第191話 希望の足掛かり
魔王の元まで転移する前に確認しておく事がある。
『ルグナツァリオ、さっき私達が人間の観測魔術が届かないと言っていたけど、それはこの辺りの空間の話?それとも私達自身が観測されないのかな?』
『後者だね。しばらくの間は、何処へ行こうとも貴女達の事は人間には観測される事はないよ。』
それは良かった。それならば彼女の元へ向かっても人間達に観測される事は無いだろうな。
そう言えばルグナツァリオは人間には観測されないと言っていたが、つまり他の種族からは観測されてしまうという事だろうか?
その可能性は高そうだな。現にこうして魔王がここに来ているのだから。
『魔王が近くに来ているみたいだし、彼女の所に行くのかい?』
『ああ。そろそろ彼女とも話をしたかったからね。』
『大丈夫だとは思うが、あまり怖がらせないでやってくれ。彼女は魔族としてはまだ若いんだ。』
心配しすぎじゃないだろうか?
確かに少し驚かせてやろうとは思っているけど、致命的なショックを受けるほどの事をするつもりは無いぞ?私に対して失礼じゃないか?
『力を抑えない貴女は、結構な頻度で周りから怯えられていただろう?』
それを言われると弱いな。そもそも元より魔王からは怯えられているし、脅かすと言っても精々後ろから捕まえる程度にしておくか。
―ノア~、どっか行くの~?―
「私達と話が出来る者を見つけたから、ちょっと連れてこようと思うんだ。」
―お話相手が増えるの~!?どんなの!?どんなの!?―
「すぐに連れて来るよ。少し待っていて。」
―うん!分かったー。行ってらっしゃーい。―
ヨームズオームも話し相手が増える事が嬉しいようだ。そうと分かればすぐに連れてくる事にしよう。
気配を消した上で魔王の背後に転移魔術で移動する。
直後、視界に映ったのは銀色の髪を腰まで伸ばした少女の後姿だった。
身長は160㎝ほど。私よりも少し低い程度か。
何やら自身の身体能力や魔力を増強させる魔術具をこれでもかと装備して、様々な防御効果を持った豪勢なマントを羽織っている。
「うぅー。何がどうなってんのよぉー。こっからじゃ何がどうなってんのか全っ然分っかんないじゃない。まったく、なんだって地中深くに埋まってた存在がいきなりあんな遥か彼方上空に現れたりするのよ…。私、これ以上高くは飛べないのよ・・・?コレじゃあ全然近づけないじゃないのよ…。」
どうやら魔王はヴィルガレッドの時と同様、ヨームズオームの様子も確認しに来たらしい。彼の現在地に対して自分が近づけない事を愚痴っている。
世界的な危機に対して対処しようと行動するのが魔王の役割なのだろうか?
とにかく、魔王は私の事に気付いていないようだ。ヨームズオームと談笑していた時は普通に魔力を解放していた筈なのだが、彼に気を取られているためか、私の事に気付けていないらしい。それとも、ルグナツァリオの隠蔽が魔族の観測魔術にも通用しているのだろうか?
ちなみに、私が力を解放しているのは、ヨームズオームが話の最中に時々放出している毒を対処するためだ。
彼は興奮すると、無意識の内に魔術を使用して、例の毒を全身から放出してしまうのだ。
この場所でならば問題は無いのかもしれないが、それでもこの毒が地上に降り注ぐなんて事になってしまった場合、やはり大災害待ったなしである。
オリヴィエに毒の問題はほぼ片付いたと言ってしまった手前、少しのミスもするつもりは無い。
そのため、彼が毒を放出したらその都度私が浄化しているのである。
ヨームズオームの魔力色数は四。しかも超広範囲である。迅速に対応するためにも、手加減せずに即座に対応していた、というわけだ。
それだけの事をやっているにも関わらず、魔王は私達の事に気付いていないようなのだが。
まぁ、気付いていないのなら都合が良い。このまま魔王を後ろから抱きしめて拘束してしまおう。
「捕まえた。」
「○◆△☆◎%●□▲★※ーーーっ!!?!??」
私が魔王を抱きしめた瞬間、彼女は声にならない悲鳴を上げてパニックに陥ってしまっている。
やり過ぎてしまったか?とりあえず、これ以上驚かせないためにも、彼女を落ち着かせよう。
「何も取って食うつもりは無いから、落ち着いて。貴女は、あの子の様子を見に来たんだろう?」
「い、いつの間に私の後ろにっ!?」
