第318話 カークス家に行こう
宿で食事を取り終わったら再びピリカの店に移動して仕事の手伝いだ。
ちなみに、ピリカも"白い顔の青本亭"へ連れて行き、二人で食事を取った。やはり一人で食べるよりも親しいものと食べる食事の方が美味く感じるからな。
マギモデルの演劇についても詳しく進捗を聞くためにも、一緒に食事がしたかったのだ。ついでに食事代も私が支払った。
「やー、おごってもらっちゃって悪いね!あの宿ってなかなか入れる所じゃないからね!滅多に食べられないんだよ!」
「なに、これぐらい構わないさ。貴女には色々と教えてもらうことになったし、訪問が遅くなってしまったことへの詫びだと思ってくれればいいさ」
私は、ピリカからマギモデルの製造方法をタダで教えてもらっているようなものなのだ。
確かに、私が作業を行うことで何百倍も作業速度が上昇したのは間違いないが、毎回私が手伝うわけではないのだ。
数百倍の作業速度と考えれば、むしろピリカから報酬をもらえてしまうほどかもしれないが、その辺りは今回の過程で制作した自分用のマギモデルを報酬として受け取ることで商談が成立している。
マギモデルを制作するのは1体だけではない。ピリカが理想とするマギモデルの制作を手伝う代わりに、自分用に4体のマギモデルを制作させてもらうことになっているのだ。
ティゼミアには今日も含めて7日間滞在しようと思っている。
午前午後はカークス母娘やモスダン家、それからクレスレイに顔を出し、夕食後はピリカと共にマギモデルを制作する。
今日の作業の進行具合を計算すると、それで問題無く必要な数のマギモデルが完成する計算だ。
マギモデルは素材自体、結構な費用が掛かる。特に今回はピリカが最高の性能にしようとしているため、"楽園"から採取して来た素材すら用いているのだ。
自分で作るとは言え、それだけの性能を持ったマギモデルを4体。しかも自分の好みに合わせた外見のマギモデルを無料でもらえるのだから、報酬としては十分だと思っている。
ピリカに指示を受けながら魔術具の制作をつづけること3時間。予定していたよりも多くの魔術具が製作できたところで今日の作業は終了し、風呂へ入る事となった。
風呂は勿論、カンディーの風呂屋である。以前一緒に風呂屋へ行った際に、ピリカもカンディーの風呂屋に通い詰めているらしい。
「忙しすぎる時は自分の家の風呂で済ませちゃうんだけどな!今日もホントだったらヤバかったんだけどさ、アンタのおかげで今日もデッカイ風呂に入れるよ!ありがとな!」
やはり風呂は狭い浴槽よりも広い浴槽の方が気持ちがいい。それはピリカも同意見だったようだ。
ついでに言うなら、ピリカの本当の目当ては風呂上がりに飲む、良く冷えたフルーツミルクだ。
「アレを考えたギルドマスターは天才だね!アタイも自分の家に小型の冷蔵庫を作っちまったよ!風呂上がりじゃなくても熱い時に飲む冷たい飲み物は反則じみた美味さだからね!」
全くもって同意見だ。いや、私はまだ不快になるほどの暑さを感じた事は無いのだが、体が温まった際に飲む冷たい飲料は何であろうが上手く感じるものなのだ。
まぁ、マコトは元いた世界の施設を再現しただけなのだが、私達はそれを知らなかったのだ。この世界で再現してくれただけでも感謝すべきだろうな。
すっかり常連になったことで、ピリカとカンディーはすっかり顔なじみである。
ついでに同じぐらいの時間帯で風呂に入るため、マーサとも親しくなっていた。
「お疲れ様です、ノア様、ピリカさん」
「お!門番さん!今日もお疲れさん!聞いてくれよ!今日はやっとこの姫さんがアタイの店に来たんだよ!」
「ピリカさん、手紙が来たってすっごく楽しみにしてましたものね」
こうして風呂に浸かりながら世間話をするぐらいには、2人は仲が良くなっていたのである。
そして風呂で私が予定通り訪問してこなかったことを、随分とマーサに対して愚痴をこぼしていたらしい。
「そうなんだよ!そんでな!この姫様ホントに凄いなんてもんじゃないんだよ!大枚はたいて揃えた設備を使って何日もかけて作るような部品を1時間もしない内に作っちゃったんだぜ!?一生ウチにいてくれないかなって思っちゃったよ!」
「それは凄まじいですね。流石はノア様です」
「話に夢中になるのはいいけど、のぼせないようにね?」
ピリカはマーサに今日の出来事を伝えたくて仕方が無いのだろう。マーサもマーサで、そんなピリカを愛おしそうに見つめている。
とは言え、これは恋慕的な感情では無いな。どちらかというと、子供や動物と言った、可愛いものを愛でる時のような愛おしさだ。
まぁ、ピリカは
尤も、ピリカの年齢は28才。マーサよりもそれなりに年上なのだが。
談笑しながらものぼせる前には風呂から上がり、お楽しみのフルーツミルクをいただいたら今日は解散だ。私も宿の部屋に戻って就寝しよう。
翌日、レイブランとヤタールに起こされて朝食を取った後に私が向かったのは、カークス家の屋敷である。
アイラに話しておきたい事ができたので顔を出しに来たのだ。まぁ、どちらにしろ顔を出して話をするつもりではあったのだが。
「うふふ、お久しぶりですね、お待ちしておりました。歓迎いたします。少し騒がしいかもしれませんが」
屋敷を訊ねてみれば、都合の良い事にシャーリィも屋敷にいたのである。
学校には行かなくていいのかを訊ねたら、今は長期休暇中らしい。
私の訪問を知ったシャーリィが昨日のピリカを彷彿とさせる勢いで私の元に全速力で駆け寄ってきた。
「せぇんーせぇいいいーーーーー!!!」
「久しぶりだね、シャーリィ。遅くなってしまったのは済まなかった。それはそれとして、屋敷の中で木剣を振り回すものでは無いよ?」
「これくらい、いいじゃないですかぁ!どうせ当たらないかっ、受け止められるかっ、受け流されるかの、どれかなんですからぁ!!」
私に稽古をつけて欲しくて仕方がなかったらしい。全身全霊を込めて私に木剣を撃ち込んで来た。
学校で授業を受け持っていた時よりも格段に動きが良くなっているな。やはりシャーリィの才能は人間の中では非常に突出しているだろう。
既に"
師事をしていたのは、やはりグリューナだろうか?多分そうだろうな。この屋敷に彼女の気配があるのは、シャーリィの面倒を見るためなのだろう。
彼女も私が屋敷に足を踏み入れてからゆっくりとこちらに近づいてきている。
「もうっ!全っ然当ったんない!グリューナさんには当てられたのにぃ!」
とんでもないことをサラッと言ってのけたな。実力的にはまだまだシャーリィはグリューナには及ばない筈なのだが、それでも一太刀浴びせることができたのか。
グリューナが油断するとは思えないし、稽古をつけている最中にグリューナの想像を上回る成長を遂げていたのかもしれないな。
それはそうと、シャーリィは一心不乱に木剣を振り回しているのだが、彼女は気付いているのだろうか?
先程から、アイラがシャーリィに微笑みながらも冷たい視線を向けていることに。
さて、これ以上剣を振らせてしまうと、勢い余って屋敷の家具や飾られている調度品に剣が当たってしまいそうだ。そろそろ無力化させておこう。
「あれから大分腕を上げたみたいだね?そろそろいいかな?」
「へ?あれぇっ!?」
剣というものは、常に最大の力で握り締めている者ではない。
渾身の一振りを交わされ、剣を握る力が抜けた瞬間、シャーリィの手から木剣を奪い、彼女の眼前に突きつける。
一瞬で剣を奪われ、逆に自分が剣を向けられている状況にシャーリィは困惑してしまっている。
「稽古も良いけど、積もる話もあるだろう?私としては、貴女達とゆっくり話をしたいところだね」
「うぐぐぐぐ…。いつの間にか剣取られてるぅ…。さっきまで持ってたはずなのにぃ…!」
「それとシャーリィ、後ろを見てごらん?」
「へ?後ろ…?って、うげぇっ!?」
私に促されて後ろを振り向いたところで、ようやくアイラの存在に気付いたようだな。彼女の迫力を感じる笑みを見た瞬間、貴族令嬢とは思えない声を出して狼狽え出している。
「シャーリィ、何ですか?今の言葉遣いは?いつも言っているでしょう?貴女はもっと貴族令嬢としての自覚を持ちなさいと」
「ああいやっ、これは、そのぉ…咄嗟に出ちゃったって言うかぁ…そのぉ…」
「とっさに出てしまったのなら尚更です。今日はみっちりと言葉遣いの勉強をしましょうか」
シャーリィは相変わらずアイラから言葉遣いを注意されているようだ。しかも結構な時間説教を受けたり勉強させられたりしているようなのだが、その割にはあまり改善していないようである。
「せ、せんせぇ~…」
「シャーリィ、貴女は普段の生活で少し落ち着く事を覚えよう。今回は大丈夫だったけれど、間違いが起きていたら、貴女の家が傷ついていたよ?」
「さ、シャーリィ、行きますよ。それではノア様、どうぞ、この屋敷を自分の家だと思っておくつろぎくださいね?後で他の国の旅行のお話も聞かせていただけると嬉しいです」
「うん。また後でね」
シャーリィは私に涙目で助けを訴えてきたが、いくら感情が抑えられなかったとはいえ、今回は彼女に非があるのだ。大人しく説教なり教育なりを受けると良い。私は私で話をする相手がいるからな。
2人と入れ替わるようにしてグリューナが私の元へ来て跪く。まるで見計らったかのようなタイミングだ。
「お久しぶりでございます、ノア様。ご健勝そうで何よりでございます」
「久しぶりだね、グリューナ。シャーリィが大分腕を上げていたけど、アレはやっぱり貴女が?」
「はい。流石は
シャーリィの剣の腕について訊ねれば、やはりグリューナが面倒を見ていたと嬉しそうに語っている。既にグリューナから見ても気の抜けない実力者としてシャーリィを見ているようだ。
「気を抜けば私とて一太刀見舞われます。いつかノア様に自分の剣を届かせると息巻いていましたよ」
「将来が楽しみだね」
もしも技だけで私に一太刀浴びせられるだけの実力を身に付けたとしたのなら、それは紛れも無く人類の快挙と言えるだろう。
グリューナもシャーリィには大きく期待しているようだ。
だが、それはそれとして、グリューナもシャーリィに強い対抗心を燃やしている。私に語り掛ける瞳には、とても強い熱意が籠っている。
「ノア様は、ティゼミアに滞在中はシャーリィに稽古を?」
「毎日、それも一日中というわけにはいかないだろうけど、そのつもりだよ」
「であれば、図々しいのは承知の上でお願いいたします。私にも稽古も付けていただくことはできないでしょうか?」
グリューナの申し出は、少し意外だった。以前の彼女であれば、私にそういった願いをしてくることはなかっただろうからだ。
人間達の中で、誰が一番私に対して敬意を持ち忠誠を捧げているかと言えば、それは間違いなくグリューナだ。それは配下になる事を認めていない今でも変わらない。
彼女は私をこれ以上ないほど敬っているためか、今まで自分から私に何かを求めるようなことは極力しようとはしなかった。親善試合の際に、私と戦うことが恐れ多いと語っていたのがいい例だ。
そんなグリューナが、今は私に稽古をつけて欲しいと願い出ている。
目的は当然、今以上の強さを手に入れるため。シャーリィに追い抜かれないようにするためだ。
グリューナもシャーリィの実力も才能も十分認めているのだが、まだまだシャーリィにとって頼れる師匠でいたいのだろう。
そういえば、マコトがマクシミリアンに実力を上回られた時は非常に悔しかったと語っていたな。
グリューナも、同じような考えなのかもしれない。
稽古をつけることは構わない。そして、求める対価も今回はちゃんと考えてある。まぁ、私が考えた対価ではないが。
「とりあえず、場所を移動しようか。エントランスで行う会話じゃないだろうしね。グリューナ、紅茶を淹れてもらっていいかな?」
「っ!?勿論ですっ!では、先程私がいた客間へとご案内いたします!」
稽古をつける際の対価の話は、部屋で紅茶を飲みながらゆっくり話をしながら交渉しよう。シャーリィの稽古についても、同じような対価を求めるため、できることならアイラとシャーリィもこの場にいてもらいたいのだがな。
使用人に頼んで呼んできてもらおう。
『
2人が客間に訪れた際にグリューナに違和感を持たれないためにも、使用人を頼ったのである。
客間へと入室して、グリューナが紅茶を淹れ始めたところでアイラとシャーリィも客間へと入って来た。
さて、話したいことは山ほどあるが、何から話そうかな?
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