第316話 マギモデル

 マーグの経営する店に移動する際に、服装も変更しておく。

 今更普段着ているような服装で彼の店に足を運んだとしても、彼は何も言わないだろうが、人間達は様式というものを大事にする。


 マーグの店に訪れている他の客達から彼の店が下に見られないようにするためにも、店に会った服装で訪問するのが礼儀というものだと思った。


 フウカが手掛けたドレスに着替えてマーグの店に入ると、そこにはマーグを始めとした大勢の従業員が跪いて私を迎えていた。

 マーグは私の気配が店に近づいてきたことを察すると、すぐさま従業員達に全員集まるように通達して、こうして店の入り口付近に集めたのだ。


 統率された動きからして、全員の意志は纏まっているようだ。


 「ご無沙汰しております、ノア様。我等一同、ノア様の御来店を心よりお待ちしておりました!」

 「貴方達の意思、聞くまでも無いようだね?」

 「ははぁっ!私を始め、ここにいる従業員達173名、全員がノア様にお仕えしたい次第にございます!どうぞ、我等の忠誠をお受け取り下さい!」


 以前聞いた時よりも若干従業員の数が増えているようだが、あれからそれなりに時間が経過しているのだ。従業員が増えてもおかしくは無い。


 そして彼等の意思は一つになっている。

 この店に勤める全員が私の配下になる事を受け入れたのだ。


 ならば、約束を果たさなければな。


 「貴方達の思いを受け取ろう。今日、この瞬間から、貴方達は私の配下だ。貴方達が私に仕えることを認めよう」

 「ありがとうございます!このマーグ=スレンド、生涯をかけて主たるノア様に尽くします!」


 約束通り彼等に私に仕える事を認めると、私はマーグを始めとしたこの店の従業員達に、私の尻尾カバーを模った小さなピンを渡す事にした。一応、私の配下である証のようなものだ。

 素材も今の私の尻尾カバーと同じ、"楽園浅部"の木材を使用した物だ。


 このピンには魔法を用いて、ちょっとした機能を取り付けてある。

 と言っても、大した効果ではない。効果はその名の通りピンの役割を果たす。つまり、所在地を知らせる効果だ。


 ついでと言っては何だが、インゲインが配下に身に付けさせていた、装飾品型の魔術具に搭載されていた録音機能も付けておいた。


 無いとは思いたいが、私の配下だと言う事を傘に着せて、禄でもないことをしようとする者を取り締まるためだ。

 この録音機能に関しては、マーグだけに教えておくことにした。


 なお、咄嗟の思い付きで作った品のため、実を言うとフウカには配下の証となるものを用意していない。

 とは言え、彼女とはマコトの秘境に向かう際にもう一度会うので、その時に渡そうと思っている。


 ピンを渡したら全員私が思っていた以上に感極まった表情をしていた。魔力から読み取れる感情からは、強い敬意と感謝が感じられる。中には崇拝の感情を抱いている者までいた。

