第314話 イスティエスタでの目的を果たそう!

 午後6時になった時点で私はシンシアにハン・バガーセットを5つ注文した。後は料理が来るのを待つばかりかと思ったのだが、ここで嬉しい事が起きた。


 ワイバーンの討伐から帰ってきた際に、トーマスに渡したエビルイーグルを用いた料理を、ジェシカが運んできたのである。夕食が注文可能になる前から、トーマスがエビルイーグルを調理してくれていたのだ。しかも料理は1品だけでなく複数ある。


 感謝しかないな。ハン・バガーセットが運ばれてくるまでの間、退屈せずにすみそうなのだ。


 やはりトーマスは名料理人だ!

 焼き、蒸し、煮込み料理を提供されたわけだが、そのどれもが絶品だった!あまりにも美味かったので、1品だけでも結構な量があった筈なのにハン・バガーセットが届く前に食べ終わってしまったのだ!


 追加で注文しようか悩んだが、エビルイーグルは私が持ち込んだ肉以外は在庫が無いらしいので、遠慮しておいた。

 確かに捕ってきたのは私なのだから遠慮をする必要はないとは思うのだが、だからと言ってその全てを食べてしまっては、他の客に悪い気がしたのだ。

 今しがた食べた料理、しっかりと記憶して再現できるようにしておこう。


 食べた料理の味や食感を思い出しながら頭に刻み込んでいると、いよいよシンシアがハン・バガーセットを運んできた。

 大した時間が経っていないというのに、物凄く待ちわびた気がする。それほどまでに、私は楽しみにしていたのだ。


 「ノア姉チャンお待たせー!ハン・バガーセットまずは2つだぜ!ってノア姉チャン、さっきジェシー姉に持って来てもらった料理もう全部食っちまったのか!?」

 「うん。とても美味しかった。そして待っていたよ」

 「ノア姉チャン、ちょっとは味わって食べた方が良いぞ?このままだとハン・バガーセットもあっという間になくなっちまうぞ?」


 全くもってその通りだ。ポテトもシードルも、そしてハン・バガーも。どれもゆっくりと味わって食べなければ、1分も掛からずに完食してしまいそうだ。


 実際のところ、できるか出来ないかで言えば確実にできる。インゲインにアイラとシャーリィを連れて来た報酬として用意させた100食分のハン・バガーセットは、僅か10分ほどで完食してしまったのだ。

