第315話 異世界人と話そう
"白い顔の青本亭"に顔を出せば、扉を開けた直後に宿の主であるブライアンが私を歓迎してくれた。
「やぁやぁ!こいつぁあ『姫君』様!久しぶりでごぜぇます!今回も、ウチでご宿泊を!?」
「ああ、久しぶりだね、ブライアン。ところでその喋り方は何なの?」
歓迎してくれるのは素直に嬉しいのだが、ブライアンの口調は以前とはまるで変わった、何と言うか小説に出て来る下っ端の言葉づかいに聞こえたのだ。芝居がかっている、もっと言うのであればわざとらしいとも言える。
私が疑問をぶつけると、ブライアンは以前と変わらない口調で理由を説明してくれた。
「そうは言ってもよぉ、国がお姫様だって認めた御仁だぜ?丁寧な態度を取らなきゃ何言われっか分かったもんじゃねぇからな!」
「アイラだってたまにこの宿を利用するんだから、彼女と同じような対応で良いじゃないか」
貴族と姫とでは対応が違うのかもしれないが、私は人間達にとっては正真正銘の姫というわけでもないのだ。
丁寧な対応をしなければならなと言うのなら、アイラと同じような扱いをしてくれればそれでいい。
と思ったのだが、そうはいかなかった。アイラが結婚前からこの宿を利用していた弊害があったようだ。
「いやぁ、実を言うとアイラの嬢ちゃんは特別でな…」
「…嬢ちゃんだなんて呼び方をするということは、アイラは随分と若い頃、と言うか幼いころからこの宿に顔を出していたようだね?」
「平民のフリまでしてな。おかげで俺達が嬢ちゃんの素性を知ったのは大分後の話だったよ」
具体的に言うのであれば、マクシミリアンと知り合い、アイラの実家であるフルベイン家を巻き込んだ騒動に発展するまで気づかれなかったらしい。
そのせいか、アイラに対してはブライアンも貴族として接しづらいのだとか。
アイラ自身がその対応を認めてしまっているため、彼女はこの店ではほぼ平民と同じ対応をされているのだとか。
まぁ、そうは言ってもこの宿は高級宿。平民相手でも多くの従業員は丁寧な対応をするため、あまり違和感はないのだが。
今まで通りの対応で問題無いことを伝えて、とりあえず5日間ほど宿泊させてもらうことにした。必要に応じて追加で宿泊させてもらうとしよう。
なにせティゼミアには顔を出すべき場所が結構あるのだ。1日2日で用事が済むとは思っていない。
宿泊手続きが済んだら、そのまま宿を後にして、次の目的地へ移動する。向かう先は冒険者ギルドだ。
マコトは私に聞きたい事があるだろうし、私もマコトに報告する事があるし聞きたい事もある。
ティゼミアに向かって移動している最中に、マコトには『通話』で連絡を入れておいた。そのため、受付が私の姿を見たら、すぐにマコトの元まで案内してくれた。
執務室の前まで私を案内したら、受付はそそくさとロビーへと戻ってしまった。
執務室に入ると、マコトが本来の若い青年の姿で出迎えてくれた。受付が逃げるようにして立ち去ったのはコレが原因か。
おそらく、マコトが案内をしたらすぐに持ち場に戻るように強く指示を出していたのだろう。
そんな事をするぐらいなら、私を部屋に招いた後に変装を解けばいいものを…。
まぁ、その辺りは彼なりにこだわりがあるのだろう。
「どうもノアさん、お久しぶりです」
「久しぶり。相変わらず仕事詰めのようだね、マコト」
約3ヶ月ぶりに直接見たマコトの顔は、相も変わらず疲労が見て取れた。相変わらずあまり休めていないのだろう。
悪徳とはいえ多くの貴族が一度にこの国から消えてしまったのである。
抹消された者達の土地や財産をどう扱うか、城では日夜討論が続けられていると以前マコトが話していた。
他人事のようにマコトは話していたが、間違いなく彼も話に加わっている。話の内容が妙に正確だったし、愚痴混じりに話しているように聞こえたからだ。
おそらく討論はまだ続いているのだろう。本来ならばマコトが加わるべき話ではない筈なのだが、彼は古くからこの国の政治に関わって来ていたのだろう。
悪徳貴族を一掃した事による人手不足も相まって、彼も話に参加させられていると考えられる。
薄情な事を言わせてもらうと、私は彼等の討論に首を突っ込むつもりはない。どう考えても面倒臭い話だし、そもそもよそ者が関わっていい話では無いからだ。
私がこの状況を作ってしまった原因の一端であるため、責任を取って欲しいと言われて討論に参加を求められるかもしれないが、仮に求められたとしても私は断らせてもらう。
というか、マコトが疲れている理由はそれだけではない。土地や財産のやり取りの討論など、数ある理由の一つでしかないのだ。
"楽園"全体の魔力量が上昇している、と"楽園"へ向かったイスティエスタの冒険者達が口を揃えて話しているのだ。
彼等の言っている事は正しい。"楽園浅部"から"楽園最奥"、ラフマンデーが"聖域"と呼ぶ私の広場に至るまで、"楽園"全体の魔力量や密度が上昇しているのだ。その結果、"楽園"に住まう者達が色々な意味で強くなっている。
私の知る限りでは、身体能力や防御力を始めとした基本的な生物強度の上昇や、魔術の強化だな。中には非常に稀ではあるが、新たに魔法を使用できるようになった個体も現れた。
何かあるとレイブランとヤタールがすぐに報告してくれるので、割とすぐに把握できた。
原因は言わずもがな、オーカドリアである。
あの精霊の影響力は非常に大きかったようで、根を伝って"楽園"全体にその魔力を浸透させてしまったのだ。
"楽園浅部"はまだ良い。張り巡らされた根の数も少なく細いので、浸透した魔力は微々たるものだった。
人間達も、強くなった"楽園浅部"の魔物や魔獣に今まで以上に手こずりはしたものの最悪の事態にはならなかったそうだ。
問題は"楽園中部"よりも奥に齎された影響である。
"浅部"よりも"中部"の方がオーカドリアとの距離は当然近い。それは即ち、オーカドリアの張り巡らされた根の量も多くなるし太くなる。それはつまり、浸透する魔力量も多くなるという事だ。
何が言いたいかと言えば、"浅部"とそれ以降の場所では、強化度合いが段違いなのである。
"楽園浅部"の住民達の強さが平均で1割ほど能力が上昇しているのに対し、"中部は"2割、"深部"は5割、"最奥"は9割、能力が上昇している。
オーカドリアの根元である広場の皆に至ってはなんと2.5倍だ。これは直接オーカドリアの果実を食べた事も原因の一つとして考えられる。
ただでさえ人間達では近づけないような場所が、更に危険な場所になったのだ。
当然、調査のために多くの冒険者達が"楽園"へ足を運ぶ事となった。
なんと、マコトにも直接"楽園"へ調査に向かってほしいという話も検討されていたのだそうだ。
先程述べた討論の事もあれば、ギルドマスターが長期間ギルドを留守にするわけにもいかないため断ったらしいが。
断ってくれて正直ほっとしている。
人間達よりは"楽園"の状況を詳しく把握している私としては、今の"楽園"は例えマコトが挑んだとしても、少しの油断で命を落としてしまうような非常に危険な場所となっている事を知っているのだ。
もし調査を引き受けていたら、力ずくで止めていたかもしれない。私はマコトと言う友人を、まだ失いたくないのだ。
「まぁ、いつものことですよ。ところでノアさん、あの連中の事、あれからどうなったか聞かせてもらっていいですか?」
マコトが効いているあの連中というのは、勿論"魔獣の牙"の事である。
あの連中は一人残らず始末したが、その事をまだマコトには説明していないのだ。うっかり人前で口に出していい内容では無いだろうからな。こうして直接会うまで報告するつもりは無かった。
私は、マコトにはある程度の真実を話す事にした。
真実を話すと言っても、私の素性や"楽園"の事ではない。
"魔獣の牙"の背後にいた者、アグレイシアについてだ。そして、アグレイシアの下部であり剣となった"女神の剣"の事である。
ついでだから、私は過去の情報を視聴できる事も伝えておくことにした。
「ノアさんが過去の出来事を視聴できることはひとまず置くとして、女神・アグレイシア、ですか…。そんな奴がいたんですね…」
右手を顎に当て、深く考え込むようにしてマコトが呟く。彼はこちらの世界に来たのは、女神の手によるものではない、と考えてよさそうだ。
折角なので、マコトがこの世界に来た時の話を詳しく聞かせてもらおうとしよう。
「マコト、私から言わせてもらおうと、アグレイシアはこの世界に対する侵略者だ。奴が数千年経過した今でも未だにこの世界に侵略を企むのなら、その存在を許すつもりはない」
「えっと…対抗策とか、何かあったりするんですか…?」
「いや、今のところはなにも無いよ」
キッパリと質問に答えると、マコトはがっくりと顔を勢いよく俯かせてしまった。
嬉しいことに、彼は私と同じくアグレイシアの行動に否定的なようなのだ。そして私ならばアグレイシアすら排除できてしまうのではないかと考えたらしい。
今の頭の動きは、激しく落胆した、という事でいいのだろうか?
まぁ、手掛かりはこれから集める。その為にも、マコトには協力をしてもらわないとな。
「手掛かりまでまったく無いわけでは無いのだけどね」
「その、手掛かりというのは…!?」
「貴方のことだよ、マコト」
「ぼ、僕が…ですか!?」
おや、意外な事にマコトは私からの指摘にかなり驚いている。もしかして、彼は自分が異世界の人間であるという事実を隠しておきたかったのだろうか?
