第380話 リナーシェの隠し玉

 エンカフ、ココナナ、フーテンによる合体攻撃白熱地獄インフェルノが発動した直後、リナーシェは全ての月獣器を格納空間から出現させて自身の周囲に展開させた。


 リガロウのドラゴンブレスを防いだように、魔力が込められた月獣器は、強力な障壁を張ることが可能だ。自身の周囲に展開させれば、例え全身を飲み込むようなエネルギーの奔流だろうと防ぐことができる。


 尤も、流石に無傷というわけにはいかなかったようだ。特にティシアとスーヤに与えられたダメージが大きいようだな。

 試合場の効果で外見的には無傷に見えるが、リナーシェは間違いなく小さくない痛みを感じている。


 それでも、戦闘中の痛みは彼女の動きを止める要因にはならないようだ。


 「先にリガロウに見せちゃったけど、アナタ達にコレを使うのは初めてだったわよね?」

 「ハ、ハハハ…。こうして実際に対峙してみっと、ヤバさがガンガン伝わって来やがるな…!」

 「リガロウ、よくこの状態のリナーシェ様に勝てたなぁ…」

 「怖気付かない!今の私達ならやれるわ!チャクラムッ!」


 悠長に会話をしている余裕などないだろう。リナーシェの周囲に浮遊している月獣器は遠隔で操作が可能なのだ。

 ティシアが号令を掛けてパーティメンバーに行動を促す。


 呑気に会話などしようものならば、死角から遠隔操作をした武器が飛来してくるなど、当然のように行うのがリナーシェという人物だ。私も何度奇襲を仕掛けられたことか…。

 まぁ、私の場合は飛来して来る武器の動向を把握できていたから問題無かったが。


 チャクラム。即ち輪っかであり、単一の対象の周囲を全員で円を描くように取り囲む陣形だ。周囲に浮遊させた月獣器の攻撃を分散させて、一人に向けられる手数を減らすのが目的だろう。


 「へぇ…?対応が早いじゃない。なら、どこまで付いてこられるか、見せてもらおうじゃない!」


 その言葉をかわきりに、周囲に浮遊させていた月獣器を自分を取り囲んだ5人と1羽に向けて射出する。

 全員均一に、ではないな。スーヤとティシアに3つ、エンカフとココナナに2つ、フーテンには1つ。そしてアジーには蛇腹剣と盾を持って直接仕掛ける。

 この振り分けが、リナーシェの"ダイバーシティ"達に対する個別の強さの評価なのだろう。


 全員飛来して来た月獣器に対処するために身構える。

 ココナナも格納空間から予備の腕部を取り出し、"魔導鎧機マギフレーム"に再接続して迎え撃つ。予備のパーツがあったからこそ、先程思い切って両腕部を捨てるような行動をしたのだ。


