第317話 マギモデルを作ろう!

 ピリカと共にマギモデルを作ると言うことは、当然その知識やノウハウを得られると言う事だ。

 つまり、今後マギモデルが欲しくなったら、自分好みのマギモデルを制作してしまえると言うことになる。


 設備の方も問題無い。一緒に作っている間に隅々まで解析して、『我地也ガジヤ』を用いて作ってしまえばいい。


 ピリカの提案を断る理由が、私には無かった。


 「願ってもいないことだね。是非一緒に作らせてもらおうか」

 「ホントか!?やったあああ!!聞いてみるもんだね!断られるかと思ったよ!」


 その提案を断るだなんてとんでもない!むしろこちらからお願いしたいぐらいの話なのだ。

 ピリカは可能な限り最高の性能を持ったマギモデルを制作したかったらしく、それには私の協力が必要だったのだとか。


 「具体的に、私は何をすればいいのかな?」

 「細かい部品の制作だったり、小さな部品に魔術構築式を刻んで欲しいんだよ!いくら設備を整えても、限界があるからね!」


 ピリカはかなり細かい作業を私にさせるつもりらしい。

 多分大丈夫だとは思うが、人間の10分の1にも満たない大きさのマギモデル。その中でもさらに細かい部品となれば、その精密さは一般生活ではまず目に出来ないほどの精密さじゃないだろうか?

 そんな細かい部品の製造を、良く私ならば作れると思ったものだ。


 「だってアンタすんごい模型を美術コンテストに出品してたじゃないか!あんなとんでもないモンが作れるんならアタイの要望にも応えられる筈だよ!」


 そういうことか。私がアクレインを発ってから2ケ月間の間で、私の作った立体模型の存在はかなり世間に広まったらしい。


 なんでも、オークションであの立体模型を落札したデヴィッケンが、大々的に自国の記者達に自慢していたらしい。

 ついでに私に対して[目上の者に対する態度がなっていない]、と苦言を述べていたらしいのだが、そちらに関しては誰もまともに相手にしていなかったようだ。


 ピリカに当時の新聞を読ませてもらったのだが、デヴィッケンの発言はどうでもいいことのように、記事の中に小さく記載されていただけだった。


 それにしてもあの男、あれだけの目にあっておきながら、まだ私に対してそんな感情を持てるのだな。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、というヤツなのか、それとも単純に私がいない場所だからなのかは分からないが、大した根性である。


 まぁそんなことは今はどうでもいいだろう。あの立体模型のおかげで、ピリカは私がどれだけ精密な動きができるのかある程度理解したらしい。

 そこで、彼女はマギモデルの制作するうえで非常に困難な作業を私に任せたいのだそうだ。


 「それは構わないけど、良いのかい?貴方の技術を私に明け渡す事になるよ?」

 「それが何だってのさ!むしろ、アンタとはマギモデルだけじゃなくて魔術具のことや魔女のことで沢山話がしたいんだ!これぐらい安いもんだよ!」


 そうか。彼女ほど突出した技術の持ち主ならば、彼女と話を合わせられる人物もそうはいなくなるのだろうからな。

 同好の士との会話というのは、とても楽しいのが世の常だ。

 私が魔術具の理解を深めていけば、きっと、ピリカと今まで以上に有意義な会話ができるだろう。


 それは、私にとって非常に魅力的な話だった。そして、ピリカもそんな未来に魅力を感じたのだろう。

 ならば、ピリカの願いとも言える提案、全面的に協力しようじゃないか!


 「それなら、早速作業を始める?」

 「おお!?思った以上に乗気だねぇ!アンタが良いってんなら、早速作業を始めようじゃないか!」

 

 乗り気なのはお互い様だ。私もピリカも、早くマギモデルを作りたくて仕方が無いのだ。

 それでは、マギモデルを作ろう!



 ピリカの指示に従いながら部品を制作していくのだが、なるほど、彼女が私に協力を仰ぐ理由が良く分かる。

 部品に使用される素材が非常に頑丈なのもさることながら、要求された造形が極めて細かいのである。

 ピリカが理想とする素材で理想とする造形をかたどろうとした場合、この場にある設備を使用したとしても何時間も時間を掛けて、ようやく100以上あるうちの1つを完成させられると言った具合だ。


