第417話 装飾品を取りに行こう

 ルグナツァリオが声を届ける時は大体空から声が聞こえてくるのだが、ダンタラの場合は地面から伝わってくるのか。地母神というだけのことはあるな。

 それはそれとして、先程からずっと平謝りされているこの状況、どうしたものか。


 『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!』


 開口一番文句を言ってやろうかと思ったのに、こうまで低姿勢な態度を取られるとその気も失せてしまう。

 というか、ダンタラが休眠状態に入ったのは、私がなりふり構わず彼女にファングダムの地下を補強して欲しいと頼んだからだ。

 ズウノシャディオンが言うには、力を調整すれば休眠することも無かった、とのことだったが…。あの時は切羽詰まっていたしなぁ…。


 ダンタラに対して甘いかもしれないが、私の責任が全く無いわけでもないし、仕方がなかったことだとも思うのだ。

 だから、こうまで平謝りする必要もない気がする。


 とりあえず、声を掛けようか。

 何処へ移動しても地面から声が聞こえてきている状態なので、広場にいる皆が何体か困惑してしまっている。


 『おはよう。よく眠れた?』

 『ええ!それはもうバッチリと!じゃなくて!話は既に伺っています!"女神の剣"なる者達の拠点の把握ですね!?任せて下さい!一瞬で終わらせて見せましょう!』


 話が早くて助かるが、このままの勢いでダンタラに連中の居場所を調べさせるのは拙い。彼女にはもう少し落ち着いてもらわなければ。


 『待って待って。目覚めてすぐまた休眠するつもりなの?ひとまず落ち着いて。じゃないと…締め付けるよ?』

 『うぐぅっ!?し、締め付けてから言うのは、どうかと思うのです…!』


 仕方がないのだ。どういうわけか、言葉だけでは間違いなく止まらなかったという確信が私にはあったのだから。


 『そこまで張り切らなくていいから。連中の拠点を把握できたところで、結局のところ連中が拠点に全員集まった時にまとめて始末しないと面倒になるだけだからね。拠点の場所が分かっても、すぐには行動に移せないんだよ』

 『そうですか…。では、ひとまずはこの大陸を調べておきましょう。3日もすればこの大陸にある、連中が地下に用意している拠点はすべて把握できるでしょう。その時にまた連絡しますね』


 雑談をするつもりは無いらしい。ああ言っていたが、すぐに連中の拠点を調べ上げるようだ。そこまで焦る必要はないのだが…。

 折角目覚めたのだし、ゆっくりと話をしたかったな。

 この広場がダンタラの眠っている間にどれだけ変化したかもじっくりと見てもらいたかったし、オーカドリアのことも彼女の意見を聞いてみたかった。


 一応、ルグナツァリオやキュピレキュピヌにもオーカドリアのことを聞いてみたのだが、2柱ともオーカドリアを褒めちぎるばかりで、ためになるような意見がまるで聞けなかったのだ。


 真言で呼びかければ答えてくれるかもしれないが、既に作業を開始してしまっているだろうし、ダンタラの邪魔をしないためにも再び連絡が来る時まで大人しく待つとしよう。


 それにしても、3日後、か…。

 そろそろニスマ王国から移動した"女神の剣"がドライドン帝国に到着する頃だろうし、いいタイミングなのかもしれない。


 ならば、連絡が来る前にそろそろホーカーの所に顔を出すとしようか。

 龍脈を経由した『広域ウィディア探知サーチェクション』によって注文したブローチの進捗具合を確認したのだが、既に完成しているようだったのだ。


 完成しているのならば待つ必要はないだろう。転移魔術でホーカーの元に転移して、ブローチを受け取るとしよう。

 すぐに戻ってくるのだから、いちいち『幻実影』を使用するつもりは無いだろう。


 「ちょっと出かけてくるよ。1時間もしない内に戻るから」

 〈おや、"楽園"の外へ向かうのですか?〉

 「うん。頼んでいた物が結構前に出来上がっていたみたいだからね」


 それにしても、ホーカーもキーコもとても幸せそうだな。忙しそうにしてはいるが、彼等の表情は笑顔でいることが多い。

 事前連絡もなく突然姿を現したら間違いなく驚かれてしまうだろうが、多分キーコは私が病気を治療したと何となく分かっていると思う。いきなりホーカーの目の前に転移するよりもキーコの元に転移した方がまだ驚かれない筈だ。

