第45話 二体を相手取る

 最初に仕掛けてきたのはホーディだ。ラビックは私の右側へ回り込むらしい。

 『強化ブースト』、『不懐』、『与硬ギバード』による、身体強化の事象を掛けた状態で駆け出した勢いのままに、右前足を私の左眼に向けて突き出してきた。そのまま受ければ、エネルギーを抑えた状態の私ならば、確実にダメージを負うだろう。


 そのまま受ければ、だ。

 左足を大きく一歩前に踏み出し、身を屈める。

 突き出されたホーディの右前足が私に当たる軌道から逸れ、私の頭の左側を横切っていく。

 突き出されたホーディの右前足を肩に乗せて左腕で抱える。ホーディの勢いと左足を戻し身体を元の位置に戻す勢いを利用して、ホーディを後方に投げる。

 直後に私の右膝裏に向かって『強化』、『不懐』、『与硬』を使用したラビックの右後ろ足による後ろ回し蹴りが繰り出される。


 体制を崩す威力は十分にあるけれど、少し遅かったな。体をラビックに向けて右足で蹴り受け止める。

 そのまま脛と足の甲でラビックの右後ろ足を絡めて捕まえ、起き上がって此方に向かってきたホーディへ向けて放り飛ばす。

 顔を向けて突っ込んでくるラビックに、ホーディは構わず突っ込んでくるようだ。

 ラビックも体を回転させて体制を直してホーディの顔面に着地し、直後に飛び跳ねて私の左足甲に向かい、左後ろ足で飛び蹴りを放ってきた。


 ホーディの勢いを加えて、速度が増しているね。だが、視線と予備動作で狙いが分かりやすい。

 ラビックに向かって二歩前に出て、右足でラビックの身体の左側を少し押すようにして、軌道を逸らす。

 私を横切って地面を滑っていくラビックを見る間も無く、『黒炎』と『黒雷』を纏わせたホーディの両前足が私に振り下ろされる。


 身体強化以外の事象を使うか。

 ならば、私も使わせてもらおう。水色のエネルギーを取り出し、『旋空』を私の左手に発生させて振り下ろされた両前足を左手の甲で払い弾き飛ばす。

 ホーディの両前足が私から少し離れた地面を叩き、黒い炎と雷を帯びた爆発が生じさせ、砂埃が舞い、視界が塞がっていく。


 砂埃の中から、ラビックが飛び出してきて剣状の岩石を纏った左前足を突き出してきた。

 知らない事象だ。やはり、新しい図形を見つけていたか。

 それに、私の後方へ滑って行った筈のラビックが爆発から出てくるという事は、ウルミラの『入れ替えリィプレスム』に近い事象を物にした、という事だ。

 素晴らしい。後で私も教えてもらおう。


 それはそれとして、今はラビックの対応だ。『旋空』を霧散させ、素の状態の左手で剣状の岩石を掴んでみる。

 驚いた事に、しっかりと抵抗を感じる。

 握った岩石をじっくりと見てみれば、かなりの量のエネルギーが込められている。

 それに、『不懐』と『与硬』もしっかりと掛けられているようだ。

 ここまで私が抵抗を感じたのは初めてだ。どれぐらいの強度があるのか試したくなり、そのまま力を込めていくと、四割ほどの力を込めたところで岩石に皹が入り、そのまま砕けた。

 エネルギーを抑えているとはいえ、これほどとは。こちらの事象も見事なものだ。


 この剣状の岩石、もっと鋭くしてやれば、私でなくとも果実の外果皮を切断する事が出来るんじゃないだろうか。

 私の手は傷ついていないところを見ると、今のままでは果実の外果皮を切断するのは難しそうだ。


 岩石を砕かれたラビックがその場から姿を消す。視覚的に消えただけか。気配は薄っすらとだが残っている。


 分かり辛いが、エネルギーをチャージしているな。私が岩石を砕いている間に、ホーディが右側に回り込み、黒い雷を纏った『黒炎弾』(『黒雷炎弾』といった所か)を私に向けて撃ち、私の注意をラビックから逸らす。


 これを躱すのは容易だが、躱せば姿を隠しているラビックに当たってしまうな。

 耐えられない事は無いだろうけれど、私もあの『黒雷炎』を使ってみたい。真似て相殺してみよう。


 『黒炎』と『黒雷』の図形をそれぞれ用意する。七色すべて使うと、周囲がしばらく住めない環境になりかねないので、『黒炎』は紫と赤、『黒雷』は紫と黄のエネルギーで作り、重ねて事象を発生させる。正直、かなり面倒くさい。