 ピリカの仕事はマギモデルの制作だけではない。彼女の店はあくまでも魔術具店なのだ。

 冒険者達が戦闘で使用する者から始まり、生活を快適にするための魔術具まで、幅広く製作している。

 魔術具の玩具も勿論彼女の自慢の商品ではあるが、どちらかと言えば、玩具の制作は殆ど趣味のようなものなのだ。


 その趣味のために仕事の時間を割くことは、ピリカと言えど流石にできなかった。

 理想とする素材も理論も確立できたと言うのに、実質制作不能だったのである。もどかしいなんてものじゃなかっただろう。


 作りたいものを作れない。そんなフラストレーションが溜まっていたところに、私からの手紙が届いたのだ。

 その時点でピリカは私にマギモデルの制作を手伝わせる気だったのだろう。

 だからこそ、私の訪問が遅くなってしまったことにあれほどまで怒りをあらわにしたのだ。


 で、ピリカにとって肝心の問題である私の制作速度なのだが、まったく問題無い。

 頑丈な素材は魔力に反応して変質する物や魔力を弾いてしまう素材など色々とあったのだが、すべて力ずくで解決させてもらった。


 使用したのは、私の爪である。

 これまでまったくと言っていいほど使用していなかったが、私の爪だってドラゴンの爪なのだ。私の鱗や歯、角とまではいかずとも、極めて頑丈である事に変わりは無かった。


 角や翼を体内に出し入れしたり、尻尾を伸縮させる事ができるのだから、爪も念じることで伸ばせないかと思い試してみたのだが、コレが上手くいってしまったのだ。

 更に爪の先端の鋭さまである程度操作できてしまったのだから、自分のことながら驚きである。まさか、未だに自分の体のことを十全に理解していなかったとは…。


 なお、爪伸ばした際のピリカの感想は、[ネコみたい…]との事だった。

 確かにネコ科の動物は爪を出し入れする機能があるが、あんまりじゃないか?私はドラゴンなのだが?



 まぁ、それはそれとして、部品の次は魔術構築式の記入である。


 法則に従って魔術言語を部品に魔術言語を記入していく作業だ。

 本来ならば、専用の塗料を用いて素材に記入するだけでいいのだが、ピリカは素材に刻んで欲しいと要求して来た。彼女は、極小の部品に魔術言語を彫り込めと言っているのだ。


 文字というものはそれ自体が複雑な構造をしている。

 しかも魔術言語とはそれだけで意味を持った形であり、少しでも形状が崩れれば途端にその力を弱めてしまう。正確に形を形成しなければ、十分な、本来の効果を発揮しないのだ。


 それを頑丈な部品に彫り込んでいくのだ。部品を作るだけでも時間の掛かる作業だと言うのに、その頑丈な部品に更に小さな形を刻んでいくなど、人間からすれば気の遠くなる作業と言っていい。

 ピリカが制作を断念してしまうのも、仕方のないことだったのだ。


 まぁ、容易に部品を製作できた私ならば、この作業も問題無くこなせるのだが。

 爪を用いて容易く部品に魔術言語を彫り込んでいく様子を見たピリカが、羨ましそうに私を見ていた。


 「アンタ、設備いらずだねぇ!ちょっとコツを覚えたら、後は好きなようにマギモデルを作れちまうよ!」

 「それは朗報だね。ところで、さっきから何をしているの?」


 嬉しいことを伝えてくれるのはいいのだが、ピリカが先程から私の尻尾を触り続けているのだ。

 尻尾カバーをつけているとはいえ、危ないことには変わらないのだが…。彼女の目的は何なのだろうか?


 「うん?いやさ、アンタの尻尾ってやたら自在に動くじゃん?それこそ尻尾っていうか魔物の触手みたいじゃん?だからその構造を少しでも知る事ができれば、マギモデルの制作に役立つんじゃないかなぁって思ってさ…」

 「流石に触手は酷くない?」


 人間達の間で、魔物の持つ触手という部位は、一部の人間を除いて嫌われている傾向にある。

 造形からして人間にとって嫌悪を覚える形状をしている場合が殆どなうえ、変幻自在な動きが非常に厄介だからである。


 確かに私も自分の尻尾が伸びることを確認した当初は気持ち悪いと思ってしまったが、今はとても便利だと思っているし気に入っている部位でもある。

 言うに事欠いて触手は無いんじゃないだろうか?


 まぁ、似たような性能をしているのは、私も認めるところではあるが。


 「んーでもアンタと同じぐらい自由自在に尻尾を動かせるヤツを、アタイは誰も知らないぞ?どんな獣人ビースター竜人ドラグナムも、あそこまで自在に尻尾を動かせる奴なんていないって!他に例えようがないんだよ!」


 なんてこった。獣人だけでなく尻尾のある竜人まで、私のように自在に尻尾を扱えないと言うのか。

 ピリカは私がファニール君を捕まえようとしている時に、私の尻尾の動きを見ているからな。他の尻尾を持つ者と私の尻尾の動きを比較したのだろう。


 確かに、我ながらあまりにも自由に動かせるから、触手のようだと言われてしまっては否定できない。

 だから、百歩譲って触手みたいと言うピリカの評価は受け入れるとして、実際に私の尻尾に触れて、その構造を彼女は理解できているのだろうか?


 「んー?ん~…。わっかんない!」

 「そう…。…それで?分からないのにまだ触れ続けるの?」

 「やー、だってさ、触り心地良くってさ?それに、こうして触り続けてたら、鱗が剥がれたりしないかなぁ…なんて思ったり?」


 思った以上に強かだった。まさか私の鱗を狙っていたとは。

 しかし、残念ながらピリカの望みは叶いそうにないな。私はこれまで一度も鱗が剥がれたことが無いのだから。

 鱗だけではない。体毛の一本も抜けたことがなければ、歯が抜け落ちたり生え変わった事も無い。


 私が産まれたばかりだからかもしれないが、なんとなく、自然任せでは生え変わるという整理現象そのものが起きない気がする。


 こういう時の私のなんとなくは良く当たるのだ。ピリカには諦めてもらおう。


 まぁ、私が自分で望めば鱗も剥がれるだろうし、頭髪も鰭剣きけんならば切断できることを目覚めた直後に確認している。

 肉体が進化した事で頭髪の強度も上がっていると思うのだが、それを言ったら鰭剣も同じなので、問題無く切断できるだろう。


 歯は…どうだろうな?摘まんで思いっきり引き抜こうとして、抜けるだろうか?

 なにせ鰭剣や角と同じく私の最も頑丈な部位なのだ。そう簡単に引き抜けるとは思えない。

 

 魔法を用いれば、可能だろうか?…やれそうだな。尤も、出来たところで人間達に私の部位を譲るつもりは無いのだが。


 渡したところで人間達では到底扱えるような代物ではないのだから、所持していても意味が無いのだ。


 私の人間達への影響力を考えると、コレクションとして欲しがる者がいるかもしれないが、そんな相手にくれてやる理由もない。

 もしも私の部位を欲しがる者がいたとしても、その時は断らせてもらう。



 マギモデルの制作は、私が思っていた以上に労力を強いられる作業だった。

 作業に夢中になってしまい、昼食を取り忘れただけでなく、気付いた時には夕食の時間にすらなってしまっていたのである。


 なお、気付いたと言ったが時間を知る事ができたのはピリカが製作した時計のおかげだった。

 オリヴィエが所持していた爆音を響かせるかと警戒していたのだが、意外にも常識の範囲内での音量だった。

 意外にも、ピリカはちゃんとした音のなる時計を制作していたのである。


 「ありゃあ朝全然起きれない姫様専用の特別仕様さ!アタイが作る魔術具が何でもイロモノだと思ったら大間違いだよ!」


 怒られてしまった。だが、不思議と確信がある。

 ピリカは私が音のなる時計を所望したら、間違いなくオリヴィエが所有しているあの時計を勧めて来ると。


 「だってアンタも朝起きられないタイプだろうからね!そりゃあ一発で目が覚めるヤツを勧めるさ!」


 人間達の中で私が朝自力で起きられないことを知っているのは、ごく一部の筈なのだが、ピリカは直感で私が自力で目覚められないタイプだと見抜いていたらしい。大した直感である。


 それはそれとして、マギモデルの制作についてだ。

 どう考えても一日で終わる気配は無かったので、また日を改めて製作しよう、という事となった。


 なにせ、午前中から夕食時まで通しで制作していたのだ。

 ピリカは自分の店に従業員を雇っていない。それはつまり、途中で店を放り出してしまっていたのである。


 更に言うのであれば、ピリカは今日、店に陳列させる商品の制作していない。

 商品の在庫は一応あるとは言え、定期的に在庫を確保しておかなければ、いざという時に用意できない、と言った事態になりかねない。


 とりあえず夕食を食べて、その後は商品の製造である。

 ピリカが望んだ事とは言え、ここまで熱中してしまったのは私が原因でもある。手早く部品を作って見せた時のピリカの表情は、とても嬉しそうだったからな。


 ならば、責任を取るためにも、私も商品を作る手伝いをさせてもらおう。ついでと言っては何だが、魔術具のことを知るいい機会でもある。


 手伝いを申し出たら、これもまた、ピリカはとても喜んでくれた。


 では、ひとまず夕食を取りに、"白い顔の青本亭"へ行くとしよう。

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