 まずは彼女の元に転移しよう。彼女は今、ホーカーから少し離れた場所にいるので、ちょうど良いのだ。


 フウカの服に着替えて準備も整ったので、転移魔術を発動させて移動しよう。



 ホーカーとキーコが住まう村、ピジラット。美しい色彩の羽毛に包まれた非常に可愛らしい小さな鳥、プリースを唯一飼育している村でもある。

 彼の作る装飾品は、このプリースをモチーフとした作品だ。


 プリースを非常に可愛らしいと感じるのは私も同様で、一目見てあの子達をひたすらに愛でたい気持ちに駆り立てられたが、それは改めてこの国に訪れた時まで控えておくとしよう。


 キーコから少し離れた人気ひとけのない場所に転移して、認識阻害効果を持たせたフード付きのローブを被ってから、キーコに声を掛ける。

 その際、敢えて気配を察知させて、驚かせないようにする。あくまでも親し気に、自然体にだ。

 顔を良く認識できないような恰好で話しかけた時点でかなり怪しいだろうからな。少しでも警戒心を持たれないようにするためにも、気を付けて声を掛けねば。


 「こんにちは。初めて見たけれど、プリースというのはとても可愛らしい鳥だね」

 「…っ!?!?」


 …声を掛けるまでは何処にでもいる旅行者だと思われていた筈なのだが、声を掛けた瞬間、両手で口を押えて驚愕されてしまった。

 まさか、声を掛けただけでバレたのか?


 ……これは、変に取り繕おうとしたら余計な騒ぎになりかねないな。

 キーコにはなるべく穏便に事を済ませるように説得しなければ。

 バレているのなら顔を隠す理由も無いだろう。軽くフードをはぐり、その上で人差し指を口に宛がい、黙っていてもらうように頼むとしよう。


 「今回は注文していた品を受け取りに来ただけでね。また改めてこの国には観光に訪れるから、それまでは私がこの場にいることは黙っていてもらえると助かるよ」

 「………っ!!」


 了承してくれたようだ。相変わらず両手で口を押えたまま激しく首を縦に振っている。


 少しして落ち着いたようで両手を口から離した後、滑るような足取りで私の傍まで近づき、小声で語り掛けてきた。


 「ホーカーに会いに来たんですね?今案内いたしますので、このまま私について来てください」

 「ありがとう。助かるよ」


 小声で話しかけてくれたことはありがたいが、どうにも動きがぎこちないな。アレでは様子を見られたらすぐに何かあったと思われるんじゃないだろうか?


 幸い、周囲に人の気配はないから私達が村人や観光客から声を掛けられることは無さそうだが、油断は禁物だろうな。

 私とキーコに軽く『認識阻害リコニノベイション』を施しておこう。これで周囲からはただの通行人程度に認識されるはずだ。


 ホーカーのいる家まで到着したようだ。彼等は結婚と同時に新しい家を貰ったようで、現在は目の前の家に2人で暮らしている。

 そしてこの家はホーカーの工房にもなっていて、ここで日夜装飾品作りに励んでいるというわけだな。


 玄関口でキーコが足を止めると、彼女はこちら側に振り返った。何やら言いたいことがあるようだ。


 「少し、ここで待っていてください。ホーカーに伝えてまいりますので…」

 「うん。いきなり押しかけたら驚かせてしまうだろうからね。頼んだよ」


 そういえば、キーコには病を治したのが私だとバレているようだが、ホーカーにもバレているのだろうか?

