第382話 健闘を称えよう
宝騎士の宣言を耳にした瞬間、"ダイバーシティ"達は兵士達の拍手と歓声に包まれながら全員その場でへたり込んでしまった。
身体能力過剰強化の反動が来たのだろう。先程までの鬼気迫る様子など、微塵も感じられない。
「か…勝てた~!!」
「正直、ここまでギリギリになるだなんて、思っても見なかったわね…!」
「だ~めだ。ピクリとも体を動かせねぇ…」
フーテンを除き、全員満身創痍と言った状態だ。アジーが語っていた通り、指一本動かす事すらままならないのだろう。
特に何も言っていないが、今の彼等は激しい筋肉痛のような痛みを全身で味わっている筈だ。
「あーあ、負けた負けた、負けちゃったわ!」
"ダイバーシティ"達が試合場でへたり込んでいると、悔しそうではあるが余裕を感じられる声が聞こえてくる。
言うまでもなく、声の主はリナーシェだ。
勝利した筈の"ダイバーシティ"達よりもリナーシェの方が余裕があるわけだが、これは試合場の機能の問題だな。
アジーが最後に放った攻撃は、本来ならばリナーシェと言えど命に関わる威力ではあったのだが、試合場の効果でかなり威力を軽減されているのだ。まぁ、痛み自体はあるのだが。
それに対して、"ダイバーシティ"達の状態はダメージではなく自身の行動の反動によるものであって、他者から与えられたダメージというわけではない。それ故に、痛みは勿論、反動による筋肉細胞の損壊が避けられないのである。
今の状態を見たら誰がどう見ても勝利したのはリナーシェに見えてしまうが、それでも勝利を収めたのは"ダイバーシティ"達である。
彼等を直接労ってあげるとしよう。
「お疲れさま。約束、しっかりと果してくれたみたいだね」
「ギリギリでしたけどね…」
「しかもリナーシェ様、ピンピンしてますしね…」
「あ!ノア!ヒドイじゃないのよ!彼等に『
私が"ダイバーシティ"達にねぎらいの言葉を掛けるために試合場まで移動すると、私の姿を確認したリナーシェが怒気を発しながらに私に文句を言って来る。
空気を口の中に含み、頬を膨らませてまで不機嫌さを露わにしているのだが、特に彼女に対して罪悪感は感じない。
「彼等に見せるなとも、使うなとも言われていないからね。それに、貴女が『補助腕』を使えるとは思っていなかったんだ。『格納』の習得と言い、よく頑張ったね」
「えっ!?や!うん、まぁ…頑張ったのは、その通りなんだけどさぁ…」
『補助腕』だけでなく『格納』も習得していた彼女の頑張りを改めて褒め、リナーシェの頭を優しく撫でると、あっという間に彼女が発していた怒気は霧散してしまった。頭を撫でる過程で、彼女の柔らかい耳の毛が私の手に軽く触れる。
うむ。やはり
このまま撫で続けておきたいところだが、そうもいかないだろう。あまり既婚者と肉体的なスキンシップをしてはいけないらしいからな。
2、3回頭を撫でたら、名残惜しいが手を頭から離しておこう。
さて、リナーシェは良いとして、問題は全く動けないでいる"ダイバーシティ"達の扱いだな。
おそらく彼等は体に何かが触れるだけでも激痛となるだろうから、持ち上げるのは勿論、引っ張って運ぶことも難しい。かと言って、大勢の前で転移魔術を使用するわけにもいかないからなぁ…。
"ダイバーシティ"達の扱いに悩んでいると、調子を取り戻したリナーシェが、兵士達に指示を出していた。
「衛生兵!担架の用意は!?」
「はっ!6人分、いつでも使用できます!」
「なら、彼等を医務室まで運んであげて」
指示を受けた衛生兵らしき者達が、躊躇なく"ダイバーシティ"達を担架へと移し、そのまま医務室へと運んでいく。
…遠慮がないにもほどがある気がするのだが…。口にはしていないが彼等、全員非常に痛そうにしているぞ?