 リナーシェはとりわけアジーのことを気に入っているようだな。

 "ダイバーシティ"達の中ではアジーが最も戦闘力が高いという点もあるが、理由はそれだけではない。


 口調こそやや粗暴ではあるが自分に対して敬意を払っているし、それでいながら非常にフレンドリーでもある。

 それに、戦うことが好きだという自分と同じ気質を持ち合わせているため、仲間意識があるのだろう。


 迫りくる月獣器に対処するために、ティシアがさらに檄を飛ばす。


 「守りに入ったら負けよ!対グラシャランを想定して!」

 「へっ!旦那の猛攻に比べりゃあ何のそのってなぁ!」

 「あら、"ワイルドキャニオン"の主相当だなんて、光栄じゃない。だったら、その評価に恥じない動きをしなくちゃね!」

 「来いやぁあああ!!」


 接近して来るリナーシェに対して、自らも前に出て迎え撃つアジー。

 互いの武器が衝突し、先程同様、いや、先程以上に強烈な衝撃波が生じている。どちらも武器に込めた魔力だけでなく、身体強化も先程よりも強化しているためだ。

 全力で身体能力を向上させているためか、手数の増えたリナーシェの猛攻にも、アジーは対応できるようになっている。

 もはや常人では知覚できないほどの速度で攻防が繰り広げられ始めた。


 両者とも、とても楽し気にしているのと同時に、余裕のある笑みを浮かべている。その理由はそれぞれ別にある。


 リナーシェには『補助腕サブアーム』がある。今のアジーが本気であるならば、十分対応可能だと考えているのだろう。

 対するアジーも、リナーシェが『補助腕』を使用したとしても、パーティで挑めば対処可能だと考えているのだろう。


 どちらも正しい考えであり、間違った考えでもある。

 リナーシェは"ダイバーシティ"達が『補助腕』の存在を知っていることを知らないし、実際に『補助腕』を使用した相手と戦ったことがあることも知らない。

 意表を突けると踏んでいるのだろうが、まず間違いなく意表を突かれるのはリナーシェの方だろう。


 アジーもそれが分かっているから余裕のある表情をしているのだ。だが、意表を付けただけでリナーシェに勝てるかと言えば、そんなわけがない。


 リナーシェの成長力、もっと言うなら適応能力は常人のそれではない。相手が『補助腕』を使用した動きに対応するのなら、自分も相手に対応するだけである。

 意表を突いて一気に勝負を決められると思っていては、手痛い反撃を受けることになるだろう。


 幸いなことに、ティシアやスーヤはアジーのような考えをしているわけではなさそうだ。

 飛来して来た武器を迎撃し、すぐにアジーに加勢に向かおうとしている。


 最初に迎撃が完了したのはスーヤだった。やはり手数が物を言うのだろうな。

 スーヤは右手に持った短刀だけでなく左手の手甲は勿論、手甲の第一関節部に取り付けられた爪部を極細のワイヤーと共に射出し、魔力操作で自在に操る事ができるのだ。

 彼の魔力操作能力はリナーシェの想像を上回っており、瞬く間に飛来して来た3つの武器を、手甲の爪部とワイヤーで弾いてしまった。


 自分の手が空き、すかさずアジーの援護にスーヤが回る。

 なお、弾かれた武器はリナーシェの元へ戻っており、彼女の背後に浮遊している。背後からの奇襲に備えているのだろう。


 「へぇ、やるじゃないスーヤ!成長したわね!」

 「ノア様の尻尾に何度も痛い目に遭わされましたからね!こんくらいできるようになりますよ!」


 スーヤはああ言っているが、彼はこれまでの癖だからか、何かと私の背後を攻撃してきたからな。私の背後に来た攻撃は全て尻尾で迎撃させてもらった。

 修業を始めた当初は尻尾で弾かれた際の衝撃を碌に殺せず、ワイヤーごと左腕を引っ張られて大きく体勢を崩していたな。

 だが、その甲斐もあって今ではリガロウの尾撃ぐらいならば衝撃を完全に緩和させられるようになっていた。


 スーヤの次に迎撃が終わったのはココナナだ。いや、彼女の場合は迎撃とは言わないな。

 両腕の魔力盾を起動し、背部の噴射機構を最大出力で作動して、真っ直ぐにリナーシェの元まで突っ込んでいったのだ。

 彼女に向かって飛来した武器はココナナの勢いをまるで止めることなく弾かれてしまった。そして彼女に弾かれた武器もまた、リナーシェの元まで戻って行く。


 「うっそ!?頑丈になり過ぎじゃない!?」

 「私達自身が強くなっただけではないのです!装備は勿論、サニーも強くなってますよ!」


 流石に少しは勢いを殺せると思っていたリナーシェは、まったく勢いを失わずに突っ込んでくるココナナに驚きを隠せなかったようだな。

 チヒロードは"ダイバーシティ"達の地元であり拠点でもあるのだ。私が千尋の研究資料を解読している間、"ワイルドキャニオン"で彼等が手に入れていた素材は彼等の装備の強化に存分に使用されたことだろう。

 当然、ココナナの"魔導鎧機マギフレーム"も修業前よりも性能が向上している。リナーシェの腕から直接振るわれたわけでもない飛来した武器では、彼女の勢いを止めることはできなかったのだ。


 続いてティシアとエンカフも迎撃に成功する。

 ティシアは飛来して来る武器を単純に魔力刃で順番に弾き飛ばしていたのだが、飛来して来た武器の一つである合体両剣が弾く寸前で二つの武器に分離したため、少し迎撃に手間取ったのである。


 エンカフに向けられたのは長弓と短弓。彼に向けられた攻撃がどちらも遠距離攻撃だったことが幸いしたな。

 消費が低く連射の利く魔術を使用して、弓の連射に対抗したのである。弓から放たれるのは魔力で形成された矢だ。同じく魔力で形成された矢を放つ簡単な魔術で迎撃できるのだ。そして、その連射速度はエンカフの方が勝っていた。


 修業を経て、大幅に連射速度が上昇したのである。これはグラシャランとの修業のおかげだな。

 彼は絶えず押し迫る即死級の攻撃を凌ぐために、素早くかつ正確に魔術を連射できるようになっていたのだ。


 連射に押し負け、エンカフの放った魔力の矢が長弓と短弓に命中すると、これらもリナーシェの元へと戻って行った。


 そしてフーテン。あの子にはクロスボウの矢が連続で放たれているのだが、あの子はそれを迎撃しようとせずに緩急をつけた飛行によって回避を続けている。


 〈当たりませんよー!これで武器の一つは封じましたよー!〉


 一つの武器を自分に攻撃を向けさせ続けることで、リナーシェの手数を一つ奪うつもりらしい。

 むしろフーテンが回避に専念してしまっている状況なので、"ダイバーシティ"達の手数が減っているのだが、あの子はそれを理解しているのだろうか?それとも、ティシアの指示か?