 現在夫婦仲は非常に良好のようだし、元気な姿をアクレイン王国から帰ってきたホーカーに見せただろうから、どうやって病が治ったのか、ホーカーがキーコに尋ねるのは当然だ。その時に私のことを説明しても、何の不思議もない。


 ホーカーは私がキーコを助けたと知っていると考えて行動した方が良さそうだな。うん。そのつもりで行動しよう。


 キーコがホーカーに私が訊ねてきたことを伝えたようだ。家の中から物凄い音が鳴り響いている。音から察するに、アレは身だしなみを整えているようだ。以前アクレインに来た時以上に身綺麗になってないだろうか?いや、確実になっているな。


 身支度が終わると、ホーカーは床に足を揃えてたたむようにして座り、その姿勢で頭を下げて地面に額を付けてしまった。所謂、平伏の姿勢の一つだな。


 装飾品を受け取りに来ただけだというのに、随分と大袈裟だな。とは思うが、それだけのことを私がした、と言うことを私は理解している。やはりホーカーは私がキーコを治療したことを知っているのだ。

 そして彼が頭を下げている理由は、私に感謝の言葉を送りたいから、というだけではないようだ。


 迎える準備が整ったからか、キーコが戻ってきた。


 「お待たせいたしました。夫の元までご案内させていただきます」


 言葉遣いが少し丁寧になっていないか?これは、ホーカーが平伏している理由と何か関係があるのだろうか?

 とにかく、今は素直に案内してもらうとしよう。と言っても、すぐ目の前なのだが。


 ホーカーがいるのは作業場ではなく玄関口の前である。つまり、玄関扉を開いたら、すぐに平伏したホーカーが目の前に現れるのである。

 キーコが玄関扉を開くと、私が何かを言う前に、ホーカーが周囲に響かない程度の声量でかつ力強く感謝の言葉を述べ出した。


 「御来訪、心よりお待ちしておりました!ご注文の品は、ちょうどつい先日に出来上がったところです!尤も、ノア様はそれが理解できているからこの場に訪れて下さったのでしょうが…」


 ん?私が作品ができたからホーカーを訪ねてきたことを知ってる?『広域探知』を察知された感じではないが、どういうことだ?


 玄関扉を開けたキーコがホーカーの隣に移動した矢先、彼女もまた夫と同じく平伏の姿勢を取り、感謝の言葉を述べ出した。


 「夫から話を伺っています。私の病を治療して下さり、誠にありがとうございました。私達夫婦は今後、その生涯をノア様のために捧げたいと思っています」


 なんと。

 今のキーコの言葉から察するに、私が彼女を治療したと理解したのは、彼女ではなくホーカーだったと言うことか。しかも、続く言葉を要約するに、2人とも私の配下になりたいと言っているように聞こえる。


 大袈裟でも何でもないのだろうな。それだけのことを私はやったのだ。

 なにせ、遠くの国にいる筈の恋人の元に一瞬で訪れ、貴重な薬を使うでもなければ治癒魔術を使うまでもなく恋人の病を取り除いてしまったのだから。

 ホーカーからしてみれば、信仰にも似た感情を持ってしまってもおかしくないのだろう。


 ただ、少し気になる点がある。キーコは配下にして欲しい、ではなく生涯を捧げる、と言っていたのだ。しかも当のホーカーは装飾品のことしか語っていない。

 これはひょっとして、要望ではなくただの意志表示なのか?


 とにかく、感謝を述べられたのなら、その言葉に返さないとな。


 「どういたしまして。それと、結婚おめでとう。早速だけど、注文した品を見せてもらっていいかな?」

 「はい!こちらでございます!」


 平伏した姿勢を崩さないまま、ホーカーが完成した装飾品の入った上質な木箱を差し出してきた。器用な動きをするものである。というか、折角身だしなみを整えたというのに、その姿勢では背中しか見えないのだが?