「貴女の事はルグナツァリオやヴィルガレッドから聞いているよ。とりあえず、ヨームズオームの所まで戻るよ。あの子も、話し相手が増えるのは嬉しいと言っていたからね。」
「はいぃっ!?ちょっと、意味がわか」
この場で話をしていても収拾がつかないと思ったので、さっさとヨームズオームの眼前まで転移で戻ってきた。
―ノア、おかえりー。その子が新しい話し相手~?―
「うん。ここまで来れそうになかったから、連れて来たよ。」
「…な…な…な…!」
が、それは魔王に更なる衝撃を与える事になってしまったらしい。
衝撃のあまり口を開けたり閉じたりして碌に言葉を出せなくなっている。正しく絶句しているのだろう。
それはそれとして、ヨームズオームは新たな話し相手が目の前に現れた事が嬉しいようだ。彼の魔力から喜びの感情が伝わってくる。
―王様だー!ちっちゃいけど王様だー!ぼく、ヨームズオーム!さっきノアがつけてくれたんだよー!―
ヨームズオームは相手の本質を見るのが上手いようだ。特に紹介もしていないと言うのに、魔王が一つの集団の長である事を見抜いているらしい。
ただ、魔王にとって、小さいという感想はあまり嬉しいものではないらしい、不快感をあらわにしてヨームズオームに反論している。
「貴方から見りゃ、誰だって大抵の奴はちっちゃいでしょうが!貴方よりも大きい存在なんて、それこそ龍神様ぐらいしかいないわよっ!」
―ノアー、この子、何か怒ってるー?―
「気が動転しているだけだよ。ホラ、自己紹介してくれてたんだから、貴女も名前を教えてくれないか?私の事は知っているのだろう?」
魔王が言う龍神と言うのは、やはりルグナツァリオの事だろうな。彼の事を天空神と呼んでいるのは、人間達だけなのだろう。
まぁ、それは良いとして、彼女にもちゃんとした名前がある筈だ。どうせなら私としては彼女の事はちゃんと名前で呼びたい。
「分かったわよ…。」
自己紹介を促せば、魔王も自分の名前を教えてくれるようだ。一度瞳を閉じて軽く咳払いをした後、表情を引き締めて名乗り始めた。
「私の名はルイーゼ。魔王国の現国主、6代目新世魔王、ルイーゼ=ノヴァーガ=オーダーよ。貴女達は、気軽にルイーゼとでも呼べばいいわ。」
―ルイーゼって言うんだー!よろしくねー!―
「改めて、私はノア。今後よろしく。」
ヨームズオームが嬉しそうにしている。名前という概念を知った事で、他者の、話し相手の名前を知る事が嬉しいようだ。
それに対して魔王、ルイーゼはやや不満げである。はて、不満の原因は何なのだろうか。
「よろしく。ところでノア。そろそろ私の事、放してもらって良いかしら?」
「ダメ。」
「何でよっ!?」
不機嫌なのは私が先程から抱きしめている事が原因らしい。ルイーゼは解放して欲しいようだが、それは認めない。
理由はまぁ、色々ある。
「ルイーゼはこの高度で停滞する事が出来ないだろう?それに、今貴女を放したらすぐにでも逃げてしまいそうだからね。貴女とは色々と話したい事があるから、しばらくこのままでいてもらうよ?」
「ほ、本当にそれだけ?さっきから妙に私の頭に顔が近いんだけど…?」
おっと、気付かれていたか。流石は魔王である。
いや、彼女の頭髪から、とても良い香りがしているのだ。どことなく甘く、それでいて優しくて心が安らぐような、不思議な香りだ。
とても心地いい香りだったので、つい顔を近づけて香りを嗅いでいたのだ。
「うん。ルイーゼからは良い匂いがするからね。この匂いは、洗髪料の?良ければ紹介して欲しいな?」
「ちょっと!?嗅がないでよ!?恥ずかしいじゃないっ!」
ルイーゼは頭髪の匂いを嗅がれる事に抵抗を感じるようだ。悪臭では無いのだから、別に恥ずかしがる事は無いと思うのだが…まぁ、私には分からない感性があるのだろう。彼女の感性は、人間のそれと近いものがあるのだろう。
で、結局のところ、この香りは洗髪料によるものなのだろうか?だとしたら、少し融通して欲しいな。好きな香りだ。
「で、実際のところどうなのかな?」
「…ウチの国で化粧品扱ってる店の品の一つよ。ノアはいずれコッチにも来るんでしょ?その時に注文すれば、喜んで提供してくれるわよ。」
匂いを嗅ぐ事を止めたからなのか、それとも質問を繰り返したからなのか、ルイーゼは若干諦めの感情を醸しながらも質問に答えてくれた。
しかし、何故私がいずれ魔王国を訪れるつもりでいる事をルイーゼは知っているのだろう?それに喜んで提供してくれるという事は?
