第418話 新たな配下と転送箱

 人気のない場所まで移動して転移で広場に戻って来たら、まずはレイブランとヤタールに受け取ったブローチを見せてあげよう。マーグやホーカー達に渡す箱を作るのは、その後からでも十分だ。


 レイブランとヤタールは…この辺りを飛び回っているようだ。オーカムヅミの果実を切り分ければ、匂いに釣られて私の元まで来てくれるだろう。勿論、食べたいようだったら普通に食べさせてあげるつもりだ。

 その際、他の子達も集まって来て食べたいと申し出るようなら、その子達にも果実を分けてあげよう。


 オーカムヅミの果実を鰭剣きけんで切り分けると、早速レイブランとヤタールが私の両肩に止まってくれた。


 〈今日は普通に果実を切り分けているのね!?良い匂いよ!〉〈食べても良いかしら!?食べたいのよ!〉


 流石はレイブランとヤタール。広場一番の食いしん坊達だ。外果皮に鰭剣を宛がった瞬間私の元に来てくれた。

 両頬に当たる彼女達の羽毛がとても気持ちいい。幸せな気分になって、モフモフのことしか考えられなくなってきてしまうな。

 まぁ、オーカムヅミの果実を切り分ける作業自体は止めていないが。


 「君達をモチーフにしたブローチが出来上がってね。とても綺麗だよ。見てみる?」

 〈さっき"楽園"からいなくなってたのはそのブローチを取りに行ってたからなのね!それより果実が食べたいわ!〉〈ブローチは勿論見てみたいのよ!でもそれよりもオーカムヅミが食べたいのよ!〉


 この娘達は本当に[花より団子]という言葉が似合うな。

 いや、本来ならばレイブランとヤタールは装飾品や宝石には目が無い筈なのだ。

 今回ニスマスで購入したブローチも気に入ってくれたのか、風呂に入る時と寝る時以外は身に付けてくれているしな。

 ただ、それ以上にオーカムヅミがこの子達にとって魅了的なのだ。


 レイブランとヤタールの目の前に魔力板を作り、その上に切り分けたオーカムヅミを乗せれば、この娘達は勢いよく果実を啄み始めた。一口果肉を嘴の中に入れるたびに、幸せをかみしめているのが良く分かる。


 〈やっぱりこうしてノア様から渡してもらうオーカムヅミが一番ね!〉〈変わらない味なのよ!いくらでも食べられるのよ!〉


 嬉しそうに果肉を啄む2羽のカラスが愛おしくて仕方がない。堪らずに抱きしめてしまいたくなってしまうが、この娘達は絶賛食事中だ。このまま間近で食事風景を眺めさせてもらうとしよう。


 おっと、レイブランとヤタールだけでなく、ゴドファンスとウルミラも匂いに誘われてこちらに来たようだ。彼等の分も用意してあげなければ。

 ホーディとラビックは組手の真っ最中の様で、こちらに来る気配はない。

 フレミーは家の中で私の服を織ってくれているようだ。いいアイデアが思い浮かんだらしく、非常に上機嫌だ。

 ヨームズオームは日向ぼっこ兼昼寝中である。気持ちよさそうに寝ているので、起こさないように気を付けよう。


 ああ、ウルミラ。私の顔を見ながら私の周囲を密着しながら何度も回らなくてもちゃんと用意するよ。それはそれとして、後で撫でさせてもらうね?


 〈ご主人!早く、早く!〉

 「はい、どうぞ。ゴドファンスも食べる?」

 〈では、いただきたく存じます。こうしておひいさまから切り分けた直後の果実をいただくのは、いつ以来でしょうな〉


 最近は予め切り分けた物を渡して、それを各々好きな時に食べるというスタンスだったから、確かに久しぶりな感覚だ。


 あっ、ホーディがオーカムヅミの香りに意識を奪われて顎に強烈な一撃を貰ってしまった。

 クマは強い嗅覚を持った生き物だからな。香りが気になるどころか、その香りの元を美味そうに食べている仲間の気配を察知すれば、気にしてしまうのも止む無しなのかもしれないな。ちょっと呆れた表情をしているラビックが可愛らしい。


 〈ホーディ…。一旦休憩にしますか?私も少し喉が渇きました〉

 〈う、うむ。そうだな。先程から堪らぬ香りが主のいる場所から漂って来てな…〉

 〈皆まで言わずとも分かっています。オーカムヅミはとても美味いですからね〉


 皆が集まってくるのなら、ここにいないヨームズオームやフレミー、ラフマンデーの分も切り分けておくか。

 ああ、でもラフマンデーは呼べば来るかな?


