第419話 出発!

 やはり私が予想した通り、連中がドライドン帝国に入国する時期とダンタラが拠点の位置を把握する時期が被ったか。尤も、ダンタラの精査が完了するのはおそらく明日だろうが。一応、ルグナツァリオに確認を取っておくか。


 『ダンタラの方はどう?少なくとも、ドライドン帝国の辺りは精査が終わってるんじゃない?』

 『ああ、問題無いよ。貴女の次の旅行先があの国だと知っていたから、真っ先に調べてくれたよ。彼女から貴女に伝えるように言われていてね。位置情報を伝えよう』

 『助かるよ』


 正直なところ、拠点の位置を把握してもらうのは構わないのだが、それをどうやって具体的に私に伝えるのか、今更ながらにそれが疑問だった。

 が、そこは神格を持った超常の存在だ。思念を通じて具体的な地理の情報を私に直接送り込んできたのである。


 地図要らずだな。今ので連中の拠点どころか、龍脈の正確な流れやあの国の正確な位置情報が全て把握できてしまったぞ?

 …この方法、人間に対して行ったら情報が処理しきれずに脳にダメージが入るんじゃないか?


 『まぁ、そうだね。貴女にだから行える伝達方法だよ。まぁ、情報量が少なければ人間にもできないわけでもないのだけどね。どうしても情報を処理しきれずに断片的な情報になってしまうんだよ』

 『それは、巫覡ふげきに対して行った経験から?』

 『その通り』


 不便なものだな。まぁ、正確に読み取れたらそれはそれで困る時があるのかもしれないが。


 『正確に伝わってしまったら、それこそ私達の力に頼り切りになってしまうだろうからね。断片的になるぐらいでちょうど良いのだよ』


 ルグナツァリオとダンタラ、そしてズウノシャディオンがいれば、目で見えるこの星の状況は大体把握できてしまうだろうからな。それらを明確に知る事ができると分かれば、頼ってしまおうとするのも無理はないか。

 ただでさえ、今も人間は五大神に頼っている部分があるのだ。彼等から鮮明な情報を受け取れるとなれば、より依存してしまうのは目に見えている。


 やはり、ドライドン帝国の領土にも"女神の剣"の組織が存在していたようだ。そしてニスマ王国で活動していた連中は彼等と合流しようとしているようだ。

 送られてきた情報から判断するに、既に迎え入れる準備も出来ているようだな。


 尤も、連中はそう簡単に全員が集結するようなことはないらしい。構成員の中に、かなり多忙な人物がいるようだ。

 何を隠そう、ドライドン帝国の宰相、アインモンド=ハイテナインである。


 連中の入国時期と次期皇帝を決定させる総当たり決闘の開始時期が、露骨に被っていたからな。ルグナツァリオに調べてもらえば、案の定である。


 アインモンドからすれば、自分が世界を滅ぼそうとしている組織の一員だと知られる要素は全くないと思っているのだろうが、私達には丸分かりだ。隙を見せて拠点に集まった際に纏めて始末するつもりである。


 『問題は、その全員が集まる機会が非常に少ないと言うことだろうね』

 『"魔獣の牙"と一切連絡が取れなくなったことで、かなり警戒してるだろうからね。ところで一つ聞きたいのだけど、いい?』

 『何かな?』

 『情報は朧気になるだろうけど、人間達に"女神の剣"のこと、大々的に伝えるべきだと思う?』


 聞いておいてなんだが、私の中では既に答えは決まっている。


 伝えない方が良いと思うのだ。

 連中は"古代遺物"を製作できるようだからな。その気になれば、一つの国を、それこそファングダムやティゼム王国のような大国を滅ぼすことさえも可能なのだろう。人間達が"女神の剣"と衝突するのは避けるべきなのだ。それは、連中も同じである。

 連中がそうしないのは、後が続かないからだ。


 確かに、連中は大国を滅ぼせるだけの力を有してはいる。だが、それをやったが最後。連中の存在は世界中から世界の敵として瞬く間に認識され、まともに活動することなど出来なくなるだろう。世界中の人間が血眼になって探し出して徹底的に滅ぼそうとするだろうからな。