「ひょっとして、魔族にも私の事が伝わってる?」
「ええ、伝わってるわよ。龍神様の寵愛持ちだなんて滅多に現れないもの。新聞が出回った日はお祭り騒ぎだったわ。それに、皆して貴女のファンになっちゃったみたい。私の側近まであなたの姿を見てときめいた、何て言ってたわ。」
なんとまぁ。新聞というのは本当に凄いな。まさか魔王国にまで私の事が知れ渡っているとは…。
いや、違うな。人知れずティゼム王国で情報収集を行っている魔族が、そしてその情報を即座に魔王国に届けられる情報伝達能力が凄まじいのか。
魔族達は基本的に人間達よりも発達した文明を築いているのかもしれない。
それにしても、皆してファンになった、というのは言い過ぎじゃないか?
疑問をルイーゼにぶつけてみれば、即座に否定される。
「私達魔族ってさ、人間以上に綺麗な物に対して執着するのよ。で、貴女はそんな魔族にとって物凄く魅力的に映ったってわけ。言っとくけど、顔の問題だけじゃないわよ?髪の質だとか、肌のきめ細かさだとか、尻尾の煌めきだとか、魅了された箇所は種族によってバラバラなの。」
「魔族は種族によって好みが大きく分かれそうだね。」
例えば食事の好み等はかなり差がありそうだ。喧嘩になったりしないのだろうか?
「その辺りは互いに理解し合っているわ。共通の好みもあれば、種族の特性上、どうしても合わないものがあるのからね。そうでなければ、魔族が国を作って平和に暮らす事なんて無理ってもんよ。」
ルグナツァリオやヴィルガレッドがルイーゼの事を苦労人と言っていたのは、間違いではないようだ。
趣味趣向、種族の特性、それと価値観もか?それらが多種多様に分かれている種族をまとめ上げるのは、非常に大変なのだろう。
説明しているルイーゼからは、何処か疲れの表情が見て取れる。
―ねーねー、ぼくの話も聞いて~?―
「ああ、そうだったね。ごめんよ。話の続きをお願いするよ。」
―うん!えーとねー。何処まで話したっけかなぁ…。―
いかんいかん。ついルイーゼと話し込んでしまっていたようだ。寂しげな感情が含まれたヨームズオームの声が聞こえてきた。
私から彼に話を振ったというのに、途中でないがしろにしてしまっては、あまりにも可哀想だ。
話を遮ってしまっていた事を謝罪して、彼の話の続きを聞くとしよう。
「えっと…。それ、私も聞かなきゃ駄目…?」
「ダメ。」
「理由は…?」
「貴女、私達に何をしたか覚えているよね?しばらくは私の我儘に付き合ってもらうよ?」
「……はい…。」
まぁ、彼女を従わせる場合、この言葉がある。此方に対して不意打ち同然に危害を加えてきたのだ。それに対する落とし前と考えれば、多少の融通は利くだろう。
例の雨雲の一件をそれとなく話題に出せば、驚くほど素直になってくれた。
さて、ヨームズオームの話はきっとまだまだ続く。
何時までもオリヴィエを宿に待機させておくわけにもいかないし、少しだけでも良いからレオスを見て回ろう。
オリヴィエを誘い、幻と共に街の様子を歩いて回っているわけだが、周囲の様子は落ち着いたとはいえ、完全には不安が拭えていない様子だ。
衛兵達は慌ただしくしているし、先程の地震の影響で魔物がやや活発になっているらしく、街への侵入を防ぐためか、はたまた稼ぎ時と見たのか、冒険者達が駆け足で街の外へ行く様子も何度か見かけた。
「ノア様は行かなくてよろしいのですか?」
「必要性を感じないからね。今すれ違った冒険者達は"
「そうですか…。」
オリヴィエは何処か残念そうにしている。ひょっとして、私に活躍して欲しかったのだろうか?