 何とかホーディの放った『黒雷炎弾』が私に到達する前に私の右足に『黒雷炎』を纏わせられた、と思ったのだが、ホーディの放った『黒雷炎弾』と比較すると、少し違和感がある。

 精査している時間は無いので、そのまま蹴りつけるように『黒雷炎弾』を受け止める事にした。


 痛いし、熱いな。ホーディが使用しているエネルギーの数は三色。私はそれぞれ二色。その差がこれか。

 それに、この黒雷炎。この事象はどうも一つの図形で発生させられている。


 私が発生させたものはあくまでも『黒炎』と『黒雷』であり、『黒雷炎』とは別物のようだ。いつの間に、こんなものを使えるようになっていたのだろう。

 熱と電気が明確な痛みとして私の足に伝わってくる。凄まじい威力だ。今までに、ここまでの痛みを感じた事は無い。


 黒炎で見えていないが、私の右足の膝から下は大きな火傷を負っていると見て間違いない。相殺して、という事はそのまま受けていれば、結構なダメージになっていたはずだ。


 右足の痛みにほんの少し気を取られている内に、エネルギーのチャージを終えたラビックが両前足を突き出して、炎を纏った岩石を私の顔面目掛けて射出してきた。

 君達、新しい図形を見つけるの早いな。


 この炎を纏った岩石(『炎岩弾』と仮称しておこう)、熱量がホーディの『黒炎』よりも高い。

 普通の岩石ならば間違いなく溶けている熱量だが、生成された岩石は確かな個体として存在している。


 左手に再び『旋空』を纏い、素早く上に『炎岩弾』ごと突き上げる。空高く弾き飛ばされた『炎岩弾』は、効果をまだ失っていない。

 このまま威力を保ったまま落下してきたら広場が危なそうなので、もしそのまま落ちてくるようならエネルギーを解放して消しておこう。現状、エネルギーを抑えたまま、アレを無力化する事は、私には出来そうにない。


 『炎岩弾』を射出してすぐ、ラビックは次の行動を起こしていた。私が『炎岩弾』を弾いた隙に、全ての足に炎を宿した岩石を手甲、足甲のように纏っている。その状態のまま、私にラッシュを仕掛けるつもりだろう。


 ホーディ―の方を見れば、同じく両前足の爪に『黒雷炎』を纏わせて、私に突っ込んでくる。


 私を直線で挟んだ位置でそれを行ってしまったか。それは悪手だよ。

 それぞれが繰り出した、最初の一撃を躱すと、ちょうどラビックとホーディの攻撃がぶつかり合う。

 このままでは、どちらもただでは済まないだろう。


 ぶつかる寸前で、二体の動きが止まる。

 ラビックは右手で胴を捕まえて、ホーディは尻尾で絡めて押さえ込んだのだ。

 いくら再生能力があるからと言って、稽古で大怪我をしてもらいたくは無い。ちなみに、私の右足は既に完治している。


 「少し危なかったね。一旦、休憩にしようか。」

 〈・・・あのタイミングでは容易に躱されてしまうのか。〉

 〈挟み撃ちを行うには早計だった、という事ですね。〉


 二体とも、少し息が上がっている。先程使っていた事象はエネルギーの消費量が多いと見た。使いどころが大事になるのだろうね。


 「ホーディもラビックも、いつの間にか私の知らない事象を使えるようになっているみたいだね。」

 〈皆と互いの知識を共有し合ったおかげだな。〉

 〈新たな発想や、事象を知る事が出来ました。姫様。改めて、素晴らしき機会を与えて頂いたことに感謝します。〉

 〈主が皆を集めようとしなければ成し得なかったことだ。勿論、我も有り難く思っている。〉


 やっぱり、そんな風に褒められるとむず痒くなるね。

 でも、悪い気はしない。定期的に勉強会を開くのも、悪くないかもしれない。


 息が整った二体の表情は、晴れやかだ。先程の稽古で、今できる事は一応出し切ったという事か。


 「それじゃあ、先程の稽古を振り返ってみようか。」

 〈よろしくお願いします。〉

 〈既にいくつか反省すべき点が思いついてしまうな。〉


 気に病むことは無いよ、ホーディ。その反省を次に生かせばいいのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る