 ただ、その場合"女神の剣"は滅ぼせるだろうが、人間達も無事では済まない。

 様々な用途の"古代遺物"を好きなだけ用意できる連中だからな。戦いになったらどれほどの被害を被ってしまうか想像もつかないのだ。

 下手をすれば世界中の人口の半分近くを失ってしまうかもしれないし、戦いの余波で人間達が築き上げてきた文明も滅んでしまうかもしれない。


 流石にそんな事態を五大神が看過できるわけがないし、私だって断固として認めるつもりはない。

 "女神の剣"は、私達が大多数の人間達に知られることなく、最初からいなかったかのように排除すればいい。

 マコトやフィリップのようにごく一部の人間以外に、連中のことを知る人間はいなくて良いと思うのだ。


 『人間達が"女神の剣"の存在を知れば、間違いなく大きな争いが発生するだろう。そして多くの命が失われていく。私としては、歓迎できい事態だね。だからノア、済まないけれど、連中の始末は』

 『言われるまでもないよ。極力人間達に"女神の剣"の存在を知られないまま葬るさ。私達なら、それができる』

 『ありがとう。恩に着るよ』


 恩に感じることはないと思うがな。話は五大神達だけの問題ではないのだ。


 連中の思い通りにさせてしまえば私の望みである人間の文化や技術、知識を得られなくなるどころか、この星に住まう様々な生き物達と触れ合えなくなってしまうのだ。

 私には単独で連中を排除できるだけの力があるのだから、私は連中の排除に積極的に動くべきなのだ。


 『ドライドン帝国へは、リガロウに乗っていくのだろう?連中の到着直後に訪問したらやはり警戒されるだろうからね。出発は明日の早朝ぐらいがちょうどいいんじゃないかな?』

 『例の総当たり決闘は、始まったりしないの?』


 連中に警戒されないことは大事だが、だからと言ってのんびりしすぎていてはジョージの命が危ない。それでは私がドライドン帝国へ向かう意味の半分が失われてしまうようなものだ。


 『心配はいらないよ。連中としても準備があるだろうからね。総当たり戦が始まるのは今から10日後だし、最初の決闘の参加者はジョージでもジェルドスでもない筈だよ』

 『となると、まだ1週間ぐらいは猶予があると考えていいか…』

 『ドライドン帝国に入国したら、敢えて目立って早急に城に案内してもらうのも一つの手段じゃないかな?』


 確かに。ジョージの安全が確保できるまでは観光どころではないからな。彼が私の誘いに乗ってくれるかどうかは別として、ひとまず接触はしておきたい。

 そのためにも、可能な限り早く城に招かれたいところだな。


 『それなら、ドライドン帝国の巫覡に神託を授けて私を城に案内するようにしてもらおうか?』

 『そのことなのだけどね、ドライドン帝国には教会が無いんだ。アインモンドが宰相になるまではあったのだけどね』

 『それってつまり、あの国には巫覡がいないってこと?』

 『その通り。だが、これはむしろ好都合でもあるよ』


 巫覡がいないのなら、ドライドン帝国中で五大神と連絡が取り放題になるということだからな。


 "女神の剣"にとって五大神は宗教的な考えで言うなら邪神もいいところだろうし、そんな五大神を信仰している教会の存在は、"女神の剣"の構成員であるアインモンドからしたら邪魔以外の何物でもないだろう。


 なにせ巫覡にルグナツァリオからアインモンドの不正の事実や皇帝を傀儡にしていることを伝えられたら、その時点で彼の立場は危うくなるだろうからな。

 宰相になるまでに教会を排除するための準備を入念に行っていたのだろう。


 おかげで今の今までやりたい放題やってきたようだが、それもここまで、と言うことだな。


 『現状、こちらがかなり有利な状況と言えるかもしれないけれど、油断はできないだろうね』

 『そうだね。連中に自棄でも起こされて、多くの命を危険にさらすような行為をさせないようにするためにも、お互い細心の注意を払うようにしよう。向こうでは私だけでなく、私の同僚達も全員協力するつもりだよ』

 『…巫覡がいないことを良いことに、自重じちょうしないつもりだな?』

 『ははは…』


 こらこら、苦笑いで誤魔化そうとしない。

 人間達の生活圏で神々が自重せずに力を行使することなど、人間達の歴史上、殆ど無かった筈だ。アドモゼス歴では初めてじゃないか?


 まぁ、自重しないとはいえ、直接物理的な現象を起こすつもりは無いようだ。

 それでも常時5柱が私と連絡を取り合える状況は、それだけで"女神の剣"にとって詰んでいる状況と言わざるを得ないだろう。

 

 『ノア、私達はね、これでもアグレイシアに対して怒っているのだよ。アレが原因で、この星に住まう、あまりにも多くの命が過去に失われることになったからね。それに、実際に行動するのは貴女に任せるよ』

 『まぁ、連中に遠慮はいらないだろうからね。それなら、明日からよろしく頼むよ』

 『任せてくれ。それでは、また明日』


 あの様子だと、ダンタラもアグレイシアに対して怒りの感情を抱いていそうだな。

 離れた場所からでも思念越しにルグナツァリオの明確な怒りの感情が伝わってきたのだ。

 彼女が私に謝罪をした直後、全力で世界中の地下の状況を一瞬で把握しようとしたのも、アグレイシアに対する怒りの感情から来る行動だったのかもしれないな。


 ルグナツァリオとの会話を終えたら、リガロウの所に顔を出すとしよう。明日ドライドン帝国へ向かうことを伝えなくては。



 そして翌日。

 いつものようにレイブランとヤタールに起こされたら、着替えて日課の訓練を行い、軽く朝食を取ったらいよいよ出発だ。


 〈今回は悪いヤツ等をやっつけに行くんだよね!頑張ってね!〉

 〈お土産は、期待しない方が良さそうかな?宰相のせいで、あんまり豊かな国じゃないんだよね?〉

 〈なに、あの国の近くには"ドラゴンズホール"があるからな。ドラゴンの肉がまた手に入るやもしれぬぞ?主が仕留めた者共の肉はまだまだあるが、それはそれとしてあの肉が増えるのは良いことだ!〉

 〈土産に関しましてはあまり深く考えず、今回もおひいさまの思うままにしていただければ、それでよろしいでしょう。旅の無事を五大神に祈りながらお帰りをお待ちしておりますぞ?〉


 今回の旅行はどちらかというと問題を解決しに行くために向かう意味合いが強いからか、皆もお土産を要求するようなそぶりを見せない。

 まぁ、現状のドライドン帝国には私もあまり魅力を感じていないので、お土産探しには苦労させられそうな気はしている。


 ホーディが"ドラゴンズホール"に行って力だけはあるアホ共を仕留めてドラゴンの肉を回収して来てはどうかと言っているが、流石に理由もなく"ドラゴンズホール"の住民達の命を奪うつもりは無い。たとえそれが力だけはあるアホ共が相手でもだ。


 そんなお土産を気にしている私達に、ゴドファンスが優しく気にする必要はないと告げてくれる。私の旅行の無事を神々に祈ってくれるらしいが、今回の旅行はその神々と常に行動を共にするような状況だ。祈るまでも無いのかもしれない。


 そしてヨームズオームは、シンプルに、しかし思いを込めて私を送り出してくれた。


 ―ノア~、いってらっしゃ~い!―

 「うん、往って来る!」


 皆に見送られる中、私は転移魔術を発動させて、私の姿は皆の視界から消える。

 転移先は勿論、リガロウとヴァスターが待つ蜥蜴人リザードマンの集落だ。


 「リガロウ、ヴァスター、待たせたね。準備は良いね?」

 「この日をずっと待っていましたよ!侵略者の手先共に、誰を敵にしたのか教えてやりましょう!」

 〈私に引導を渡した者達に、ようやく借りを返す時が来ましたね。私達の準備は万端です〉


 転移した先には、昨日も確認したが3週間前よりも若干逞しい体つきになったリガロウと、蜥蜴人達が総出で迎えてくれた。

 最前列にて跪いている戦士長を見れば、彼の鱗はかなり損傷している箇所が多い。私が渡した双龍刀・アンフィスバナエを十全に扱いこなせるようにするために、今日まで訓練をし続けてきたのだ。昨日も演武を見せてもらったが、最初に渡した時からかなり成長しているように見えた。

 流石にまだ完全に自分のものにできたわけではないが、これからも精進を続けてもらいたいところだ。

 帰ってくる頃には、今以上に扱いこなせるようになっているだろう。


 リガロウに跨り、合図を出す。


 「さぁ、往くよ!目的地は、ドライドン帝国!」

 「はい!」


 気合は十分!では、ドライン帝国へ行くとしよう!


 "女神の剣"達よ、首を洗って待っていろ。

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