 何にせよ、いつまでもあの状況が続くようなら、後で指摘しておこう。


 アジーを除く"ダイバーシティ"達4人が飛来した武器の迎撃に成功するまでの時間、僅か20秒足らず。

 彼等の成長ぶりに、リナーシェは戦闘中だというのに彼等を褒めずにはいられなかったようだ。


 「アナタ達、本当に成長したわねぇ…。正直、予想以上よ。アナタ達をノアに預けて、本当に良かった」

 「随分と余裕そうですね!リナーシェ様!」

 「これ絶対隠し玉持ってる奴ですよね!?」

 「使うならどうぞご遠慮なく!使わないのならばこのまま押し切らせていただきます!お覚悟を!!」


 アジーの援護に回りながらも、隙を見つけては攻撃を行う"ダイバーシティ"。

 だが、その攻撃の悉くをリナーシェの周囲に浮遊させている武器によって防がれてしまう。


 想定の範囲内だ。彼等は元より、自分達の横槍が簡単にリナーシェに通るとは思っていない。だが、自分達の攻撃が防がれると言うことは、その分アジーに向かう攻撃が少なくなると言うことだ。


 周囲の迎撃に意識を割かれることもあって、徐々にアジーがリナーシェを押し始めて来た。


 「今よ!シザースッ!」

 「おっしゃあ!決めさせてもらうぜぇ!」


 ティシアがさらに号令を出し、パーティメンバーが陣形を変える。

 今度は鋏だ。この号令は、2方向からの攻撃になるな。しかも、前後からではなく、正面左右から同時に斬り抜けながら連続して攻める戦法だ。


 フーテンが相変わらずクロスボウと戯れているため、5人で仕掛けることになるのだが、それはエンカフが何とかするらしい。

 どうやら彼の得意な時間差魔術によって左右から同時に魔術をぶつけるようだ。


 アジーとスーヤ、ティシアとココナナ、そしてエンカフの魔術が立て続けにリナーシェに迫る。


 「個人が強くなると、ここまでやるようになるのね…!」

 「スキありだぜ!」

 「エンカフ!」

 「チャンスよ!」

 「ここで、決めろぉっ!!」


 立て続けに押し寄せる毛色の違う攻撃に対処しきれず、リナーシェにティシアの攻撃が命中する。

 その直後、絶妙なタイミングでエンカフの魔術が発動し、リナーシェにトドメがさされる…筈だった。


 エンカフが発動させた魔術は『水王奔流アクアトーラント』。

 魔力を含んだ水を、鋼鉄の塊すら一瞬で削り取るほどの圧力で放出し続ける、上位魔術を上回る特位魔術だ。

 エンカフの場合、グラシャランの鱗を加工した素材を触媒にしてようやく使用可能な魔術だ。


 ティシアの攻撃を受け、耐性を崩してしまったリナーシェには防ぎようのない、完璧なタイミングで放たれた魔術。

 魔術構築陣から大量の魔水が超高圧で放出され、このままいけば、リナーシェの敗北は間違い無かった。


 だが、そうはならなかった。

 リナーシェの体制を無視するかのように、彼女の背後から二振りの武器が振り下ろされ、魔術を発動するための魔術構築陣を放出され始めた魔水ごと叩き壊したのである。


 現在のリナーシェの実力では、武器を飛来させただけでは出せない威力だ。それこそ、彼女が直接武器を振るわない限り。


 リナーシェの背後、彼女の左右の肩甲骨から、それぞれ彼女の腕と同じ形状をした魔力の腕が生えていた。


 「うわぁ…。上手くいきすぎてるような気はしたけどさぁ…」

 「やっぱ、簡単には勝たせてくれねぇですよねぇ…!」

 「……アナタ達、最高よ…!本当に嬉しい…!ここからは、正真正銘の全力よ!」


 やはり、リナーシェは『補助腕』を習得していたのだ。

 彼女の意識が、少しだけ私に向けられているのが分かる。見せびらかしたくて仕方がないのだろう。

 まったく、使ってみたいからと必死になって覚えたのだろうが、本当に凄まじい才能だ。後で褒めてあげよう。何なら頭を撫でてあげても良い。


 同時使用可能数は2つ。だが、リナーシェの腕と同等の膂力、同じ技量で彼女の武器が振るわれると思っていい。その脅威度は先程までの比では無い筈だ。


 想定していたことではあるとはいえ、やはり"ダイバーシティ"達はかなり緊張してしまっているな。


 頑張れ"ダイバーシティ"。決着は近い。


 ここが戦いの正念場だぞ?

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