人数が増えている。そして誰もかれもが神妙な顔つきをしているのだ。一体何があった?
「何かあったの?」
「みんなノア姉チャンに特訓して欲しいんだって!」
「「「姐さん!!お願いします!!!」」」
勢いよく頭を下げられて懇願されてしまった。
彼等はティゼミアやアクアンで私が冒険者達に稽古をつけていた事を知っているのだろう。そして自分達にも稽古をつけて欲しいと思った、と。
望むのであれば稽古をつけることは吝かではないが、子供達はどう思っているのだろうか?
冒険者達には悪いが、私の優先順位は子供達である。あの子達が望まないのであれば、稽古はまたの機会に、ということになる。
「シンシア。貴女達はどう?彼等が稽古を受けているところ、見学したい?」
「えっ!?見学して良いの!?」
「したいしたーい!!」
「ちょっ!?ノア様!?」
子供達は見学がしたいようだ。冒険者達が実際にどんな動きをするのか、興味があるのだろう。
5人共目を輝かせて期待の眼差しを私に向けているところを見ると、見てみたいのは冒険者達だけでなく、私の動きも見てみたいようだな。
夕食の時間までどうしていようか少し悩んでいたところだったのでちょうどいい。思い切って午後は夕食までの間、冒険者達にみっちりと稽古をつけるとしよう。
まぁ、シンシアは夕方には宿の手伝いがあるだろうから、午後5時前には終わらせるが。
子供達に見学を提案した際にエリィが驚いていたが、何も問題はない。子供達には強固な結界を張っておくからな。
人間では到底解除できないような非常に強力な結界だ。過保護と言いたければ言うが良いさ。否定はしない。
エリィに心配する必要はないと伝えれば、彼女も渋々といった表情ではあるが、子供達の見学を認めてくれた。
「ただし、稽古を行うのは午後からだ。今から稽古を行うまでの間、ゆっくり体を休めておくように」
「「「ウッス!!よろしくお願いしゃっす!!!」」」
ギルドに入ってきた冒険者達は、今しがた依頼を終わらせてきた者達ばかりだ。つまり、体力を消耗しているのである。
そんな状態で稽古をつけたとしても、稽古の内容など碌に身に付かないだろう。
まずは、体を休めさせなければな。
それに、昼休憩をはさむのならば、エリィも一時的に職務中では無くなるのだ。食べたそうにしていた串料理を渡すいい口実になる筈だ。
時間も昼になるかならないかの時間だ。早いところでは食事を扱う露店も店を開いている頃だろう。
東大通の例の肉串の露店も、店を開いている筈だ。今日の昼食はあの露店の肉串にしよう。
やはり最初に目にした料理なだけあり、私の中ではあの肉串はかなり印象深い料理なのだ。味も良かったしな。
肉串を買いに行くついでに、一度"囁き鳥の止まり木亭"に立ち寄り、シンシアの両親に今日は午後5時までシンシアを預かることの了承を得ておいた。
彼女は宿の掃除などがあるから、普段は夕方になる前から宿の仕事を手伝っていたのだ。私の都合で今日は手伝えないことを断っておかなければ、不当に怒られてしまうところだった。
報告と連絡も済ませたところで東大通りの肉串の露店に向かえば、早速甘辛い匂いが私の鼻孔を刺激した。同行している子供達も、非常に嬉しそうだ。
露店の店主は私が以前肉串を購入していたことを覚えていたようだ。以前同様、サービスしてくれた。
大量に購入して旅先で食べようかとも考えたのだが、それでは長時間子供達を待たせることになってしまう。
人数分の肉串を購入したら、大人しく露店を立ち去る事にした。
肉串を購入して公園で軽く魔力の扱い方を子供達にレクチャーを行い、正午になったところで冒険者ギルドに戻ってきた。エリィも昼休憩になったのだ。
今は職務中では無いだろうから先程購入した肉串も合わせて魚の串料理を渡したら、非常に喜ばれた。
エリィも東大通りの肉串は滅多に口に出来なかったそうだ。
「食べたことが無いわけではなかったんですけど、やっぱりなかなか口に出来ませんでしたからね。とっても嬉しいです!それに滅多に食べる事ができない外国の料理まで…!ノア様!本当にありがとうございます!」
依頼を受けた時よりもいい笑顔をしているのは、気のせいではない筈だ。それほどまでにどちらも食べたかったのだろう。
折角なので、そのままエリィも加えて子供達と昼食を取った後は、子供達にとっても冒険者達にとってもお待ちかねの稽古の時間だ。
エリィは本当に優秀なようで、あれから肉串を購入するためにギルドを出た後、すぐにユージェンに報告してティゼミアやアクアンでの稽古と同じ条件の依頼を作製してしまったのである。
ティゼミアでの前例があったので非常に速く製作できたのだそうだが、それにしたって見事な速さだと言わざるを得ない。
そんなわけで子供達が見学する中、冒険者達に稽古をつけたわけだが、流石は"楽園"最前線。その実力はティゼミアやアクアンの冒険者達よりも高かった。