 私はこの店の従業員一同から、随分と慕われているようだ。


 折角装飾品の店に訪れたので、そのまま軽く歓待を受け、マーグが新たに製作したと語る装飾品を購入させてもらった。

 私が好んでいる優しい光を放つ、透明度の高い石を用いた耳飾りだ。


 耳に挟み込むだけでいいので、耳に穴をあける必要はない。

 まぁ、今の私の耳に穴を開けられるとは思えないが。仮に穴をあけられても直ぐ再生するだろうし。

 何やら色々と能力が上昇する効果が付与されているようだが、残念ながら私には誤差にすらならない範囲の効果だろう。


 料金を支払いその場で着用させてもらうと、その光景を見たマーグを含む多くの従業員達が拝むような姿勢で私に向けて感謝の念を送ってきた。


 自分の作品を喜んでもらえることは、物を作る者にとってとても嬉しいことは私も理解している。

 だから彼等の感謝の念も、理解は出来ない事では無いので、彼等の態度も理解はできる。


 マーグへの用件も済んだし、次の目的地に向かうとしよう。



 マーグの装飾品店を後にして私が向かった先は、ピリカの魔術具店だ。

 私がティゼム王国へと足を運ぼうと思った理由の半分近くがこの店にあると言っていいだろう。


 私の目的。それは言わずもがなマギモデルである。

 マギモデルによる演劇の話をしてからどのような進展があったのかも知りたいし、私自身がマギモデルを欲しているのだ。


 マギモデルを欲しているのは、私だけではない。ウルミラに加え、ホーディやラビックもまた、マギモデルを欲しがったのだ。


 彼等がマギモデルを欲しがる理由は、人間達の武術に関するものだった。

 私が持って帰って来る武術書の内容を確認するのに役立ちそうだ、というのが彼等の見解だったのだ。

 あくまでも自分達の技を、そして強さを求める一環として欲しがる辺りが、実にあの子達らしい。

 もしもあの子達のぶんのマギモデルも揃えられたら、マギバトルで遊ぶ楽しさも覚えてもらいたいと思う。


 資金は潤沢。なんなら、広場の子達の分のマギモデルを揃えてしまっても構わないと私は思っている。


 ピリカには手紙でマギモデルを購入しに顔を出すと伝えていたが、さて、どういう反応をされるだろうか?

 なにせ手紙で伝えた訪問時期から随分と時間が経過しているのだ。怒られても仕方がないと思っている。

 怒られたなら、その時は素直に謝ろう。


 店の扉を開くと、私の姿を確認したピリカが全速力で私の元に駆け寄ってきた。まるで体当たりでも食らわせるかのような勢いだ。

 ような、では無いな。思いっきり体当たりをされてしまった。


 まぁ、ピリカに体当たりをされたとしても、私は何ともない。

 そのままピリカの体当たりを受け止めると、今度は私が手紙よりも遅くなってしまったことについて涙目で問い詰めてきた。


 「アンタ!今まで何してたんだよ!ずっとアンタがウチの店に来るのを待ってたんだぞ!?」

 「ごめんよ。旅行で得た知識を家で実施してみたらとても快適でね。うっかり顔を出すのを忘れてしまっていたよ」

 「むぅー!」


 私の言い訳を聞いても、ピリカはあまり納得できていないと言う様子だった。頬を膨らませて抗議している。


 彼女はれっきとした大人の筈なのだが、その態度も外見も、子供のように見えてしまうな。オリヴィエが可愛らしいと言っていたのも納得できてしまう。


 が、本人からしたら笑い事ではない。私の訪問をずっと待っていてくれたのだから、誠心誠意謝るとしよう


 「悪かったって。本当に済まなかった。それだけ待ってくれていたということは、私がここに訪れるのを楽しみにしてくれていたんだね?」

 「そうともさ!アンタが提案してくれたマギモデルの演劇も、良い感じに話が進んできてるんだぞ!?ついでに外国の貴族からも援助の手紙が届いたんだ!アンタの名前が書かれてたぞ!?」


 私が家でのんびりと過ごしている間に、ジョゼットからの援助の手紙がピリカに届いていたらしい。

 聞けば結構な資金難に陥っていたらしく、非常に助かったとのこと。


 「貴女なら資金には困りそうにないと思ったのだけど、賛同してくれる貴族がいなかったの?」

 「違うぞ!どうせならとびっきりの性能のマギモデルを作ろうとしたから、その分製作費が跳ね上がっただけだぞ!」


 おいおい、まだ企画段階だったと言うのに、既に本格的な専用の設備を整えていたと言うのか?気が早いなんてものじゃないな。


 だが、それだけの設備を整えたと言うのなら、きっとマギモデルも数が揃っている事だろう。

 ピリカにマギモデルを販売してもらおう。ひとまずは、私とウルミラの分を。余裕があるのならホーディとラビックの分もだ。


 「おおー!!アンタも一躍有名人だもんな!たんまり稼いでマギモデルの一体や二体、余裕で買えるぐらいの資金はあるのか!?」

 「うん。アクレイン王国でマギバトルを行う機会があってね。是が非でも欲しくなってしまったよ。いくつか購入させてもらいたい」

 「ウシシ!アンタなら嵌ると思ったぜ!コッチだよ!設備を揃えた後はマギモデルの陳列は別枠にしたんだ!きっと見たらビックリするよ!」


 それは実に心が躍る話だな。しかし、マギモデルの制作施設など、気軽に見せてしまってもいいのだろうか?

 ピリカが天才なのは間違いないが、それでも制作現場と陳列棚を同じ場所にしたら、技術の流出にならないのだろうか?


 …そういえば以前、ピリカが言うにはマギモデルの出来栄えは自分の作った物と他者が作った物で大きな開きがあると言っていたな。

 いっそのこと技術を流出させて高品質なマギモデルを世に広めたいのか、それとも施設を揃えるだけで同じ物が作れるわけではないと言う自信の表れなのか、どちらなのだろう?


 技術の盗用について訊ねてみたら、むしろやってみろ、と豪快に言ってのけた。

 出来の良いマギモデルが世に出回ることは、ピリカとしては大歓迎なのだとか。

 だが、マギモデルは設備があれば簡単に製作できる物でもない。そう簡単に自分と同じ出来栄えのマギモデルが世に出回るとは思っていないようだった。


 「他の奴らが作ったマギモデルなんて、設備を整える前のアタイのマギモデルにすら劣ってるんだ!設備をアタイのと同じにしたって簡単に真似できやしないよ!」


 そもそも、ピリカが資金難に陥ってしまうほどの設備なのだ。そう簡単に用意する事も出来ないのだろう。


 あー…。そういえば、私は直接会った事は無いが、ファングダムの先代国王、レオリオン2世がマギモデルの制作とマギモデルに嵌っているんだったか?

 彼ならば、ピリカの設備と同じ物を揃えられそうだな。というか、ピリカはレオリオン2世のことを知っているんだろうか?


 「ああ!あの元気な爺さん!もちろん知ってるよ!マギバトルトーナメントじゃ毎回アタイの作ったマギモデルにコテンパンにノされてるね!」

 「それじゃあ、そのマギモデルトーナメントはピリカが作ったマギモデルを使用してるものが優勝するの?」

 「うんにゃ。性能に差があり過ぎて、アタイの作ったマギモデルはトーナメントに参加できないんだ!その代わり、優勝者はエキシビジョンマッチでアタイの作ったマギモデルと戦うんだけどね!」


 なんとまぁ。ピリカが他者の制作したマギモデルの出来栄えに嘆くのも納得できた気がする。

 それほどまでに性能に差があったら、張り合いなんてないだろう。新たな刺激を求めて、マギモデルの演劇にピリカが熱中するのも頷けるな。



 ピリカに案内された部屋は、非常に広々とした地下室だった。

 彼女が言っていた通り、マギモデルを制作するための大掛かりな装置がいくつも並んでいたのだ。

 そして部屋の壁には、ピリカが製作した数々のマギモデルがガラス製の棚に陳列されていた。


 一つ一つのマギモデルが、それぞれカッコイイポーズを取っていて、非常に見栄えが良い。

 それが何体も並んでいるのだから、圧巻と言って刺し違いない光景だった。


 ガラス製の棚というのがまた素晴らしい。

 当然のごとくガラスは無色透明であり、様々な角度からマギモデルを観察する事ができたのだ。

 しかも、このガラス製の棚には損壊を防ぐための防護魔術が施されていた。マギモデルの扱いに徹底的にこだわり抜いていると言えるだろう。


 しかし困ったな。

 これだけ量があるとどれを購入しようか迷ってしまう。


 金額としてはどれも金貨500枚に満たないので、棚にある商品はどれでも買えてしまうのである。


 どのマギモデルを購入しようか悩んでいたら、ピリカから声を掛けられた。声色からして非常に上機嫌だ。


 「どうだい?気に入ったのはあったかい?」

 「どれも全部出来がいいというのも考え物だね。正直、どれを購入しようか迷っているよ」

 「それならさ、アンタにちょっと提案があるんだよね!聞くかい?」


 提案、とな?


 マギモデルに関してピリカから私に提案とは、一体何事だろうか?

 ピリカの表情を見てみれば、この時を待っていた、と言わんばかりに楽し気な表情をしている。


 私に提案したい事が、話したい事があったから、遅れてしまったことをあれほどまでに攻めてきたのだろうか?


 とにかく、ピリカの提案とやらを聞かせてもらおう。


 「どれにするか決められないんなら、これからアタイと一緒にマギモデルを作ってみないかい!?」

 「私が?ピリカと?」

 「そうさ!アンタ、魔術の腕も手の器用さもピカイチだろ!?アタイとアンタが組めば、最強で最っ高のマギモデルを作れると思うんだ!」


 つまり、私にマギモデルの制作の手伝いをして欲しい、と?


 これは、ひょっとしなくても非常にありがたい申し出じゃないか?

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