 とりあえず、切り分け終えた果実をホーディとラビックに渡して、ラフマンデーを読んでみるか。


 「ラフマンデー」

 〈はいただいまぁ!いかがなさいましたか!?〉


 相変わらず、呼べば全速力で私の傍まで来てくれるようだ。

 大量に産んだ卵も孵り、働き蜂として活動可能になっているし、新たに生まれた下位精霊も既にこの娘の配下になっている。大抵のことは自分の眷属や配下に任せているのかもしれないな。


 切り分けた果実を差し出せば、今にも発狂して奇声を上げながら空を縦横無尽に飛び回りそうだが、必死に堪えている。


 「はいコレ。本来ならレイブランとヤタールに見てもらいたいものがあったからこの娘達を呼ぶために切り分けてたのだけど、こうして大体集まって来ちゃったからね。貴女もどうぞ」

 〈謹んで頂戴いたしますぅううう…!〉


 受け取った果実は巣に持ち帰らずに、他の仲間に倣ってこの場で食べるようだ。一口果肉を口にしてからはまるで違う個体なのかと聞きたくなるほど勢いよく果実を食べ始めた。


 〈ふぉおおおおおーーーーー!!至福!何もかもが至福ぅうううーーー!!〉

 「さて、こうしてほぼ皆集まってくれたわけだけど、元はレイブランとヤタール用に購入したブローチを見てもらうためだったんだ」

 〈興味が無いわけじゃないわ!果実も食べ終わったし、そろそろ見たいわ!〉〈美味しかったのよ!そろそろブローチが見たいのよ!〉


 果実を食べて空腹と共に舌も満たされたようだな。既に興味はホーカーから受け取ったブローチに向いている。他の皆も、折角だから見ていくつもりのようだ。

 『収納』からブローチを取り出したところで、フレミーが私の元まで駆けつけてきた。この辺りにも極細のフレミーの糸があるため、糸を伝って私達の様子を把握していたのだろう。


 フレミーも来てくれたので、彼女にも切り分けたばかりのオーカムヅミを渡しておく。


 「はい、どうぞ」

 〈ありがとう。それよりもノア様!ブローチを見せてもらっても良い?ノア様から見て凄く出来が良いんだよね?新作の参考にしてみたいの!〉

 「うん。これから出すよ。それと、このブローチはレイブランとヤタールに渡す物だよ?」


 フレミーは私が受け取ったブローチを私のものだと思っていたようだ。

 確かに私が自分用にしてしまいたいほどの出来栄えだが、このブローチは始めからレイブランとヤタールに送るつもりだったのだ。あまり参考にならないと思う。


 今度こそブローチを取り出して皆に見せれば、レイブランとヤタールは勿論のこと皆息を呑んで押し黙ってしまった。

 皆からは不快感などは一切感じられないので、満場一致で良い出来だと言うことなのだろう。


 結合させていたブローチを分離させ、それぞれを渡そうとすると、揃って首を横に振りながら、受け取りを拒否されてしまった。


 レイブランもヤタールも、出来栄えには納得している筈だが、どういうことなのだろうか?


 「違う色の方が良かった?」

 〈違うわ!そのブローチはノア様が付けるべきよ!〉〈ずっとノア様と一緒なのよ!お揃いなのよ!〉


 ああ、そういうことか。

 確かに、結合させたブローチを私が身に付ければ、レイブランとヤタール達と常に一緒にいるような物だ。何より、自分達と同様に私がブローチを付けることで装飾品を身に付けているのが私と2羽だけになるから、その状況をお揃いだと言っているのだ。

 ブローチを渡そうと思っていたこの娘達がそう言ってくれるのならば、私のものにしてしまうぞ?後になって[やっぱり欲しい!]と言われても渡さないからな!