「異世界の事は異世界の者に聞くのが一番だと思ってね。マコト。私が異世界を知るためにも、貴方がこの世界に来た時のこと、詳しい話を聞かせて欲しいんだ」
「…っ!気付いて、いたんですか…」
「まぁ、貴方は色々な意味で特殊な人だったからね。貴方が"何処からともなく来た人"だということは、割とすぐに分かったよ。尤も、異世界の概念を知ったのは、それなりに時間が経った後だけどね」
「は、ははは…。若い時のやんちゃが、こんなところで響いて来るなんて…」
自分の正体が知られた理由が過去の自分の行いによるものだと、マコトは正確に把握しているようだ。
その事にショックを受けているおかげで、私がどうやって異世界の概念を知ったのかは言及されなかった。
「改めてマコト。異世界のことを知るためにも、貴方がこの世界に来た時のこと、詳しく聞かせてもらっていいかな?」
「分かりました。お役に立てるかどうかは別として、お話ししましょう…」
マコトから話を聞くと同時に、私は『真理の眼』を発動させる。
別に彼のことを信用していないわけではない。マコトがこの世界に来た時の状況を、より詳しく知るためだ。
多分だが、結構長い話になると思う。心して聞くとしよう。
マコトの話を聞き終えるとともに、『真理の眼』を解除する。
私の予想に反して、マコトの説明はかなり短かった。
いくつか私の知らない単語が出てきたが、それは多分マコトの世界にはあって此方の世界には無い何かを指す単語だ。あまり気にする必要はない。
彼の話を要約すると、勤めていた仕事から自分の家に帰宅し、家の扉を開けて足を踏み入れた瞬間には、こちらの世界に来ていたと言うのだ。
摩訶不思議な事に、その際に服装まで自分がそれまで着ていた物ではなくなっていたらしい。
そして、彼がこの世界に来た際に最初に立っていた場所は、ティゼム王国ではなかった。
これは逆に好機である。今の魔力を抑えた私の『真理の眼』では異世界まで効果が発揮できなかったのである。
だがもしもマコトが最初に立っていた場所にて7色の魔力を使用して『真理の眼』を用いた場合、異世界の光景を目にすることができるかもしれないのだ。
マコトが最初にいた場所がこの国のどこかでなくて良かった。
七色の魔力を使用する以上、その存在を感知されないためにも、再びルグナツァリオに協力を仰ぐことになっていただろうからな。
場所によってはシセラに神の気配を気取られていたかもしれなかったのだ。
そうなった場合、あのシセラのことだ。ルグナツァリオの気配と私とを関連付けるに違いない。
それだけで七色の魔力に、私の正体に到達できるだなどとは思わないが、思わぬところでバレてしまう可能性ができてしまう。私はそれを避けたいのだ。
「話してくれてありがとう。いずれ、貴方が最初にいた場所にも訪れてみるよ」
「分かりました。健闘を祈ります」
「ところで、一つ聞きたいんだけど…」
「はい、なんでしょう」
仮に『真理の眼』で異世界を見る事ができたとして、いつかは異世界へと渡る手段を習得したとして。
マコトは、自分の産まれた世界に、故郷に帰りたいだろうか?
今はその方法などまるで思いつかないが、それでも聞いておきたかった。友人との、永遠の別れになるかもしれなかったのだから。
以前、マコトには同じような質問をした事がある。だが、その時は帰る方法など到底思いつかなかった。だが、帰る事ができたのなら?
私の問いかけに、マコトは答える。
「見れるものなら見たいですけど、以前にもお伝えした通り今更元の世界に帰る気はありませんよ。今更元の世界に、転移した時間に帰ることができたとしても、既にあの世界にとって、僕は異物になっているでしょうから。僕は、自分をこの世界の住人だと自負します」
マコトの答えは、以前訊ねた時と変わらなかった。彼は既に、この世界の住民である事を選んだのだ。
五大神的に、マコトの考えはどうとらえるのだろうか?シセラが察知できない場所。
ニスマ王国へ移動している最中にでも聞いておくとしよう。
正直、マコトが故郷に帰るつもりが無いと言ってくれて、とても嬉しかった。可能であるのならば、今生の別れというのは、死別以外で味わいたくないものである。
まぁ、マコトを元の世界に返してやれるのだから、会いたくなったら私の方から会いに行けばいいだけなのかもしれないが。
とにかく、冒険者ギルドでの用事は済ませた。
ギルドを後にして、次はマーグの店に向かうとしよう。
もう従業員達の意見も聞き終わっているだろうからな。
彼等がどうするのか、答えを聞かせてもらおう。
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