第3話 脚力測定と美味しい果実

 気を取り直して身体能力の検証を続けよう。今度は脚力を検証してみる。

 こちらは検証方法に悩むことは無い。その場で垂直に飛び上がれば、おおよその脚力を知ることが出来るだろうからな。


 では早速検証を開始しよう。


 軽く屈伸運動を行い頭上を確認し、太い枝にぶつからないかを確かめる。身を屈め、足に力を込め、両足で一気に地面を蹴るようにして飛び上がる。


 目まぐるしく景色が変わり、頭には樹木の細枝や葉を押しのける感覚と共に、激しい葉擦れの音。瞬きするよりも早く樹木の頂点を超えて尚、私の体はなおも上昇し続けている。

 やはり日が昇っていたようで、上を見上げれば澄み切った青空が視界いっぱいに広がる。燦々と照り付ける日の光は、私にとって優しく、暖かく、とても心地良い。

 視線を戻して森に目を向ければ地平線が見える距離になっても樹木の葉である深緑が広がっている。私が考えていた以上にこの森は広大だったということか。なんにせよ、実に見事な光景だ。どこまでも広がる深緑の景色に感動を覚える。

 背後へ振り返ると森が広がる事を拒み、遮るような巨大な壁のような崖が視界に入る。かなり高く、私の上昇は崖の上まではまるで届きそうもない。そして幅は極めて広大だ。少なくとも、私の視力でも見渡せない距離まで左右に広がっている。あの崖の上から先には何があるのか、少しだけ興味が湧く。

 

 樹木の四つ分ほどの高さで上昇が終わる。


 ほんの少しの停滞の後、私の体は落下を始める。今更な話だが、この高さから地面に落下して私の体は問題ないのだろうか。今のところ自分の鰭剣きけん以外で傷が付いたことは無いし、念のため全力で跳躍したわけではないから大丈夫だとは思いたい。


 腕を組んで目を閉じてのんびりと考え事をしていたら、衝撃を吸収しようと体を動かす前に地面に衝突してしまった。


 接地の際に衝撃を全く吸収しなかったため、けたたましい衝撃音を立てると共に、地面が爆ぜる。

 こういう時に、自在に動かせる尻尾というのは便利なものだ。両足と尻尾の三点で体を支えることによって、それなりの衝撃があったにもかかわらず、私の体は直立の状態から全くバランスを崩さないでいる。爆ぜた範囲は両腕を広げた長さ三つ分ほどはあり、ふくらはぎの部分まで抉れたクレーターになってしまっている。

 

 高高度からの落下によるダメージの心配は杞憂に終わった。身体のどの部位にも痛みは無いし、間接に違和感を覚えることも無い。至って良好だ。


 垂直に跳躍し、樹木を飛び超えたことで分かったことがある。視界に写っている樹木は非常に背が高く、おおよそ私の身長の15倍ほどの高さがある。巨大なものを計測する際の比較対象の一つとして、参考にさせてもらうとしよう。


 それはそれとして、崖だ。端が見えないほどに広がっていて、この辺りの樹木の八つ分ほどの高さはありそうだ。おそらくだが、全力で跳躍したとしても崖の上に立つことはできないだろう。

 私の精神衛生上、この場で身体能力の検証を行って不可抗力でいたずらに樹木を傷つけるよりも、崖下で壁に向かい合って検証を行った方が良いだろう。


 早速崖壁の方へ向かおうと思ったのだが、その前にこれまでに何度か視界に映っていた甘い香りを放ち続けている果実に目を向ける。特に空腹を感じているわけではないが、とても食欲をそそられる香りだ。

 手に届くと分かった以上、味わってみたいと思うのは自然なことだろう。


 先ほどの跳躍で大体の力加減は分かった。力を抜いて一番近くにある果実に届くように跳躍する。ちょうど果実の目の前で上昇が止まる。すかさず右手を果実の底へあてがい、尻尾を操り鰭剣を果実のヘタへと滑らせる。全く抵抗を感じることなく果実は枝から切り取られ、しっかりと果実の重みを私の手に伝えてくる。


 無事果実を回収し、まずはじっくりと果実を観察する。艶のある桃色の外皮は手に伝わる感触から硬さがあり、少し厚みもあるようだ。外皮の内側は多量に水分を含んでいると思われる。鼻を近づけてみれば下から見上げていた時とは比べ物にならない甘い香りが私の鼻腔を刺激する。果実に汚れや傷んでいる部分は見当たらない。


 観察はもう十分だろう。私は口をいっぱいまで広げて外果皮ごと果実にかぶりつく。私の爪と同じくらいの厚みのある外果皮にほんの少しの抵抗を感じた後、牙が外果皮を突き破ると、そこから果汁があふれ出し、香りに恥じない濃厚な甘味とほのかな酸味が口の中いっぱいに広がる。


 思わずカッと目が見開く。


 文句なしに美味い!