よく周りを見ているし、集中力もある。身体能力も同ランク帯の平均以上はあったし、咄嗟の判断も良かった。
稽古の内容は、必然的に迫力のあるものとなった。そうなれば喜ぶのは当然、見学していた子供達だ。
最初は私にばかり注目していた子供達だったが、次第にあの子達の視線は冒険者達に移っていったのだ。
「兄ちゃん達ぃ!がんばれーっ!」
「今のカッコよかったー!」
「うおおおお!今の動きすげーーー!!」
特にシンシア、マイク、トミーの三人が頻繁に冒険者達に声援を送るようになったのだ。
自分達を慕ってくれる可愛らしい子供達から声援を受けるというのは、冒険者達にとって非常に励みになったらしい。
声援を受けてからというもの、目に見えて冒険者達の雰囲気がやる気に満ちたものへと変わっていったのだ。
そのやる気に呼応するかのように、彼等の動きは良くなっていった。
稽古を受けた冒険者達は、非常に充実した時間を過ごしたのだろう。
時間が来て稽古が終了した時の彼等の表情は皆、非常にやりきった、満足げな表情をしていた。
だが、そのために少々無理をしていたようだ。ここまで無理をして頑張ってきた反動が遂に冒険者達へと襲い掛かってきたのである。
「あがぁっ!?ち、ちょっと体を動かすだけで…ピキッって、ピキィッってなったぁ…っ!」
「お、おおっふ…!あ、姐さん…!治癒魔術とかって、やってもらえねぇっすか…!?」
「できない事は無いけど、魔術で体を癒してしまったら、折角の成長が台無しになるよ?」
人間の身体能力を決定づける筋肉。その成長は筋肉を酷使して破断した後に、摂取した栄養を糧に新たに筋肉が作られる際に起きるものだ。
魔術による治療は、その破断を無かったことにしてしまう行為なのだ。
そのため、私が冒険者達に治癒魔術を使用してしまうと彼等の筋肉が成長しないのである。
実を言うと、魔力量の成長も似たような原理だったりする。
魔力量の最大値を成長させる方法は複数あるのだが、そのうちの最も有名な方法が枯渇するほどまで魔力を使用する事である。
しかし、枯渇するまで魔力を使用した後に魔力回復薬などによる外的要因によって魔力を回復させようとすると、最大値は上昇しなかったりするのだ。
まぁ、今述べた魔力の最大値の上昇方法は、あくまでも数ある方法の一つでしかないのだが。
稽古を終えて冒険者ギルドを立ち去る際の子供達は、皆上機嫌だった。冒険者達に憧れる理由が一つ増えたようだった。
そして嬉しいことに、今まで以上に私に対して憧れの感情を向けてくれるようになったのだ。
「冒険者の兄ちゃんや姉ちゃん達も凄かったけど、やっぱノア姉ちゃんが一番すごかったな!」
「そりゃそうだろ!?だってノア姉チャンなんだぜ!?」
「皆がノアさんのこと、お姫様だって言う理由、ちょっとわかった気がするわ」
「みんなカッコ良かったよねー!」
「知らない魔術が沢山見れました!とっても勉強になりました!」
思い思いの感想を口にしながら、子供達はそれぞれの家へと帰っていった。私とシンシアも宿へ戻るとしよう。
"囁き鳥の止まり木亭"に戻れば、既にジェシカが食堂の掃除を済ませて一息ついているところだった。
そして私に気付いた彼女が何をするかと思えば、急に恭しい態度でお辞儀をしだしたのだ。
「『黒龍の姫君』ノア様。お久しゅうございます。ご機嫌は如何でしょうか?」
「ジェシー姉、変な物でも食べたの?あいたっ!?」
私が反応をする前にシンシアがジェシカにツッコミを入れる事で、ジェシカがシンシアに拳骨を落としたのである。恭しい態度が台無しである。
「もう!折角ノアさんのこと驚かせようと思ったのに台無しじゃない!」
「えー、だってジェシー姉、さっきの全然に似合ってなかったぜ?」
「なぁんですってぇ!?」
「ひゃあっ!ノ、ノア姉チャン…!」
ジェシカの注意にシンシアが反論をすれば、それに怒ってさらにシンシアを問い詰め、その迫力にシンシアが私の背に隠れてしまった。
そのやり取りが何とも微笑ましく、つい吹き出してしまった。
「ノアさんったら、笑い事じゃないと思うのだけど?」
「うん。やっぱりジェシカはそっちの方がしっくりくるよ」
「まぁ!ノアさんったらひどいのね!私だっていいとこの飲食店の人気店員なのよ?畏まった態度ぐらいできるんですからね!」
ジェシカの言葉に嘘は無いのだろうが、生憎と私はそんなジェシカの姿をこの目で見たことが無いのだ。どうしても今のような態度の方がしっくりくる。
それに、今の態度こそがジェシカの素の姿だろうからな。尚更である。
その後、シンシアとジェシカにこれまでの旅行のことを夕食の時間になるまでざっくりと話す事にした。
さぁ、ようやくハン・バガーセットを食べられるぞ!
味を解析するためにも、たっぷりと食べるのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます