第381話 何とか掴んだ勝利
リナーシェの背後に回り込んだエンカフを除く4人は、彼女が無事であることを確認すると、すぐに新たな行動に移った。
「トライデントッ!」
ティシアの掛け声とともに、アジー、ココナナ、そしてティシア自身もリナーシェに向かっていく。
スーヤも足を止めるわけではなく、3人の後ろから援護を行うつもりだ。そしてエンカフも移動を開始してスーヤの更に後方に移動する。
トライデント。三又の槍だな。
前衛3人で突貫し、残りのメンバーで3人を援護する陣形だ。と言っても、現在は未だにフーテンがクロスボウの矢を回避し続けているため、援護はスーヤとエンカフの2人で行うことになるのだが。
リナーシェが背後に回ったアジー達に振り向く前に、アジー達の武器がそれぞれリナーシェに襲い掛かる。
「ええっ!?ちょっ、ちょっと!?私今凄い魔術使ってるんだけど!?」
「リナーシェ姫様が何か隠してるってのは、リガロウとヤリ合ってる時に分かってましたからねぇ!」
「言ったはずです!使うのならどうぞご遠慮なくと!」
リナーシェとしては、"ダイバーシティ"達の度肝を抜くつもりだったのだろう。そして彼女が四つの腕を行使するという状況に怖気付いたところを一気に畳みかける算段だったようだ。
しかし結果はむしろその逆。全く動じることなく自分に容赦なく攻撃を叩きこんで来たのだ。流石のリナーシェも、この反応は予想できていなかったようで対応に遅れが生じてしまった。不意を突かれる形となったのである。
まぁ、何も知らずに見せられた場合でも"ダイバーシティ"達は驚きはしただろうが、それでも対応自体はある程度できていただろうな。
冒険者パーティ"ダイバーシティ"は、腕利きなだけあって対応力に優れているのだ。聞けば、リナーシェをファングダムからニスマ王国に移送する際にも、彼女に一切戦わせることなく公共物の破損を0に抑えたのだとか。
戦闘力が高ければできることではない。彼等は直面した問題に対して解決策を用意するのが上手いのだ。
現在のリナーシェの状態を見て、リガロウがやや拗ねた口調で呟きだした。
「アレがアイツの隠し玉ですか…」
「そういえば、リガロウは『
アレを使用するのとしないのでは、かなり手数も攻撃力も違ってくるからな。リガロウからしたら、残念でならないのだろう。消化不良なのだ。
「長ければ5日間ぐらいこの城の厄介になるつもりだから、私との戦いが終わった後にでも存分に戦うと良いよ。彼女もそれを望んでいるだろうしね」
「はい!次も真正面から叩き潰してやります!」
意気揚々に応えるリガロウはとても嬉しそうだ。自らの力を存分に振るう相手として、リナーシェはちょうど良いのだろう。
しかも試合場の設備によって大怪我を負ったり命を落とす心配がないのだ。時間を忘れて戦い続けてしまうかもしれないな。
「もう!驚かせようと思ったのに全然平気な顔してるじゃない!さてはアナタ達、ノアにこの魔術を見せてもらったわね!?」
「初めて見せてもらった時はマジでビビりましたよ!」
「ついでに、その時にリナーシェ様が何としても使いたいと仰っていた魔術が何なのかも分かっちゃいましたけどね!」
リナーシェは"ダイバーシティ"達が『補助腕』を見ても全く動じていない様子を見て、その理由がすぐに私にあると悟ったようだ。彼女の意識が少しだけ此方に向けられてきた。文句の一つでも言いたいのかもしれない。
だが、別に私はリナーシェに『補助腕』を黙っていて欲しいなどとは言われていなければ、私に『補助腕』を使うなとも言われていないのだ。
"ダイバーシティ"達の前で使用しようと、私の勝手である。
しかし、リナーシェはリナーシェで流石としか言いようがないな。
確かに不意を突かれる形となりはしたが、それを許したのはアジーが放った一撃だけだ。彼女に続くティシアやココナナの攻撃は魔力の腕に持たせた二振りの武器で見事に対応して見せた。『補助腕』の面目躍如である。
「ぐっ!お、重い!」
「浮遊してる武器と動きもパワーも全然違う…!フーテン!」
〈はいただいまー!〉
『補助腕』から放たれる攻撃を受け止め、ティシアもココナナも苦渋の表情をしている。
