第383話 ショートケーキに対する反応

 紅茶とショートケーキを振る舞う場所は、リナーシェの私室だ。場所は彼女が私を迎える際に窓から飛び出した、あの場所である。当然、リガロウも連れて行く。


 なお、担架で担がれて行ったのは"ダイバーシティ"達5人だけであり、フーテンはどうしているかというと、今も試合場でまごついている。

 主であるティシアが医務室へ運ばれていく際、影に隠れていたため彼女がどこに連れていかれたのか、いまいち分かっていないのだ。

 不安げな様子で右往左往している様子が少し可愛らしく、それでいて可哀想にも感じたので、あの子も一緒に連れて行くとしよう。


 〈フーテン、おいで。これから一緒にお菓子を食べに行くよ〉

 〈良いんですか!?行きます行きます!ワタクシも甘いもの食べたいです!〉


 私の元に来るように思念を送ると、フーテンは嬉しそうに羽ばたいてこちらまで飛んでくる。この子の柔らかい羽毛を堪能したいので、肩に留めるのではなく抱きかかえさせてもらうとしよう。


 出会った当初こそ怯えられてまともに触れることができなかったが、今ではこうして抱きかかえてモフモフを堪能できるのだ。幸せである。

 ただ抱きしめるだけではない。この子が撫でられたら気持ちよくなる場所もしっかりと把握しているので、その部位を重点的に撫でまわしてあげるのだ。


 〈アア~、姫様~、いけません~。そんな風に撫でられたら、ワタクシ眠ってしまいますぅ~…〉

 〈君も疲れているのだから、移動の最中は少し休んでいると良いよ。リナーシェの部屋に付いたら、起こしてあげよう〉

 〈スピャー、スピャー…〉


 早いな。休んでいいと言った直後、フーテンは遠慮なく私の胸の中で眠り出してしまった。まぁ、寝顔が可愛らしいし、撫で放題なので文句はないが。

 だが、この現状をあまり面白く思わない者達がいる。リガロウとリナーシェだ。


 「お前なぁ…」

 「良いなぁー。フワフワで暖かそう…」

 「ティシアがこの子をとても可愛がるから、私もこうしてこの子を抱きかかえる機会は少なくてね。悪いけれど、移動中は独占させてもらうよ?」


 理由はそれぞれ別にある。


 リガロウの場合はフーテンの遠慮のない態度が、私に対して失礼だと感じているのだろう。

 まぁ、私も遠慮なしだとは思っているが、この程度のことで怒ることでもないと思っている。むしろ、それだけフーテンが心地よくなってくれたのだから、私としては嬉しい限りだ。


 リナーシェの場合は単純に、フーテンを連れて行くのなら自分が抱きかかえたかったというだけの話だ。

 なにせ、フーテンは毎日ティシアに風呂に入れられているからな。その羽毛は輝くような美しさがあるし、触り心地も極上である。


 先程の試合中もティシアに抱かせてほしいと言っていた通り、彼女もこの子を抱きかかえて、その触り心地を確かめたいのである。

 しかし、私だってこうしてこの子を抱きかかえる機会は少ないからな。私の我儘なのは承知の上だし、後でリナーシェにも抱きかかえさせてあげるつもりではあるが、今は私が堪能させてもらう。


 そもそもリナーシェはフィリップと腕を組んでいる状態なのだ。片腕でフーテンを抱きかかえるのは、この子にとっても負担になってしまうのだから、今は我慢してもらうのだ。



 リナーシェの私室に到着したら、まずはリガロウがちゃんと部屋に入れるかどうかの確認だ。

 リガロウはランドドラゴンの時よりもダウンサイジングしたとはいえ、それでも人間よりは大きな体をしている。扉をくぐれるか少し不安だったが、問題無く通る事ができたようで安心した。


 フーテンを起こしてリナーシェに渡してあげた。その際、嫌だったら影になって避けてもいいと伝えている。

 試合を経てリナーシェを恐ろしく感じたのか、フーテンは言われるまでもないとばかりに私の手から離れた瞬間、影になってリナーシェから離れようとするのだが…。


 「逃がさないわよ?ちょうどいいから、この機会にアナタには文句の一つでも言わせてもらおうかしら!」

 〈ピョォッ!?この人間、ワタクシより魔力操作が上手いです~!?〉


 リナーシェの魔力操作能力は、フーテンのそれを上回っていたようだ。彼女の腕から逃れられずに、慌てふためいている。

 少し彼女のことを読み違えていたようだ。まさかあの子を捕まえてしまえるとは。『格納』や『補助腕サブアーム』を習得するうえで、彼女は魔力操作能力も大きく上昇させていたようだな。