 〈いいから早くつけてみてちょうだい!〉〈きっと似合うのよ!〉

 「うん。……どうかな?似合う?」


 2羽に促されれるままに結合させたブローチを身に付ければ、皆が歓声を上げて私を褒め称えてくれた。

 これは、とても珍しいことだ。人間の作品で、この子達を認めさせたのだから。

 マーグが献上してくれた首飾りなどを見た時は、男性陣が対抗心をむき出しにして『我地也ガジヤ』を使用してとんでもない装飾品を作り上げていたからな。


 微塵もそんな様子もなく私の容姿やホーカーを褒める声が出ると言うことは、それだけ彼の細工師としての腕を認めている、と言うことだろう。


 そして、私は見逃していない。ヤタールがお揃いという言葉を発した瞬間、皆が反応したところを。

 この様子だと、皆の装飾品も用意したうえで皆の姿をモチーフにした装飾品を手に入れるべきなのかもしれない。


 皆の分の装飾品はともかく、私用の装飾品を用意するのならば、やはり今回のブローチと同様ホーカーに頼むべきだろう。彼は非常に多忙だから、しばらく時間が掛かるだろうがな。



 皆にブローチも見せた後、手早くマーグとホーカーに渡す物、品物を入れると対となっている箱に品物を送る転送箱を手早く作った。

 転送箱の作成に関しては、割とあっという間に完成した。

 私は転移魔術を完全にものにしているからな。転移の原理を理解しているのならば、転送箱の制作はそれほど難しいことではなかったのである。


 ちなみに、ブローチを見せている間もヨームズオームはずっと気持ちよさそうに眠っていた。なのであの子が昼寝から目を覚ました時に切り分けたオーカムヅミを渡しておいた。


 現在は日が変わってマーグの店だ。一言断って、彼の目の前に転移で移動させてもらった。

 事前に転移魔術を使用すると伝えていたので、思っていたほどお吐露彼はしなかったが、流石にいきなり目の前に姿を現したのだ。驚かないわけがなかった。


 「ノア様の御力には只々驚愕の一言しか出ませんな。…それで、現在身に付けておられますのが、例の作品なのですね?」

 「うん。良ければもっとじっくり見る?」

 「いえ。それには及びません」


 そう言って1分ほどブローチを注視した後、マーグは俯いて大きなため息を吐き出した。気に入らなかったのだろうか?


 「まったく、年は取るものではありませんね。若い才能を認められなかった自分が恨めしい。懺悔します。私は、若い才能に嫉妬しました」

 「いい作品だろう?ホーカーの存在は、きっと貴方にも良い刺激になると思ったんだ。切磋琢磨し合い、より良いものを作り続けて欲しい」

 「ノア様…!く…っ!私のことまで考えたうえで…!」

 

 私の要望をマーグに伝えると、彼は片膝をついて動かなくなってしまった。

 私の今の発言は彼の琴線に触れるものがあったようだ。彼から一層強い忠誠が感じられるようになった。


 「誓います。例えこの先どれだけ月日が流れようとも、己の現状に高を括ることなく、生涯精進し続けることを…!例え他者に嫉妬の感情を持とうとも、その嫉妬を昇華させて己の糧にして見せると…!」

 「その誓い。確かに聞き入ったよ。貴方が今後も素晴らしい作品を作り続けてくれること、期待させてもらうとしよう」

 「ははぁーっ!」


 思った以上にマーグの心に火が付いたようだ。これは定期的にこの店に顔を出して新作を確認する必要があるな。いつの日か、レイブランとヤタールとも一緒にこの店に訪れよう。

 あの娘達も魔力の制御に慣れてきたようだから、そろそろ一緒に旅行に行けるかもしれない。まぁ、流石に今回の旅行には間に合いそうもないが。


 マーグに転送箱の使用方法を伝えて渡した後は、ピジラットだ。

 昨日また訪れると伝えた為か、今度はキーコにもホーカーにも驚かれることはなかった。


 話が早く進んで助かるというものだ。転送箱をホーカーに渡して用件を伝えよう。


 「ホーカー。私には、私に忠誠を誓い、私の配下になってくれた者がいる。その人物はかなり大きい装飾品店のオーナーでね。彼自身も装飾品を手掛ける職人でもある。そして、彼の店の従業員達も彼と同じく私の配下だ」

 「は、はぁ…」

 「も、もしかして、この箱は…!」


 ホーカーはいまいち状況が飲み込めないという表情をしているのに対し、キーコはある程度理解できているようだな。

 自分のためのブローチを完成させて美術コンテストに出品するようにホーカーに伝えたことと言い、彼女には先見の明があるし、察しも良い。夫であるホーカーをしっかりと支えてくれるだろう。


 「今渡した転送箱は、その装飾品店のオーナーに繋がっているよ。ホーカー、貴方さえよければ、彼等の一員に、私の配下になってくれないかな?」

 「っ!?」

 「ホーカー!やったね!毎日天空神様とノア様に祈ってた甲斐があったね!」


 うん。昨日ホーカーに会った時点で彼が私に仕えたいと思っていることは理解できていたが、まさか毎日ルグナツァリオだけでなく私にまで祈りを捧げていたとは…。

 もしかしなくても、私が神格を得ていたら、その祈りも普通に届いていたのか?


 よそう。神格を得るつもりなど微塵も無いのだ。神になろうと思わなければ神にならないというのならば、考えるだけ無駄である。


 それよりも、ホーカーの返事を聞かなくては。


 「………キーコに病が治った理由を聞いた時、ノア様がキーコを治療してくれたと、キーコがブローチを付けて笑っている絵を描いてくれたのがノア様だと理解しました。その時から、私は生涯をノア様に捧げ、ノア様にお仕えしたいと思っていました…」

 「最初に相談を受けた時はとても驚きました。でも、こうして実際にお会いして良く分かりました。あの時私の前に現れて私の病を取り除いてくれたのは、虹色の女神様は間違いなくノア様だって、今ならわかります!」


 …そういうことだったのか…。まぁ、この際どういった経緯で私がキーコを治療したのがバレたのかなどどうでも良いのかもしれないな。

 今重要なのは、2人がしっかりと話し合ったうえで私に仕えると決めたという事実だ。


 「ノア様の御誘い、謹んで受け入れたく思います!私を配下の末席に加えていただきますよう、どうかお願い致します!」

 「うん。それなら、今日から貴方達は私の配下だ。コレを渡しておこう。私の配下であると言うことの証だよ」


 ホーカーとキーコを配下にすると認めた後、『収納』から私の尻尾カバーを模った小さなピンを2人に渡しておく。マーグ達に渡したのと同じ物である。


 「コレが…ノア様の配下の証…!か、家宝にします!」

 「と、ところでノア様…。私達って、これからノア様にお仕えしている方々の装飾品店に行くことになるんですか?」


 ああ、それはそうだな。箱の機能について説明はしたが、活動内容などはまるで説明してなかったのだ。


 「この村から出て装飾品店に行く必要はないよ。そのための転送箱だからね」

 「と、言いますと…?」

 「ホーカー。つまり、仕事の内容とかは手紙か何かでこの箱に送られてくるんじゃないの?それで、ホーカーは作ったアクセサリをこの箱に入れるだけで作品が向こうに届くってことじゃない?」

 「そ、そんなに凄い箱なんですか!?」


 まぁ、人間からしたら凄い箱なのだろうな。

 今回は装飾品のやり取りができればいいから片手で持てる程度の小さな箱で作ったが、やろうと思えば部屋一つ分の大きさにだってできるのだ。それはつまり、物資の大量輸送が一瞬で終わることを意味する。

 有力者からすれば喉から手が出るほどに欲しい技術だ。当然そんな大規模なものは作るつもりも渡すつもりは無いが。


 マーグとホーカーに渡した転送箱には、座標記録の魔術を施してある。強奪しようとしたり、持ち主を襲おうとしたならば、すぐに私が察知する類の魔術だ。

 今の私ならば龍脈を経由して世界中のどこにでも『幻実影ファンタマイマス』で実態を持った幻を発生させられる。

 もしもマーグやホーカーが危機に陥るようなことがあれば、すぐに救援に迎えると言うことだ。


 かなり贔屓にしているようにも見えるが、彼等は紛れもなく私の配下なのだ。これぐらいのことはしてやらないとな。



 ホーカーとキーコに転送箱の機能と今後の彼等の活動について詳しく説明した後、私は広場に戻ってルグナツァリオかダンタラから連絡が来るまでゆっくりと時間を潰すことにした。

 こちらの準備は万全と言っていい。連絡が来たら、すぐにでもドライドン帝国へと向かえる状態だ。


 そしてダンタラが目覚めて私に謝罪の言葉を送ってきた日から2日後。つまり、ホーカーを私の配下に加えたその翌日。


 『待たせたね、ノア。遂に連中がドライドン帝国に入国したよ』


 ルグナツァリオから連絡が来た。

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