流石にフーテンを遊ばせておくわけにはいかなくなったようで、彼を呼びつけて自身のサポートに回らせたようだ。
『補助腕』は基本的に術者の腕と同等の性能を持つ。そのため、身体能力が高ければその分消費する魔力も多いのだが、リナーシェは問題無くその魔力を補えているようだな。
以前は"千差万別変幻自在"を使用するにも長時間の使用はできていなかったというのに、リガロウとの試合では1時間以上使用し続けていたのだ。
以前の彼女では『補助腕』を使用できなかった理由の一つはそこにある。
何のことはない。単純に必要魔力が足りなかったのだ。
勿論、以前のリナーシェでは満足に魔術構築陣を形成できていなかったので、魔力が足りていたとしてもその効果は理想には程遠いものではあっただろうが。
魔力保有量と言うのは、本来短時間で上昇するようなものではない。それが4ヶ月程前の2倍以上の魔力量ともなれば尚更だ。だが、現にリナーシェはそれに相当するだけの魔力を保有している。
成長して保有魔力量を増加させたことも確かにあるのだろうが、それだけが理由というわけでもない。
リナーシェが身に付けている装飾品のいくつかが、魔力を貯蓄しておける機能を持っているのだ。
その貯蓄した魔力を用いて、彼女はリガロウとの戦いで1時間近く"千差万別変幻自在"を使用していたし、現在も『補助腕』を使用しているのである。
"ダイバーシティ"達がそのからくりに気付き、装飾品を破壊するなりリナーシェから外せれば彼等の勝利は確定するだろうが、それを許すリナーシェではないだろうな。
やはり"ダイバーシティ"達の勝利は、実力でリナーシェを下してもぎ取るしかないだろう。リナーシェもその方が納得するだろうしな。
指示を受けたフーテンはスーヤの影に潜り込み、彼が射出したワイヤーと爪部の影を伝って、様々な位置からリナーシェに牽制攻撃を仕掛けるようだ。
影を実体化させて、浮遊しているリナーシェの武器にぶつけていくことで、スーヤと共に彼女の手数を奪っていく。
「っ!人と協力したシャドウファルコンって言うのも随分と厄介ね!ところであの子、後で抱かせてもらっていい!?」
「ご自由にどうぞ!抱ければ、の話ですが、ね!」
攻防を繰り広げながらも余裕そうな会話を行っているが、ティシアの表情は必死そのものである。
フーテンは可愛いからな。リナーシェも後であの子を抱きかかえて撫でまわしたいのかもしれない。
抱きしめるついでに、試合中での牽制に対して悪態をつきたいのかもしれないな。
フーテンの許可なくあの子を抱きしめるためには、あの子の魔力操作能力を上回ったうえで、あの子の全身を自身の魔力で包み込む必要がある。そうでなければあの子は影となって逃げだしてしまうからな。
リナーシェは確かに『格納』や『補助腕』と言った高等魔術を使用できるようになったとはいえ、それ以外の魔術に関しては相変わらずの様子だ。
浮遊させている武器の操作に関しても、彼女の魔力操作能力が特別優れているわけではなく、月獣器に元から備わっている機能を利用しているのである。
だからこそ、浮遊している武器に魔力を纏わせた攻撃を当てると、使用者と月獣器との繋がりを切断して一時的に機能を失わせられるのだ。
少しでも前衛3人の負担を減らすために月獣器に攻撃を当ててリナーシェの手数を減らすのが、現状の男性陣の役割となっている。そのうえエンカフとスーヤは隙を見つけ次第、リナーシェ本人に攻撃をするつもりでもあるようだ。
残念ながらフーテンには隙を突くだけの余裕はないようだな。まぁ、リナーシェの手数を減らせる手段が増えている時点でかなり役に立ってはいるのだが。
「チッ!離れた場所からチクチクと…!いい加減鬱陶しいわね…!」
「おおッとぉ!リナーシェ姫様はアタシ等の相手を続けてもらうぜぇ!?」
「よそ見をしてると危ないですよ!」
「くっ!前から後ろからぁ…っ!」
「…そこっ!取ったぁ!!」
月獣器との魔力接続を切断され、そのたびに再接続。それを何度も繰り返していれば、リナーシェも苛立ちを隠せなくなる。
彼女の意識がスーヤとエンカフに向かった瞬間を、前衛を務める女性陣は見逃さなかった。
アジーはここぞとばかりに渾身の一撃を振り下ろし、リナーシェが左右の『補助腕』で受け止めている間に、ココナナは肩部と腰部の砲身から至近距離で魔力弾を連射した。
一発一発が衝撃力と貫通力を持った強力な攻撃だ。リナーシェと言えど、至近距離から受ければただでは済まない。
堪らずに距離を取ろうと動こうとしたところに、少しだけ距離を取っていたティシアがマギサーベルの刀身を伸ばし、リナーシェの左手を捉えたのだ。
手にしていた武器が弾かれ、宙を舞う。操作して自分の手元に戻そうにも、魔力接続が切断されてしまっているため、すぐには戻せない。それは周囲に浮遊させていた武器も同様だ。
「っ!?しまっ!」
「ここしかない!畳みかけるわよ!」
「「応っ!」」
「まだまだぁあああ!!」
武器を手放してしまったことで、状況は"ダイバーシティ"達に傾くが、これで勝敗が決したわけではない。
リナーシェの手甲や足甲は魔力刃を発生させられるし、何より彼女の拳による格闘術の練度は達人級だ。まだまだ気を緩めるのは早計なのだ。
追い詰められ始めたことで、リナーシェは今まで以上に闘志を奮い立たせた。
"ダイバーシティ"達が強くなり、自分を追いつめられるほど強くなったのが嬉しいのは間違いない。
だが、それはそれとして、戦いに負けるのは嫌なようである。
リナーシェから伝わる闘志に若干気圧され、それを振り払うように"ダイバーシティ"達は今まで以上に果敢に攻める。
魔力を肉体の許容量以上に過剰に魔力を体に伝え、普段以上に身体能力を向上させたのだ。
魔力で身体能力を向上させられる者ならばそう難しくはない、だがあまり使用したくはない切り札だ。
肉体の許容量以上の魔力による肉体強化は、効率が悪い上に反動が大きい。魔力に筋肉繊維が耐え切れずに短時間で損壊していくからだ。
明日どころか、試合終了後は全員がその場から動けなくなってしまうだろうな。
なりふり構ってなどいられなかったのだ。
今のリナーシェに月獣器を自由にさせた場合、勝ちの目が失われてしまうと判断したのだろうな。
リナーシェも普段以上に月獣器に魔力を送ることで接続を強化するが、それ以上に接続を切断する猛攻の勢いが激しい。月獣器を操作できずにいる。
更には身体能力が向上した3人の相手だ。
手甲の魔力刃によって手放してしまった武器の空きを補いはしたが、勢いが増すわけではない。にも拘らず相手は勢いが増しているのだ。
自分の放った攻撃はココナナの展開した盾に防がれ、その隙をアジーとティシアが突いて来る。ココナナも攻撃を受け止めるだけでなく、魔力弾による反撃を行う。
攻撃を受け止め、いなし、回避をするも、全てに対処できるわけではない。
鬼気迫る勢いで攻め続ける"ダイバーシティ"達の猛攻に、リナーシェは徐々に追い詰められ、そしてついに決着の時が来た。
女性陣と距離を取った矢先、"
僅かに動きが止まったところに、ティシアのマギサーベルの刀身が最大まで伸ばされ、リナーシェの頭上に振り下ろされる。
『補助腕』に持たせた武器を交差させて受け止めるが、ティシアの攻撃は本命ではない。
「今だ!」
「アジー!」
「これで決めろ!」
「おおおおう!だっりゃあああああっ!!!」
ティシアの巨大化したマギサーベルに意識を向けさせている間に、アジーがリナーシェの死角に入り込み、渾身の一撃を叩きこんだである。
ティシアの一撃を『補助腕』の片手で受け止められれば、アジーの攻撃も防げたかもしれないが、それはできなかった。
リナーシェも魔力を使い過ぎていたのである。既に、自身の腕と同等の性能を持った『補助腕』を維持するだけの魔力は残っていなかったのだ。
結果、ティシアの攻撃も2本の『補助腕』で受けなければ防ぐことはできなかったし、それ故に僅かとはいえ無防備となってしまった胴体にアジーの渾身の一撃が叩き込まれることとなってしまった。
そう。ついに、勝敗は決したのである。
「勝者!"ダイバーシティ"!!」
アジーの渾身の一撃を受けて試合場の外に吹き飛ばされたリナーシェの姿を確認し、宝騎士が判定を下した。
遂に、"ダイバーシティ"達はリナーシェに勝利したのだ。
おめでとう。
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