 ひとまず、木箱を受け取って早速出来栄えを見せてもらうとしよう。


 「…凄いね。貴方に注文して正解だった。実に見事だよ」

 「き、恐悦至極に御座います!」


 つい言葉に詰まってしまったが、それほどまでに美しかったのだ。

 その出来栄え、マーグの渾身の作品の隣に並べても遜色ないほどだ。きっと彼も認める出来栄えだろう。


 箱に入っていたのは、黒と白のカラスをモチーフにしたブローチだ。艶やかな光沢を放っており、瞳の部分には美しくカッティングされたダイヤモンドがはめ込まれている。

 面白いことにこのブローチ、どちらかを単体で身に付けることもできるし、結合させて一つのブローチにもできるようだ。


 うん。これだけの出来栄えならば、あのレイブランとヤタールも間違いなく気に入ってくれるな。

 あまりにもいい出来栄えだから、私自身が欲しくなってしまうが、あの娘達のために作ってもらったのだ。


 これだけの品を用意されたのならば、彼等の願い、叶えないわけにはいかないな。


 私の一存で決めてしまっても良いことだろうが、やはりここは、連絡を入れるべきだろう。これもまた、私の一存、思い付きによる行為ではあるのだが。


 『通話』を用いて、マーグに連絡を取る。


 〈!?この音は…!?ノ、ノア様でございますか!?〉

 〈うん。マーグ、突然だけど、貴方はホーカーという細工師のことを知ってる?〉

 〈アクレインの美術コンテストにて5位に入賞した人物ですな?かの作品を直接この目で見れなかったこと、少々悔しく思うぐらいには、良いものを作る人物かと〉


 うんうん、良いぞ。マーグもホーカーの腕は認めているようだ。


 〈実はね、アクレイン王国に観光していた時に、彼に装飾品を注文していてね。今その作品を受け取ったところなんだ〉

 〈ノア様の声色から察するに、見事な出来栄えだったようですね…〉


 おや、マーグが少々悔しそうだ。私が身に付ける装飾品は、自分の手で用意したかったのだろう。

 これから伝えることは、彼をもう少し悔しがらせてしまうかもしれないな。


 〈マーグ、私は私情で彼を救ったことがある。だから、その恩に報いようと生涯を私に捧げる気のようだ〉

 〈………〉

 〈彼を配下に加えようと思う。その際、しばらく先の話になるけど、今後彼の作品は、貴方の店でのみ取り扱うようにしたい。彼と提携してもらえないかな?〉

 〈!?〉

 〈明日にでもちょっとした小道具を用意しよう。それがあれば、離れた場所でも作品の受け取りは可能になるよ〉


 アクレイン王国でホーカーが受注した仕事は、まだすべてが片付いているわけではない。だが、わざわざピジラットにまで使いを出して作品を注文することはなかったらしく、あれ以来彼は追加で仕事を受けていない。


 なので、ホーカーが今請け負っている仕事を終えたならば、その先は彼の作品はマーグの店でのみ扱うことにする。個別の制作依頼の受注もまた同じくだ。


 〈明日、貴方の元に顔を出そう。その際、今回受け取ったホーカーの作品を見せてあげるね〉

 〈委細、承知いたしました。若き才能あふれる細工師の渾身の作品、是非拝ませていただきましょう〉


 とりあえずは承知してくれたようだ。

 まだホーカーを私の配下に加えることに若干の抵抗を覚えているようだが、そこは作品を見せて納得してもらうとしよう。

 こうしてみればなるほど、マーグは私以外の相手には結構厳しい人間なのかもしれないな。


 さて、未だに平伏の姿勢を崩さないホーカーに、そろそろ顔を上げてもらうとしよう。

 フウカの服の中でも特に質のいい服を着て来て良かったな。こういう時に簡素な格好では締まりがないからな。


 フード付きのローブを脱いで、ホーカーに声を掛けるとしよう。


 「ホーカー。頭を上げて」

 「はい…」


 ようやく見せてくれたホーカーの表情は、決意に満ちた目をしている。宝石の輝きに勝るとも劣らない、私の好きな目の一つだ。


 「明日また、貴方の所に顔を出すよ。その時には今度はこちらから渡す物があると同時に、伝えることもあるだろうから、待っていてね」

 「は、はい!その…!遅ればせながら、妻を、キーコを救っていただき、誠にありがとうございました!」


 再び頭を下げて平伏の姿勢に戻ってしまった。まぁ、仕方がないことなのだろう。


 それよりも、伝えるべきことは終わったのだから、さっさと広場に戻るとしよう。


 早急に作らなければならないものができたのだ。

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