もう少し激戦を制した冒険者達を労わってやってもいい気がするのだが、そんな私の思いを見透かしたかのようにリナーシェが言葉を放つ。
「彼等は全員、歴戦の冒険者よ?あの程度で泣き言を言う人達じゃないわ。それに、そんな風に思うのなら、ノアが治療してあげればよかったじゃない」
「それはそうなんだけど、魔術や薬で治療すると成長の妨げになるから…」
私ならば彼等の状態を試合前の状態に戻すことは容易だ。だが、彼等は満身創痍になるまで肉体を酷使させたのだ。
あの状態から自然治癒に任せて回復すれば、間違いなく今以上に身体能力も魔力も上昇する。
折角の成長の機会なのだから、それを有効活用しない手はないだろう。彼等には、後で自然治癒能力を高めるリジェネポーションを差し入れしに行くつもりだ。
そんな私の考えをリナーシェに伝えたら、苦笑されながら呆れられてしまった。
「なによ、ノアの方がよっぽど容赦がないじゃない。普通、成長するからってあの状態だったら治療を優先するわよ?」
「えっ?じゃあ、医務室に連れてかれた彼等は?」
「普通にこの後治療を受けるわよ」
なんてこった。それなら私が治療してやった方が早くことが済んだじゃないか。
いや待て、まだ気が早い。"ダイバーシティ"達はまだ医務室に運ばれている最中であって、治療を受けてはいないのだ。
今からでも彼等の治療はしないでもらうように言っておけば…。
「いった!」
と思っていたら、甲高い悲鳴が聞こえて来た。リナーシェが私にツッコミを入れようと後頭部を叩こうとしたのだ。
思わず尻尾で受け止めてしまったのだが、私の尻尾の鱗が固く、手が当たった部分が痛かったのか、涙目になって手を擦っている。
「リナーシェ、何してるの?」
「ツッコミぐらい普通に受けなさいよ。って言うかノア、アナタ今"ダイバーシティ"達の治療を止めさせようとか考えてなかった?」
「ダメ?」
リナーシェには私の考えを見抜いたようだが、避難するような目で私を見ている。どうやら治療を止めるのはダメらしい。
「やめときなさい。あの状態から自然治癒で感知させようとしたら、一週間以上は掛かっちゃうわよ?肉体や魔力は成長はするかもしれないけど、その間私が彼等と戦えないじゃない」
む…。確かに、リナーシェは"ダイバーシティ"達と再戦したいだろうから、自然治癒力に任せて回復させる手段は歓迎できないか。
千尋の研究資料を参考に作り直したリジェネポーションを使ったとしても、今の彼等を自然治癒力のみで治療する場合は3日間は安静にしてもらう必要があるからな。リナーシェとしては受け入れがたい内容か。
仕方がない。"ダイバーシティ"達は普通に治療してもらうとしよう。
それよりも、だ。労うのであれば、リナーシェもちゃんと労うべきだな。それも、頭を撫でるだけでなく、ちゃんとご褒美を用意するべきだ。
「とりあえず、休憩にしようか。お茶とお菓子を用意しよう」
「助かるわ!流石に消耗しすぎちゃって、甘いものが欲しかったのよ!お菓子はノアの手作りなのかしら!?」
甘いものを用意すると言った途端、リナーシェは花が咲くような笑顔を見せた。"ダイバーシティ"達と比べて余裕があるとは言え、彼女も消耗していることに変わりはないのだ。
菓子が私の手作りかどうかを尋ねてきているが、そうか。リナーシェは私が作った菓子を食べたことがなかったな。
勿論、用意してある。センドー邸で作っておいたショートケーキだ。生クリームをたっぷりと使い、ふわふわでありながらしっとりとして滑らかな食感をした自慢のショートケーキだ。きっと満足することだろう。
「チヒロードで沢山の料理のレシピを知る機会があってね。リナーシェはショートケーキって知ってる?」
「チヒロードの高級スイーツじゃない!?もしかしてノア!?作れるの!?」
「うん。もう作って格納空間に仕舞ってあるから、いつでも食べられるよ」
「やっっったぁあああ!!」
満面の笑顔で飛び跳ねて喜びの感情を表現するリナーシェは、まるで10才にも満たない子供のような印象を受けた。王族とは言え、ショートケーキを口にする機会はあまりなかったようだ。
消耗した疲れなどどこ吹く風か。一瞬でフィリップの元まで移動して、彼の腕を取り再び私の元まで戻ってくる。消耗していてもフィリップとの力関係はまるで変わらないようだ。
「さ!早く移動しましょ!ノアが作ったショートケーキ!絶対に美味しいに違いないわ!フィリップ!私に[あ~ん]して食べさせて!」
「う、うん。わ、分かったから、分かったからあまり揺らさないで…!」
リナーシェはフィリップに食べ方を要求しながら彼の体を激しく揺さぶっている。本当に、消耗しているとは思えないほどの元気の良さだ。
フィリップはリナーシェと結婚してからというもの毎日トレーニングに付き合わされているため、結婚前よりも鍛えられてはいるようだが、それでもリナーシェの身体能力には遠く及ばない。
基本的に彼女に腕を組まれたら、なすがままになるしかないのだ。
流石に不憫に感じるので、リナーシェの言う通り、早いところ移動するとしよう。
自作のショートケーキ。喜んでもらえると嬉しいな。
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