 まぁ、あれは殆ど碌に味わいもせず、飲み込むようにして食べてしまったからなのだが。


 とにかく、待ちに待った料理が美味いからと言って、調子に乗って勢いよく食べないように気を付けよう。

 ハン・バガーセットを注文したのは、ただ食べたかったからというだけでなく、味の解析も目的に含まれているのだから。


 じっくりとハン・バガーセットを味わい、更に追加で3つ注文したところで、ようやく味の再現に目処が立った。

 やはり肝となるのはあの甘辛なタレだ。しかし、問題はそこからだな。


 間違いなく私がモーダンで購入した豆が原材料になっているのだが、どうすればあの豆がこのタレになるのか未だに想像がつかないのだ。

 おそらくは料理に関する私の知識不足が原因だろう。ティゼミアの次に向かうニスマ王国で、その手掛かりがつかめればいいのだが…。


 ハン・バガーセットも十分に堪能したところで、今日の夕食は終わりにした。この後顔を出す場所が私にはあるのだ。



 宿を出てまず向かったのは、この街の図書館である。エリィの姉であるエレノアにも顔を出しておきたかったのだ。

 彼女が『転写』という魔術を教えてくれたおかげで、『転写』を応用した魔術、『複写』を習得する事ができたのだ。

 それによって、私は短時間で膨大な知識を所有する事ができたのだ。エレノアもまた、私にとっては恩人なのである。顔を出さない理由が無かった。


 図書館に入れば、すぐにエレノアの姿を確認できた。変わらず受付を担当しているようだ。

 この街の図書館には人があまり訪れないためか、非常に退屈そうにしている。


 エレノアが私の姿を見つけると、非常に嬉しそうな笑顔をしてくれた。私としても親しくなった人物と再び会う事ができて嬉しく思う。


 「久しぶりだね、エレノア。相変わらず受付は暇?」

 「お久しぶりです、ノア様。まさか私にまで声を掛けて下さるなんて思っていませんでした。」

 「つれないことを言わないでほしいな。私が行く先々で役立てている『複写』の魔術は、貴女のおかげで習得できたんだ。私からすれば、貴女は恩人に他ならないよ」


 会いに来た理由を説明しても、エレノアは謙遜した態度を取っている。

 彼女曰く、自分でなくとも『転写』について説明をしていたと。


 確かにそうかもしれない。だが、結局のところそれはたらればの話だ。私に情報を教えたのはエレノアなのである。

 そしてエレノアは、私が好感を持つのに十分な人柄をしていた。それで十分なのである。


 微妙に納得のいっていない表情をされてしまったが、一緒に食事を楽しんだ友人のところに顔を出しに来ただけだと伝えたら、一応の納得はしてくれた。


 エレノアへの挨拶を済ませたら、今日の最後の用事だ。フウカの店に顔を出そう。



 店自体は今日は既に閉店していたが、フウカは外出しているわけではない。予め『通話』で訪問することを伝えてもいたので、店の入り口に立った瞬間に扉が開かれて出迎えられた。


 「ノア様。お久しゅうございます。こうして再び直接お会いできましたこと、恐悦至極にございます」

 「久しぶり。元気そうで何よりだよ。今日はフウカにプレゼントを持って来たんだ」

 「まぁ…!ノア様からの…!?」


 店内に案内されて用件を伝えると、フウカはとても嬉しそうにしてくれた。

 彼女の事だから、私からのプレゼントだと言えば大抵のものは喜んで受け取ってくれるだろうとは言え、まだ何を渡すか言っていない。


 それでも満面の笑みを浮かべるほど喜んでくれるということは、それだけ私のことを信頼してくれているという事でもある。


 彼女の期待に応えられればいいのだが…。


 「プレゼントは、私がアクレイン王国の港街・モーダンで購入した海外の服だよ」

 「何という事でしょう!これほどの幸せがあっていいのでしょうか…!?」


 プレゼントの内容を告げて『収納』からモーダンで購入した海外の衣服を取り出すと、フウカは両手を組んで喜びの感情を露わにしだした。


 「気に入ってもらえたかな?」

 「勿論です!海外の衣服を目にした事が無いわけではありませんが、こうして手に取ってその構造や素材を確認できる機会など、これまでまったくと言っていいほどありませんでしたから…!」


 文化が異なれば服の形状や構造、それに素材も異なってくる。服飾の制作を生業としているフウカにとって、興味があったのだろう。


 「あ、あの、ノア様!こちらの衣服の数々、どれもサイズがノア様にピッタリのように愚考しますが…!?」

 「ああ、そうれはそうだよ。元々私が着るために購入したものだからね。だが、だからこそ、コレ等の服を参考に貴女に新しい私の服を制作してもらいたいんだ」

 「ふお…っ!?おぐ…っ!」


 私の要望をフウカに伝えると、彼女は口元を抑えて蹲ってしまった。

 体調を崩してしまったわけではない。魔力の状態を見る限りでは、感極まって立つことができなくなってしまったようだ。


 フウカは私の服装次第では、鼻血を噴き出して倒れてしまうような感性豊かな人物だ。この程度の反応なら、まだ大したことは無いだろう。


 そう思っていたら、いつの間にか私の前で跪いていたフウカから要望を出された。


 「ノア様!コレ等の衣服、着用しているところを見せていただくことはできますでしょうか!?ノア様の新たな衣装の制作に、是非とも参考にしたいのです!」


 まぁ、別に着て見せることは吝かではない。フウカが言う通り、彼女の制作意欲にも大きな刺激を与える事担うだろうしな。


 ただ、問題はフウカが無事でいられるかどうかだ。以前のように鼻血を噴き出して倒れなければいいのだが…。

 まぁ、いざとなったら私が治療すればいいか。


 普段私が就寝する時間まで、時間はまだ十分ある。この街には風呂屋が無いので、入浴時間がないことを考えれば尚更だ。


 ならば、フウカの今後の新作のためにも、彼女の要望に応えるとしよう。



 夜も遅い時間となったので、"囁き鳥の止まり木亭"に戻る事となった。

 まだ着て見せていない服は残っていたのだが、明日の朝にはティゼミアへ出発したかったので、残りはまた別の機会に、という事となった。


 「ならば、近い内に少しの間店を閉めて私もティゼミアへ向かいます!子供達の様子も見たいので、丁度良い機会です!秘境にて、残りの衣装を見せていただくことはできますか!?」


 そうまで必死に頼み込まれたら断るわけにもいかないだろう。マコトが彼の秘境で預かっている子供達の様子も確認したかったので、確かにちょうどいい機会でもあるため了承しておいた。


 尤も、突然店を閉めるわけにはいかないので、フウカが街を出るのは2,3日後となるようだが。


 部屋に戻って就寝の支度をしてベッドへと入れば、以前も味わった柔らかな布団の感触が私の体を包み込み、あっという間に意識を手えば成す事となった。


 明日はシンシアが私を起こしてくれるだろうから、レイブランとヤタールには朝起こしてもらわなくても問題無いと伝えてある。



 私の頭部に何度も何かが当たる感覚を覚える。きっとシンシアが私の頭を棒で叩いているのだろう。

 朝が訪れたのだ。彼女は以前の約束通り、私を起こしに来てくれた、ということなのだろう。


 いつまでも起きずにいたら、きっとシンシアはずっと私の頭を棒で叩き続けるに違いない。

 そんな事をしてしまったら彼女が早朝から疲れ切ってしまうので、さっさと起き上がるとしよう。


 「おはよう、シンシア。お起しに来てくれてありがとう」

 「おはよ!ノア姉チャンを起こすのはオレの仕事だし、約束したからな!」


 そういって、息を切らしながらもシンシアは満面の笑みを見せてくれた。


 なお、今回はシンシアから注意を受けることは無い。本の知識から、寝間着という概念を知り、既に購入して寝る前に着用していたからだ。

 これが着てみるとなかなか着心地が良かったので、今後も旅行先では寝間着を着用して就寝することにした。


 家で就寝する場合?

 皆のモフモフやフサフサを全身で十全に堪能するためにも、今後とも衣服を着用するつもりはないとも!


 服を着替えて下に降りれば、既に朝食が用意されていた。相変わらず良い匂いをしている。


 食事を終えたら、いよいよティゼミアへ向けて出発だ。今回はこの街には1日しか滞在しないことは昨日の内に伝えてある。

 2度目の訪問だからか、別れを惜しまれるような事も無かった。いつか再び、この街に訪れることが分かっているからだろう。


 さて、最短距離でティゼミアへと向かってもよかったのだが、寄り道をしてみようと思う。

 行先は、以前もティゼミアへ行く途中立ち寄る事となったあの養蜂の村だ。

 あの村で販売しているハチミツを使用した焼菓子を私は結局のところ口にした事が無いのだ。


 正直な事を言えば、ティゼミアの高級菓子店で販売されている焼菓子の方が美味いとは思っている。

 だが、味が良ければいいという問題では無いのだ。


 ティゼミアへ向かう道中、共に馬車で移動した若い冒険者志望の少年少女達。彼等が実に美味そうな表情で口にしていたあの焼菓子を、私も一度でいいから味わってみたかったのだ。後、ついでに以前購入したハチミツの飴も買い足しておきたかった。


 馬車でゆっくりと移動しようものなら養蜂の村まで3日は掛かってしまうが、私が走って向かえば1時間と掛からない。ついでだから、村の近くにある花畑もじっくりと観察しながら移動しよう。



 一人で村に訪れたせいか、村人達からは非常に驚かれてしまったが、歓迎自体はしてくれた。

 というか、村人達は私が再びこの村を訪れるとは思っていなかったらしい。


 ここの村人達も、クレスレイやレオナルドが私をどのように扱うのか承知しているらしく、以前あった時とは比較にならないほど畏まった態度を取られてしまった。


 碌に歓迎の用意ができていないことを、必死になって謝られてしまった。


 今回この村に訪れた理由を村長に伝えたら、碌に歓迎ができないことの詫びとして大量に渡されそうになってしまったが、そもそも歓待を受けるつもりが無かったので、しっかりと正規の値段で購入させてもらった。



 買うものも買ったので早々に村を立ち去り、ティゼミアへ移動すること30分。ティゼミアの城門と、その門を守る懐かしい顔が私の目に入った。

 そういえば、彼女ともそれなりに仲が良かったのだが、彼女の住まいが分からなかったので手紙を渡していなかったな。

 マコトが通達してくれているとは思うが、やはり驚かれてしまうだろうか?


 城門まで移動すれば、件の人物はこちらに気付き、私が城門に辿り着く前に私の元まで駆け寄ってきたのである。


 私の元までたどり着くと、彼女はすぐさま跪き、歓迎の挨拶を述べ出した。


 「ノア様。再びのご来訪、心よりお待ちしておりました。ようこそ、ティゼミアへ。歓迎いたします」

 「久しぶり、マーサ。何だか以前よりも更に恭しくなってない?」

 「それはそうですよ。何せ今のノア様は人によっては一国の主以上に敬われるような御方ですから」


 おそらくは2柱の寵愛の事を言っているのだろう。

 私が人間達から姫として扱われる前は、共にカンディーの風呂屋で気軽に話し合っていた仲だったのだが、随分と変わってしまったものである。少し寂しい。

 ピリカは変わっていなければ嬉しいのだが…。


 何はともあれ、ティゼミアに到着である。


 まずは、以前宿泊した宿、"白い顔の青本亭"へ向かうとしよう!

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