 あれならば他の魔術を習得するのも難しくは無い筈だ。


 さて、私も早くショートケーキと紅茶を楽しみたいので、部屋に付いたのならば早いところ用意しよう。

 その際、リガロウとフーテン、そしてリナーシェとフィリップには、先に席に着いて待機してもらうことにした。

 ショートケーキはすぐにでも出せるが、紅茶は淹れたての方が良いからな。これから淹れさせてもらうのだ。


 使用する茶葉は以前ファングダムの王城にいた時にリナーシェに振る舞った時と同じ物で良いだろう。

 紅茶にはうるさいと豪語していたルイーゼも気に入ってくれた茶葉だ。文句を言われることはない筈だ。

 準備ができたら、ポットとカップを人数分用意して、みんなが待つ場所まで移動しよう。


 紅茶の香りが私の鼻孔を刺激し、これから味わうショートケーキとの相性を連想する。

 うん。きっと至福の時を堪能できる。リガロウやフーテンも喜んでくれるだろう。

 家にいる子達よりも先に口にしてしまうことになるので、あの子達からは嫉妬の感情を向けられてしまうかもしれないが、そこはあの子達の度量を信用しよう。


 「お待たせ。それじゃあ、お待ちかね。ショートケーキを用意しよう」

 「待ってたわ!ああ…それに紅茶のいい香り…。ノアったら、紅茶を入れる腕も上げたみたいね?」

 「自分で飲む分は自分で淹れるからね。より良い味を目指すのは当然だろう?」


 今度ルイーゼに会った時に喜んで欲しいしな。

 そうだ。ルイーゼと一緒に紅茶を飲む時には、オーカムヅミを使用したフルーツタルトやショートケーキ、それからパルフェを提供しよう。

 一度に全部を提供するつもりは無いが、きっと喜んでくれる筈だ。オーカムヅミを食べて喜んでくれたのだから、同じく甘い食べ物も気に入ってくれると思う。


 ルイーゼの反応も気になるが、今は目の前の友人の反応だ。

 『収納』から出来立てのまま切り分けて仕舞っておいたショートケーキを人数分取り出し、一切れずつ提供していく。


 サイズは私用に作ったので、ホールの直径は30㎝と、人間の感覚で言えば特大サイズだ。それを6等分に切り分けてある。量に関してはリナーシェも満足してくれるだろう。


 リガロウには2切れ上げれば満足してくれるだろうか?まぁ、収納空間に仕舞ってあるショートケーキは1ホールだけではないので、足りないようなら後で食べさせてあげればいいか。


 ここにいる者達はショートケーキを見たことがなかったらしく、とても目を輝かせている。リガロウはともかく、常にティシアと一緒にいるフーテンも、まだ食べさせてもらったことがなかったようだ。


 「こ…これがショートケーキ…」

 「へぇえええ…。不思議なものねぇ…。食べたことがないスイーツなのに、絶対に美味しいって頭が理解しちゃってるような気分だわ…」

 「それじゃあ、いただくとしようか。遠慮せずにどうぞ」

 「いっただっきまーす!」


 ケーキを食べるように促せば、リナーシェは紅茶を味わうこともせずに、真っ先にフォークでショートケーキを一口サイズに切り分けて口に運び出した。

 フィリップに[あ~ん]とやらをやってもらわなくて良いのだろうか?いや、まずはいち早く味を確かめたかったのだろうな。お楽しみはそれからなのだろう。


 ケーキを口に入れた瞬間、リナーシェは口の両端を吊り上げて目を閉じ、味を堪能している。とても幸せそうな表情だ。


 「ん~~~っ!美味しいぃ~~~っ!さっすがノアね!スイーツでこんなに幸せな気持ちになれるなんて、いつ以来かしら!?」

 「これは…!確かに高級スイーツと言われるだけの味だ…!ワ、ワタシも食べてよろしかったのでしょうか…?」


 リナーシェもフィリップも、私が作ったショートケーキをとても気に入ってくれたようだ。

 リナーシェはよほど気持ちが高ぶっているのか、耳が細かく動いているし、フィリップも一口目を口に入れてからフォークを持つ手が止められないようだ。


 リガロウとフーテンも同じく気に入ってくれたようだな。どちらも味をしっかりとかみしめて喜びの感情を露わにしている。


 「クルルゥ~…」

 〈ああ!?なんと言うことでしょう!?ワタクシ、感激しています!とっても美味しいです!姫様と関われて本当に良かったです!〉


 リガロウの口のサイズならば、一口で食べてしまえるのだが、味がとても気に入ったのか、少しづつ食べることにしたようだ。一口食べるごとに目を閉じて幸せそうな鳴き声を喉から出す姿が愛おしくてたまらない。


 フーテンは上嘴にクリームが付かないように器用にケーキをついばんでいるな。この子もリガロウと同じく、一口食べるごとに嬉しそうにしている。目を閉じて翼を広げて喜びを体現しているのだ。とても可愛い。

 観ているとつい撫でたくなってしまうが、この子の食べる邪魔をしては可哀想だからやめておこう。


 どれ、見ていないで私もケーキ堪能させてもらうとしよう。

 うん。何度か味わっていたから分かっていたことたが、やはり美味い。センドー邸で大量に作っておいて本当に良かった。


 作ろうと思えばいくらでも作れるが、大量に収納空間に仕舞っておけば食べたいと思った時にすぐに食べられるからな。

 この幸せがすぐに堪能できるのは大きい。そしてこの幸せをすぐに親しい者に提供できることもまた素晴らしいことだと思うのだ。


 その証拠に、私の目の前で幸せそうにケーキを口にしている者達の表情は、私にも幸せな気持ちにしてくれる。


 彼等でこれだけの気持ちになれるのだ。

 家にいる子達やルイーゼに食べさせた時の反応が、今から楽しみで仕方がない。


 今の私の感情を、リナーシェは少なからず読み取ったらしい。この場にはいない者のことを考えていると理解したのだ。


 「あら?ノア、誰かにこのショートケーキを食べさせてあげたいの?まぁ、そりゃそうよね~!こんなに美味しいんだから!分かるわぁー!私もオリヴィエに食べさせてあげたいもん!」

 「確かにリビアは喜びそうだけど、あの娘の場合は一度にこの量は食べようとしないだろうね」

 「それもそうね…。あの子ったら、自分の体重を気にし過ぎだと思うのよねぇ…。ま!そうして悩んでるところもすっごく可愛いんだけどね!そうそうノア!あの子から手紙が来た時なんだけどね―――」


 しまった。話を振られてしまったのでつい何も考えずに私の考え口に出してしまったが、リナーシェを前にオリヴィエの話は厳禁だったな。

 案の定、リナーシェはオリヴィエの話をしだしてしまった。こうなったリナーシェはなかなか止まらない。どうやらフィリップもそのことは理解しているようだ。

 彼女がオリヴィエの名前を出した瞬間、ギョッとした様子でリナーシェに振り向いていた。


 リガロウもフーテンもリナーシェがオリヴィエのこととなると恐ろしいほどに饒舌になることを知らなかったからな。ケーキを食べることも忘れて唖然としてしまっている。


 時間に余裕はあるから好きにしゃべらせても構わないのだが、それではリガロウとフーテンがとても退屈してしまいそうだ。

 フーテンに至っては、主であるティシアの様子も気になるだろうからな。美味しいものは食べるとして、この場にはあまり長いしたくないのかもしれない。というか、リナーシェとあまり一緒にはいたくないようだ。


 私が紅茶を用意している間に、よほど愚痴をぶつけられていたのだろう。

 私が戻ってきた時にはフーテンはとてもぐったりとしていた。

 頑張ってリナーシェの魔力操作能力を上回ろうとしていたのかもしれないな。

 結局、それは叶わずに私が戻ってまで散々愚痴を聞かされながら体を撫でまわされたようだが。


 この状況、どうした物かと思っていたのだが、意外にもフィリップが動いた。


 「リ、リナーシェ!ホラ、口を開けて!あ~ん!」

 「え…?やだ、フィリップ…!自分からしてくれるなんて…!フフ…!あーん!」


 これまでもねだれば自分の望んだ行動をとってくれはしたのだろうが、フィリップが自分からリナーシェに何かをしたことはなかったのかもしれないな。

 彼が進んでフォークで一口サイズに切り分けたケーキ、リナーシェに向けた様子を見て、リナーシェはオリヴィエのことを話すことも忘れて感極まりだした。

 そしてケーキをフォークごと勢いよく咥えだしたのである。心なしか、最初にケーキを食べた時よりも幸せそうである。


 「んふ~~~!幸せ~~~!フィリップ!アナタにもしてあげるわね!…はい!あ~ん!」

 「あ、あ~…もがっ!?」


 リナーシェもお返しとばかりにフィリップにフォークで刺したケーキを持って行くのだが、大きすぎだ。彼女が差し出したケーキの大きさは、自分の幸せを分かち合いたかったのか、フィリップが口を広げられる限界に近い大きさだったのだ。

 アレでは一口で食べるのは難しいだろう。案の定、美味く食べられずにいる。


 それでもフィリップの様子に構うことなくやや強引にフィリップの口の中にケーキを押し込もうとしていたので、流石に止めておいた。

 美味しいものは、じっくりと自分のペースで味わうべきなのだ。


 「あ…。ごめんね、フィリップ。アナタが自分から動いてくれたことが嬉しくって、つい…」

 「い、いや、良いんだ…。うん。君が幸せそうなのだし、分かってくれれば、それで良いんだ…」


 フィリップは色々とリナーシェに振り回されているようだが、それでも彼女のことを憎からず思っているようだな。


 不思議な関係である。

 いい機会だから、フィリップとも色々と話をさせてもらおう。何故私のことを極端に恐れているかも、知っておきたいしな。


 答えてくれると良いのだが。

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