 目を閉じて味覚に意識を集中させる。ただ甘いだけではなく、ほのかな酸味があることが素晴らしい。この酸味のおかげで味に飽きを感じさせない。食感も良い。予想通り水分を多量に含んだ赤みがかった乳白色の果肉は柔らかく、僅かに弾力もある。牙で噛み切っても、奥歯で嚙み潰しても食感が楽しめる。外果皮は嚙めばその都度、果実よりは弱いが確かな甘味と共に、ほのかな苦味が滲み出る。この苦みも味を飽きさせない要因の一つだ。新たな強い甘味を求め、次の一口を促進させる。

 自然と笑みがこぼれ、心が弾む。崖壁までの道中、退屈することはなさそうだ。


 果実の中心あたりまでかじると、外皮よりも僅かに強い抵抗を感じた。

 咀嚼しながら手に残っている果実を見れば、内果皮ごと噛み切られた種子の綺麗な断面が視界に映る。種子の大きさは親指と人差し指で輪を作ったくらいか。内果皮は厚みのあった外果皮よりもさらに分厚い。

 口内で咀嚼している内果皮に、特に味は無い。多少の硬さはあるようだが、私の歯と顎ならば全く問題にならない。真っ白な胚は果肉とも果皮とも違う食感で、奥歯で噛み潰すと滑らかな食感が私の舌を愉しませる。味はほろ苦く、外果皮と同じく甘味に慣れた舌をリフレッシュさせてくれる。まったく、本当に素晴らしい果実だ。食べ終わり次第、次の果実をいただくとしよう。



 のんびりと果実を食べ歩き、三万歩と少し歩いたところで崖下にたどり着いた。それなりに時間は経ったはずだが、特に疲れはない。


 崖下は根を張るのには向かないためか、崖から25歩分の距離は樹木が立っていない。開けた場所になっているおかげで空がよく見える。日が沈んだらしく、周囲はさらに暗さを増し、空には星が輝いている。

 崖下に立ってみると、改めて目の前の崖の高さと広さに息を呑む。目の前の絶壁を軽く手の甲で叩いてみると、手に返ってくる衝撃から空洞、ということはない筈だ。

 足元に落ちていた小石を拾い、五歩ほど距離をとり崖壁に向けて軽く放り投げてみる。乾いた衝突音がしたことから、崖壁は少なくとも今投げた小石と同じくらいの硬さはある筈だ。思う存分能力の検証を行うことが出来そうだ。


 さて、まずは先程の跳躍は力をある程度抑えて跳躍していたので、今度は全力で跳躍してみることにしよう。

 最初に跳躍したように数回屈伸運動をした後、頭上を確認してから崖壁に背を向けて全力で跳躍する。


 前回よりもさらに高い位置から見ても森の景色はさほど変わり映えをしておらず、相変わらず地平線の先まで深緑が続いている。一体この森はどれほどの広さなのだろうか。

 樹木の七本分ほどの高さまで来たところで上昇は止まり、一拍の停滞の後、落下が始まる。自由落下の衝撃で私がダメージを負う気がしないので、今回も直立の姿勢のまま衝撃を吸収させずに接地してみることにする。

 

 予想通り結果は大して変わらなかった。

 前回と違う点は、落下の衝撃で出来たクレーターの規模と体に伝わった衝撃の大きさくらいだ。より高い位置から落下したため、当然どちらも規模が大きくなっている。崖下の地面は樹木がある場所よりも乾燥しているためか、砂埃が舞っている。


 脚力は大体わかったので、次は把握しきることが出来なかった膂力を再び検証してみることにしよう。

 

 崖壁に向き直り、ぐるりと数回、腕を回して肩を慣らす。

 

 どうせなのだから、思いっきりやろう。

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