しかし、レオス周辺にいる魔物はどれも大した力は持っていない。"星付き"冒険者が3組も出て行けばどうとでもなる筈だ。
そうでなくとも"中級"や"上級"冒険者達も数多く街の外へ向かっているからな。あの時点で過剰戦力と言っていい。私が行く必要を感じないのだ。
「私が向かえばすぐに終わるだろうけど、それは彼等の稼ぎを奪う事にもなるだろうからね。無いとは思うけど、彼等の手に負えなかったら私が動くよ。」
「そうですね。では、レオスの街並みを軽くご案内しますね。」
王都というだけあってレオスにはファングダムのあらゆる品が集まる筈だ。
色々と新しい発見もあるだろうし、国の中心というだけあって技術も発展していると思われる。
新しい財源の足掛かりを見つけられる事に期待して、観光を楽しむとしよう。
そうしてレオスを散策していると、私達の背後から慌てた様子で此方まで駆け寄って来る気配を感じた。
若い男性だ。年齢は20代半ばと言ったところか。彼は私達に何やら用事があるらしい。両手に何らかの魔術具を抱えたまま走っている。
青年の足音にオリヴィエも気付いているようだ。青年に対して警戒しているようだが、私は彼の抱える魔術具に興味があったので立ち止まって彼の話を聞いてみる事にした。
「不埒な真似をするのなら、容赦をする必要は無いかと。」
「邪念は感じないから、大丈夫だと思うよ?」
オリヴィエの口調がまるで初めて会った時の様に冷たい。出来ればもう少し柔らかい対応をしてもらいたいのだが、難しいか。
魔術具を抱えた青年が私達の元までたどり着いた。身体を動かす事は慣れていないらしく、とても息を切らしている。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ひ、『姫君』さまっ、ど、どうか…!」
「落ち着いて。貴方の話をちゃんと聞くから、まずは呼吸を整えよう。」
「その服は、魔術具研究所の…。」
なるほど。オリヴィエの口から出た魔術具研修所というのはそのままの意味で捉えてよさそうだ。
両手で抱えている魔術具を見るあたり、彼の目的は私にあの魔術具の検証をしてもらいたいとか、そういう事だと思う。
しばらくして、青年の呼吸が落ち着いたようだ。緊張しながらもハッキリと分かる声量で要望を伝えてきた。
が、その要望はあまりにも言葉足らずだった。
「吸わせてくださいっ!」
「衛兵を呼びましょう。」
まぁ、流石にその言い方ではオリヴィエの反応も当然である。
流石に、女性に対していきなり面と向かって[吸わせてください]は無いだろう。いくら人間の事情に疎い私でも、それが不適切な言葉であることぐらいは分かる。
「あぁっ!?!ち、ちがっ!違うんですっ!決して、決してやましい意味では無いのですっ!お、お願いです!話を聞いてください!」
「言葉を短くしすぎだよ。ちゃんと主題、主語、述語を用いて言葉を伝えよう。貴方は私の何を吸いたかったの?」
ただ[吸わせてください]では何をしたいのかがまるで伝わらない。初対面の相手なのだから、事情も含めて詳しく説明するべきだ。
でなければ悲しいすれ違いが起きてしまう。現にオリヴィエが非常に冷たい態度で衛兵を呼ぼうとしていたからな。一歩間違えれば彼は犯罪者になっていたかもしれないのだ。
「す、すみません、いても立ってもいられなくなって、つい…。」
「それで、貴方はノア様に何を求めているのですか?」
「ひ、ひぃっ!?」
「まぁまぁ、第一印象が悪かったとは言え、そこまで辛辣に当たらなくても良いんじゃないかな?慌てさせたらまた言葉足らずになってしまうかもしれないよ?」
「もう…。ノア様?もう少し警戒心を持ってください?魔術具研究所の方というのは問題を起こす事が多いのですから…。」
相変わらず冷たい態度を取っているため、青年がオリヴィエに対して苦手意識を持ってしまったようだ。
オリヴィエが青年に対して良い感情を持っていないのは、どうやら普段から魔術具研究所という組織が碌な事をしていないかららしい。
実験結果が周囲に悪影響を及ぼす事が多いのだろうか?
とにかく、青年の話を聞こう。
「それじゃあ、そろそろ説明してくれる?」
「は、はいっ!では、改めまして。『黒龍の姫君』様!どうか、"人工魔石"製造実験を成功させるため、ご協力くださいっ!」
その言葉に私は耳を疑う。
魔石の人工精製など、人間に出来るものとは思っていなかったからだ。オリヴィエも驚愕に目を見開いている。だが、もしもそれが可能となれば。
間違いなくファングダムの新たな財源になり得る発明だ。
ようやく見つけた足掛かりだ。是非とも詳細を聞かせてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます